Act.4 慟哭の潔姫(けっき)・1
「──コンスタンツェ、聞こえるなッ?」
突然、頭上から降って来たシャヴィの声に、ブリッジ(船橋)に居たコンスタンツェが思わず辺りを見回した。
「シャヴィ・・・?」
「気を付けろッ! 直ぐに大きな衝撃が来る・・・ッ!」
有無も言わせない、真剣なシャヴィの怒鳴り声だった。
「何かに掴まるか、コンソール(制御卓)の下・・・」一瞬間が空いて、早口なシャヴィの声が畳み掛ける。「いやッ! 出来ればキャビン(個室)に駆け込んで、ベッドの──」
その言葉を聞くや否や、ココンスタンツェが咄嗟にブリッジ(船橋)を出ようと、踵を返した、その刹那。
ブリッジ(船橋)全体が激しく揺さ振られ、うわっと言う、シャヴィの悲鳴が耳に届いた時には、コンスタンツェの身体は宙に舞っていた。不意打ちを食らったようなコンスタンツェが、空を掴むように足掻く。為す術もなく船尾方向へ飛ばされたコンスタンツェが、ブリッジ(船橋)後方壁に並ぶロッカーに、背中から叩き付けられた。うっと呻きを上げたたコンスタンツェは、そのまま意識が遠のくのを感じていった。
それからどの位、気を失っていたのだろうか。
遠から何かが響いて来ている──。
コンスタンツェの意識が戻り始めた矢庭、遠くからの低い音が耳朶を賑わす。
ぼんやりとする意識に目を眇めるコンスタンツェが、その音をクーガの哮える声だと理解するまで、少しばかり時間を要した。
「──クーガ・・・ッ?」
慌てて身を起こそうと体を捩った刹那、背中に痛みを感じると同時に、何故か引っ繰り返った──と感じた。
だがそれは感覚だけで、実際は半身も起きておらず、引っ繰り返ってもいなかった。
思わずコンスタンツェが、焦って藻掻く。足が地に着く感覚が全く無い。体が宙に浮いていると認識するまで、数秒掛かった。
タム・オ・シャンタのブリッジ(船橋)は、すっかり重力を喪失させてしまっていた。
気を失ってしまった失態と、焦って見せた無様に足掻く醜態、それに飛ばされた際に打ち付けた所為あろう背中の痛みを堪えながら、コンスタンツェが自嘲の吐息を一つ吐き出すと、改めて周囲を見渡した。
コンスタンツェの今の体勢から言えば頭の上で、為す術もなく引っ繰り返ったクーガが、宙に浮いている姿が目に入った。その向こうには、ブリッジ(船橋)に配置されているモジュール・マシンナリー(機工器械)が、まるで残骸のように浮いていた。
心配そうにコンスタンツェの方へ首を向けているクーガの、その有り様にコンスタンツェが思わず笑みを溢す。唯々ぷかぷかと宙に浮いているクーガは、大きな体躯に似合わず何処か可愛らしい。
「──シャヴィ、其方、聞こえるか・・・?」
白い咽喉を晒し、そっくり返るようにクーガを見遣るコンスタンツェが、声を張り上げた。
「──返事をして賜れ、マイ・ロード(我が殿)・・・!」
暫く聞き耳を立てていたものの、返事がないので更に声を振り絞った。
「シャヴィ! マイ・ロード(我が殿)・・・!」
嗚咽のような声音を上げたコンスタンツェだが、シャヴィからの声は返って来ない。
“──直ぐに戻って来る、と言ったではないか・・・!”
コンスタンツェの胸中に、僅かばかりの不安と、得も言われぬ心細さが、むくむくと広がって行く。こんな気持ちになるのは、コンスタンツェにとっては生まれて初めての事だった。
「──クーガ・・・」落胆したコンスタンツェが、縋るような声音で話し掛ける。「其方では、マイ・ロード(我が殿)が無事かどうかは、解らぬか・・・?」
逆さまに宙に浮かぶ漆黒の人造犬が、素直に小さくワウォォン、と声を漏らす。
「そのワォンは、どっちだ? クーガ」
儚げな面持ちのコンスタンツェが、小さく小首を傾げる。クーガが再び、グウォンと、気の所為か、先程より確と哮えたように聞こえた。
ふーむと、少し考え倦ねたコンスタンツェが口を開く。
「クーガ、其方、解るのか?」
コンスタンツェの問い掛けに、クーガが小さく哮えて返した。
「──ならば」クーガの反応に喜色を浮かべたコンスタンツェが、言い聞かせるように言った。「マイ・ロード(我が殿)・シャヴィが無事なら、3つ哮えてみよ」
果たせるかな、クーガが3つ、合図のように高らかに哮えた。
「おお、矢張り無事であったか、マイ・ロード(我が殿)は・・・!」思わずコンスタンツェが顔を綻ばせたものの、はたと気付いたようにクーガを見返す。「──なのに、何故、お声が聞こえぬ・・・?」
と其所まで言って、コンスタンツェは気が付いた。シャヴィが出て行く際にコンソール(制御卓)に繋いでいた筈の、コードのような物の先が外れていて、クーガの首元から宙を漂っている事に。
ふむ、と独り言ちたコンスタンツェは、脇に浮いていた聖剣レプラコーンへ必死に手を伸ばし、どうにかこうにか手元へ引き寄せる。流されていたコンスタンツェの体はブリッジ(船橋)のフロント・ウィンドウ近くで、クーガはキャプテン・シートとコンスタンツェが叩ち当たった後ろ壁との中ほどの宙に浮いていた。
コンスタンツェは斜め下になるキャプテン・シートの方向を目測し、身体を丸めると手にした聖剣レプラコーンの先で、フロント・ウィンドウの天上近くをちょんと小突く。丸めた背から落ちるように、キャプテン・シートに近寄ったコンスタンツェが、手を伸ばして背凭れを掴む。それを手掛かりに猫のように身を翻したコンスタンツェが、コンソール(制御卓)を蹴飛ばして、クーガの体へと飛び付いた。
「クーガ、其方は矢張り、巨きいのう・・・!」
コンスタンツェは手にしていた剣を手放すと、クーガの黒い巨躯に獅噛み付きながら、蛇のように漂っているコードを掴む。コードの先を手にしたコンスタンツェが、クーガを相手に自分の身体を少しだけ押し出す。伸ばした左手がコンソール(制御卓)に触れたものの、右手に掴んでいたコードは1.5メートル近くも足らずで、コンソール(制御卓)までは、とても届きそうにない。
一瞬、向になってコードを引っ張ろうとしたコンスタンツェだったが、コードが千切れてしまう事に気が付いて、慌ててコードを手放した。
それならばと、コンスタンツェが今度はコンソール(制御卓)自体を蹴飛ばすと、クーガの脇を擦り抜けて、背後の天井まで漂いへばり付く。シャヴィから借りたシャツの裾が腰まで捲れ上がり、桜色の太腿から可愛いお尻、縦長の臍まで丸見えになったコンスタンツェが、天井に足を着いて身を屈め、膝をバネにして天井を蹴飛ばした。
勢いを付けたコンスタンツェが、手を伸ばし体当たりするようにして、クーガの巨躯を押し出す。
ところが弾かれたのは、コンスタンツェの方だった。身長171センチのコンスタンツェは、体重が50キロ弱。それに比してライオン並の体躯のクーガは200キロ近い。
ほよほよと天井の方へ押し返されるコンスタンツェは、それでも諦めない。
再び天井を蹴飛ばしたコンスタンツェが、今度はキャプテン・シートに飛び付いた。コンスタンツェは大胆にも、後ろ向きに背凭れを両足の腿で羽交い締めに挟み込み、更に背を伸ばしてクーガの前肢に手を伸ばす。背凭れからクーガの前肢爪先までは約70センチ。その右前肢を掴んだ両手を、渾身の力を込めて引き寄せる。
「──クーガ、其方、体重は一体如何ほどなのだ」
ゼロ・グラビティ(無重力)では、思うように力が込められないコンスタンツェが、うんうん唸りながら思わず愚痴る。長い足を惜し気もなく晒し、背凭れを挟み込んで胡坐を掻いたまま、コンスタンツェがふうと息を吐いた。
「──せめて、其方の爪先が、背凭れに届かぬか?」
そのコンスタンツェの言葉に、クーガが三度ワォンと応える。
クーガの体の中から、モーターの駆動音が立つと同時に、前肢肩甲骨の外側あたりと、後肢股関節外側に付属している円板状の防護板のような部分が緩やかに回転した。コンスタンツェが訝った矢先、空気を吸い込む音コンプレッサーのような音がしたかと思ったら、クーガの前肢と後肢の回転した部分から、いきなり空気が後ろ向きに吹き出した。
逆さまになったままのクーガが、ほんの少しだけコンスタンツェの方へと流れる。更にクーガは2度3度と、吹き出し口のある円板状の部分を回転させて、こまめに空気を違う方向へ吹き出すと、クーガは床に対して正立するように体の向きを変えられた。
そのままゆっくり向かってくるクーガに、目を丸くしたコンスタンツェが脇へ退く。
クーガには、ウェイトレスネス(無重量環境)下でも最低限の行動が可能になるように、圧搾空気スラスター(噴射器)の機能が搭載されている。前肢肩関節内側と後肢股関節内側に設けられた4つ吸気口から空気を吸い込み、コンプレッサーで圧縮し吹き出す。
ただ飽く迄も非常事態用なので、推力自体は微々たるものだ。さすがに200キロの巨躯を、ゼロ・グラビティ(無重力)下で自由に遊弋させられるだけの出力は無い。吹き出すための空気は、随時吸い込んで使用するため、空気の無い環境ではこの機能は役に立たない。
じわっじわっと寄って来る、まるで張り子の虎のような風情のクーガの前脚が、キャプテン・シートの背に届いた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




