Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・4
クーガの待つ十字路から左右へのエアロック(気密隔室)へも、幅10メートルのグレーチング・トレッド(格子状踏床通廊)になっている。突き当たりにあるエアロック(気密隔室)までは左右舷とも30メートルほど、その手前の両壁にはエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)が並んでいる。
十字路角の船尾ポート・サイド(左舷)側には3層構造のエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)を行き来するための荷載用リフトが設置されていて、スターボード・サイド(右舷)側には折り返しラッタル(裸階段)がある。
ロッカー(装備保管庫)とリフトやラッタル(裸階段)の間のトレッド(格子状踏床通廊)両側には、フォークリフトやトラクタ(牽引車)、ドリー(荷載台車)がビンディング(機材固縛)されているのだが、数回受けた衝撃の所為か、悉くひっくり返っていた。
コンスタンツェを待っていたクーガが、ポート・サイド(左舷)のエアロック(気密隔室)に向かって、ワォンと一声哮えた。
クーガに追い付いたコンスタンツェが、クーガの頭を一撫でしてから、ポート・サイド(左舷)のエアロック(気密隔室)へと歩き出す。荷載用リフト前を通り、吹っ飛び倒れているドリー(荷載台車)を回り込み、斃っているトラクタ(牽引車)を避ける。クーガもその後を追って、障害物を跳ね飛び越える。
コンスタンツェが倒れているフォークリフトの横を抜けた矢庭、奥のエアロック(気密隔室)へ繋がるバルクヘッド(隔壁扉)向こうから、何やら騒がしい人気が伝わって来るのを感じた。立ち止まったコンスタンツェが、改めて気を澄ます。
シャヴィが言った通り、救難に来てくれたようだ。
コンスタンツェはほっと胸を撫で下ろし、脇で横倒しになっているフォークリフトの操縦台の上に飛び乗って来たクーガを、安堵の笑みを浮かべて見遣る。
「──本当に、救いの手が差し伸べられたのだな・・・!」
ウェスデンの救難隊には、先ずは何を措いても、外に居るシャヴィの救助に行って貰わねば──逸る気持ちを抑えるコンスタンツェの脇で、不意にクーガが、耳を欹てた。グルルと威嚇の唸りを上げるクーガが、バルクヘッド(隔壁扉)に牙を剥く。
「──クーガ・・・?」
クーガが見せた態度に、コンスタンツェが訝った矢先、目の前のバルクヘッド(隔壁扉)が開いた。
どたどたと厳めしい靴音を踏み鳴らし、銃を手に耐レーザー弾アーマー(胸鎧)を身に付けた先兵5名が、一斉に雪崩を打って飛び込んで来た。姿を見せた厳めしい部隊に、コンスタンツェは思わず2歩3歩と後退る。それは明らかに、ウェスデン当局の救難隊とは思えなかった。
だが銃を構えた5名は、出迎えるように待ち受けていたウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪も目を引くコンスタンツェに、唖然として動きが固まった。
立ち尽くす5人の後から更に飛び込んで来た5人も、目の前の婉然とディアデム(飾り冠)を戴くコンスタンツェに、目が釘付けになる。エアロック(気密隔室)出口を塞ぐように、エクイップメント・ロッカー(装備保管庫)の前で塊になっている10人に、背後から声が投げられた。
「──どうした? 何をしている?」
その声に、剣呑な10人が蜘蛛の子を散らすように、左右のロッカー(装備保管庫)際にまで一斉に退く。
黒地に金の飾り文様が描かれたアーマー・プロテクション(防身具)を着込み、グルメット(吊帯)に繋がった大剣を左手に掴んだ、一際大柄の偉丈夫な男、トラニオウ・プルンチットが、威風堂々と姿を現した。その背後にも銃を携えた数名の兵たちが続いている。
視界が開けた先、皺苦茶なインディゴブルーのシャンブレーシャツを羽織り、凝然と身構えている娘に、トラニオウが目を細めた。
「──これは、コンスタンツェ王女、殿下・・・?」
少し驚いたようなトラニオウが、それでいて、ほうと相好を崩した。
その少し驚いたような野太い声に、コンスタンツェの全身に戦慄が逐った。
「トラニオウ・プルンチット・・・!」
ぎりっと歯噛みするコンスタンツェが、腰が引けながらも睨み返した。
「お見知り置き頂いて、恐悦至極」
「トラニオウ・プルンチット、此処はウェスデンの筈」コンスタンツェの翡翠色の瞳に、一驚と警戒の色が滲み出る。「──どうしてヒイェラ軍属の其方が居るのだ・・・!」
「おや、此処をウェスデンとご承知で」コンスタンツェの問い掛けに、トラニオウは少しばかり首を捻った。「──しかし、既にお目覚めで居られたとは」
「其方のような傍若無人の族輩が、何時何処から襲って来ぬとも知れぬのでな」マデルークの潔姫は慇懃無礼に、宝玉のような瞳を吊り上げた。「おちおちと、高鼾も掻いてはおれぬ」
「冷たい褥とあっては、然もありませんな」
トラニオウは態とらしく爪先立ちに首を伸ばし、コンスタンツェ越しの背後を見透かしてから、側で身構える黒い人造犬に視線を落とした。
「──それに、何時もの金魚の糞のような近衛に替えて、犬っころが側勤めとあっては、さぞご不安もおありでしょう」
「其方が案ずる事ではない」
鰾膠もなく言い放つコンスタンツェは、クーガの頭をそっと撫でた。
それでもトラニオウは意を介さぬ風で、言葉を継いだ。
「プロスペロ国王陛下のご不幸に付いても、聞き及んで居ります」
「聞き及んでいる、だと・・・!」
何処までも当事者意識を見せず、煙に巻こうとするプルンチット次兄に、コンスタンツェが声を荒げた。
「その不幸を呼び込んだのは、貴様ら、傲慢にも、デジャーソリス宗主を名乗るプルンチットではないのか・・・ッ!」
「滅相もない」
一言の元に否定したトラニオウは、広げた大きな掌を、大仰に振って見せた。
「現地に赴任している長兄キャシオウの尽力もあり、今はデジャーソリス宗家筋を統括する私どもプルンチットの諌めをお聞き入れ頂き、万事恙なく世も王室も移ろっております」
「父プロスペロは、其方らプルンチットを、疎ましく思っておったからな・・・!」コンスタンツが、その端正な顔に似合わず、吐き捨てるように言った。「──これでプルンチットの目論見通り、と言う訳か?」
「これは穿ったお見方を」
トラニオウは太い頚を緩やかに振ると、語調を改めてきっぱりと言い切った。
「国政については、メルヒオール殿下が見事治められましょう。その為にも、コンスタンツェ王女、是非とも殿下との親密なる御関係を」
「メルヒオール、だとッ?」
コンスタンツェの桜色した頬が、見る見る紅潮する。
「あの頓馬な王子に、国が治められと、本気で思っているのかッ? どうせ其方らが、裏から誑かして居るのだろう!」
「仮にも、何れは妃陛下にお成りの身。メルヒオール殿下の王女殿下へのお気持ちと、ご自身のお立場をお考え下さい」
「はっ! 某に、メルヒオールの元へと嫁げとッ? 言うに事欠いて、あの変態色情魔に己が身を委ねろとッ?」自ら口にした言葉に、コンスタンツェは震え上がった。「仮えこの身が千度灼かれようと、あの身の毛もよだつ痴れ者と枕を共になど、金輪際いたさぬ!」
「メルヒオール殿下も、ご心配なされて居られていると、お聞きしております」
麗たる王女からの罵倒を一顧だにせず、トラニオウが恭しく腰を折った。
「それに王室に付いては、どうぞ御心配召されなきように。ヒポリア王妃陛下とデスデモーナ王女殿下については、長兄キャシオウが万事そつなく取り計らい致しましょうぞ」
「王室の事は勝手に致せ。だが某は、今のマデルーク王室には戻らぬ」
「ウェスデンへ向かわれても、行く末は同じです」
トラニオウが大きな肩を軽く窄めた。
「──もう間も無く、そのメルヒオール殿下は我が弟ロダリーゴと共に、ウェスデン王室と公式の会談に臨まれます」
「まさか、ウェスデンに攻め入るつもりか・・・ッ?」
反射的にコンスタンツェは、弾魔の聖剣レプラコーンを抜いていた。彼我の距離は、約5メートル。トラニオウ背後の兵たちが、思わず銃を構え直す。
「お戯れは、大概になされませ」トラニオウの巨躯が、伸し掛かるように一歩前へと躙り出る。「メルヒオール殿下も悲しみますぞ」
「メルヒオールに会う事があったら伝えるが良い──」正眼に構えた剣の奥から、コンスタンツェはトラニオウを睨め付けた。「何時までも、不倶戴天の仇なす仲でいましょうね、とな・・・!」
「剣をお納め下さい、殿下」
一向に動じる様子の無いトラニオウが、目の前の王女を凝視しながら首を振る。
「このコンスタンツェ、メルヒオールに捧げる腐り果てた処女など、微塵たりとも持っておらぬわ・・・ッ!」
「それは、困りました」
「──どうしても、と言うならば・・・ッ!」
潔い啖呵口調の言葉と同時に。
コンスタンツェの、羚羊のように伸びた足が躍動した。剣を振り被ったコンスタンツェがシャツの裾を翻して床を蹴る。
「某の骸を、土産に持って行くが良い・・・ッ!」
ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪が翻って、載っていた銀に輝く翼のディアデム(飾り冠)が溢れ飛ぶ。
咄嗟に左足を軸に半身を躱したトラニオウの眼前を、レプラコーンのエッジ(刃)が掠める。と同時にクーガの猛躯が後脚を蹴って、トラクタ(牽引車)の上から跳ね飛んだ。トラニオウに初撃を躱されたコンスタンツェは、なおも返す剣を逆手に薙ぎる。それを腰だけ回したトラニオウが、グルメット(吊帯)で佩いたままの剣で受け止める。
弾け落ちた銀のディアデム(飾り冠)が、甲高い音を立ててグレーチング・トレッド(格子状踏床通廊)に転がって、矢庭に大きな悲鳴が上がった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




