Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・2
「──出来したぞ、クーガ・・・!」
喜色を湛えたコンスタンツェが、クーガに抱き付く。クーガは爪を剥き出しにした前脚を、キャプテン・シートの背凭れにかっちりと食い込ませた。
「洗濯機すら扱えぬ某とは、月と鼈だな」
クーガの首から延びるコードを掴んだコンスタンツェが、クーガの体に手を掛けながらキャプテン・シートのコンソール(制御卓)に再度取り付く。
うろ覚えに見ていた記憶を弄り出し、シャヴィが接続していたと思われるコネクタに、ミューチュアル・マネージメント・リンク(相互管理連携)のコードを接続し直した。
「──さあ、クーガ、これでマイ・ロード(我が殿)の声を拾えるか?」
クーガが、ワォン、と誇らしそうに一声哮える。
「シャヴィ! マイ・ロード(我が殿)! 返事をして──」
コンスタンツェが精一杯張り上げた、その絞り出す言葉が終わらぬうちに。
「──スタンツィ・・・!」
シャヴィからの急き込む声が、弾けるように覆い被さって来た。
シャヴィが簀巻き状態と格闘し出して、既に15分近くが経っていた。
何せロンパス(空間作業服)のヘルメット内側からでは、視界に殆ど融通が利かず、ヘルメット内で僅かに首を起こしても胸元の一部が目に入るだけで、体がどうなっているのか全体を目視で確認出来ない。右手を左腕に回すことも、逆に左手を右に回すことも出来ず、絡まるテザー(命綱)を少しずつ緩めて手が抜ける隙間を作るしかない。
ただ厄介な事に、テザー(命綱)に手探りで触れてみる限り、伸し掛かっているパワード・グラップルのタイダウン・ブライダル(機材固縛鋼索)も絡まってこんがらがっているようで、文字通り一筋縄では行かない。とにかく片方の手でも自由にしないと、自分のテザー(命綱)も、背負ったマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)も外せない。
だが何より気になるのは、ブリッジ(船橋)に残して来たコンスタンツェだ。
何しろ何度か呼び掛けてはみたものの、さっぱりと反応が無い。通信が途切れていると言う事は、何かが有ったのは間違いない。ただブリッジ(船橋)自体が、バリアに接触して損壊した訳ではないので無事だとは思うが、矢張り声を聞かないと安心出来ない。
“──安心、出来ない・・・?”
妙な感傷だと思った。ついさっき知りあったばかりの、螺子が盛大に抜けている“王女”さま。自分には縁遠い、別世界の人種だ。それが本当なら、感傷の情を抱くには、尊大すぎる相手だ。
“それでも──”
何故か放って置けない。一刻も早く戻ってやりたくて、気ばかりが急く。
ただ悪戦苦闘したお陰か、左腕に絡まっているテザー(命綱)が少しばかり緩む。その分、どう繋がっているのかは解らないが、腹周りに絡んでいるテザー(命綱)が少しばかり締まってしまった。糞ったれ、と何度毒突いたか分からない。ともかく少し強引に、左腕を抜く。ロンパス(空間作業服)が破けたかと、一瞬冷やっとした刹那。
「シャヴィ! マイ・ロード(我が殿)!」
コンスタンツェからの、返事をして、との言葉を言い終わらせないうちに、シャヴィは叫んでいた。
「──スタンツィ・・・!」
「おお、マイ・ロード(我が殿)! ご無事であったか・・・!」
打てば響くコンスタンツェの、感極まった声音がシャヴィの耳朶を打つ。
「やっと繋がったか・・・!」コンスタンツェの声に、シャヴィも一先ず胸を撫で下ろした。「──スタンツィ、怪我はしてないか?」
「某は大丈夫だ。衝撃が来た時、クーガも弾かれて、その際にコードが外れたようだが、先程また元通りに繋ぎ直した」小躍りするような声音で早口に説明したコンスタンツェが、声を改めて言った。「──信じてはいたが、心配したぞ!」
「心配させたか。それはすまない」シャヴィが抜けた左腕を曲げて、マニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)のハーネス・バックルを手探りする。「今はブリッジ(船橋)か? 其所は損傷してないか?」
「此処自体は何ともないのだが、重力が失せてしまって──」コンスタンツェの言葉に、一呼吸ほど間が空いた。「このクーガ、よもや尻に魅力が無いからと、齧り付いては来ぬよな?」
コンスタンツェが何を言いたいのか、察しの付いたシャヴィが、思わずぷぷぷと小さく噴飯する。つまりは重力が失せているので、少し身を動かしただけでシャツが捲れ上がってしまい、尻が丸出しになってしまうのだ。
「空気が流れている、呼吸が苦しい、肌寒いとか、他にはないか?」
「今の所は、不快には感じない」
「すると、デッキ(階層)内の重力だけか・・・」
ふむ、と少しばかり思案してから、シャヴィが再び声を上げた。
「──クーガ、アコモディション・デッキ(乗居区画)の環境維持をチェックして、異状がなければシステムを再起動させて、重力を含めた標準環境を復元させろ」
ワォンと哮えて寄越すクーガの鳴き声が、シャヴィの耳に届いた。
「──多分、ゼリービーンズ・バリアに引っ掛かった衝撃で、重力発生システムへのセイフティが掛かったんだと思う」シャヴィはコンスタンツェに向かって話し掛けた。「異状が無ければ再起動のアナウンスが入って、同時に重力も戻る。宙に浮いてるなら注意しろ。落ちるぞ」
「相解った」コンスタンツェからの小気味よい返事だった。「それでシャヴィも、戻って来られるのであろう?」
「それが、だな」一呼吸置いたシャヴィが、もぞもぞと体を動かしながらも、少し不機嫌そうに言葉を継いだ。「──無様にも、飛ばされた拍子にテザー(命綱)が絡まって、また間の悪い事に宙空間作業用の重機の下敷きになっている」
「──下敷きだと・・・ッ!」
そこまで聞いたコンスタンツェが、鸚鵡返しに声を荒げた。
「何故それを早く言ってくれぬのだ!」
ちょっと待て、と返すシャヴィの声に構わず、コンスタンツェが早口に捲し立てる。
「マイ・ロード(我が殿)の難局に有って、手も差し伸べぬ某では、如何な顔をしてシャヴィの傍に居れば良いのだ・・・!」
「大仰な奴だな。挟まっているだけだよ。潰された訳じゃない。それに、何処も怪我はしてない」
飾り気の無い、しかし難詰に近いコンスタンツェの言い草に、シャヴィは漆黒の宇宙空間を見上げて思わず苦笑いを浮かべる。タム・オ・シャンタの残存船体を受け止めたゼリービーンズ・バリアは役目を終えたのか、視界の外へと失せていた。
「それでも、今すぐ救けに──」
「良いから、ちょっと落ち着け・・・!」
簡単には引き下がらず、自分の気持ちを素直に殴つけて来るコンスタンツェは、確かに彼女らしいと言えば彼女らしい。堪らず大声で遮るシャヴィが、妙な気配を感じて左右に目配せする。
「それに俺は今、外だぞ、宙空間だぞ」
シャヴィが感じた、その妙な気配の正体は直ぐに知れた。
「いや、それでも、だな・・・!」
「大体だな、コンスタンツェ」
諦めようとしないコンスタンツェに、シャヴィはそう返事しながらも、目線は船体反対側、左舷下方から浮き上がって来た、馬鹿でかい壁のような物に釘付けになる。
「あんた、ロンパス(空間作業服)を着た事が無い──」
それは巨大船舶の舷側だった。勿論その船舶は、ヒイェラ宇宙軍1200メートル級大型戦略艦ガルビオンだが、それをシャヴィが知る由もない。
「──だろ・・・?」
シャヴィの、コンスタンツェへの言葉尻が掠れて、シャヴィがそのまま絶句する。
「──シャヴィ? マイ・ロード(我が殿)?」
上の空のまま途切れたシャヴィの声に、コンスタンツェが訝った。
“──なんて大きさだ・・・!”
タム・オ・シャンタの全長より、二回りは巨きい。
この位置からではバウ(船首)もスターン(船尾)も遥か彼方で、艦容自体がはっきりとしない。しかも船体外殻とその艤装から、戦闘艦、しかも凄まじい戦闘力を持った艦船だと言う事がはっきりと判る。
“──ウェスデン宇宙軍・・・なのか・・・?”
シャヴィは思わず我が目を疑った。こんな巨大宇宙戦闘艦を、ウェスデンが就役させているなんて、噂にも聞いた事がなかった。
「如何致した・・・ッ? 何かあったのか?」
返事の無いシャヴィに、コンスタンツェが少しばかり焦って呼び掛けて来た。
「もう大丈夫なようだ」
それでも救難に駆け付けてくれたのは間違いない。あのゼリービーンズ・バリアを放ってくれたのも、あの巨大戦闘艦に違いない。何にしても、救いの手は差し伸べられた。
「──どうやら、救けが来てくれたようだ」
シャヴィは、ドッキング(接舷)しようとメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)を伸ばして来る、巨大戦艦の姿影を安堵の息と共に見上げた。
「救け・・・?」
ブリッジ(船橋)で為す術もなく漂っているだけのコンスタンツェが、シャヴィの唐突な言葉に訝った。
「そっちのブリッジ(船橋)の窓から見えないか?」シャヴィの言葉に、コンスタンツェがフロント・ウィンドウの方へ、無理やり体を捩る。「大きな宇宙軍艦みたいな奴が、ドッキング(接舷)し掛かっている」
「──よく見えぬな・・・」コンスタンツェは可愛らしい顔の、眉間に縦皺を寄せながら目を凝らす。「窓がびっしり凍り付いていて、はっきり見えぬ」
「相当にデカいな。ウェスデン宇宙軍の艦船かな・・・?」
シャヴィの訝る声に、統括管理基幹システムたるジナイーダの無機質なアナウンスの声が無遠慮に被さる。
「──システム再起動します。アコモディション・デッキ(乗居区画)の環境設定を確認、実環境の復元を開始します」
その言葉が終わると同時だった。
宙に浮いていたコンスタンツェは、身構える暇もなかった。コンソール(制御卓)脇の冷たい床へ、無防備に突き落とされた。身の薄いお尻を強かに打ち付けたコンスタンツェが、そのまま重力に身を委ねると、床へ大の字に倒れ込んだ。
と同時にモジュール・マシンナリー(機工器械)も、ガシャリと重い音を響かせて床に打つかり、車輪部を損壊させたまま横へごろりと転がった。聖剣レプラコーンも鈍い音を立てて床に落ち、翼のディアデム(飾り冠)が、床で一度跳ねてから転がった。そしてクーガは、前肢をキャプテン・シートに掛けたまま、後肢がすとんと床に落ちて後脚立ち状態になっていた。
床に寝そべるコンスタンツェは、安堵感と共に脱力感に身を任せ、大きな溜め息を吐き出した。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




