Act.5 何があっても何処までも・1
「──これは、コンスタンツェ王女、殿下・・・?」
初めて聞く野太い声が、唐突にシャヴィの耳朶を打った。
「トラニオウ・プルンチット・・・!」
「お見知り置き頂いて、恐悦至極」
驚いたようなコンスタンツェの声に、その男性の声が愉快そうに返して来た。
2つの人声は、側に居るであろうクーガの聴覚センサーが拾い上げているものだ。
コンスタンツェはエアロック(気密隔室)へ、救助の出迎えに行った筈──伝わって来る不穏な空気に、シャヴィが少しばかり焦る。
「トラニオウ・プルンチット、此処はウェスデンの筈」コンスタンツェの声は、驚きとともに決然と問い返していた。「──どうしてヒイェラ軍属の其方が居るのだ・・・!」
“──ヒイェラ、だと・・・?”
圧し付けられているグラップルの下で、テザー(命綱)に絡み付かれながらも、身悶えして何とか解き抜け出ようとするシャヴィが、ドッキング(接舷)している巨大艦船の、壁のように立ち塞がる姿影を見上げる。
「おや、此処をウェスデンとご承知で」コンスタンツェがトラニオウと吐き捨てるように呼んだ相手の男は、殊更に余裕振った声音だった。「──しかし、既にお目覚めで居られたとは」
“ヒイェラ宇宙軍の戦闘宇宙艦、なのか・・・!”
聞こえて来る断片的な言葉を、頭の中で繋ぎ合わせるシャヴィの思考が、ぐるぐると渦を巻く。何故、ヒイェラの宇宙軍が、ウェスデン近傍宙域に居るのだ? それに相手の、トラニオウ・プルンチットと言う軍人、コンスタンツェも知っていて、相手もコンスタンツェを知っている。
“──一体、何者なんだ・・・”
「其方のような傍若無人の族輩が、何時何処から襲って来るとも知れぬのでな。おちおちと、高鼾も掻いてはおれぬ」
「冷たい褥とあっては、然もありませんな」
決して友好的とは言えない船内の雰囲気に、身動き儘ならないシャヴィが、歯痒い思いをしながら聞き耳を立てる。
「──それに、何時もの金魚の糞のような近衛に替えて、犬っころが側勤めとあっては、さぞご不安もおありでしょう」
「其方が案ずる事ではない」
「プロスペロ国王陛下のご不幸に付いても、聞き及んで居ります」
「聞き及んでいる、だと・・・! その不幸を呼び込んだのは、貴様ら、傲慢にも、デジャーソリス宗主を名乗るプルンチットではないのか・・・ッ!」
煮え湯を飲まされたようなコンスタンツェの声に、シャヴィがはたと思い至る。
“──確か、国王殺害の裏には、希有壮大な政治思想を抱く、プルンチット・クラン(一門)が居る、ような事をコンスタンツェが言っていたな・・・”
重要指名手配犯として追い詰められた上に、居城を押さえられて帰城できなくなった、とも言っていた。
“だとしたら、その落とし所として、コンスタンツェを生け贄に宛行ったのが、此奴ら、と言う訳か・・・!”
この声の主、トラニオウ・プルンチットは、コンスタンツェが不倶戴天の相手とする奴らの1人──コンスタンツェが語ってくれた打ち明け話を、シャヴィが必死に思い起こす。
船内でのコンスタンツェからの言葉に、長兄キャシオウ、という名が出て来ていたので、このトラニオウとやらは、キャシオウの弟に違いない。同様に、マデルークには末弟のイアーゴとか言う奴も赴任している、と言っていたので、マデルークでコンスタンツェを直接に追い詰めたのは、このトラニオウではないようだ。
“このプルンチット兄弟とやら・・・一体、何人兄弟なんだ・・・”
まさか、こんな事態に陥るとは夢にも思わなかった。食事中の話だったとは言え、もう少し身を入れて聞いておけば良かった。
「──どうせ其方らが、裏から誑かして居るのだろう!」
コンスタンツェの怒声がシャヴィの耳に届く。
「仮にも、何れは妃陛下にお成りの身。メルヒオール殿下の王女殿下へのお気持ちと、ご自身のお立場をお考え下さい」
「はっ! 某に、メルヒオールの元へと嫁げとッ? 言うに事欠いて、あの変態色情魔に己が身を委ねろとッ?」
シャヴィが初めて聞く、コンスタンツェの感情に任せた怪気炎だった。
「仮えこの身が灼かれようと、あの身の毛もよだつ痴れ者と枕を共になど、金輪際いたさぬ!」
コンスタンツェは本気だ──隠さぬ本音に、シャヴィは焦った。
確かに奇妙な思考をするが、王女然としたコンスタンツェは、その性根に措いて凡人には持ちえない気高さを、確と秘めている。シャヴィはコンスタンツェを身近にして、その気配を犇々(ひしひし)と感じていた。
“──コンスタンツェ・・・! スタンツィ!”
彼女は、コンスタンツェはきっと、こうと覚悟を決めたら絶対に枉げない。高潔無垢な、シャヴィが初めて出会った姫君。
「──だが某は、今のマデルーク王室には戻らぬ」
「ウェスデンへ向かわれても、行く末は同じです」
“スタンツィがウェスデンへ行く事を、奴らが何故知っている・・・?”
そう言えば、既にお目覚めで居られたとは、とも、冷たい褥、とも口にしていた。奴ら、コンスタンツェがこの船で、クライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)状態で運ばれていた事を知っているのだ。
となると、タム・オ・シャンタの損壊は、間違いなく奴らの所為だ。コンスタンツェを捕まえるためのゼリービーンズ・バリア使用であり、船のモーメント・マス(慣性質量)を殺ぐためのプラズマ・ブラスター攻撃だったのだ。
“奴らの目的は、端からコンスタンツェだったのか・・・ッ!”
シャヴィに密輸の片棒を担がせたボナワットたちが、このトラニオウ麾下の部隊に捕まって、事情を粗方知られている事を、シャヴィが知る由もない。
「お戯れは、大概になされませ。メルヒオール殿下も悲しみますぞ」
“──不味い・・・ッ!”
コンスタンツェがトラニオウを前に、あの剣を抜いたのは易く知れた。
剣をお納め下さい、殿下、と諌める言葉に、メルヒオールに捧げる腐り果てた処女など、微塵たりとも持っておらぬ、と吐き捨てるようなコンスタンツェの声が、シャヴィの耳を過る。
「それは、困りました」
と声を上げるトラニオウだが、言葉ほどに当惑している様子は感じられない。
トラニオウがどれ程の腕前かは知らないが、あれだけの巨艦を率いて武力行使に出て来ているのだ。トラニオウなる、総大将らしきプルンチットを代表する輩が、単身で乗り込んで来る筈もない。コンスタンツェは既に、伴われて移乗して来た多数の武装部隊に囲まれているに違いない。刃向かうには、余りに無謀すぎる。
「──どうしても、と言うならば・・・ッ!」
決意の篭ったコンスタンツェの叫び声に、シャヴィがこれ以上ない位に、身動き儘ならない状態に焦り、藻掻き、足掻く。ロンパス(空間作業服)を着たままでは、完全に手探りにしかならない上に、与圧服の指先は分厚く感覚も鈍い。しかも、指が深く曲がらないと来ている。
“醜畜めッ! 何で解けないんだ・・・ッ! 糞ったれッ!”
「某の骸を、土産に持っていくが良い・・・ッ!」
コンスタンツェの切った啖呵に、思わずシャヴィが叫ぶ。
「クーガ! 対人攻撃を許可する! コンスタンツェを援護しろッ!」
その言葉と同時に、シャヴィは思いっ切り両腕を突っ張った。テザー(命綱)の絡みが僅かに緩む。
“──しめた・・・ッ!”
手探りながらもシャヴィは一気呵成に、絡むテザー(命綱)を解きに掛かった。
「殿下! 私に手荒な真似をさせないで頂きたい・・・!」
通信の向こうが俄に慌ただしくなる。
ハンドラー(命令権者)からの指示が下りたクーガが、弾性素材の歯牙に代わって、攻撃用の電磁歯牙も剥き出しに、コンスタンツェの踏み込みに続いて敢然と、分隊へ襲い掛かっていた。
必死でテザー(命綱)を緩めるシャヴィの耳を、不意の怒声が劈く。
「──うおおおォ・・・ッ!」
不意を突かれたトラニオウが、腕をクーガに噛み付かれたのだ。
「トラニオウ! 潔く下がれッ!」
コンスタンツェの勇ましい声を耳にしながら、シャヴィがやっとの事で右手を抜く。
「この船に、其方らからの憐憫は無用だ・・・ッ!」
シャヴィは背負っているマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)の、胸元側のハーネスを手探りし、バックルに手を掛ける。マニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)に絡んだテザー(命綱)を解いている余裕はないので、ユニット(推進器)は外して捨て置くしかない。万が一にも飛ばされたり弾かれたりしたら、戻って来る術は無くなるが、それより今はコンスタンツェの元へ一刻も早く駆け付ける事が最優先だ。
コンスタンツェの激しい息遣いに、気合いの声が漏れ伝わって来る。
唸りを上げるクーガが、飛び掛かる気配が立つ。その刹那、何かがクーガの外殻に当たったような鈍い音がして、ドサリとクーガが倒れる音が立つ。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




