Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・6
「──コンスタンツェ姫、その剣・・・!」
獣のような歯を剥き出しに、立てた剣を支えとしながら、トラニオウがその巨体を奮い立たせた。
“目の前の、マデルーク王女は──”
そして大上段に振り被ったコンスタンツェが、露な桜色の太腿を瑞々躍々(ずいずいやくやく)とさせ、鬼神の如き顔容に青く揺らめく炎と共に、トラニオウへと刃向かって来る。
“いや、このデジャーソリスの血を引く姫は──”
トラニオウは、横に翳した自らの剣で、コンスタンツェからの剣筋を遮るのが精一杯だった。打ち据えられる衝撃を、左腕だけでは支え切れず、思わず血塗れの右手を添えて押し返す。
“星祓いの力を──”
圧されたコンスタンツェが、体勢を立て直そうと、軽やかなステップで1歩2歩と飛び退る。構え直させるものか、とトラニオウが一気呵成に襲い掛かる。
“フォルティア・ヴェリタス(而象能)を発現させている・・・?”
まさか、と言う思いが、トラニオウの脳裏で渦巻く。
巨漢トラニオウに臆せず、翡翠色の瞳を瞠るコンスタンツェが、1撃2撃と太剣を奮う。それでも自力の上では、トラニオウの方が圧倒的だった。
“だが、打ち込んで来る剣筋の1本1本が、重い・・・!”
見ての通りの華奢な体で、トラニオウの体重の3分の1にも満たない体躯で、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を振り乱し、これだけの力を打つけて来るとは。目に見えない何かが、コンスタンツェに力を注ぎ込んでいるようだ。
“これが、デジャーソリスの血筋にのみ伝えられる、聖剣、と呼ばれるレガリア(神器)と言う代物なのか・・・?”
トラニオウが隙を突いては薙ぎを入れるが、身の軽いコンスタンツェに、紙一重に躱されては反撃の一斬を返される。噂には聞いていたが、ここまで剣筋を操れるとは。
“──その上、剣筋は確かに巧みで、この王女の剣技は付け焼き刃ではない”
利き腕が儘ならない状態では、さすがのトラニオウも分が悪い。2メートルを誇るトラニオウが、170センチそこそこの小娘に、防戦一方に追い込まれている。
剛腕を鳴らすトラニオウだが、コンスタンツェからの青く揺らめく一撃を受ける度、握る剣が重くなっていく。まるで重石を載せられて行くように。更にはコンスタンツェが剣を振るう度、刃筋の軌跡に空気が震え、ピリピリした空気が波紋となって広がって行く。その張り詰めた空気が跳ね返って来ると、震え上がる感覚が全身を包み込む。
“──この期に及んで、フォルティア・ヴェリタス(而象能)などと、とてもではないが、俄には信じられん・・・!”
コンスタンツェからの斬撃を受け流しては、反撃の切っ先を振るトラニオウだが、身軽さと重い斬撃で何時の間にかトレッド(通廊)の十字路まで圧されていた。相手を斬り斃すだけなら反撃はもっと易しいだろうが、さすがに王女を無思慮に一刀両断する訳にも行かない。
“何から何まで厄介な、跳ねっ返り王女が・・・!”
少しばかり焦り始めたトラニオウが、斬り込んで来るコンスタンツェの刃筋を弾き、大きく1歩2歩とステップを踏んで跳び退いて、間合いを取る。
剣と剣が交わった瞬間、コンスタンツェも磁石のように弾かれて体勢を崩す。
彼我の距離は3メートルほど。
トラニオウが左手に握る剣の切っ先の向こうに、青白い炎が揺らめく剣を構え直すウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪も美しい、女豹のような王女を睨む。スピードに勝り、パワーでも互角とは言え、コンスタンツェは既に、華奢な肩で息を弾ませ始めていた。
“小娘相手に情けないが、最後の最後は、当人の体力勝負、か──”
重剣豪斬を自負するトラニオウが、自嘲気味に皮肉な笑みを浮かべる。
「いい加減、剣術遊びは、其所までに──」
トラニオウがそう言い掛けた矢庭。
足下に気配が立つ。
クーガが、その黒い巨躯を起き上がらせようとしていた。
そのクーガの動きに、トラニオウが僅かに視線を外した隙だった。コンスタンツェが床を蹴り、トラニオウ目掛けて青い燿きを纏った剣で斬り掛かる。
てええい、と憤怒の怒哮を上げるトラニオウが、渾身の力でコンスタンツェの刃筋を払う。斬撃の弾きでトラニオウは半身を返されたが、ぐいっとばかりに踏み止まる。斬り込んで来た当のコンスタンツェは、剣を持つ両手が上がってそっくり返っていた。コンスタンツェが尻餅を舂くように、床を後ろへ飛ばされる。
無防備な隙を見せるコンスタンツェに、今度はトラニオウが好機とばかり、弾かれたように踵を返す。起き上がって掲げ上げて来るコンスタンツェの剣だけを弾こうと、右足が床を蹴って踏み込んだ刹那。
いきなり左足に激痛が走って、思わず身体がつんのめる。
横目にちらりと振り向くトラニオウの視界に、ブーツの上から噛み付いているクーガの姿があった。
其所へコンスタンツェが、青く揺らめく切っ先を向け、真っ直ぐ突き込んで来る。
「貰ったッ! トラニオウっ!」
コンスタンツェの勇み声に、トラニオウの反応は素早かった。
クーガに噛み付かれている左足を物ともせず、トラニオウが右半身を後ろへ捩るように腰を捻る。突っ込んで来たコンスタンツェの切っ先を左肩が躱したかと思ったら、そのまま返す剣でコンスタンツェの剣を撥ね上げた。
下から打ち上げられて、コンスタンツェの手から聖剣レプラコーンが弾け飛ぶ。
「御無礼、御免・・・!」
言うが早いか、トラニオウは手首を返すと肩を入れ、自らの剣の柄頭をコンスタンツェの右脇腹に突き立てた。
右腹を押さえて身体を折ったコンスタンツェが、精根尽き果てたように膝を突くとそのまま前のめりに崩れ落ちた。足元で身体を抱え込むコンスタンツェに、トラニオウは切っ先を突き付けて、後ろを振り返る。
「離れろ・・・ッ!」
トラニオウの左足に牙を立てるクーガを、トラニオウが睨み下ろした。
弾かれ飛ばされたコンスタンツェの聖剣レプラコーンが、音を立てて床に落ちた。先ほどまでの青白い陽炎は、もう失せていた。
「──無用な動きをすると、貴様の主人に傷が付く」
悔しそうにグルルと唸りを上げたクーガが、そっと咬牙を緩める。骨まで食い込んでいた牙が抜け、痺れ上がる足にトラニオウが小さく顔を引き攣らせた。
コンスタンツェは、既に気を失っていた。
「そっちは何名、戦られた?」トラニオウは大きく嘆息すると、右舷側のエアロック(気密隔室)を顧みた。「救護班は呼んであるな?」
「──7人・・・です」
部隊長らしき男が、苦渋の顔付きで顔を上げた。
タム・オ・シャンタへ先行突入して来た10人は、グレーチング・トレッド(格子状踏床通廊)両壁側に並ぶエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)の前で、それぞれが塊になっていた。
最初にクーガに襲われた一団側には、喉元を食い千切られ胸元までを真っ赤に染める兵が1名、反対側には同じように顔面を掻かれて上半身を血塗れにした1名がそれぞれ虫の息で横たわっている。他にも疲れたように横たわる兵が1名、右腕を真っ赤に染めて青息吐息の兵が、壁に凭れかかっていた。後ろに控えていた連中が、バタバタと慌てふためき、ヘッドセットのマイク(通信送声器)へ頻りに喚いていた。
「──カセイが咽喉を戦られ、プーンが顔面を削られて重傷、マシアスが腕、バレロが肋骨で、残りは軽い打ち身です」
「王女のペットにも呆れるな」
トラニオウが苦い顔でクーガを見遣る。ゆっくりと身を起こしたクーガは、悄気たように首を垂れ、とぼとぼと重い足取りでコンスタンツェの元へと歩み寄った。
「──全く、可愛げの無さは、飼い主同様だ」
精根尽き果てて気を失っているコンスタンツェの、血の気の薄い顔に鼻頭を擦り付けながら、クーガがクウゥゥンと然も心配そうに鼻を鳴らす。
エアロック(気密隔室)側が騒がしくなって、ざわざわとした人気が立つ。
大きなトラウマ・トリートメント・エクイップメント(創傷処置装備品)・バッグを背負った女性交じりの数名が、エアロック(気密隔室)から飛び込んで来た。
「ここに居られるコンスタンツェ殿下も収容するぞ。艦内で手当てを施せ」
少し離れた所に転がっていた、マデルーク王女が握っていた聖剣の方へ歩みながら、トラニオウが声を投げる。
「──ただし丁寧にな」
その言葉に頷いた2名が、赤十字のプレートが貼り付けられたタム・オ・シャンタのエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)から、インジャード・エンクロージャ(搬送用気密与圧包袋)を引っ張り出す。
インジャード・エンクロージャ(搬送用気密与圧包袋)──通称スワドルは、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着られない状態にある要救助者を、宙空間で搬送するための簡易な器材だ。大概は封筒型をしたシュラフ(寝袋)のようなもので、収納時に畳まれている外側の軽量伸縮フレームを伸ばして使用する。簡易な生命維持装置が付属していて、エアプルーフ(気密)の包袋内で10時間から15時間ほど生命維持環境の提供が可能だ。
トラニオウの負傷に気付いた別の救護担当が、放り出されていたトラニオウのスキャバード(鞘)を拾い上げ、背負っていたトラウマ・トリートメント・エクイップメント(創傷処置装備品)・バッグを降ろしながら、トラニオウの元へ駆け寄って来た。救護担当が血塗れになっているトラニオウの腕の怪我を診ようとしたが、トラニオウはスキャバード(鞘)だけを受け取ると小さく首を振り、王女を先に収容しろ、と命じた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




