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Prologue 処女を捧ぐ夜・5

「姫御前! お怪我はありませんかッ?」


ガートルードが、(うつむ)くコンスタンツェの顔を、心配そうに覗き込む。幸い分厚い緞帳のお陰で、室内にはガラス破片は飛び散って来なかった。


「──まさか、メテオ(隕石)でも飛び込んで来たのではあるまいな・・・?」


床に突っ伏すコンスタンツェが顔を上げた矢庭。


「──何だ、彼奴(あやつ)は・・・ッ?」


コンスタンツェの頭の上で、ガートルードの唖然と驚く声がした。


身を起こしたコンスタンツェが、ガートルードの視線の先に首を巡らせる。


天蓋ベッドの向こうに姿を見せていたのは、白い(おお)きな狼だった。


肩までの体高が130か140センチ、熊と()して変わらない。ただ野生の狼と違うのは、全身が人工器械の塊であるヴェルテブロイド(脊椎動物型義工器械)だった事だ。軽く見積もっても、コンスタンツェの10人分の重さがありそうだ。


しかも白い装甲外殻の背には、3連装のグレネード・ランチャー(擲弾発射器)を備えている。(ねや)の窓ガラスを粉砕したのは、このグレネード(擲弾)に違いない。(ねや)の窓は防犯硝子(ガラス)だが、さすがにグレネード(擲弾)の直撃には耐えられない。


「姫さま! お下がりを・・・ッ!」


ガートルードが咄嗟に剣を抜き、コンスタンツェの前に出る。


その白い人造狼は口元を血塗(まみ)れにして、噛み千切ったと思しき、銃を握った人間の右腕を(くわ)えていた。食い千切られた主は、プロスペロ王に付き従って来た、近衛兵に間違いなかった。


「──プロスペロの奴、(それがし)に獣姦プレイをさせるつもりだったのではあるまいな」


コンスタンツェも着剣したばかりの剣を抜剣する。


「こんな状況でお戯れを・・・!」


ヴェルテブロイド(脊椎動物型義工器械)狼が、足踏みするように向きを変えたのは、向こう側で(やいば)を結び合っているミランダとスナウト2人の方だった。


コヒーレント振動の破裂音を弾かせて、互い一歩ずつ後退(あとずさ)った両者が、飛び込んで来た機械の獣を同時に振り向く。


最初に動いたのはミランダの方だった。


ミランダが、何時(いつ)の間にか口に(くわ)えていた、ベストの(ボタン)から鎖で下がる笛のような物を吹く。


途端、飛び込んで来た白い機械の獣が、まるで総毛立ったかのようにビクビクッと全身を震わせた。咆哮するような気配がして、ミランダがさらに飛び退(すさ)ったかと思ったら、機械の巨狼が飛び掛かった。さすがに慌てたスナウトが、転がるように身を(かわ)す。


どうやら標的はスナウトで、機械獣のハンドラー(命令権者)はミランダに間違いない。


進退窮まるのを避けるため、スナウトが跳ねるように退(すさ)りながら、開け放たれた(ねや)の戸口から廊下に出る。


「──コンスタンツェさま、早くお逃げを・・・!」


スナウトがそう叫ぶと同時だった。巨躯の人造狼がその爪牙で引き裂かんものと、後ろ足で床を蹴っていた。

「ガートルード・マジェスタ! 姫をお守りして脱出しろ!」


スナウトは咄嗟に床に身を投げ出し、飛び掛かって来た狼の下を掻い潜って、位置を入れ替える。


「ステフ・スナウト! 私に命令するなッ!」


「ガート! 奴に加勢してやれ!」コンスタンツェが迷い無く言い切った。「相手があんな獣では流石に敵わぬぞ!」


「姫さま!」


「あの煮え湯を飲ませてくれた女、(それがし)が相手をする!」


そう言葉を口にした時にはコンスタンツェは、ガートルードの横からベッドの上へと飛び上がっていた。


「何を猪口才(ちょこざい)な!」ぎりっと歯噛みしたミランダが、(くびす)を返す。「レディ・チョッピングブロック(俎板姫)ッ!」


「その言い草! 矢張りゴルゴン(醜女)・ヒポリアと通じておるなッ!」


血気に(はや)るコンスタンツェがベッドの上から、向かって来るミランダへ、大上段に振り被った剣を斬り下ろす。コヒーレント振動が不快な音を響かせる、コンスタンツェのフォノンメーザー・ソード(電磁剣)を、ミランダが薙ぎるように(かわ)し斬り結ぶ。強烈な破裂音が立って、床に着地したコンスタンツェと、くるりと身を翻したミランダが、プロスペロ王の血の海の前で睨み合う。


「その貧相な体付きで、陛下を(たぶら)かそうなどと、笑止千万」


「どう見ても、(それがし)よりナインペタンの癖に、大口を叩く!」


「──私の立場に」

先に動いたのは、またもやミランダの方だった。

「色香は必要ないッ!」


床を蹴り、切っ先を突き出してミランダが突進する。


「そうだろう! 貴様のようなティグレス(性悪女)が婀娜(あだ)なしたところで、可愛げの欠片もないからなッ!」


咄嗟に右脚を軸に半歩引いて半身を返したコンスタンツェが、そのまま腰を回し、剣を薙ぎり上げる。突っ掛かって来たミランダのブレード(剣身)を、コンスタンツェの剣が掬い上げるように弾く。()つかり合うフォノンメーザーが光爆し、コヒーレントの激しい破裂音が立つ。


他人(ひと)の事を言えるのか、無粋姫ッ!」


弾かれて後退(あとずさ)ったミランダが、着地と同時に膝のばねを使い、大上段に構えながらコンスタンツェに襲い掛かる。


「無粋とはまた無粋な減らず口! 鬼籍に入るまでには、枕元で殿方から優しく(ささや)かれる経験をしておいた方が良いぞ・・・ッ!」


少しばかり体勢を崩し、片膝突いたコンスタンツェが、剣を切り上げながらミランダの剣筋を受け流して、横へ跳び(かわ)す。


男性(おとこ)も知らぬ処女姫に、情事を諭されたくはない・・・ッ!」


剣筋を弾かれたミランダが、煽られた勢いを利用して、くるっと一回転したかと思ったら、強烈な回し蹴りを送り出す。


「そのようだ! 破瓜の機会を貴様のお陰で失したからなッ!」


コンスタンツェは咄嗟に床へ身を投げ出し、唸りを上げるミランダの左足を擦り抜ける。


「心配なさるな、未通女(おぼこ)姫! 潔いままあの世に行って頂くからなッ!」


ミランダが勢い余って体勢を崩すが、くるっくるっと身を回してバランスを取る。だが今度はコンスタンツェの方が速かった。


「せっかく拾った処女だ! 女子(おなご)の喜びを知らぬまま、果てたくは無いッ」


そのままコンスタンツェは床を転がると、ミランダの軸足である右足に自らの下半身を使って払いを掛ける。ところがミランダは左足を上げる反動を利用して、スケート競技のバタフライ・ジャンプのようにすっと右足を跳ねさせると、そのまま宙を浮いてコンスタンツェの掬いを(かわ)し、すっくと左足で着地した。


「真の女子(おなご)の喜びは、ベッドの上にはないと知りなされッ!」


「おのれ! 尻は軽くない癖に、身だけは軽い女狐めがッ!」


体勢を建て直す暇を与えるものかと、コンスタンツェが跳ね起きた矢庭。


片膝突いたコンスタンツェの頚を狙って、ミランダの薙ぎが空を斬る。


咄嗟に盾代わりに庇い立てたコンスタンツェの剣を、ミランダの強引な薙ぎで弾き飛ばされ、手が離れた。宙を舞う剣が、切っ先から横合いの壁に突き刺さった。フォノンメーザーの発振はブレード(剣身)部のみで、鋭い切っ先は刺突用の製鋼になっている。


「くッ・・・!」


徒手となったコンスタンツェが、翡翠(ひすい)の瞳で(にら)み上げる。


「覚悟されよ、レディ・チョッピングブロック(俎板姫)!」


威嚇するようにミランダが、フォノンメーザー・ソード(電磁剣)の切っ先を突きつける。今度こそ一撃の下に(とどめ)と刺さんとばかり、大きく振り被った、その矢庭だった。


いきなり(ねや)の壁が轟音を上げて吹き飛んだ。



  * * *



加勢してやれ──そう言い放つ主君コンスタンツが、ガートルードが止める暇もなく、飛び出した。

「何と無鉄砲な・・・!」

ええい、(まま)よ、と割り切ったガートルードは、ステフ・スナウトが対峙する機械狼に向かって駆け出した。廊下に飛び出したスナウトが、正に飛び掛かって来んと身を低くして四つ足で踏ん張る機会獣と真正面から睨み合っていた。





★Prologue 処女を捧ぐ夜・5/次Prologue 処女を捧ぐ夜・6

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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