Act.5 何があっても何処までも・4
シャヴィは直ぐに、クーガに襲われた連中だな、と察しが付いた。
何しろクーガには、コンスタンツェ庇護のために、対人攻撃許可を出してあった。あの体重で伸し掛かられ、牙を剥かれ、爪を立てられたら、絶対に軽傷では済まない。しかも船内での、猛獣相手のクロース・クォーターズ・バトル(近接戦闘)など、シャヴィでも願い下げだ。
半円形のエアロック(気密隔室)は、曲面を描く側にメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)への口があり、嵌まった窓ガラスからは、折り畳まれて格納されているブリッジ(乗船廊橋)とベイ(格納庫)が見えている。反対側の壁には左右2つの扉があって、隣の部屋へ繋がっている。シャヴィは室内が標準環境に戻ったのを確認すると、ロンパス(空間作業服)のヘルメットを外す。吸い込む空気が、何となく血腥い。
隣室の扉の際に立って、向こう側の気配を嗅ぎ取る。
他人の気配がないと判断して、扉を開く。
開いた先は、50メートル四方のだだっ広いブリーフィング・ルームだった。
入って来た側の壁、左右の口の間には大きなディスプレイ・スクリーンが嵌まっていて、その前にはコンソール(制御卓)が備えられている。それに向き合う格好で、備え付けの粗末なベンチシートが、広い間隔でずらっと並んでいる。部屋の中央の床にもブリーフィング用のディスプレイ・スクリーンが設置されているので、このファシリティ(設備)は本来アボルダージュ(強行移乗)用なのかも知れない。
最奥の壁に出入り口が1つと、左右の壁の中央に同じようなは両開きのドアがあって、隣への部屋に通じている。構造的には、左右両側の先には共にエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)があると思われる。
シャヴィは左右を見渡して、ふうむ、と軽く首を捻り、それから右の方へと足を繰った。右手の方には、作業員たちが使った常用のエアロック(気密隔室)ある。となれば、其所には作業員用のエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)が、必ずあると踏んだからだ。
兎に角、先ずはロンパス(空間作業服)を着替えなければ、行動すら儘ならない。それに引き上げた作業員たちも、もう居ない頃合いと判断したからだ。
シャヴィは右手側のドア脇の壁に背を付ける。小さく深呼吸するとドアを開いた。
室内をざっと見渡して、エクイップメント・ロッカー(装備保管庫)らしきものがないと見て取ると、向こう端の大きなドア口へ早足で歩を進める。無人の縦長の部屋は、奥行き70メートル程、幅20メートルに4列のベンチシートが並ぶ。言わば移乗に際してのセットアップ・ルームで、ハビタブル・オーバーオール(空間作業用気密与圧服)着用で150人規模の1個トループ(中隊)が、一時に集合できるスペースのようだ。
再び壁に背を付け、両開きのドアを開く。
先は少し広めのコネクティング・スペースで、正面には小さめの別の部屋に繋がるドアがあって、左手の先にはメイン・シャフト(艦内主幹通路)が見えている。メイン・シャフト(艦内主幹通路)は通路幅が10メートルあり、艦内用の移動手段であるバッテリーカー(蓄電池車)が、お喋りに現を抜かす3人を乗せたまま横切って行った。
取りも直さず、艦内移動に車輛を用いなければならない程、この艦船の内部容積は大きいと言う事だ。
“──1000メートル級はあるか。外から見掛けた通り、かなり大きい・・・”
しかも、この巨大宇宙艦はどう見ても戦闘艦だ。コンスタンツェがトラニオウとか言う奴と向き合った時に疑っていた通り、ヒイェラはウェスデンへの武力侵攻を掛ける気でいるのかも知れない。そうなれば、国力と軍事力ではウェスデンに勝るヒイェラが優位に立つのは目に見えている。
“もしそうだとしたら、ウェスデン近傍宙域にこの艦1隻だけ、と言うのは有り得ない”
これだけの戦闘艦だ、僚艦の2隻や3隻は居る筈だ。しかも、コンスタンツェを収容した艦だ。もしかしたら、フラッグ・シップ(艦隊旗艦)かも知れない。
鑑みるに、意外と厄介な状況に溜め息を吐きながらも、シャヴィは正面の扉を開いた。
此方は、ベイ(格納庫)担当作業員用のバックヤードだった。右手には、作業員用と思われるエアロック(気密隔室)への扉があって、正面にも扉がある。引き上げた作業員たちの姿は既に無く、シャヴィは迷わず正面の扉を開く。その先が探していたエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)だった。
中央に作業員用のロッカーが2列に並んでいて、左右両側には備品やスペア・パーツを乱雑に置いてある物置き棚とストレージ(収納庫)が備え付けられてあった。凹みだらけのロッカーは、大半が開きっ放しで手荒に脱いで突っ込み放しのロンパス(空間作業服)が垣間見え、床には小汚い艦内ブーツが其処彼処に散らかっていた。
ロッカーと壁の間にある薄汚れたベンチシートには、飲み掛けのドリンク・ボトルや皺苦茶になったタオル、踵が踏み潰されてペッタンコになった簡易シューズ、果ては手垢が付くほど読み返された同性ポルノ雑誌などが置きっ放しになっていた。左手の方にはシャワー・ブースが5つ並んでいて、その脇には作業服を山のように突っ込まれ、鼻の曲がりそうな臭いを放っている洗濯物入れがあった。
シャヴィは周囲に人気が無いのを再確認して、手っ取り早くロンパス(空間作業服)を脱ぎに掛かった。脱いだロンパス(空間作業服)を適当なロッカーに押し込むと、肌にぴちっと密着した3分レングス(裾丈)の上下一体のボディ・ブリーファー(下着)に素足と言う状態のまま、壁際の物置き棚とストレージ(収納庫)を物色して回る。
艦内組織編成がどうなっているかは分からないが、デッキ・オペレーション・デパートメント(施設運用科)の艦内作業着は、柑子色の上下つなぎになったオーバーオールらしい。皺苦茶に丸められた艦内作業着が2着と、支給されたは良いがサイズ違いだったのか、袋から開けられて1度袖を通しただけで放り出されてあった1着が見つかった。
何れの制服もシェブロン(袖階級章)が無く、ほぼ新品の1着は背丈185センチのシャヴィには小さすぎて入らない。着古された2着は、両方ともサイズは大丈夫そうだが、どちらも薄汚れていて臭い。相互に臭い比べたシャヴィが、鼻の曲がり具合がましな1着に足を通す。此方の作業着には、カナビラ鐶がぶら下がる細目のハーネスと、タック・ホルダー(工具差し)がある腰ベルトが付いたままになっている。見付けておいた、少し小さいキャンバス地のデッキ・シューズ(艦内履き)に無理矢理足を押し込む。
シャワー・ブースの向こう、ドリンク・サーバとベンチが設置された、ちょっとした休憩スペースにある、壁に嵌まった情報端末に歩を寄せる。手を伸ばした矢先、右手の脇のドア口から、清掃用具を携えた3人の作業員が入って来た。
同じ柑子色の艦内作業着を着た3人は、両手が塞がっている事もあってシャヴィに簡素な敬礼をして、シャヴィが通り抜けて来たセットアップ・ルームの方へと向かって行く。血で汚れたエアロック(気密隔室)の後始末を命じられたのだろうが、清操を言い付けられるなど最下位の兵卒に違いない。シェブロン(袖階級章)が付帯するシャヴィの左腕が反対側で見えなかったため、兎に角敬礼をした、と言うところだろうか。
これだけの巨艦になるとクルー(乗艦員)は5000人を下らない。末端の兵卒同士など、同科目所属でも直属の小隊長が違えば、もう見知らぬ者同士に近い。ましてやデッキ・オペレーション・デパートメント(施設運用科)だと担当デッキ(区画)が違えば、街中で擦れ違う他人と同じだ。
シャヴィは3人が出て行ったのを確認すると、改めてコンソール(制御卓)を操作して、画面に艦内施設図を引き出した。
艦名ガルビオン、全長1204メートル、デッキ(甲板)数が300を超える巨艦だ。これだけ大きい躯体となると、90度回頭するだけで1分近く掛かる。しかもそのデッキ(甲板)自体も、個々に数十のバルクヘッド(隔壁)で細かくコンパートメント(区画)化されているので、内部は迷路そのものだ。
シャヴィの居るデッキ(甲板)は188番デッキ(区画)で、上下の5階層と合わせてメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)のベイ(格納庫)とランチ・デッキ(装載艇甲板)を兼ねている。プラズマ・ブラスターをバウ(艦首)に艤装しており、タム・オ・シャンタを砲撃したのはこの艦載主砲に間違いない。艦体後部の大きなフライト・ペイロード(航宙機材積載庫)から推測すると、運用する宙空間スコードロン(編団)は10中隊を下らない筈だ。
さらに検索システムで、将校用メディカル・ステーション(救護医療処置室)を探し出す。言わずと知れた、コンスタンツェが収容されている場所だ。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




