Act.5 何があっても何処までも・7
「──某がマデルーク王室の名を背負うのを、ヒポリア王妃もデスデモーナ姫も、快くは思うまい?」
「──とは言われますが、そのメルヒオール殿下」トラニオウはコンスタンツェの端正な顔容を、探るような目付きで見返した。「コンスタンツェ殿下のご無事をお伝えしたところ、それは大層お喜びのご様子らしく、是非ともご同席して頂け、との事」
「は・・・ッ?」
言下にコンスタンツェが吐き捨てる。
「女子の尻を追い掛ける事しか頭にない、色事にだけ老成た下半身小童の癖に、相変わらず偉そうな物言いをする・・・!」
「姫さま」
毒舌を吐いてまで抗いを見せる王女に、トラニオウは些か苦慮し始めた。
「──どうぞ、そのような口振りは、お慎み下さい」
「ふん、今更に忠義ぶるな」応えるコンスタンツェの、皮肉めいて歪む笑みは、それでも実に気高く見えた。「貴様が姫と呼ぶ女子は、口も悪く慎みに欠ける、可愛げの欠片もない無愛想だと、心して覚えて置くが良い」
シャヴィが直ぐ傍に居ると知った今、マデルーク王女には臆するものなど何もなかった。口を衝く強気な言葉に、自然と一層の棘が増す。口の減らない王女に、扱い兼ね出したトラニオウが、大きな嘆息に苦笑いを浮かべた。
「此処だけの話で恐縮ですが、メルヒオール殿下は姫君と2人して国を治めたい、と耳には致しておりますが・・・?」
「貴様の耳が腐っているから、そのような戯言すら聞き届くのだろうな」
コンスタンツが、嫌みたっぷりに口を尖らせた。
「──それに同席するロダリーゴも、殿下にはご助力を賜りたい、と」それでもトラニオウは辛抱強く、説き伏せるように言った。「この度は事が荒立たぬように、懇親も深きコンスタンツェ殿下のお力添えを頂きたい、と」
「助力? 力添え?」その顔に似合わず、コンスタンツェが再び吐き捨てるように言った。「何だ、その舌先三寸の世迷い言は?」
「何分ウェスデンの国家代表には──」
一呼吸の間を置いたトラニオウが、少し言い辛そうに言葉を継ぐ。
「ウェスデン王室の中でも、一際麗しきファラ王女殿下がご着席、との事なので」
「──ファラだと・・・?」
少しばかり一驚するコンスタンツェに、トラニオウは、はい、とだけ返事して顱を垂れた。
ファラの父でコンスタンツェの従伯父に当たるテオ・ヴィラージュ国王が、体調を崩して以降は父王の代理としてファラが、特に外交面では任を担い始めているのは耳にしていた。同い年を数えるウェスデン王女ファラは、コンスタンツェ同様に王権第一位継承者だが、コンスタンツェと違い、既に王室治世の一翼を担っている。
「──そうか、あのファラが親臨召さるか・・・」
唐突に独り北叟笑むコンスタンツェに、トラニオウが訝った。
「さてはロダリーゴが、あの乳団子姫に愛を囁く、愉快な舞台戯曲の幕開けと言う訳だ」
「──これはまた、きつい戯れ言を仰せに」
冗談に託つけた皮肉をしれっと吐くコンスタンツェに、トラニオウは苦笑するしかなかった。
「ヒイェラ神祇府宗代からの検侶をお認め頂きたいのですよ、ウェスデンの神祇府には」
「──某に、あのじゃじゃ馬を説得しろ、と?」木で鼻を括ったような言い草に、コンスタンツェは取り付く島を与えない。「面白い冗談だ」
「お二方とも、創祖デジャーソリスの血を引かれる、由緒正しき嫡流血統。そのお二方が揃って首肯頂ければ、ウェスデン、マデルーク、イフスにデネ、そして我がヒイェラと5国揃い、デジャーソリス主教聖国連邦を生す事も可能なのです」
目の前の若い王女が臍を曲げ掛けている、と見て取ったトラニオウが、仕方なしに遠図大計な国家運営の視点で説き伏せに掛かる。
「我が連邦は、それこそユナイテッド・ギャラクシー・オーガナイゼーション(銀河合衆機構)やベオウォルフ・トゥリティ・アライアンス(条約連盟)、ロスチャイルズ・コンジュゲーション(経済連衡)に拮抗しうる、第4の版図と為り得ましょう」
「大それた目論見だ事」
だがそんなものに全く興味の無いコンスタンツェは、逆に他人事の感を強めた。
「しかし故国が強くなるのに、何の躊躇いが必要でしょう・・・?」
「望蜀の嘆もそこまで開き直れば、大したものだな」それでも食い下がるトラニオウを、コンスタンツェは素っ気無く一蹴した。「業突く張りプルンチット一族の浅知恵か?」
「・・・・・・」
これ以上言葉を重ねても、ますます意固地になられると察したトラニオウは、押し黙ってしまった。
「まあ良い」
コンスタンツェが態とらしく、ふん、と高慢ちきに鼻を鳴らす。
「奸佞ビッチ(毒婦)のファラが相手なら、不足はない」
「どうぞ、お気をお静めに」コンスタンツェが変な方向へ勇まないように、トラニオウがやんわりと釘を刺す。「これは勝負事や決闘ではありません」
「さあ、それは約束出来ぬな」それでもコンスタンツェは容赦せず、甚振るように当て擦る。「それにファラが某に膝を屈してくれようものなら、それこそ貴様らの、プルンチットの思う壷なのであろうが」
聞きしに勝る、辛辣雑言、憎まれ口──顔には出さねど、さすがのトラニオウも心中で苦虫を噛み潰していた。扱い辛いにも程がある。メルヒオール殿下も、よくもまあ、こんな姫君に言い寄れるものだ、と呆れ返る。
「余りに無礼を働けば、ファラと言えどロダリーゴの前で裸にひん剥き、あの下品な乳の1つや2つ張り倒してやるかもな」
「またご無体な言い様」
提督とまで称される軍人が、小娘1人を相手に良いように遇われている。口さえ開かなければ、其れなりには見目も麗しいのに──気を失ったコンスタンツェに僅かとは言え、情を寄せた事をトラニオウは密かに恥じた。
「その方が、ロダリーゴも喜ぶだろうが」そんなトラニオウの腹蔵を見抜いたように、コンスタンツェが煽りに煽る。「──いや、鼻血でも出して、卒倒するやも知れぬな」
「・・・・・・」
「序でにその場で、ファラの処女をロダリーゴにくれてやって、色情巫女と崇め祀り、貴様らが目論む聖国連邦とやらに邁進するか?」コンスタンツェが本当に、くくくと行儀の悪い笑みを零した。「──何なら協力してやっても良いぞ」
「──それは・・・」
コンスタンツェの真意を計りかねたトラニオウが、口籠ってしまった矢庭。
トラニオウの背後の扉が、すっと開いた。
四肢を繰る黒い塊が、咄嗟に振り向いたトラニオウの眼前を足早に横切る。
「おお、クーガ、其方、何処へ行っておったのだ?」
寄って来る獅ほどの人造の獣に、態とらしい言葉を掛けたコンスタンツェが、腰を落としながら顔を綻ばせた。
クーガが一度出て行き、シャヴィからの言伝を携えて再び戻って来た後、三度コンスタンツェが返事を持たせて送り出した事を、目の前のトラニオウは知らない。しかもコンスタンツェが思っていたより、ずっと早く戻って来た。
「先程来より、姿を見掛けぬと思っていたら、勝手に艦内を散歩とは」
「某に狼藉を働いた貴様に一掻き浴びせようと、貴様を探しておったのだ」
渋面を作るトラニオウに、コンスタンツェはクーガの頭を撫でながら、いけしゃあしゃあと言って退ける。それにクーガが応えるように、ワオン、と一声哮えて、口を開いた。
クーガの口蓋の内には、コンスタンツェが携えさせたシャヴィ宛の文は勿論、シャヴィからの返事も無かった。
コンスタンツェは内心で、飛び上がらんばかりに喜んだ。
己が希望は、確かにシャヴィの元へと届いたのだ。しかもそれに対しての返信が無いと言う事は、その思いをシャヴィが無条件に肯定してくれた事に他ならない。
コンスタンツェは刹那、シャヴィと一緒ならそのまま落命するのも厭わない、とさえ思い込めた。万が一にそうなっても、心残りと言えば唯一、己がチェイスト・アレジアンス(純潔)に、シャヴィが手を付けて貰えない事くらいだ。
「──困りますな、殿下」そんな裏の事情を疑う余地の無いトラニオウは、コンスタンツェの傍若無人な振る舞いと嘆息した。「ご寵愛深きお連れなれど、勝手に歩き回らせて貰っては」
「貴様も精々気を付ける事だ──」
コンスタンツェが、如何にも不機嫌そうな面持ちのトラニオウを、横目に睨む。クーガが甘えるように、そのコンスタンツェの胸元に鼻先を擦り付けて来る。コンスタンツェは何故か、シャヴィがそうして来ているように感じられて、全身が擽ったくなった。
「──油断して、背中に牙を立てられぬように、な」
今度はクーガが、コンスタンツェの纏うシャヴィのシャツの前身頃を柔らかく噛み込むと、ついついと軽く引っ張り始めた。コンスタンツェが訝るように、どうした? とクーガの顔を覗き込む。
顔を上げたクーガが、再びワオンと哮えてから、尖った耳を小さく左右に振った。その仕草に、コンスタンツェが咄嗟に感付いた。
「それにクーガは、聞き分けの良い子だ。心配せずとも、某が呼べば、立ち所に戻って来くわ」
コンスタンツェは、クーガの細長い顔の両頬の辺りを両手で包み込むと、見透かすようにクーガの目をきっと見詰める。
「何しろ其方は、3つの耳で一語も漏らさず聞いておるのだからな」
そう言葉を投げるコンスタンツェに、クーガが高らかに、ワオンと哮え上げる。
刹那、そのクーガの反応にコンスタンツェは確信した。
“3つの耳で──”
これはシャヴィが、コンスタンツェに一番最初に事情を問うて来た折りに、口にしていた洒落言葉だ。トラニオウに気取られず、シャヴィにだけは通じる、と当て込んだコンスタンツェの、苦肉の言葉遣いだった。
それにクーガは、クーガを通してシャヴィは、力強く答えて寄越した。
“さすがはシャヴィ・ストラトス・・・!”
シャヴィはちゃんと、こちらの意図を汲み取ってくれたのだ。シャヴィが何処かで、此方の状況に傍耳を立ててくれている。シャヴィとは直接の会話は出来そうにないが、必ずシャヴィは様子を窺ってくれている。
“何と頼もしい、マイ・ロード(我が殿)・・・!”
コンスタンツェは胸の裡が、熱くなるのを感じた。
心は既に決まった。己が居場所は、シャヴィと共に歩み出す未来にある。後はシャヴィが、この身を掻っ攫いに来てくれる機会を待つだけだ。
★Act.5 何があっても何処までも・7/次Act.5 何があっても何処までも・8
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




