Act.5 何があっても何処までも・9
当番兵の案内でコンスタンツェが後席に乗り込むと、トラニオウは助手席に腰を落とした。ショーファー(運転手)の当番兵が、発車します、と声を掛けると、ホィーラ(車)がするするとメイン・シャフト(艦内主幹通路)を走り出す。同乗する余地の無い体の大きなクーガは、勿論後から付いて来る。ホィーラ(車)の艦内移動速度は人の競歩以下の速さなので、クーガならトロット(速足)で充分に付いて来られる。
唯々この身を守ろうと、頼もしそうに追走して来る漆黒の守護者を、コンスタンツェが顧みる。
“シャヴィは某にとって、本当の白馬の騎士かも知れぬ──”
四つ足を繰って真っ直ぐに付いて来るクーガを見遣りながら、ふとコンスタンツェの心中にそんな想いが湧き起こる。
何故だろう。今の自分に、最も相応しい人に出会えた、とさえ思えて来るのは。
そう信じたい。信じなければ為らない──それは、強迫観念に近いのかも知れない。
だがコンスタンツェは、はっきりと自覚した。自身の未来を、シャヴィに変えて欲しい、と切望している事を。
1分と掛からずに、士官用リフトの前に着いた。再び当番兵に先導され、コンスタンツェ、クーガ、トラニオウと、ゆったりとしたリフトに乗り込んでデッキ(階層)を下る。リフトが開いた先には、別の艦内移動用バッテリーカー(蓄電池車)が回されていた。コンスタンツェは再びホィーラ(車)に乗り込むと、30秒もしないうちに目的地らしいデッキ(区画)のポーチ(車寄せ)に着いた。
* * *
クーガを送り出したシャヴィは、目星を付けた中央船底部にある士官用のランチ・デッキ(装載艇甲板)へ下った。目的は勿論、目を付けた100メートル級搭載宇宙艦の確認だ。何せ目にした艦内施設図だけでは、宇宙艦の性能が解らない。
予想した通り外洋航行が可能なら、ヒイェラ宇宙軍の追撃を躱して、コンスタンツェをウェスデンへ連れて行く事も充分可能だ。その後は、申し訳ないが勝手に使わせて貰えば良い。何せこのヒイェラ宇宙軍には、タム・オ・シャンタをフレート(積荷)ごと容赦なく吹っ飛ばされた。せめて外洋航行可能な宇宙艦1隻くらい頂ける代償がないと、割が合わない。
尤もタム・オ・シャンタがその後、トラニオウの号令一下3発のプラズマ・ブラスター弾を食らって、船ごと跡形もなく木っ端微塵に轟沈させられた事を、シャヴィは知らない。
シャヴィはエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)を出ると、人気が無いのを見計らって、作業員用のエアロック(気密隔室)脇にあるラッタル(梯子階段)へ飛び込む。リブ・ストラクチャ(船殻肋構造部)に付帯する一種のサービス・コリドー(保守用通路)で、艦内作業員が一々(いちいち)メイン・シャフト(艦内主幹通路)へ回り込まなくても、デッキ(階層)移動する事を可能にする。基本的にはエアプルーフ・ボックス(気密区画)間の移動用なので、ロンパス(空間作業服)を着用する必要はないが、必ずしも有重力環境とは限らない。
その意味では、艦内に張り巡らされたサービス・コリドー(保守用通路)を完全に把握できれば、隅から隅まで人目に触れずに自由に行き来できるが、この宇宙艦は馬鹿でか過ぎて、とてもではないが全部を頭に入れる事など不可能だ。恐らく当のガルビオンのクルー(乗艦員)でさえ、完璧に把握している者は居ないだろう。
勿論シャヴィも、目的場所である士官用のランチ・デッキ(装載艇甲板)までの道順を覚えるのが精々だった。クーガが備えているシステムでも、視覚的に得られる画像からだけでは図表を解析する能力がない上、クーガにはモニター・ディスプレイの類いが備えられていないので、道すがら道順を引き出して見られない。
シャヴィは自らの記憶だけを頼りに、バルクヘッド(隔壁)脇の、防御用船殻最内部に沿った細い通路を足早に駆け抜ける。すぐ横は耐エネルギー弾装甲の複合積層隔壁構造で、その向こうはエアタイト・コンパートメント(気密防漏隔隙)なので、通路自体は酷く肌寒い。
50メートルほど行って、下窄みの斜めになったエアタイト・コンパートメント(気密防漏隔隙)の壁に取って付けたようなステップ・バーを下り、貯水槽らしきブロック(区画)の間を抜け、バルクヘッド・パス(隔壁通口)からゼロ・グラビティ(無重力)のエアプルーフ・ラッタル(気密裸階段)を下る。
降り切った先のバルクヘッド・シャッター(隔壁扉)を開くと、ランチ・デッキ(装載艇甲板)内の細い通路に繋がっていた。直ぐ横がウェイト・エリア(有重量環境区画)のエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)になっていて、その先にベイ(格納庫)へ出るためのエアロック(気密隔室)があり、さらに先がメンテナンス(点検整備)機材用のハンガー(格納庫)になっている。
シャヴィがエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)への扉を開く。
ロッカー(装備保管庫)は奥行き35メートル、幅20メートル。左手にはコンソール(制御卓)がずらっと並んでいて、腰高の窓からは搭載艇らしき銀色の船腹下部の一部が、覗き上げる格好で見えている。部屋の中央には背中合わせのロッカーが、40人以上が一時に着替えられそうな数の列を作り、その中ほどには大きな作業台が置かれていて、何やらの機器や道具が散らばっている。右壁には2箇所の入り口があり、備品がごちゃまぜに置きっ放しになっている棚が設えられていた。
シャヴィはシャヴィはコンソール(制御卓)に歩み寄ると、整備用マニュアルを探し出す。モニター・ディスプレイに映し出される情報に目を通しながら、窓の方へ身を乗り出して首を巡らせる。
目の前はランチ・デッキ(装載艇甲板)のベイ(格納庫)で、正面に見えている銀色の船艇が、100メートル級宇宙艦に違いない。シャヴィが着ている物と同じ、柑子色のオーバーオール制服を着た作業員が1人、すうっと空を宙漾って行くのが見えたので、中はゼロ・グラビティ(無重力)だが標準大気を備えていると知れた。
さらに情報を引き出そうと、手元のコンソール(制御卓)に手を掛けた刹那、背後で音が立った。
シャヴィの全身に、一瞬にして緊張が走る。
気を研ぎ澄まし身構えながらも、足音をさせないように、ゆっくりと踵を返す。作業台脇に身を屈め、2つある出入り口を陰からそっと交互に見遣る。暫く間が空いて、再び音が、今度ははっきりと、左側の扉口からガリガリと引っ掻く音がした。
“──クーガ・・・!”
コンスタンツへの元へ使いに遣ったクーガが、戻って来たのだ。あの扉は2箇所とも人感自動開閉ではないので、クーガが近付いただけでは開かない。
ただ、思ったより早かった。と言う事は、コンスタンツェの居場所は矢張り、艦内に3箇所あるメディカル・ステーション(救護医療処置室)のうち、此処から一番近い171番デッキ(区画)の将校用メディカル・ステーション(救護医療処置室)に違いない。
立ち上がって歩み寄ったシャヴィが、インカム(艦内通話機)の類いが置かれている棚の脇にある、ボード(操作盤)のスイッチを押して、扉を開いてやる。
トコトコと四肢を繰り、しかも悠然とクーガが入って来た。
シャヴィは首を突き出して、辺りを見回す。外側には幅3メートル程のアイル(通路)が通っていて、向かいがラバトリー(便所)と機械室になっている。シャヴィは人気の無いのを確認してから、扉を閉めた。
「──まさか、何時までも良いお友達でいましょうね、なんて返事を貰って来たんじゃないだろうな・・・?」
よもやな、と苦笑いを浮かべたシャヴィが、クーガの前に片膝突いて、ご苦労さん、と声を掛けながら、その頭を軽く撫でる。
獅並の大きな体だ、誰にも見つからずに、とは行く筈もない。入って来た時の歩きっぷりから、堂々とアイル(通路)やラッタル(梯子階段)を通って来たものと思われた。それでもちゃんと此処まで来れたと言う事は、途中で何らかの邪魔はされなかったと言う事だ。
尤も、艦内でこんな馬鹿でかい人造犬と出会しても、誰に報告してどう対処すれば良いやら、反応に困った事だろう。それにこんな巨躯のヴェルテブロイド(動物型義工器械)を呼び止めて、行く手を阻んで止めに掛かる酔狂なクルー(乗組員)も居ないだろう。実害が無ければ、奇妙なヴェルテブロイド(動物型義工器械)に出会しました、と上官に報告を上げるくらいが精々だろう。
撫でられたクーガは、自慢気に2度3度と頭を摺り上げてから、口を閉じたまま軽快に一吠えすると、大きく口蓋を開いた。クーガの口の中に収まっていた紙片に気が付いたシャヴィが、指先を伸ばす。
何かのカルテに裏書された、リフィルインク・ペンの直筆。
柔らかい、だがはっきりとした、コンスタンツェの筆跡──返事は、ディフィニトリ(勿論)、でも、クッジュ-(頼む)、でも無かった。
“ホワットエヴァ・エニウェア(何があっても何処までも)”
見た瞬間、シャヴィは雷に打たれたように全身が総毛立ち、震え上がった。
コンスタンツェが自ら決意した、強い意志──まさか、こんな強い語意で返して来るとは思わなかった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




