Prologue 処女を捧ぐ夜・6
「・・・不本意ではあるが──」小声に言葉を漏らしてから、ガートルードが殊更に声を張り上げて言った。「御館さまの命により助太刀致す・・・!」
「何を馬鹿な──」ちらりと振り返ったスナウトが、顔を顰める。「レディ・チョッピングブロック(俎板姫)を連れ出せと──」
「余所見をするなッ! スナウト!」
ガートルードのその言葉にスナウトが向き直った時には、目の前の白い人造狼は後ろ足で床を蹴っていた。
閨を出た先は、半径12メートル程の半円形をしたエントランスになっている。更にその先の本館へ通じる廊下を挟んで、右が納屋で左はコンスタンツェの常用居室兼図書室だ。
機械獣の初撃を擦り抜けたスナウトだったが、エントランスの中で逆に閨の高い両開きの扉を背に、追い詰めらる格好になっていた。そのスナウトが反射的にステップを踏み、脇の壁際へ跳び退る。
躱すスナウトの寸前で、機械狼の太い腕の爪が空を切る。だがそれが逆に徒となった。スナウトはコンスタンツェの常用居室兼図書室の壁を背に、進退窮まってしまった。
機械の狼は着地と同時に後肢を跳ねさせ、前肢を軸に身を捩ると、壁に背を付けるスナウトに相対する。彼我の距離は2メートルと無い。そのまま伸び掛かれば、強力な爪で最も容易くスナウトを引き裂ける。
狼が間髪入れずスナウトへ飛び掛かろうと、後肢の力をばねにして、後ろ足立ちで伸び上がった刹那。
「狼藉者とは、正しくお前だ・・・!」
大上段に振り被りながら駆け込んで来たガートルードが、人造狼の首元目掛けて、フォノンメーザー・ソード(電磁剣)を振り降ろす。頚と胴の繋ぎ目、白い外殻装甲の隙間へ、フォノンメーザーが火花を上げて食い込む。そのタイミングで、狼の足元へ仰向けに身を投げ出したスナウトの、下からの切っ先が首元の隙間に突き刺さる。
一瞬にして動きを止めた機械獣が、後肢を伸ばしたまま、床に倒れ込む。それでも運動機能システムがバランスを取ろうと足掻いたのか、後肢を何度か痙攣するように動かしたが、下半身が起き上がっただけで前肢が全く動かない。
ガートルードは振り降ろした剣を、確と握り直して、そのまま藻掻く機械獣の前肢と脇腹の隙間に突き刺した。そしてゆっくり身を起こしたスナウトが、渾身の力を込めて、まだ動く右後肢と腰の隙間にフォノンメーザー・ソード(電磁剣)を叩き込む。コヒーレントの耳を聾する破裂音が立って、機械獣の右後肢が捻折るように関節部から拉げて、その白い巨体が音を立てて崩れ落ちた。
やったか、と安堵の溜め息を吐いたガートルードが、急ぎコンスタンツェへの加勢に戻ろうと、踵を返した矢庭。
右手の納屋の向こう、閨に駆け付けるため、ガートルードが上がって来た階段から、ぬっと白い影が突き出る。今屠ったばかりの機械の狼と同じ、別の1体が、血塗れの咬牙に近衛兵の下半身を引き摺るように啣えていた。
思わず身構えるガートルードを遮るように、スナウトが躍り出る。
「構うなッ! お前は、レディ・チョッピングブロック(俎板姫)をッ!」
「──貴様、今日は見逃してやるが・・・!」
ガートルードが明白に青筋を立て、スナウトの背中を怒鳴りつける。
「次、その台詞を吐いたら、素っ首斬り落とす──」
そのガートルードが見遣るスナウト越し、新たに現れた機械獣を垣間見た刹那。
人造の狼が、啣えていた血みどろの下半身を放り捨てると、前肢を少しだけ曲げて前傾姿勢を取った。背に架装していた、3連装グレネード・ランチャー(擲弾発射器)の狙いが、此方を向いていた。
「マジェスタ! 逃げろッ!」
スナウトが横っ飛びに身を投げ出すのと同時だった。
白い狼のグレネード・ランチャー(擲弾発射器)が火を吹いた。
3発のグレネード(擲弾)が、背後の閨の壁に突き刺さる。耳を聾する爆音が轟いて、閨の壁の外装が砕け散り、爆圧が内材をぐすぐすに崩し、骨材を残して吹き飛ぶ。巨大な斧で叩き割ったような罅が入って穴が開き、閨のエントランスには黒煙が瞬く間に立ち篭める。
「マジェスタ! ベルセルク(動物型義工器械)が行ったぞッ!」
視界を奪う黒煙の帳の向こうから、スナウトの怒鳴り声がした。
反射的に顔を両腕で庇うガートルードの目前を、黒煙を巻いて影が駆け抜ける。巨きな白い体が、閨へと一足飛びに飛び込んだ。
「くそッ・・・!」
慌てたガートルードが、機械狼の後を追って閨へと駆け込む。
「──姫さまッ!」
* * *
一瞬ミランダが、突然の横合いの壁からの爆発に怯んだ。
その隙を突いてコンスタンツェが、ミランダの右足下辺りへと身を投げ出す。そのままくるりと床を転がるコンスタンツェを、半身を返すミランダの剣筋が追うように空を切る。前のめりに両手を付いたコンスタンツェの眼前に、壁に突き刺さっていた自らのフォノンメーザー・ソード(電磁剣)が、爆発で飛ばされ転がっていた。
コンスタンツェが躊躇無く剣のヒルト(柄)を掴んだ刹那、戸口向こうに漂う爆煙から、ベルセルク(動物型義工器械)が行ったぞ、と怒鳴り声がした。
はっとしたコンスタンツェが振り向いた矢庭、黒煙を纏いながら、白い機械巨獣が跳ね飛んで来た。
反射的に右足で床を蹴ったコンスタンツェが、仰向けに体を捻り倒した。膝を割り内股も露にしながら、尻餅を舂くように尻から落ちる。
それでもコンスタンツェは、直上を掠めるように飛び抜ける、白い巨きな機械獣の胴を目掛けて、咄嗟に切っ先を突き上げた。剣が巨獣の左後肢の付け根、腰との関節部に突き刺さる。
だが巨獣は勢いそのまま、あっと言う間もなく飛び抜た。コンスタンツェは突き刺した剣を、そのまま持って行かれてしまった。
ところが巨獣の方は着地したものの、バランスを崩して倒れ込んだ。どうやら右後肢が機能不全に陥った様子で、残る3本の脚肢で立ち上がったものの、足踏みすら上手く操れなくなっていた。
「──チェンテナリオの引き篭もり姫・・・!」
再び剣を失したコンスタンツェが、その声で振り返る。コンスタンツェの翡翠色の瞳に、剣を振り翳して向かって来るミランダの姿が映る。
「そのお命、頂戴!」
ミランダの、その金切り声が轟いた一弾指。
「貴様などが姫さまに刃向かうなど、1億年早いわッ!」
黒煙を巻き上げて、戸口から飛び込んで来たのは、勿論ガートルードだった。
床に尻付くコンスタンツェの首を刎ねようと、下段の構えから掬い上げるように繰り出されるミランダの刃筋に、ガートルードの振るった斬り下ろしの剣が打ち込まれる。
強烈なコヒーレントの破裂音が響き、打ち込まれた衝撃に思わずミランダが剣のヒルト(柄)を手から零した。床に転がるミランダの剣を、ガートルードが踏み付けた。
大概のフォノンメーザー刀剣には、ヒルト(柄)にセイフティ装置が組み込まれているので、ヒルト(柄)を握る手からの圧力を感知しないと、フォノンメーザーは発振しない。
「──ちッ・・・!」
舌打ち1つ、ミランダがひっくり返るように身を転がして、ガートルードからの追い討ちの斬撃を紙一重に躱す。
「姫さま・・・!」
跳び退くミランダを目で牽制しながら、ガートルードが丸腰のコンスタンツェに手を差し出す。手を取ったコンスタンツェが、新緑のような嫋やかな肢体を、勢い良く跳ね起きさせた、その一弾指。ガートルードの目線が切れたその一瞬の隙を、抜け目ないミランダが逃さず付け入る。
「後ろだッ! ガート!」
気付いたコンスタンツェが叫んだ時には、ミランダがステップを踏んで跳ね跳んでいた。人造狼の腰に刺さっていたコンスタンツェのフォノンメーザー・サーベル(電磁剣)を、ミランダが引き抜いた。
「お下がりをッ! 姫さま!」
初動に遅れを取ったガートルードが振り向いた時には、ミランダが疾風迅雷の如く駆け向かって来ていた。間に合わない、と咄嗟に見切ったガートルードが、我が身を斬らせても主を守ろうと、ミランダ向かって突進する。辛うじて剣を構え直したガートルードに、ミランダの薙ぎが一撃が入ろうとしたした矢庭。
「ミランダ・オーベロンッ!」
大きな怒鳴り声が轟いたかと思ったら、1本のダガー(刺突短剣)が切っ先を向け、ミランダ目掛け飛んで来ていた。と同時に漂う黒煙を割いてスナウトが駆け込んで来る。
「疾っ疾と尻尾を巻いて、飼い主の元へ帰れッ!」
スナウトの放ったダガー(刺突短剣)に気付いたミランダが咄嗟に、宙を跳ねていた身を無理矢理に捻って躱そうとする。ミランダの右腕を掠めたダガー(刺突短剣)は、着ていた白のブラウスを一瞬にして血に染め、後ろの天蓋ベッドの彫り物装飾も瀟洒な柱に突き立った。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




