Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・7
自身の剣をスキャバード(鞘)に納め、改めて腰に佩いたトラニオウが、床に横たわるコンスタンツェが奮っていた聖剣レプラコーンに手を伸ばす。ガード(鍔)とポメル(柄頭)に青い玉石が嵌まる、そのヒルト(柄)を握り上げた矢庭、トラニオウは一驚した。
重い。
巨漢を誇るトラニオウが握っても、少し重い、と感じる程に重量がある。バランスは悪くないが、華奢な体付きのコンスタンツェが佩くには明らかに重すぎる。
だが実際はどうだ。
あのマデルーク王女は、軽々しく薙ぎ、突き、自在に振り回していた。
手にする青みを帯びた剣を、トラニオウは縦に掲げ上げて、件の王女を改めて振り返る。
“星祓いの伝説など、デジャーソリス崇拝のための神格化、単なるお伽話と思っていたが・・・”
腰に佩いたソードベルト(剣帯)を緩められたコンスタンツェが、4人掛かりで伸展されたスワドル(搬送用気密与圧包袋)に収容されようとしていた。歩みを寄せるトラニオウは、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪も乱れ、皺苦茶で見窄らしいインディゴブルーのシャンブレーシャツを羽織るだけの、気を失っているコンスタンツェに忌々しそうに目を細めた。
“フォルティア・ヴェリタス(而象能)──まさか本当に存在していたとは、未だに信じられん・・・!”
だが現実に、デジャーソリスの血を引く姫が、この重さの剣を自らの手のように操っていた。しかも剣が、不思議な揺らめきさえ纏っているのも、現実に目にした。夢ではないし、幻でもない。手に受けた斬撃の重さは、確かに今も残っている。
とは言うものの、さすがに伝説の通り、落ちて来るメテオ(隕石)を弾くほどの、強大な力とも思えないのも事実だ。
“──それでも、フォルティア・ヴェリタス(而象能)は確かに存在して、しかもそれを引き出せる姫巫女が居る・・・”
デジャーソリスが“見せた”と言われる星祓いの奇跡の力を、“フォルティア・ヴェリタス(而象能)”とは呼んでいるが、それより1000年来、フォルティア・ヴェリタス(而象能)を実際に発揮した、嫡流血筋の姫巫女が顕れた史実はない。
コンスタンツェから外されたソードベルト(剣帯)を受け取ったトラニオウが、今はもう輝きを失って単なる剣となった一振りを、翼と百合の装飾を施された青銀のスキャバード(鞘)へ静かに納めた。
“──ただこれが眉唾ではなく、本当のフォルティア・ヴェリタス(而象能)なら、有史以来実際にそれを目にした者は、俺が最初かも知れない”
ふとした思いが、トラニオウに裡に湧き起こる。
だとしたら、この事実は、長兄キャシオウは勿論の事、プルンチット総領を任じる実父グレミオでさえ知りえぬ、未見の事やも知れぬ。ましてやデジャーソリス教宗家を名乗るプルンチット一族でも、フォルティア・ヴェリタス(而象能)を発揮できる者など1人も居ない。
“これは、実に面白い事態ではないか──”
トラニオウが改めて、マデルークの王女を振り返る。
スワドル(搬送用気密与圧包袋)に寝かされたコンスタンツェの、淑婉とした曲線を描く桜色の太腿が、少しばかり捲れ上がった見窄らしいシャツの下から露になっていた。初めて見るコンスタンツェの、意外に女らしい健康的で嫋やかな曲線美に、トラニオウにしては珍しくも、少しばかり邪な興味を抱く。
もし、この王女を手に入れられたなら──女性としては然程に興味は無いが、あの“フォルティア・ヴェリタス(而象能)”なる力をも、手にする事が出来るやも知れない。渋面に北叟笑むトラニオウの裡に、未曾有の野心が過る。
“馬鹿正直に、キャシオウや父上へ、有り体に報告する事もない・・・か──”
あのマデルーク王女が、本当にフォルティア・ヴェリタス(而象能)を使える姫巫女なら、邪恋を抱くメルヒオールを出し抜いてでも、わが物にしても良いかも知れぬ。国を統べる事に興味は無いが、プルンチットの他兄弟を捩じ伏せ、実父をも超えて、一族総領に伸し上がる雄図さえ現実味を帯びて来る。
その意味ではトラニオウにとってコンスタンツェは、希有な運命を手繰り寄せるための、意外と重要な存在たり得る。そう簡単に手放す訳には、いかない気がして来た。
“この様では、ファラ王女に熱を上げるロダリーゴを、愚に出来なくなるな・・・”
コンスタンツェを収容したスワドル(搬送用気密与圧包袋)の二重ファスナが、胸元まで閉じられるを見ながら、トラニオウが自嘲の薄い笑みを浮かべる。
「殿下には、将校用メディカル・ステーション(救護医療処置室)へ回って頂くのだぞ」
トラニオウに見送られ、コンスタンツェが4人の兵の手で丁寧に担ぎ上げられる。
脇に添うように居た漆黒のクーガが、のっそりと立ち上がると、当然のように後を追う。そのクーガの行動を目にしたトラニオウは、阻止するか一瞬逡巡したが、結局手も口も出さなかった。
何分、当の人造犬が、文字通り負け犬の様相だったからだ。
トボトボと四肢を繰るクーガには戦意の欠片も見えず、トラニオウに割られた右腹外殻も痛々しく、大きな体を一際縮こまらせていた。それに此処で、あの猛躯の獣を止めに掛かって暴れ出されたら、先程の二の舞いになるのは必定だ。そのクーガに襲われて悲惨な重傷を負わされた2人は、ファースト・トリートメント(応急処置)もそこそこに、救護班が持ち込んで来たバーチカル・ストレッチャー(船形担架)に乗せられて、エアロック(気密隔室)へと運び出されるところだった。
油断していたとは言え、さすがにトラニオウも、戦闘行為を前提としていない移乗での犠牲者など、これ以上に増やす訳にも行かない。
それにハンドラー(主人)であるコンスタンツェがあの状態では、忠実な番犬であればこそ、勝手に突っ掛かって行きはすまい──トラニオウが、そう高を括った傍から、歩いていたクーガがいきなり駆け出した。
トラニオウは一瞬緊張したが、何の事はない、クーガは倒れたフォークリフトの脇に駆け寄ると、転がっていたコンスタンツェの翼飾りのあるディアデム(飾り冠)をひょいと啣え上げた。
何処までも忠義な奴だ──クゥンクゥンと淋しげに鼻を鳴らし、再びコンスタンツェの後を追い始めたクーガに、トラニオウが苦笑した矢先、新たな2個分隊16名が入れ替わるようにしてどやどやと入り込んで来た。
コンスタンツェの搬送に出会した新着の一団が、岩に割かれる川のように両側に避ける。と同時に、スワドル(搬送用気密与圧包袋)の後を追う巨きな黒い人造犬に、新たに入って来た16人が一様に目を丸くした。何せクーガは100センチ近い体高で、長い鼻梁の鼻面が胸下にまで届く猛躯だ。強烈に威圧的な存在感がある。
トラニオウの元へ駆け寄る一団の人垣に遮られ、コンスタンツェとクーガの姿は見えなくなった。
「──乗船者が他に居ないか、上層のアコモディション・デッキ(乗居区画)を中心に、船内を隈無く捜索しろ。キャビン(個室区画)のロッカーの中も見逃すな」
仰々しく並び立つ分隊一団を前に、トラニオウが声を改めて言った。
「それと、このエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)も、だ。フレート(積荷)も中身を全て確認しろ」
イエッサー(受命了解)、との勇ましい返事と共に、最初に突入した内の部隊長とトラニオウ付き士官の2名を残し、分隊連中が足音も騒々しくバタバタと散って行った。
“この船内に、他に誰か居るのは、間違いない”
コンスタンツェ王女が着付けていたシャツは、王族が身に纏うような代物ではない。しかも間違いなく、男物の衣服だ。密輸を企てていた破落戸共は無人だと言っていたが、運行計画データからだとクルー(乗船員)が1名居る筈だった。
トラニオウは念のため、破落戸連中が言っていた、コンスタンツェ王女が横たわっていたらしい、クライオ・バイタル・ハイバネート・ポッド(極低温身体維持装置)を積み込んであった、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)の第2カーゴ(貨物庫)へと足を向けた。
件の第2カーゴ(貨物庫)は伽藍としていて、フレート(積荷)はインターモーダル・コンテナ(国際輸送規格貨物容庫)で最も小さいエアプルーフ・コンテナ(気密式規格貨物容庫)だけだった。コンテナ(規格貨物容庫)は開扉されていて、唯一の積載荷物であるクライオ・バイタル・ハイバネート・ポッド(極低温身体維持装置)のボンネットも開き切っている。
コンスタンツェ王女が単身、クライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)状態で通関を誤魔化して、マデルークを出国したのは本当だったようだ。トラニオウが、足下に転がっている、3本の歯牙も剥き出しの、鬼のような古拙の木製仮面にちらりと目を落とした。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




