Act.5 何があっても何処までも・8
「──それで、トラニオウ」
コンスタンツェが決然と言った。
「先程来の貴様からの申し入れ、聞き届けても良い」
この身を攫いに来て貰うシャヴィのために、今は少しでも助力しなければならない。そのためにはこの病室から出廬して、ウェスデン王女と顔を合わせる方が良策のような気がする。
何しろウェスデン王室は、当初コンスタンツェが頼りにと逃げ込もうとした先だ。その王室ヴィラージュ家の人間と、直接に会える機会が目の前に転がり込んで来たのだ。しかも相手は、コンスタンツェが能くも知ったるファラだ。状況を打破する好機に違いない。
コンスタンツェが独りぼっちだったら、こうまで前向きには成れなかっただろう。だが今は、頼りとするマイ・ロード(我が殿)が傍に居る。
“シャヴィが居てくれるからこそ、望むべく道に一歩なりとも踏み出せる・・・!”
それにファラに対しては、トラニオウに吐いた罵倒ほどには、憎からず思っている。
同い年の、同じ女子の、同じような出自、と言う所為もあるのか、負けん気が先に立ってしまう。ガートルード曰く、似たような気性ゆえ、らしいが。
「──ただし、条件が3つある」
聖剣レプラコーンを手に、改めて立ち上がったコンスタンツェは、自尊も気高く実に王女然としていた。掌を返したようなマデルーク王女の態度に、トラニオウが呆気に取られる。
「条件、と申されますと・・・?」
よもや、メルヒオールを叩き斬らせろ、とは言うまいな、とトラニオウが少しばかり身を強張らせた。
「このクーガも連れて行く」
「それは・・・」
予想もしなかった内容に、トラニオウは思わず言葉を失った。安易に首肯して良いものか、警戒心も露に逡巡する。
「その場には、下半身下衆野郎のメルヒオールが居るのであろうが」コンスタンツェはトラニオウの反応を意に介さず、尚もしゃあしゃあと言って退けた。「このクーガ、いの一番の友人にして、某の貞操の番犬だからな」
コンスタンツェはクーガを見遣ると剣をベッドの上に置き、改めてソードベルト(剣帯)に手を伸ばした。
「彼奴は、デスデモーナの閨に忍び込んで、実の妹を犯そうとした痴れ者だぞ。同席中に腿でも撫でられてみろ。某の足が、そこから腐り落ちてしまうわ!」
吐き捨てるように言いながら、コンスタンツェがベルト(剣帯)を腰に巻く。
「──まあ、それでご助力頂けるなら、此処は下がります」
トラニオウは然も渋々と言った口調で頷いた。
「それと、某とメルヒオールの間は、1メートル以上空けろ」コンスタンツェはトラニオウの反応を気に掛ける事もせず、遠慮無しに畳み掛ける。「メルヒオールの、直接手の届く場所に、某を招くな」
これにはトラニオウも、一存では承服できない。思わず返事に窮するトラニオウに、コンスタンツェが高飛車に王女然として言い放つ。
「──何なら、貴様のその馬鹿でかい図体を、間に置いても良いぞ」
それでも飽き足らないのか、すっかり気骨を取り戻したコンスタンツェが、嵩に掛かって厭味を言い放つ。
「メルヒオールを叩き斬らせろ、と言わないだけ心安いだろうが」
やはり本心はそうなのか──ベルト(剣帯)に剣を佩きながら横目に睨んで来るコンスタンツェに、トラニオウが苦笑した。
「そして最後に」
コンスタンツェが、医療ワゴンの脇に置いてあった黒のニー(膝下丈)・ブーツを履き込む。
「──今から某が出向かねばならぬのは、何処だ?」
ブーツのヒールを床に叩いて踵を押し込むと、コンスタンツェはワゴンの上に重ねて置いてあった一番上の分厚い袋に手を伸ばした。
「場所、ですか・・・?」
「貴様、先程は、艦を移って貰う、と申したであろうが」
コンスタンツェは袋を破きながら、綺麗に折り畳まれていたラズベリー・レッドのベロアも上品な、ヒイェラ宇宙軍女性士官用サービス・ドレス(第1種軍装)を引っ張り出した。
「ああ」トラニオウは思い出したように頷いた。「殿下に御足労頂きたいのは、我がヒイェラ軍が誇るグガランナ、率いるは我が三弟ロダリーゴ・プルンチット司令です」
「グガランナ? 何だ、その醜い怪物のような名は?」
コンスタンツェは深紅の軍服を手にして広げると、ばさり、と一振り扣いて見せた。
「ウェスデンとの交渉に、本国から遣わされている、我が軍の移動衛星です」コンスタンツェの言葉に、トラニオウは苦笑いするしかなかった。「──何分にも、肝腎のウェスデン政府から、首星である第3惑星クラウスへの進入を許されておりませんので、軌道上における我が軍の寄る辺です」
「寄る辺? 侵略のための前身基地の間違いだろうが」
「まさか・・・!」トラニオウは、至極真面目な顔付きで言葉を返した。「長兄キャシオウは勿論、母国を与る父グレミオも、波風立てずデジャーソリスのお導き通り平和的かつ友好的に、5国連合の絆を強めたいと考えております」
「平和的、かつ、友好的に、か」
コンスタンツェは手にした軍服をベッドの上に広げると、婉然と目を眇めてトラニオウを見返した。
「──貴様、食えぬ軍人だと思っておったが、唾棄すべき政治家だったとは、見込み違いであったな」
「そんな才があれば、キャシオウに顎で使われずに済みますな」
「まあ、良い」
くくっ、と意味あり気に笑みを零すコンスタンツェは、脇に鎮座するクーガを見遣った。目が合ったクーガが、ワオン、と小さく吠え返した。
「──それで某は、そのグラグラダとか言う宇宙一の金ピカお屋敷で、ファラと顔を合わせれば良いのだな?」
「グガランナ、です、殿下」
巨躯を縮こまらせて、トラニオウがコンスタンツェの前に歩み寄る。
「ただ申し訳ありませんが、このガルビオンではグガランナへの直接のドッキング(接舷)が出来ません。なのでドッキング(接舷)可能な、当艦に積載してある小官の宇宙艦へのご足労を、お願い致します」
「貴様の艦か?」コンスタンツェは細い腰を折ると、トラニオウに目もくれず、ベッドの上に広げた軍服の前身頃に並ぶ、艶消し銅のシャンク・ボタン(足付き釦)を外して行く。「さすがは、ヒイェラの総大将、さぞや立派であろう」
「高々100メートルちょっとの艦です。乗艦頂くのは1時間ほどとなりますが、その間は小官のウォードルーム(士官室)をお使い下さい」
「まさか、貴様と2人切りではないだろうな?」
コンスタンツェが、これ以上にないと言う程の嫌悪の表情で、トラニオウを横目に睨み付けた。
「滅相もない」ヒイェラの大きな提督は、殊更に肩を窄ませ手を振った。「小官は、別室にて控えさせて頂きますので、どうぞ案じられませぬように」
「なら、良かろう・・・!」
ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪も妍しいマデルークの王女が、釦を外し終わったラズベリー・レッドの軍服を掻っ攫うように掴み上げた。
「ファラの奴に、嫁に行かせる引導の一太刀を浴びせ掛けてやる」
「またそのようなご無体を」
トラニオウが、その太い腕を伸ばすと、コンスタンツェが手にしている軍服を、横合いからそっと掬い取る。そのトラニオウの所作に、コンスタンツェはくるっと身を返すと、トラニオウに背を向けた。
エスコートしようとしたトラニオウが、コンスタンツェに袖を通させようと、軍服を下げて身構えたが、コンスタンツェは拒むかのように腕を胸の前で組み、袖を通す素振りを見せない。トラニオウは太い頚を小さく竦めると、仕方なくコンスタンツェの嫋やかな両肩へ、ローブを纏わせるようにそっと掛け着せた。
「──さてクーガ」
軽く腰を折ったコンスタンツェが、クーガに、その奥にいるシャヴィに聞こえるように、はっきりとした声で言った。
「また、艦を乗り換えねばならぬようだ」
クーガが一哮え、ワオン、と応える。
「──本当に、そのお身形で宜しいのですか・・・?」
困惑頻りのトラニオウが、角質化している眉根を寄せる。
「構わぬ。どの様な身形であろうと、コンスタンツェ・ユイット・セーズ・エルドラドには変わりない」
シャヴィから借り受けたインディゴブルーのスタンドカラー・シャンブレーシャツをそのままに、ラズベリー・レッドの裾が長いサービス・ドレス(第1種軍装)の上着だけを肩から羽織ったコンスタンツェは、向き直ると凛然と背筋を伸ばした。
そのコンスタンツェの自信に溢れる態度に、トラニオウも目を丸くした。
“全く、扱い辛い姫君だ”
苦々しい思いが顔に出たのだろう。コンスタンツェは、見上げるばかりの偉丈夫のトラニオウ向かって、ぴしゃりと言っ切った。
「まあメルヒオールには、見目も身形も麗しい、上品なデスデモーナ王女がお似合いだと、貴様からも助言しておいてくれ」
「・・・・・・」
今にも哄笑し出しそうなコンスタンツェに、トラニオウは当惑した。
出された条件に疑問符は付くものの、結果的にはメルヒオール殿下の意向通り、コンスタンツェ王女隣席の言質は取り付けた。タム・オ・シャンタとか言うフレーター(貨物船)を撃沈した事で、酷く気が昂った様子だったので少し心配していたが、孤立無援を改めて悟らされて落ち着いたのかも知れない。
それに、マデルークを出奔してウェスデン王室に身を寄せようとしていたらしいので、万が一にもウェスデンの王女と結託して、抗する何かを企んでいるのか、とも警戒したが、あの口さがない言いっ振りでは、それも杞憂のようだ。
“ただ気になるのは、マデルーク王女が見せたフォルティア・ヴェリタス(而象能)と思しき片鱗だ”
どうしたものか──寸暇、思案するトラニオウの耳に、マデルーク王女の声が聞こえて来た。
「さあ、疾っ疾と案内せい、トラニオウ」
御座なりの硬い笑みを浮かべたトラニオウが、慇懃に腰を折る。
「──それでは殿下、此方へ」
うむ、と頷くと、コンスタンツェは枕元のディアデム(飾り冠)を掴み上げ、クーガを伴って歩き出した。
これから連れて行かれる先は、トラニオウから上手く聞き出せた。シャヴィにも伝わっている筈だ。王女だの姫だのと奉られても、所詮は籠の鳥。情けないが、独りでは何も出来ない。
“だが何処に行こうと、必ずやシャヴィが連れ出しに来てくれる・・・!”
ペロリンガ人サージャン(軍医)とメディック(衛生兵)たちから、恭しく礼を受けながら、コンスタンツェがメディカル・トリートメント・ステーション(救護医療処置室)を後にする。先のポーチ(車寄せ)には、トラニオウ専用の艦内移動用バッテリーカー(蓄電池車)が停まっていて、トラニオウ付きの当番兵が玩具の兵隊のように最敬礼して鯱張っていた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




