Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・11
「ホスピタル(衛生保護用)ブラとハイジーン・パンティ(衛生股下着)です」
使い方は、同封の説明書をお読み下さい、と言葉を添えてコンスタンツェに差し出した。コンスタンツェは、ファウンデーション(下着)に説明書? と問い返しながら受け取る。使い方が解らなければ、お呼び下さい、と言いながらのモニター・ディスプレイのある反対側の壁へと回り込む。
「──プルンチット提督から、モニターを見て頂きたい、と言伝です」
そう言いながら、メディック(衛生兵)は手を広げた程もある大きなモニターを点け、傍らの操作パネルに指を走らせる。こちらオフィサー・コンパートメント(士官区画)のメディカル・ステーション(救護医療施設)です、モニターの準備が整いました、とインカム(艦内通話機)で報告を入れると、メディック(衛生兵)は慇懃に腰を折って踵を返す。
コンスタンツェが、点いたままのモニターに顔を上げた向けた矢庭、クーガがすっくと立ち上がった。出て行こうとメディック(衛生兵)が扉を開いた途端、床を蹴ったクーガが横合いから外へとすっと駆け抜ける。メディック(衛生兵)が、思わず、わっと声を上げた時には、メディカル・ステーション(救護医療施設)の扉がクーガに反応して、自動で開くと同時に、更に艦内を何処かへ駆け出して行った。コンスタンツェが、クーガ、と声を掛ける暇もなかった。
まあ良いか、あの忠義者のこと故、ちゃんと戻って来るだろう、と小さく嘆息したコンスタンツェが、点いたままのモニターを振り返る。画面には、ノーシグナル(無入力)の文字だけが浮かび上がっていて、一向に何かが始まる気配がない。
トラニオウが何を見せるつもりなのかは知らないが、いつまでも映らない画面を見ていても仕方がないので、手渡されたファウンデーション(下着)の袋を破り開いた。
ホスピタル(衛生保護用)ブラの方は、コンスタンツェも使っていたストラップレスの貼着カップ式ブラと同じタイプで、色がベージュなだけなので使い勝手は解っていた。ところがパンティの方は、初めて見る形態だった。色こそブラと同じベージュだが、杓文字をU字形に曲げたようなそのパンティは、タック・パンティ(女性用股下着)と呼ばれる、こちらもストラップレスのタイプで、クロッチ(股座)を下から挟み込むように履いて、陰部のみを隠す代物だった。
「──激しく動くと、すっぽりと抜け落ちそうだな」
まあ、シャヴィの前では、女子としてプッシィ(女陰)を丸出しにしていたのだから、今更に取り繕っても仕方がないか、と妙な納得の仕方で頷いた矢庭。
「──殿下、見ておられますか?」
不意の呼び掛けに、びくりと震え上がったコンスタンツェが、開けていたシャツの前身頃を慌てて掛き抱いて辺りを見回す。室内には誰も居らず、何時の間にか、沈黙していた大きなモニターに画像が映っていた。
シャツの釦を留めて、裾を払って身形を整える。
「少し見辛いかも知れませんが、正面に見えているのが、王女殿下が居られた、タム・オ・シャンタと言うフレーター(貨物船)です」
室内のスピーカからトラニオウの慇懃無礼な声が、一方的に降って来る。
ベッド越し、反対側の壁に嵌まったモニター・ディスプレイを、コンスタンツェが見詰め直した。
黒一色に見えていた画面中央、少し右寄りに、うっすらと何かの影が浮かび上がる。
「──今、探照灯で照らし上げていますが、何分距離があるため、分かりにくいのはご容赦下さい」
そのトラニオウの言葉に、コンスタンツェが無意識に前屈みになって、翡翠の目を凝らす。映している側で画像調整を行ったのか、先程より徐々にコントラストが上がって、何となく輪郭が判るようになったものの、色味が失せて行く。
ただ、初めて目にする、己が乗っていた船舶に、コンスタンツェは訝った。これが、本当に宇宙船なのか──フレーター(貨物船)なるものの実物を見た事がないコンスタンツェでも、少なからず面妖に感じた。
コンスタンツェが訝るのも当然で、バルク・キャリア(一般ばら積み貨物船)のタム・オ・シャンタは、トラニオウ艦隊からの2度に亙る攻撃で、船殻の前後を完全に損失していて内洋航行用主機もなく、放り出されて宇宙を漂う単なる鉄屑の塊同然だったからだ。
“──何と言う・・・こんな酷い有り様だったのか・・・”
コンスタンツェが、己が置かれていた状況に、改めて言葉を失う。シャヴィはこの有り様を知っていた筈だが、コンスタンツェには噫気にも出さなかった。
“シャヴィ・マイ・ロード(我が殿)、何と性根の強い、頼もしい殿方”
仮えそれが、コンスタンツェに対する単なる強がりであったとしても、彼処まで平然としていられる人物は、そうは居ない。楽天家、と決めつけるのは容易い事だし、単なる負けず嫌いの怖い物知らず、のような気もするが、少なくともシャヴィは臆病者ではないし間抜けでもない。
“伴侶と見定めるは、大博打打ちの陸でなし、根無し草でいかれぽんちの凶状持ちかも知れぬ──とはエリザベスに毒突いたものの、シャヴィはそれよりうんと、頼もしくも善い男性だ”
コンスタンツェは恥じらいもせず、胸元で掻き抱いていたシャンブレーシャツを手繰し上げると、鼻先でその匂いを胸一杯に吸い込む。
“──マイ・ロード(我が殿)に抱かれる女子は、何と幸せな・・・!”
などと、盲信にも近い恋慕への幸福感に、コンスタンツェが酔い痴れる。
「──それでは殿下」
不意に降って来たトラニオウの、寒気がするその声に、コンスタンツェが現実に引き戻される。
「今から殿下を煩わせている、後顧への憂いを、お断ち致します」
その、トラニオウの引っ掛かる言い草に、コンスタンツェがふっと画面に顔を上げた一弾指。
大きな画面の下端から、まるで溢れるように光が漏れ込んで来た。
と同時に。
遠くに映っていた、タム・オ・シャンタの船体の残骸が、立て続けに3回、強烈な光を放った。
思わずコンスタンツェが、あっと叫ぶ。
強烈な燿きに、タム・オ・シャンタが埋もれて一瞬見えなくなる。
そして瞬く間に萎んで行く残光の中に、ばらばらに砕けて行くタム・オ・シャンタの船体が、束の間浮かび上がった。
コンスタンツェが収容されている、トラニオウが率いるヒイェラ連合宇宙軍旗艦ガルビオンの、艦首に艤装されている3連装プラズマ・ブラスターの斉射だった。
さすが、1200メートル級戦闘宇宙艦の主砲、その破壊力は強大だった。熱エネルギーによる物質崩壊も然る事ながら、亜光速で突き刺さるプラズマの運動エネルギーは並大抵ではない。ガルビオンから放たれた3発のプラズマ弾を、ほぼ同時に被弾したタム・オ・シャンタの残骸のような船体は、4つに千切れるように砕け折れた。アコモディション・デッキ(乗居区画)も、グラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ(重力子摂動跳撥)主機も、残った船体は何が何だか判らないほどに拉げ裂け、融解し、貨物船と判別出来なくなる程に、漆黒の闇に漂う文字通りの鉄屑となった。
「──トラニオウ・・・ッ!」
コンスタンツェが、縋り付くようにベッドの上に身を乗り出した。
「シャヴィ・・・ッ! シャヴィが、シャヴィがまだ居るのだぞ、トラニオウッ!」
届かない慟哭が、コンスタンツェの咽喉を衝く。
「これで心置きなく、殿下も此処を離れられると言うもの」
コンスタンツェの心からの叫びを軽く聞き捨てる、トラニオウからの冷たく突き放すような声だった。
「──それでは、当艦は進発いたしますので、また後ほど」
そのトラニオウの言葉と同時に、画像がブラックアウトした。
「トラニオウッ! 貴様ァ・・・ッ!」
鬼のような形相に、歯を剥き出しにして、コンスタンツェが肩を震わせる。
「──能くもシャヴィを、マイ・ロード(我が殿)を・・・ッ!」
噛み締めるコンスタンツェの唇が切れ、鮮血が滲み出る。
「如何な事があろうとも、このコンスタンツェ」
堪え切れずに溢れる銀の滴が、ぼろぼろとまるで音を立てるかのように、コンスタンツェの蒼ざめた頬を止めどなく伝い落ちる。
「──死んでも貴様を許さぬ、トラニオウッ! 地獄の果てまで、この憎しみを抱いてやろうぞ・・・!」
切った唇の血と混じり合い、コンスタンツェの整った顎先から1つ2つと零れる。血の涙は白いシーツに、消えない染みとなった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




