Act.5 何があっても何処までも・3
巨大戦闘宇宙艦の右舷側から伸ばされたメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)は、全長およそ100メートル。エアプルーフ(気密)のブリッジ(乗船廊橋)自体は直径5メートルほど、4節の蛇腹構造で上下左右に伸縮式のシザー・フレームが付いている。
“やはり、タム・オ・シャンタ船内からメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)を通って、あの戦闘宇宙艦の艦内に潜り込むのは無理そうだな・・・”
巨大戦艦からは強力な作業灯が照射されていて、メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)が漆黒の闇にしっかりと、陰影深く浮かび上がっている。ドッキング(接舷)担当のボラード(繋留員)が5、6人ほど、手持ち無沙汰そうに宙を漂っているのが確認できる。
その周囲には、テザー(命綱)がシャヴィを簀巻きに絡め取る原因を作った重機同様、ポート・サイド(左舷)の重機たちもゼリービーンズ・バリアに衝突した際の衝撃でビンディング(固縛)が外れ、残ったビンディング(固縛)に繋ぎ止められた数機が、何かに引っ掛かった凧のように宙を漂っていた。
息を殺して様子を窺うシャヴィが、僅かばかりの息苦しさを感じて、腕の着内環境モニターに目を落とす。
酸素分圧が低下していて、二酸化炭素濃度が上昇している。炭酸ガス浄化循環系統が不具合を示していた。打ち付けられた際に、故障したのかも知れない。まあ、今直ぐにどうこうなって、窒息する訳ではないが、何時までもこのままでは居られないのも確かだ。
シャヴィは思い切って、壁の陰から、手近に漂っているステベ(荷役)用タグトラクタ(空間曳機艇)の陰へと、そっと体を滑り込ませる。
シャヴィがそのまま、暫く様子を窺う。
ドッキング(接舷)担当のボラード(繋留員)の動きが、少し慌ただしくなった。メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)が小さく震え、3人のボラード(繋留員)が接舷しているタム・オ・シャンタのエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)の方へと、マニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を噴かせながら集まって行く。
“──ディスコネクト(離舷)、しようとしている・・・?”
恐らく、船内の捜索が一段落したのだろう。アコモディション(乗居区画)だけならものの5分で済むし、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)をチェックしても、2分隊もあれば30分も掛からない。
まあ一国の王女が、単身でフレーター(貨物船)に乗っているとは、普通では考えられない。お付の者が──コンスタンツェがちらっと口にしていた近衛なりが居る筈だとは思うだろう。それでも奴らの目的がコンスタンツェの身柄の確保なら、付き人など、実際は居ようと居まいと然して重要ではあるまい。
“何処ぞのルーンナイト(魔剣士)みたいに、このまま眺めているのも善いか、とは行かないからな──”
全身の筋肉に力を溜めたシャヴィが、両足でタグトラクタ(空間曳機艇)を蹴飛ばした。
シャヴィはマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を背負っておらず、圧搾空気スラスター(噴射器)も持っていないので、下手に姿勢を変えたりすると反動であらぬ方向へ流され、戻って来れなくなってしまう。
“かと言って、ディックみたいにスカイラーク(雲雀号)を持っている訳でもないし、マートのような財産家の知り合いもいないし、大体、手品だって下手糞なのに──”
自らに呆れるように嘆息吐いたシャヴィが、10メートルほど先に漂い浮かぶステベ(荷役)用重機の陰に飛び込む。
直ぐ先を、ヒイェラ宇宙軍のボラード(繋留員)が、すうぅっと漂い横切る。母艦の巨大戦闘艦から投げられる、強烈な作業灯の光線軸に注意しながら、照らし上げられないように、ボラード(繋留員)の背後を漂宙い抜ける。浮かんでいる別のタグトラクタ(空間曳機艇)の陰に入り込んだシャヴィが、上を見上げる。
メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)までは、約20メートル。その間には、もう身を潜められるステベ(荷役)用重機は、宙空間に浮かんでいない。タム・オ・シャンタのエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)周囲に、ボラード(繋留員)が集まり始める。
“──トードスツール(毒茸)姫には、美味しい手作りケーキでもご馳走して貰わないと、割が合わないな、こりゃ・・・!”
意を決したシャヴィが、その隙を突くように重機を蹴飛ばした。と同時にブリッジ(密接乗船廊橋)のシザー・フレームが縮み始める。
宙を進んでいたシャヴィの伸ばした右手が、メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)の、稼働中のシザー・フレームに届く。手が挟み込まれないように注意しながら、弾かれないように慣性を殺し、そっとその身をへばり付かせる。
4節あるメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)が、3箇所の屈曲部でW字状に折れ曲がりながら、徐々に巨大戦闘宇宙艦の船腹側へと収納されて行く。シャヴィが、そのメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)の動きに紛れるように、ブリッジ(密接乗船廊橋)の影側沿いを、戦艦のベイ(格納庫)へと飛び込む。
着用しているロンパス(空間作業服)が、ヒイェラ宇宙軍とは明らかに異なるので、シャヴィは見咎められないかと内心冷や冷やだった。担う作業に専念している作業員たちは、外から不審者が侵入して来るなどとは夢にも思っていないのだろう。彼らが着込んでいるロンパス(空間作業服)自体も、視界が狭くて周囲を見渡せないため、ベイ(格納庫)内の陰に潜み込むシャヴィを、怪しむどころか気付く作業員もいなかった。
上手く紛れ込めたのは、メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)と宙空間作業用の機材の、かなり広い汎用ベイ(格納庫)だった。基部側で90度折れた状態でW字に収納されるブリッジ(密接乗船廊橋)の周囲には、10機以上のタグトラクタ(空間曳機艇)と小型ランチ(装載艇)が2艇ビンディング(機材固縛)されている。作業用の庫内照明が灯ってはいるが、意外と薄暗い。
構造から言えば、このベイ(格納庫)はエアプルーフ(気密構造)ではないため、重力も含めて標準環境は提供されない。だからと言って、不具合が生じているロンパス(空間作業服)を、何時までも着ている訳にも行かない。感じ始めた息苦しさを我慢して、ベイ(格納庫)内の人気が薄れるのを暫し待つ。
外にいたボラード(繋留員)たちが引き上げて来て、舷側のベイ・ゲート(庫扉口)がゆっくりと閉じ切った。ブリッジ(密接乗船廊橋)の収納作業が済んだのか、庫内の他の作業員たちも戻って来たボラード(繋留員)と一緒に、次々とランチ(装載艇)陰にある内壁側のエアロック(気密隔室)へと飛び込んで行く。庫内は15分もしないうちに、人の気配は勿論、動くものすら無くなった。
身を潜ませていたタグトラクタ(空間曳機艇)の陰から、そろそろと姿を見せたシャヴィが、気を澄ませて気配を疑い、体を回転させながら辺りを見回す。改めて庫内が無人なのを確信すると、シャヴィはW字に畳まれているメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)の、相手へ接舷する側の先端口へと漂宙い寄った。分厚い静電密着式フェンダー(防舷緩衝器)が囲む接舷する側には、バルクヘッド・パス(隔壁通口)やエアロック(気密隔室)のような設備はなく、単に大きな管のような口が開いているだけだ。
圧せば簡単に凹むほど軟らかい、複合ゲル樹脂高弾性素材製のフェンダー(防舷緩衝器)に手を掛けると、巨大蚯蚓の口ようなメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)の中へと、シャヴィはすいっと入り込んだ。中はさすがに真っ暗なので、ロンパス(空間作業服)付属の作業用照明を点灯させる。
4節に分かれている蛇腹式のブリッジ(乗船廊橋)は畳まれているので、長さ自体は5メートル程しかない。直径も5メートルあるので、中を移動する分には難しくないが、W字に畳まれている節と節との結合部が鋭角に折れているので、上手く体を捩らないと通り抜けられない。少し厄介な難所を3箇所通り抜けると、目の前にエアロック(気密隔室)へのバルクヘッド(隔壁扉)が見えた。
作業員たちが使った通用のエアロック(気密隔室)から入ろうとしなかったのは、後を追って同じエアロック(気密隔室)から侵入すると、クルー(乗艦員)と鉢合わせしてしまう可能性が高いと思ったからだ。明白に異なるロンパス(空間作業服)を着ていると、さすがに怪しまれる。その点、格納済みのメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)に繋がるエアロック(気密隔室)の方には、クルー(乗艦員)は居ないと考えたからだ。
エアロック(気密隔室)へのハッチ(外扉)にはロックが掛かっているかと思ったが、エアロック(気密隔室)側の減圧が完了すると難なく開いた。シャヴィは念のため、扉際の陰に身を寄せて中の気配に気を澄ませていたが、何も起きない事を感じ取ると身を翻して飛び込んだ。と同時に降り掛かって来る重力で、すとんと落ちる感覚を味わう。少し油断していた所為もあって、危うく尻餅を舂いて倒れ込むところだった。
ほう、と安堵の息を吐いたシャヴィは、ハッチ(外扉)を閉めると、エアロック(気密隔室)内の照明を点けて再び標準大気を流し込む。飛び込んだ移乗用のエアロック(気密隔室)は、アセンブリ(集合待機室)を兼ねているため、一般的なエアロック(気密隔室)よりもかなり広い。
半円形をした床には救急医療キットが散らばっていて、所々に血の痕が──しかも相当な量が付いていた。何かを引き摺ったようなような跡も残っていて、如何にも剣呑な雰囲気だった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




