Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・9
「運び込まれた時の所見で、念のため撮影しておいたものです」
その一言で、コンスタンツェのものだと察しが付いたトラニオウが、サージャン(軍医)の横合いから前屈みに首を突き出す。
「──これは、痣、なのか・・・?」
ディスプレイに映る桜色した肌の華奢そうな背中、その脊柱を中心にしてほぼ左右対称に、文様のような紅斑が浮き上がっていた。写真上部に映り込む、細い首筋両側に分けられたウィステリア・シルバー(藤銀色)の後ろ髪からも、被写体がコンスタンツェなのは間違いなかった。
「恐らく、何かに起因した、生体の過剰反応による一時的な皮膚炎症で、メラノサイト・スポット(蒙古斑)とも違うと思われます」
紅斑は首筋下、僧帽筋から肩甲骨部分、それに広背筋にまで亙っていて、見ようによっては背中に生えた翼のようにも見えた。
「提督が来られる少し前、検診に行った折りの所見では、既に消えかかっていましたので、今はもうすっかり失せてしまっているかと」
「ふーむ・・・」トラニオウは角張った顎を、殊更に擦った。「一時的に現れる痣、と言う訳か・・・?」
「挫傷による、少し特異な内出血かとも思ったのですが、範囲が広すぎる上に薄くなるのも早すぎますし、何よりこの形状・・・」経験豊かそうなサージャン(軍医)は、椅子の背凭れに寄り掛かると、少しばかり首を捻った。「何やら翼にも見えて、何かの徴かとも思えまして・・・」
「──徴、か・・・」
トラニオウが改めて自身の剣を腰に佩き留めながら、ベッドの上に放り出してあった、青い玉石がガード(鍔)とポメル(柄頭)に嵌まったコンスタンツェの剣を見遣る。
“フォルティア・ヴェリタス(而象能)の徴、なのか・・・”
マデルーク王女と剣を交えた最中、あの剣は確かに青い揺らめきを纏っていた。その直後に現れた徴候だ。間違いなく、フォルティア・ヴェリタス(而象能)の発現に起因している、とトラニオウは直感した。
だとしたら──。
「──何にせよ、殿下のような高貴なお方には、相応しくない痣だ」
上半身を起こしたトラニオウが、分厚い胸板をぐいっと張ると、ペロリンガ人サージャン(軍医)を態とらしく睨付けた。
「──この事は他言無用だ。本人に対しても口端に乗せるなよ」
トラニオウが見せた、存外に厳しい表情に、サージャン(軍医)が無言で小さく頷く。
「それで、肝腎の殿下はどちらに居られる?」
トラニオウは、コンスタンツェが振るっていた青銀の聖剣を掴み上げると、側に居たメディック(衛生兵)に問うた。メディック(衛生兵)が、此方です、と手振りしながら先導する。プレゼンス(人感)・センサーがメディック(衛生兵)を感知すると、サージャン(軍医)のデスクと反対側にある、隣接する部屋へ通じる扉がすっと開いた。
* * *
目が覚めた途端、コンスタンツェは右脇腹に強烈な鈍痛を感じた。
くうう、と呻き声を上げながらも、コンスタンツェが身悶えするように、上半身を捩り起こした。ベッドの左脇で、翼飾りのディアデム(飾り冠)を啣えたクーガが、クウウン、と心配そうな鼻を鳴らした。
「クーガ、其方、無事であったか・・・」
ふう、と大きな息を吐き出したコンスタンツェが、辺りを見回す。
どうやら、何処かの病室のようだった。
広くはない部屋の中央に、コンスタンツェが臥していたベッドが1つだけで、天井の無機質な照明は苛つくほどに明るい。足下側の壁には扉が1つ、右の壁は作り付けの棚とストレージ(収納庫)、左手の壁には大きなモニター・ディスプレイが嵌め込まれていて、四方には窓がない。
右手の医療ワゴンの上に畳んで置いてある、シャヴィから借りて羽織っていたシャンブレーシャツが目に入る。
「──シャヴィ・・・っ!」
はっと目を瞠ったコンスタンツェが、声を張り上げながらクーガを振り返る。
「クーガっ! 其方、マイ・ロード(我が殿)が、シャヴィが如何なっているか、判るかっ? 無事か? 生きておられるのであろうな・・・ッ?」
コンスタンツェが早口に、浴びせるようにクーガに声を投げる。
クーガはコンスタンツェを見詰め返すと、啣えていたディアデム(飾り冠)をベッドの上にそっと置き放すと、グウォンと勇ましく3つ哮え上げた。
「うむ、さすがマイ・ロード(我が殿)! ご無事であられるな・・・ッ!」
その言葉と同時に、コンスタンツェはベッドから跳ね起き飛び降りる。素足が床に着くなり、走る右脇腹の痛みに思わず身を捩らせて顔を歪める。
それでもコンスタンツェは泣き言も漏らさず、ホスピタル・ガウンを手荒に脱ぎ捨てた。肋骨下の嫋やかな脇腹に貼ってある、大きな軟膏バンデージを垣間見遣って、医療ワゴンに置かれているシャヴィのシャツに手を伸ばした。
「──トラニオウごときに、不覚を取った・・・」
口惜しそうに独り言ちるコンスタンツェが、桜色した瑞若漲溢の素肌の上から、ぶかぶかのインディゴブルーのシャツの袖に手を通す。
その矢庭、いきなり背後の扉が開いた。
間髪入れず、ベッド脇に居座っていたクーガが、跳び退くように翻ると、扉の方へ向かって威嚇の姿勢に身を低める。
「──お目覚めであったとは、快哉の限り」
その声に鳥肌が立ったものの、コンスタンツェは動じる様子を見せず、シャツの釦を掛け終わってから、ゆっくりと振り返った。モスグリーンにオレンジのパイピング(飾り縫縁)を施された、新しい軍服に着替え直したトラニオウが、慇懃無礼に頭を下げていた。
「ご気分は如何ですか・・・?」
「貴様の顔を見て、気分が悪くなった」
コンスタンツェは顔色も変えず、だぶついた袖を折り返しながら、翡翠色の瞳で睨め返す。
「──此処は、貴様の艦か?」
「左様です、殿下」
頷いたトラニオウが、ベッド脇に歩み寄る。
「まずは殿下ご愛用の一振り、慎んで此処にご返却させて頂きます」手に掴んでいたコンスタンツェの聖剣レプラコーンを、ベッドの上の足下側にそっと置く。「先程のような剣呑なお戯れは、この艦内では、くれぐれも為さりませぬように」
「某を虜囚にして、どうするつもりだ?」
「虜囚とは滅相もない」大仰に首を振るトラニオウが、1歩だけ後退った。「手荒な真似を致しました事は、平にご容赦を」
「──ならば、其所を退け」トラニオウがそれ以上に動かぬと見取ってから、コンスタンツェはレプラコーンに手を伸ばした。「某は、もと居た船に戻らせて貰う」
「ああ、それは申し訳ございません」トラニオウが態とらしく、冷淡な口調で言った。「当艦は既にディスコネクト(離舷)──先程のカーゴ・シップ(貨物船)から離れてしまいました」
「──何だと・・・ッ!」
思わずコンスタンツェが声を荒げた。
「お戻りになられたい、とおっしゃられるとは──」トラニオウが2歩3歩と歩み寄ると、巨躯を態とらしく屈めて、コンスタンツェの顔を覗き込んだ。「船の中を隈無く捜させましたが、殿下以外には、誰も居りませんでしたぞ?」
「・・・・・・」
黙り込んでしまったコンスタンツェは、心中では少しばかり混乱し迷っていた。
シャヴィは船外に居て、しかもトラニオウの口振りでは救け出された風でもない。
そして自らは、シャヴィと居たあの貨物船から連れ出され、忌々しい事にヒイェラ宇宙軍の軍艦に収容され、あろう事かプルンチットの、トラニオウの手の内に落ちてしまっている。
「──それとも、矢張り他に誰か、居られるのですかな?」
追い討ちを掛ける、勿体振ったようなトラニオウの言葉に、コンスタンツェの肩がビクリと小さく跳ねる。トラニオウはそれを見逃さなかった。
「それに今、着ておいでのご衣装、男物のようではありますが」トラニオウが殊更に無表情に言った。「──何方さまの物で・・・?」
「貴様に答える道理を持ち合わせてはおらぬ」
素っ気無い口振りが、激しく動揺するコンスタンツェの心中を逆に露呈していた。
「その様なご衣装は、やんごとなき姫さまにはお似合いではありませんな」コンスタンツェの不安な心中を弄ぶように、トラニオウが話の矛先をはぐらかす。「とは言え、此処には無粋な軍服しか御座いませんが、歴としたヒイェラ宇宙軍の威厳でもある故、まだ随分とましと言うものです。直ぐに新しいものを用意させましょう」
「構わぬ。気遣いは無用だ。この服が、今の某には一番似合っておるわ」
コンスタンツェの、負け惜しみに近い開き直りだった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




