Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・10
「──まあ、良いでしょう」
トラニオウが大きな嘆息と共に、山のような肩を窄めた。
「何にせよ、間もなく我々はロダリーゴに合流して、ウェスデンとの会談に臨みます故、この宙域を離れねばなりません」
そのトラニオウの言葉に、コンスタンツェがハッとした。
“──此処を、離れる・・・?”
焦点の合わないスタンツィの翡翠色の瞳が、力なく宙を泳ぐ。
シャヴィの船から無理やり連れ出され、今度はシャヴィへ、手も声も届かぬ所にまで遠ざかってしまう──しかもシャヴィは、救け出されていないのなら、まだ、何かの下敷きになっているままの筈だ。
“どうする? どうすれば良い・・・?”
「──それでは、また後ほど」
軽く腰を折って礼をしたトラニオウが、さらりと踵を返そうとした刹那。
「ま、待て・・・! トラニオウ!」
思わずコンスタンツェは、声を上げていた。
“今、此処で、トラニオウに助けを求めぬ限り──”
「──殿下・・・?」
訝る表情を浮かべたトラニオウが、コンスタンツェをじっと見詰め返した。
刺すようなトラニオウの視線に、マデルーク王女は咄嗟に顔を背けた。それは気高い気性にはとても似合わない態度だった。
「──もう一度・・・」
消え入るような声で、コンスタンツェが静かに懇願する。
「もう一度、船を・・・よく捜して欲しい・・・のだ・・・」
同時にコンスタンツェは呪った。何も出来ない無力な己自身を。
だが、絶対に救けなければならない。シャヴィを助けなくては、救いの手を差し伸べねば。その切ない思いだけが、コンスタンツェの胸中を埋め尽くす。シャヴィは漆黒の空間に、まだ独り取り残されている筈なのだから。
“──だから、シャヴィが生きている、と信じる限り・・・!”
「外に居るのだ、1人」
「成る程」
底意地の悪い、単なる好奇心も丸出しに、態とらしく頷くトラニオウに、酷く項垂れ顔を伏せるコンスタンツェは気が付かなかった。
「で、誰です? それは?」
マイ・ロード(我が殿)と言い掛けて、コンスタンツェは言葉を呑み込んだ。
「──シャヴィ・ストラトス」
「ふむ・・・」
大きな体の背筋を伸ばし、トラニオウは顎を擦った。
「あのカーゴ・シップ(貨物船)のクルー(船員)、ですか?」
目線を合わせないコンスタンツェは、俯いたまま無言で頷く。
「承知しました、殿下」
トラニオウが勿体付けるように嘆息を吐いてから、きっぱりと言った。
恐悦の表情に猜疑の気持ちを乗せて、コンスタンツェが振り向く。
「事情は敢えてお聞きしますまい」トラニオウは、無表情を繕っているように見えた。「──殿下が後顧の憂いを残されぬよう、このトラニオウが尽力させて頂きましょう」
「トラニオウ・プルンチット」それでも頭を下げざるを得ない、口惜しさに溢れたコンスタンツェの短い言葉だった。「──忝い」
滅相もない、と言葉を添えて、トラニオウが巨きな身体の腰を折る。
「それでは殿下、私は指揮を執るためブリッジ(艦橋)へ上がります。準備が整い次第、またご報告を致します」
トラニオウがあっさりと部屋を後にした。
立ち尽くしたままコンスタンツェが、トラニオウが出て行った扉を見詰める。剣を握る手に力が篭り、腹立たしそうに歯噛みする。警戒すべき相手の姿が失せ、クーガも心なしか緊張を解いた様子で、とぼとぼとベッドを回り込んでコンスタンツェの前に鼻面を突き出した。
「──クーガ。マイ・ロード(我が殿)は、確かに、存命なのだな?」
コンスタンツェの問い掛けに、クーガはじっとしたまま動かない。言い回しを繕い過ぎたか、と呟いたコンスタンツェが、言葉を変えて言い直す。
「シャヴィは、生きているのだな?」
間髪入れず、クーガがワウォンと高らかに哮える。
クーガの返事に安堵の息を漏らしたコンスタンツェだが、少しばかり暗い表情に唇を噛んで、ベッドへ静かに腰を落とすと脇に剣を置いた。
「──其方は傷を負ってまで、某を守ろうとしてくれたのに・・・」
クウゥンと鼻を鳴らして寄って来る、漆黒の光沢をしたシリコン・カーバイド・ファイバー(炭化珪素繊維)の右腹外殻を酷く割られたクーガに、コンスタンツェが寂しそうに語り掛ける。
「某は己が手ですら、其方の主人を救けに行けぬ」
ベッド縁に浅く腰掛けるコンスタンツェの伸びやかな太腿の素肌に、クーガがその鼻先を押し当てると、まるでよしよしと慰めるように、2度3度と擦り付ける。擽ったそうに顔を綻ばせたコンスタンツェが、クーガの頭を優しく撫でた。
マイ・ロード(我が殿)を救えるのなら、己が矮小なプライドなど煩うに値しない──だが肝腎のトラニオウが、プルンチットの血を引く族輩が、本当に手を貸してくれるのか、その疑念がどうしても拭い切れない。
「洗濯機の扱い方を漸く知ったとて、ロンパス(空間作業服)とやらを1人で着て、外に出る事も叶わぬとは・・・」自らを託つコンスタンツェが肩を窄め、皮肉そうな笑みを浮かべると、クーガを見遣った。「本当に役立たずな女子だな、某は」
“──ですがシャヴィ、マイ・ロード(我が殿)。常にお側に居ります、と言ったのは、決して一時の勢い任せや口任せでは有りませぬ”
何故、其所まで思い込めるのか、コンスタンツェ自身も定かでは無かった。
確かにシャヴィは、クライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)から目覚めた際に一番最初に目にした異性で、しかも難破船で2人きりと言う極限状態だったのは間違いない。
だがそれだけで、此処まで思い込めるものなのだろうか。根無し草同然のオッド・パーン(半端な宇宙船乗り)など贔屓目に見ても、常日頃ガートルードが言っているように、“どこの馬の骨とも知れない”野卑な人種だ。
“それは某が、シャヴィに対し恋慕の情を抱いているから、なのか・・・?”
努めて冷静に、客観的に自問自答しても、何故か湧き起こって来るのは、一緒に傍に居なければならない、と言う確固たる思い。他愛ない恋愛感情のようにも思えるが、そんな浮ついた感情を、コンスタンツェは今まで一度も抱いた覚えがない。
“そもそも本当に、これは、恋、なのか・・・?”
何か、もっと根源的な何か──深く感じ入るコンスタンツェの胸中に、ふとプリーステス(司祭)・エリザベスの言葉が浮かぶ。
“恋をしている人間は、艱難辛苦を耐え凌げるもの──”
ならばこれは矢張り、紛う事なき、“恋”なのではないか・・・?
宮中に勤める侍女たちも、よく口端に言っていた──恋は理屈ではない、と。
“先ずは良い伴侶を見定め、良き伴侶に恋をしなさい”
エリザベスはそうとも言っていた。
するとあのシャヴィは、某にとっては良き伴侶なのか? 恋しても良い伴侶なのか・・・?
ただ白い馬は所有していないようなので、少なくとも白馬の騎士ではない。と同時に、エリザベスからのもう1つの諌言が脳裏を過る。
“これが愚かな盲目の恋とやらでない事を、矢張り、確かめておかねばなるまい──”
些かの疑念も湧かず、ふむ、と強い得心に頷いたコンスタンツェが、横に鎮座するクーガの顔を見詰める。クーガが、僅かに首を捻った、ように見えた。
「其方の主人を」
“──シャヴィ・ストラトスが、蠎蛇かどうかを・・・!”
そもそもそれが、根本的な問題だ──そう独り言ちた矢庭、部屋の扉が再び開いた。
コンスタンツェが反射的に、脇に置いていた聖剣レプラコーンに手を伸ばす。
失礼します、と恭しく頭を下げて入って来たのは、女性のメディック(衛生兵)だった。抱えていた嵩のある袋を数個、ベッド右にある医療ワゴンの上に置き、掴んでいた黒のニー(膝下丈)・ブーツを横の床に揃えた。持って来たのは、トラニオウに言い付けられた、コンスタンツェ用の軍服に違いない。
メディック(衛生兵)は右手の壁へ歩み寄ると、作り付けの抽斗から、小さな透明な袋に入っていた物を取り出した。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




