Act.5 何があっても何処までも・2
「──クーガ・・・ッ!」
コンスタンツェの甲高い叫び声が、シャヴィの耳に届く。
“クーガ・・・?”
「よくもクーガを・・・ッ!」
コンスタンツェの罵声だった。
“──クーガが殺られた・・・ッ?”
手出しをするな、私が相手をする──トラニオウが改めて、コンスタンツェに対峙する声が聞こえた。大丈夫だ、クーガの機能は停止していない。聴覚センサーはちゃんと働いているので、クーガが活動不能なほどに破壊された訳ではない。
「なかなかにユニークなこの忠犬は、殿下の遊び相手ですか・・・?」
トラニオウの言葉に、シャヴィが大声で呼び掛けた。
「クーガっ? 動けるのかッ? 動けるなら返事をしろッ!」
直ぐさま、ワォンとクーガの吼え声が、小さいながらはっきりと聞こえた。
「──飽くまで下がらぬ、と言うのなら・・・ッ!」
傲然と勇むコンスタンツェの声が、シャヴィの耳朶を打つ。同時にクーガの制御システムから、駆動システムへの異状を検知しました。健全性への再検証を実行します、とのガイダンス音声が入る。
「その素っ首を、某が貰い受ける・・・ッ!」
コンスタンツェの、戦意を剥き出しにする怒鳴り声がして、何やら激しく争う気配が耳欹つ。直接加勢してやれない牴牾しさに苛立つシャヴィが、くそっ、と強引に身を捩った刹那、マニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)のハーネスから右肩が抜けた。
“──しめた・・・ッ!”
焦りながらもユニット(宙空間作業用推進器)から身を抜け出させるシャヴィに、その剣、と声を上げるトラニオウの言葉が聞こえ、コンスタンツェと激しく鍔迫り合いをしている気配が伝わって来る。
「クーガっ! まだかッ?」
痺れを切らせたシャヴィが、声を荒げたと同時に、起動完了、駆動システム検証、躯体稼動機能に異状を認めません、とのガイダンス音声がクーガのシステムから届く。その報告を皆まで聞かず、シャヴィが噛み付くようにクーガへ命じる。
「クーガっ! コンスタンツェを何が何でも守り抜けッ!」
「貰ったッ! トラニオウっ!」
その言葉を当てにしていたように、コンスタンツェの勇む声がして、うおおお、とトラニオウらしき憤怒の声が聞こえて来る。クーガが見事に、トラニオウの足に噛み付いたのだが、当のトラニオウは意に介さなかった。
「御無礼、御免・・・!」
そのトラニオウの声と同時に、漏れ伝わって来ていた向こうの雰囲気が、俄に静かになった。斬り込んで来たコンスタンツェに、トラニオウがその刃筋を躱しながら、コンスタンツェの無防備な脇腹にスキャバード(鞘)を当て込んだのだ。
「スタンツィ・・・ッ!」
咄嗟に声を上げたシャヴィだが、状況が全く掴めない。
コンスタンツェは強烈な当てを食らって、身を捩りながら床に倒れ込み、そのまま疲れ果てたように気を失っていた。耳を欹て、様子を嗅ぎ取ろうとするシャヴィに、トラニオウの声が届く。
「離れろ・・・ッ!」
そのトラニオウの言葉に、シャヴィは思わず肩を落とした。
「──無用な動きをすると、貴様の主人に傷が付く」
トラニオウの気配だけが伝わって来ると同時に、コンスタンツェの気配がしなくなった。
何人戦られた、と尋ねるトラニオウの声がして、被害状況を返答する部下の声が聞こえる。どうやらコンスタンツェの抗いも空しく、一敗地に塗れたのは間違いない。
コンスタンツェを収容して艦内で手当てしろ、とトラニオウの指示が飛んでいた。肝腎のコンスタンツェの声が聞こえないのは、それ程にダメージを負ったのか、気を失ったのだろう。ただ相手にしていたトラニオウの言葉遣いと、決着の付いた後の様子から、コンスタンツェは手酷い怪我を負わされていない事が、唯一シャヴィをほっとさせた。
将校用メディカル・ステーション(救護医療処置室)へ回って頂け──クーガの聴覚センサーが拾うトラニオウの声が聞こえた。
「──良いか、クーガ、よく聞け」
足に絡むテザー(命綱)に梃子摺りながらも、やっとこさで簀巻き状態から解放されて身を起こしたシャヴィが、噛んで含めるようにゆっくりと、クーガに話し掛ける。
「何が有っても、コンスタンツェの傍を離れるなよ」
壁のように伸し掛かって来ている、ヒイェラ宇宙軍の巨大戦闘宇宙艦を、シャヴィは見上げた。
“──それで俺は、一体何をやろうとしているのだ・・・?”
「ただし、他の連中には手出しするな。大人しく好い子で居るんだ。コンスタンツェに累が及ぶと不味い」
それだけ言って、シャヴィは、ほう、と小さく息を吐く。船内を隈無く捜索しろ、と言うトラニオウの声が、今までより遠くに聞こえた。どうやらクーガが、艦内に運び込まれるコンスタンツェに付き添って、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)を離れたようだ。
“──だが、俺が行ってどうなる・・・?”
オッド・パーン(半端な宇宙船乗り)が、コンスタンツェの役に立つ筈もない。
少しばかり逡巡して、シャヴィは独り皮肉っぽく自嘲した。
“そんな事、疾うに、決めていただろうが──”
本来の仕事である輸送の積荷は、文字通り胡散霧消してしまった。同時にシャヴィが、タム・オ・シャンタに残る意味も失われた。此方は全くもって、取り返しが付かない。
だがシャヴィには、今、取り戻さなければ為らないものが、たった1つ残っている。このまま黙って見過ごす訳にはいかない。何故なら、少なくとも当のコンスタンツェは、同行を望んではいなかったのだから。
それに咄嗟の事とは言え、クーガをコンスタンツェに随わせているのだ。
シャヴィは改めて、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)外殻表面のラダー(梯子)を掴みながら、巨大宇宙戦闘艦がドッキング(接舷)している反対の左舷の方へと移動する。
“──とにかく、あの馬鹿でかい宇宙艦に乗り込まなければ、話にならない”
コンスタンツェが、将校用メディカル・ステーション(救護医療処置室)に収容された事だけは分っている。しかも傍には、クーガが控えている。
“姫君を前にして、白馬の騎士ってのは、矢張りこうするんだろうな・・・”
端から決めていた事とは言え、無謀な選択に、我ながら自戒を込めて呆れ返る。
アコモディション・デッキ(乗居区画)の右舷側の外壁に、シャヴィが身を寄せる。10メートルほど先に、スターボード・サイド(右舷)のエアロック(気密隔室)が見えていた。
メーデー(救難事態宣言)を発信したタム・オ・シャンタは、そのエアロック(気密隔室)のハッチ(外扉)を全て解錠しているので、メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)でドッキング(接舷)されているポート・サイド(左舷)とは反対の、スターボード・サイド(右舷)のエアロック(気密隔室)からならタム・オ・シャンタ船内へ入り込むのは簡単だ。だがトラニオウとか言うプルンチットの大将もまだタム・オ・シャンタの船内に残っているらしいので、捜索に当たっている武装兵など搗ち合ったら、勝負にならない。
シャヴィは大きく息を吸い込むと、決意を改める。
見えているスターボード・サイド(右舷)のエアロック(気密隔室)とは反対の、ポート・サイド(左舷)へと、シャヴィは船尾側からアコモディション(乗居区画)を回り込む。
タム・オ・シャンタのアコモディション(乗居区画)は、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)最上層の、第1カーゴ(貨物室)と第2カーゴ(貨物室)を跨ぐように、真上に乗っかっている。アコモディション・デッキ(乗居区画)自体の幅は80メートルほどで、第1カーゴ(貨物室)と第2カーゴ(貨物室)の上屋根外殻部の20メートルほどが、庭先のように迫り出す格好になっている。その20メートルほどの部分が、ステベドアリング(荷役)用重機のビンディング(固縛)スペースだ。
アコモディション(乗居区画)最後部にある、ランチ・デッキ(備載艇甲板)口の前を通り過ぎると、シャヴィはロンパス(空間作業服)の作業用照明を消灯した。漆黒の宙空間では、小さな光源でも移動すると、非常に目立つからだ。
壁の陰からそっと、ポート・サイド(左舷)を覗き込む。シャヴィが見上げる先、巨艦からのメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)が、タム・オ・シャンタの残り滓のようなアコモディション・デッキ(乗居区画)、そのポート・サイド(左舷)のエアロック(気密隔室)に接舷されているのが見えた。
★Act.5 何があっても何処までも・2/次Act.5 何があっても何処までも・3
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




