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Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・3

「大丈夫か? コンスタンツェ?」


実環境の復元を開始する、と言う統括管理基幹システムのジナイーダの声が聞こえていたのだろう、シャヴィが心配そうに問い掛けて来た。


「──さすがに、尻が痛い」


コンスタンツは上半身を起こしながら、渋い顔でクーガを見遣る。クーガはクゥンと鼻を鳴らすと、後肢を1歩2歩と後退(あとずさ)りさせ、背凭(せもた)れに乗っていた前肢を外すと、四つ足で床に正立した。


「ひょっとして、もろに落ちたのか?」


「重力が戻った」


無様に尻から落ちた、と言い辛いコンスタンツェは、シャヴィからの問い掛けへ直截に応じず、よっと声を上げながら、お尻を軽く払って立ち上がった。


「──それで、シャヴィが居る場所はどの辺りであろう?」


「右舷側、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)2層目のハッチ・ゲート(庫外扉口)の所だが」一呼吸の間があって、シャヴィが声を改めた。「──場所を聞いてどうする?」


「救難の手の者が来てくれるのであろう?」コンスタンツェは、床に落ちていた聖剣レプラコーンを掴み上げた。「ならその救助隊に、一刻も早くシャヴィを救けて貰えるように伝えるまで」


コンスタンツェが決意を固めたように、ソードベルト(剣帯)を細い腰に()びる。


「──()すれば、赤服を着た白髭の聖ニコラウスの(おとな)いは、何処の煙突から来るのであろうか?」


「多分、ポート・サイド(左舷)のエアロック(気密隔室)だ。そのデッキ(階層)の1つ下、コンスタンツェが居た最上層のエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)を船尾側に行った先の右手だ」


(あい)分かった」見えぬ声の主に向かって、マデルークの姫が(しっか)と頷く。「直ぐ行って貰う(ゆえ)今暫(しばら)くの辛抱を、マイ・ロード(我が殿)」


「そんなに焦らなくても、救助隊が着いてからで・・・」


「エアロック(気密隔室)とやらの場所は、クーガが存じておろう」


キャプテン・シートに歩み寄ったコンスタンツェが、ミューチュアル・マネージメント・リンク(相互管理連携)用のコードをコンソール(制御卓)に繋いでいるクーガの頭を軽く撫でた。


其所(そこ)へは、クーガに案内をさせる。マイ・ロード(我が殿)、通信を(しば)し切りまするが、心細きに思われぬように」


「おいおいおい、ちょっと待てって・・・!」


「このコンスタンツェ、常にマイ・ロード(我が殿)のお側に居ります(ゆえ)


それだけ言うと、コンスタンツェはミューチュアル・マネージメント・リンク(相互管理連携)・コードをコンソール(制御卓)から引き抜いた。


「さて、聞いていたな? 其方(そなた)」コンスタンツェはクーガを振り返り、コードを元の首元へ巻き戻してやった。「マイ・ロード(我が殿)を直ぐに救け出して貰うため、救難隊を出迎えに行くぞ、クーガ。先ずは、ポート・サイド(左舷)のエアロック(気密隔室)とやらの場所に案内を致せ」


クゥンと1つ鼻を鳴らしたクーガが、バルクヘッド・パス(隔壁通口)とは反対の方へ、トコトコと歩き出す。床に落ちていた翼飾りのディアデム(飾り冠)を(くわ)え上げると、クーガはコンスタンツェを振り返った。


「──其方(そなた)は賢いな、クーガ」


表情を緩めるコンスタンツェが、クーガから銀のディアデム(飾り冠)を受け取ると、目を細めた。シャヴィから祝福を貰った飛翔のディアデム(飾り冠)を優しく撫でたコンスタンツェは、その指でキスを貰った自身の唇をそっと触れた。


ブリッジ(船橋)に、微かな振動が伝わって来る。


シャヴィの言っていた、大きな救難船がドッキング(接舷)した揺れかも知れなかった。



  * * *



「メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)の接舷を完了しました」


旗艦ガルビオンの半円形をしたアボルダージュ・エアロック(強行乗船用気密隔室)に、ブリッジ(艦橋)からの報告が入った。


「再度確認しておく」


特別編成の移乗専任2個分隊16名を前に、グルメット(吊帯)が下がる大剣を床に突くトラニオウ・プルンチットが声を上げた。


「保全確保対象は、突入するエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)第1層の船首側右舷、第2カーゴ(貨物庫)に積載されているコンテナ(規格貨物容庫)、その中に収納されているクライオ・バイタル・ハイバネート・ポッド(極低温身体維持装置)だ」


ベロアの光沢も柔らかなモスグリーンの将官軍服に、黒地に金の飾り文様が描かれたアーマー・プロテクション(防身具)。トラニオウは正面に並ぶ16名を、ぐるりと見渡した。アボルダージュ・エアロック(強行乗船用気密隔室)はアセンブリ(集合待機室)を兼ねているため、一般的なエアロック(気密隔室)より二回りは大きい。


メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)は本来、ステーションなどの港湾側のファシリティ(設備)であって、アボード(接舷)用のメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)を装備しているの艦船は、500メートル超級の軍艦か巨大客船くらいだ。メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)使えば、ハビタブル・オーバーオール(空間作業用気密与圧服)を着用して宙空間へ直接出なくても他船へ移乗できる。


ガルビオンが装備するメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)は伸縮式で、最大全長は100メートル。実際にブリッジ(密接乗船廊橋)を用いてドッキング(接舷)する場合、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着たボラード(繋留員)が8人掛かりで、ブリッジ(密接乗船廊橋)自体を外から誘導案内する。メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)はガルビオンのスターボード・サイド(右舷)にのみ艤装されていて、横倒しに収納されているガイド・フレームが舷側から起き上がり、それに沿って4節構造の蛇腹廊橋が伸びる。廊橋自体に強度は殆どなく、内部の大気圧維持と外部からの宇宙線防御の機能しかない。


なので他船へ移乗するだけなら、ランヤード(命綱)を張ってハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着て遊弋(ゆうよく)する方が手っ取り早い。なのにトラニオウが、少々面倒な行程が必要なメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)を用いたのは、取りも直さず、マデルーク王女コンスタンツェが納まっているポッド(極低温身体維持装置)が、直接宙空間に(さら)されるのを避けたいからだ。


「事前確認によれば、クルー(船員)は1人だけだ。生存しているなら保護、死亡しているなら放置で良い」


対象船舶がフレーター(貨物船)であり、武装した抵抗勢力が乗船している訳ではないので、移乗する部隊の装備は軽装だ。耐レーザー弾アーマー(胸鎧)にシュトルムカービン・レーザー銃、ヘッドセット、それにフラッシュ・バン(閃光音響弾)とスモーク・グレネード(発煙弾)。


「ブリッジ(密接乗船廊橋)内環境、標準大気を確認」


エアロック(気密隔室)のハッチ(外扉)脇インストルメント・ボード(制御計器盤)のモニターを睨んでいた兵が声を上げた。トラニオウ・プルンチットの背後に居た兵士が5名、レーザー銃を構えて前に出る。


ガルビオンのアボルダージュ・エアロック(強行乗船用気密隔室)のハッチ(外扉)が開くと同時に、兵たちが一斉に床を蹴った。伸縮式ブリッジ(密接乗船廊橋)の内壁に備えられたグリップバーを手掛かり足掛かりに、無重力の中を漂い進む。


フレーター(貨物船)・タム・オ・シャンタ外殻に辿り着くと、兵がハッチ(外扉)脇にある小さな蓋を開いて、中の非常用ノブ(取っ手)を捻った。


メーデー(救難事態宣言)が発信された船舶は、総合システムが要救難と認識して全てのエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)に、位置を示す非常認識灯が点いて、ハッチ(外扉)自体はセイフティ・ロックが自動解除されている。


油断なく銃を構える兵たちの前で、タム・オ・シャンタ側のエアロック・ハッチ(気密隔室外扉)が開かれた。


タム・オ・シャンタのエアロック(気密隔室)には、重力が利いていた。無人なのを確認し、更に上下位置を確認すると、先行する5名が中に飛び込む。その背後から残りの兵たちが、続々とタム・オ・シャンタのエアロック(気密隔室)へと(あと)を追う。


「当該船舶側の船内環境に異状は無いようです」


エアロック(気密隔室)の内扉脇のインストルメント・ボード(制御計器盤)を睨んでいた兵が、声を上げた。


「──移乗、開始します」


その言葉と同時に、タム・オ・シャンタのエアロック(気密隔室)の内扉が開いた。



  * * *



「確か、この下だと言っておったな」


ブリッジ(船橋)のコンスタンツェが意を決したように、自らのウィステリア・シルバー(藤銀色)の頭頂にディアデム(飾り冠)をちょんと載せ置く。


ワォンと一声哮()えたクーガが、早足を繰ってコンスタンツェの前を横切り、転がっているモジュール・マシンナリー(機工器械)を軽々と飛び越えて、ブリッジ(船橋)のバルクヘッド・パス(隔壁通口)を抜けて行く。コンスタンツも押っ取り刀に(くびす)を返すと、左手で頭のディアデム(飾り冠)を押さえ、()びている剣を右手で掴みながら、クーガの(あと)を勇み足に追う。


現状を回復しようとウイウイと稼動音をだけを空しく立て、惨めに藻掻(もが)いているモジュール・マシンナリー(機工器械)を足蹴に跳び越え、コンスタンツェがバルクヘッド・パス(隔壁通口)からラッタル(梯子階段)を、一足飛びに跳ね降りる。モジュール・マシンナリー(機工器械)は横転すると、そこから正常な自立姿勢に復帰するプログラムを持っていない。


ブリッジ(船橋)を飛び出して来たコンスタンツェの姿を確認したクーガが、脇のエアプルーフ・ラッタル(気密階段)へと、間髪入れず踊るように駆け降りる。クーガの後ろ姿を追うコンスタンツェが、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)第1層のグレーチング・スキャフォルド・トレッド(格子状踏床中吊り通廊)を、ブーツの音も高らかに走り抜ける。


自らが横たわっていたポッド(可搬救急対処台機)を収納していたコンテナ(規格貨物容庫)が積み込まれていた第2カーゴ(貨物庫)前を抜けた先、左右両舷に設けられた接舷用エアロック(気密隔室)に繋がる、グレーチング・トレッド(格子状踏床通廊)の十字交差点で、立ち止まったクーガが振り返ってコンスタンツェを待っていた。




★Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・3/次Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・4

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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