Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・8
“通関上の、デジャーソリス神職者に対する特例の隙を、上手く逆手に取られたようだ”
空になっているポッド(極低温身体維持装置)を見詰め直すと、トラニオウは左手に自らの剣を、右手にはコンスタンツェの青い剣を掴んだまま、少しばかり考え込んだ。
“──全く困った王女さまだ”
コンスタンツェ王女が、国を捨てたのは間違いない。言い換えれば、マデルーク王家に籍を残す意志はない、と言う事になる。対峙した時にも王女は、王室の事は勝手にしろ、と言い捨てていた。
“だが本当に、フォルティア・ヴェリタス(而象能)を発揮する、出来るのなら、事はそう簡単には行くまいな・・・”
無意識に角張った顎を擦るトラニオウが、はたと思い至る。
“──まさか・・・!”
暫し沈思黙考するトラニオウが、独り顔を顰める。
“まさかプロスペロ王は、それを知っていて、娘であるコンスタンツェを娶ろうとしたのか・・・?”
1人考え込むトラニオウを訝るように、従卒2人が顔を見合わせる。
“しかも、その進捗を快く思わないヒポリア妃とデスデモーナ王女が結託して、王とコンスタンツェ王女を一気に亡き者にしようと企んだのか・・・?”
ますます顔を険しくさせるトラニオウに、従卒2人は少しばかり気を揉み始める。
“もしこの邪推が当たっているなら、間違いなく末弟イアーゴの奴が、裏から引っ掻き回そうとしている──”
何しろ末弟イアーゴは、ヒイェラ神祇府宗代から検侶として一緒に派遣され、マデルーク神祇府の府主として着任している長兄キャシオウを、心底疎ましく思っている。府主代理としての地位に甘んじているイアーゴは、隙あらばキャシオウの足下を掬ってやろうと虎視眈々としている、四兄弟の中でも一番狡っ辛い気性だ。その意味では、父グレミオに一番近いかも知れない。
“──となると、偶然とは言え、手の内に転がり込んで来た、あの小娘王女”
トラニオウが目の前の、空になったポッド(極低温身体維持装置)を睨み付けた。
“矢張り、簡単に手放す訳には、いかない。手籠めにしてでも、手に入れる価値はありそうだ──”
厳しい顔付きに強張った笑みを浮かべると、トラニオウは従卒2人に、後は頼んだぞと言い残し、踵を返した。
旗艦ガルビオンに戻ったトラニオウはブリッジ(艦橋)には上がらず、そのまま将校用メディカル・ステーション(救護医療処置室)へと足を向けた。勿論1200メートルもある大型戦略艦船、連合艦隊司令たるトラニオウには、専用の艦内移動用車輛がある。
アボルダージュ・エアロック(強行乗船用気密隔室))脇に待機させてあった、艦内移動用の専用バッテリーカー(蓄電池車)に乗り込む。自律運転機能が装備されているのでショーファー(運転手)は必要ないのだが、トラニオウの移動には当番兵が付いている。トラニオウは後席にどっかと座り込むと、メディカル・ステーション(救護医療処置室)へ向かえと命じてから、着替えの軍服一式を別の当番兵に持って来させるように連絡を入れさせた。
これだけの規模の艦船となると、さすがに乗艦者数が7000名を超えるため、メディカル・ステーション(救護医療処置室)も艦内に3箇所ある。向かう先をメディカル・ステーション(救護医療処置室)とだけ指示された当番兵も、連合艦隊司令が特別に訳ありでもない限りは、下士官用メディカル・ステーション(救護医療処置室)になど赴く筈もないので、当然のように将校用メディカル・ステーション(救護医療処置室)へと向かう。
ステーション(救護医療処置室)前の、少し広めのポーチ(車寄せ)に停車すると、トラニオウは2振りの剣を手に飛び降りた。扉が開くと、少し消毒液臭い室内を大股に歩く。
大きなモニター・ディスプレイの嵌まるデスクに向かっていた、中年のサージャン(軍医)が振り向いた。
「おやおや、頑健で鳴らす提督が、私の所へ来られるとは珍しい──」
柔和な顔を見せる、年の頃なら50歳半ばのペロリンガ人サージャン(軍医)が、出血でどす黒くなっているトラニオウの右腕と、左足首の咬傷に直ぐさま気付く。部屋付きメディック(衛生兵)を呼ぶと、軍歴も長そうなサージャン(軍医)はトラニオウに臆することなく、此処へ座って、と検診用ベッド脇の回転椅子へ促した。
トラニオウはコンスタンツェの剣をベッドの上に置き、自ら佩いていた剣を腰から外すと、その横に並べ置く。メディック(衛生兵)が2人掛かりで軍服を脱がされたトラニオウに、サージャン(軍医)がトラウマ・トリートメント(創傷処置)・ワゴンを引き寄せた。
「提督、何処かへ猛獣ハンティングにでも行っておられたのですか?」
「気高い猛獣だな、確かにあれは」
筋骨逞しい上半身を裸にされたトラニオウが、顔色も変えず傷口を検分するサージャン(軍医)に、巨きな肩を小さく窄めて見せた。
「可愛らしいが愛想のない」
「ははあ、先程、運び込まれて来た女性ですか? 確かに、獅並の番犬が従っておりましたな」
慣れた手付きで傷口を消毒しながら、サージャン(軍医)がメディック(衛生兵)に処方薬の指示を出した。どうやらコンスタンツェが運び込まれた際、今回の人的被害と状況のあらましを聞き及んでいるらしかった。
「幸い筋組織に断裂は見られないし、骨折もしていないようだ。それに相手が人造体なら病原性の感染症の心配もないだろうね」
本物の野生動物なら破傷風に罹る虞もあるが、相手がヴェルテブロイド(脊椎動物型義工器械)なら、その心配は要らない。ただ対人用の劇症性有害薬物が塗布されている可能性もあるが、トラニオウの様子からだとその心配もなさそうだった。
サージャン(軍医)はメディック(衛生兵)から受け取った小鉢ほどのケースから、化膿止めの軟膏薬を箆で掬い取ると、ペロリンガ人独特の関節部を除く甲側表皮が角質化した指で、トラニオウの咬傷口へたっぷりと塗り込んで行く。
サージャン(軍医)の、荒っぽいが手際良い処置をじっと見詰めていたトラニオウに、インカム(艦内通話)が入った。船内捜索を終えた分隊からの報告で、船内には誰も見当たらなかった、と言う事だった。トラニオウは捜索を打ち切って帰艦するように命じ、ブリッジ(艦橋)には移乗部隊が戻り次第ディスコネクト(離舷)して、艦首をフレーター(貨物船)に向けたまま5000メートルの距離を取るように申し付けた。
「──それで、彼女の様子はどうだ?」
インカム(艦内通話機)の受話器をメディック(衛生兵)に返しながら、トラニオウがサージャン(軍医)に言った。
「脇腹の挫傷以外は、取り立てて外傷はありませんな」
腕の傷口に保護用のバンデージを巻き終わると、サージャン(軍医)はトラニオウをベッドに座らせ、靴を脱ぐように仕草した。
「──あれは、提督が?」
「少し暴れたのでな。不本意ながら」
「気を失ったのは、少し疲れ気味だった所為でしょうな」
咬まれた左足を回転椅子の上へ乗せさせながら、サージャン(軍医)がトラニオウを凝視する。提督が其所まで気にされるあの人物は何者です──経験豊かなサージャン(軍医)の、トラニオウを見詰める目がそう言っていた。
「つい先程、点滴が終わったところで、程なく目を覚ますと思います」
「──彼女は、行方不明になっていた、マデルークの王女コンスタンツェ殿下だ」
隠しておいても仕方ないと判断したのか、トラニオウはあっさりと答えた。
「おやおや、あの娘さんが・・・」
少しばかり愉快そうに目を丸くしたサージャン(軍医)が、トラニオウの足首の怪我の処置に掛かった。腕の傷同様に消毒し、軟膏を塗り込む。
保護用バンデージを巻かれるのを見ながら、トラニオウが言った。
「──それで、王女殿下とは、話が出来そうか?」
「ええ、意識が戻りさえすれば」抗炎症鎮痛注射剤をインジェクション(無針注射)しながら、サージャン(軍医)が言った。「──王女に会いに行かれますか?」
「構わぬのだろう・・・?」
一通りのトラウマ・トリートメント(創傷処置)が終わったトラニオウが立ち上がった。
「それに付いては、取り立てて差し障りはありませんが」
治療を受けている間に届いた替えの軍服に袖を通すトラニオウを、サージャン(軍医)が少しばかり険しい顔付きで改めて見上げた。
「──その前に、提督には見て頂きたいものが」
ふむ、と訝る表情を浮かべ、トラニオウが新しいブーツを履き込むのを見届けてから、サージャン(軍医)が自らのデスクに向き直った。正面壁のモニター・ディスプレイが点いて、サージャン(軍医)がコンソール・ボード(操作盤)を操作する。一目見て、腰から上の女性の背中と判る画像が映り込んだ。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




