Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・8
“今のは何だったんだ・・・?”
気になる。
シャヴィが周囲を見渡すものの、船体自体が複雑な自転をしてしまっているので、見えた方向が全く見当が付かない。
“──もし、本当にブラスターで攻撃されたのなら・・・!”
嫌な予感がする。
“此処は、一度、船内に戻った方が──”
シャヴィが、背中のマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を噴かそうとした矢庭。
船首左舷方向、いきなり白い壁のようなものが見えた、気がした。
“──まさか・・・ッ?”
慌ててシャヴィが、煌めく星々が流れ回って行く漆黒の宙空間に目を走らせる。星々に気を回すと、目が回るような自転のために、さすがのシャヴィもくらくらしてくる。加えてロンパス(空間作業服)のヘルメットが固定式なので、視野が限られてしまって首を巡らせるだけでは見渡す事が出来ない。
“見付けた・・・!”
今度は船尾方向、右舷下側に、タム・オ・シャンタの陰に垣間見えた──と思ったら、再びあらぬ方向へと視界の外へと消えて行く。タム・オ・シャンタの船体自体が複雑な自転を起こしているので、視界の一定方向に捕らえられないのだ。ただ先程よりは倍以上の大きさに見えたので、このタム・オ・シャンタは間違いなく、あの物体に向かって飛んでいる。
その不審な物体が、三度、今度は右舷方向に。
“──あれは・・・!”
間違いない。ゼリービーンズ・バリアだ。そう確信すると、今度は一番最初に見えた、船首左舷方向にはっきりと確認出来た。最初の4、5倍、本当に壁のように立ち塞がっている。
“しめたッ! 誰かが救難に来てくれたんだ・・・!”
と同時に、シャヴィは少し慌てた。
目に出来る間隔が短くなっていると言う事は、それだけ接近しており、具体的な相対速度は不明だが、今の調子では後十数秒もしないうちに衝突する。
「コンスタンツェ、聞こえるなッ?」
シャヴィが慌てて怒鳴り上げる。ヘルメット内のマイク(送声器)が、音声を検知して自動で送信してくれる。送られた通信はクーガが受信して、繋がったミューチュアル・マネージメント・リンク(相互管理連携)からタム・オ・シャンタのシステムを経由して、ブリッジ(船橋)のスピーカに通じている。
「──シャヴィ・・・?」
耳に挿してあるイヤフォン(聴声器)から、コンスタンツェの、少し遠い感じの声が耳に飛び込んで来る。コンスタンツェからの音声が遠くに聞こえるのは、傍らに居るであろうクーガ頭部の指向性聴音センサーで拾い上げているからだ。
「気を付けろッ! 直ぐに大きな衝撃が来る・・・ッ!」
背後から浴びる主星ウェスデンからの陽が遮られ、影が立った。咄嗟に半身を返して、シャヴィが後ろを振り返った。
「何かに掴まるか、コンソール(制御卓)の下・・・」シャヴィの視界が巨大な壁に塞がれて、星々の輝きが全く見えない。「いやッ! 出来ればキャビン(個室)に駆け込んで、ベッドの──」
シャヴィが其所まで口にした矢庭。
タム・オ・シャンタの残存船体が緩やかなヨー(左右偏揺)を伴って、主機を失った船尾側から、ゼリービーンズ・バリアに衝突した。
刹那、シャヴィは投げ出される感覚を味わって、思わずうわっと声を漏らす。体全体が持って行かれるように吹っ飛んで、ロンパス(空間作業服)に繋いであったテザー(命綱)が、ぐんっと目一杯に張り伸ばされる。ぐへっと醜い呻きを上げて、シャヴィが引き止められた。
醜畜めッ! と毒突くシャヴィは、レオロジック・フルード(流体)に変質したステープル・ファイバー(不織性短繊維)の緩衝厚に受け止められながら、僅かに回転するタム・オ・シャンタの船体が目に入る。緩衝厚がまるで火山口のような凹みを形成し、高弾性ハーネスの先に付属するバーニア(姿勢制御推力器)が四方八方に目紛しく噴射しながら、更に2枚目のバリアが1枚目のバリアごと船体を受け止める。
慣性モーメントは大方を殺がれていたので、2回目の衝撃は然程に大きくはなかった。
だが、シャヴィがほっとしたのも、束の間だった。
エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)の外壁にビンディング(固縛)してあった、ステベドアリング(荷役)用のパワード・グラップル重機が飛んで来ていた。度重なる衝撃で、留めてあったタイダウン・ブライダル(機材固縛鋼索)が外れたらしい。それでもタイダウン・ブライダル(機材固縛鋼索)は1本ではないので、糸が切れた凧のように重機自体が真っ直ぐ向かって来る事はなかったが、それが逆に災いした。
ゼリービーンズ・バリアに衝突して慣性モーメントを殺がれたところまでは良かったが、ロール(前後軸自転)とヨー(左右偏揺)を起こしていた船体の動きで、このビンディング(機材固縛)の外れた重機の一部に、事もあろうかシャヴィのテザー(命綱)が絡み込んでしまった。
シャヴィのテザー(命綱)を絡め巻きながら、辛うじて別のタイダウン・ブライダル(機材固縛鋼索)に繋ぎ止められている重機が、そのシャヴィと一緒に、まるで振り子のようにあらぬ方向へと流される。
自由を失ったシャヴィが、重機の流される方へと引っ張られた。
飛んで来た重機が、そのまま右舷側のエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)2層目のハッチ・ゲート(庫外扉口)に叩ち当たる。当たった重機が反動で跳ねた矢庭、次はシャヴィの番だった。
引っ張られるまま、シャヴィは背負ったマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)から、ハッチ・ゲート(庫外扉口)に叩き付けられた。衝撃で飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めるものの、テザー(命綱)に絡まれながら弾かれたシャヴィの体があらぬ方へ流される。
ゼリービーンズ・バリアに受け止められ、自転するモーメント(慣性力)も失っていくタム・オ・シャンタの残存船体、その動きに合わせるように再びシャヴィの体が、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)2層目のハッチ・ゲート(庫外扉口)の上へ倒れるように接触した。其所へ今度は重機がゆっくりと着地するようにシャヴィの脇へ降って来る。重機がスローモーションのように倒れ込みながら、そのパワード・グラップルが押さえ付けるようにシャヴィの胸の上に落ちて来た。
思わず口を衝くシャヴィの悲鳴が、ぐえええと、醜く尾を引く。
それでも重力のない宙空間で救かった。標準重力下の惑星上なら、落ちて来るグラップルの衝撃で胸が潰され、即死だっただろう。
かと言って、緩やかながらも圧し付けられているグラップルの下からは、簡単に抜け出せそうにはない。潰された背中のマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)が引っ掛かってしまっている上、自分のテザー(命綱)が体に絡み付いており、ほぼ簀巻き状態なので両腕が上手く使えない。
文字通り、手も足も出ないとは、この事だった。
格好付かないどころの話ではない。ナックルヘッド(盆暗)にも程がある。
何とかして抜け出すしかない。その前に嘆息一つ、シャヴィは先ず、気になったコンスタンツェを呼び出した。
「──コンスタンツェ? そっちは大丈夫だったか?」
少し間を置いて待ってみたが返事がない。
「コンスタンツェ? コンスタンツェ!」
呼び掛けても返事がない事に、シャヴィが少し焦る。
「コンスタンツェ! コンスタンツェ? スタンツィ!」
思わずシャヴィが声を荒げる。
「クーガッ? 聞こえないのかッ? クーガ!」
糞ったれ、と呪いの言葉を吐き、自由にならない体を捩らせるシャヴィだったが、コンスタンツェからの声が返って来る気配はなかった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




