Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・7
「──フレート(積荷)のケミカル・リキッド(化学液化物)、か・・・」
コンソール(制御卓)に手を着いたシャヴィが、首を突き出し窓を凝視する。
「これは氷か? 凍り付いている、のか・・・?」
半ば呆然とするシャヴィの脇で、コンスタンツェは手にした剣のスキャバード(鞘)のシュー(石突)で、氷がこびり付く窓をコツコツと小突いた。
「何かが、叩つかったのか・・・?」シャヴィが振り向きながら、声を張り上げた。「──ジナイーダ! ペイロード(積載区画)の様子を見られるか?」
「いえ。バウ(船首)・カメラも、スターン(船尾)・カメラからも、出力信号を検知できません」
「肝腎の時に役に立たない、襤褸システムだよ・・・」
その愛想の欠片もない一本調子のシステムの声に、思わず癇癪を爆発させたシャヴィが拳でコンソール(制御卓)を殴り付けた。いくら操作しても船外モニターは沈黙してしまっていて、状況が全く掴めない。
「ちぇッ・・・ペイロード(積載区画)の管理システムもイカれてるから、何がどうなっているのか、ろくすっぽ分からないじゃないか・・・」
「──イカれている・・・?」
コンスタンツェが小首を傾げて、シャヴィを見遣った。
「まあ、心配は無いと思うが、念のため船外から確認して来るよ」
シャヴィは面倒臭そうに、首を竦めた。
「船外? そ、其方が・・・?」コンスタンツェが珍しく、少しばかり動揺していた。「外に出るのか?」
「──ちょっと見て来るだけだよ」
何でもない、と言いたげに口元を緩めたシャヴィが、クーガの傍に転がっていた、翼飾りの付いた銀のディアデム(飾り冠)を拾い上げた。
「ロンパス(空間作業服)の──ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着て外に出ている間の通信帯域を、クーガ経由でリンクさせておく」
シャヴィは抱え上げたディアデム(飾り冠)を、埃を払う様な仕草で軽く撫で、それから冠に軽く接吻すると、コンスタンツェの流れるようなウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪の上にそっと載せ置いた。
「此処の音声もクーガ経由でモニター出来るから、何かあったらクーガに向かって喋ってくれればちゃんと聞き取れる」
クーガを呼び寄せるシャヴィは、コンスタンツェの嫋やかな身体が、一瞬僅かに強張った事に気が付かなかった。
すっと踵を返したシャヴィがクーガを伴って、ブリッジ(船橋)中央にあるキャプテン・シートのコンソール(制御卓)へ歩み寄る。クーガから引っ張り出したミューチュアル・マネージメント・リンク(相互管理連携)用の端末コードを、コンソール(制御卓)のコネクタに接続した。
「そ・・・某は、何をすれば良い・・・?」
コンスタンツェの声は、何処か少しばかり硬かった。
「クーガの面倒を見ててやってくれ」
コンソール(制御卓)の前でお座りするクーガの頭を一撫ですると、コンスタンツェを振り返ったシャヴィが、努めて明るい声で言った。
「必要な事があれば、指示はクーガに出す。システム操作はクーガがやるから、何も心配ないよ」
「直ぐ・・・直ぐに戻られるな? 其方、シャヴィ」
遠慮がちに言い淀むコンスタンツェは、今までで一番似付かわしくない言い草だった。可憐しい、と言い換えても良かった。
「ホンキィドーリィ(問題ない)。オッド・パーン(半端な宇宙船乗り)には、散歩と同じだよ」
今までに見せなかったコンスタンツェの物腰に、シャヴィは少しばかり戸惑ったものの、宇宙船内で独り切りになる心細さ故だと思った。
「まあ、1時間も掛からない。直ぐに戻って来るよ」
言葉を残して背を向けようとしたシャヴィに、コンスタンツが言葉を掛ける。
「気を付けて」
消え入りそうなコンスタンツェの声に、一呼吸の間が空く。
「──マイ・ロード(我が殿)」
振り返ったシャヴィの樺茶色の瞳に、物怖じしながらも桜色の頬を僅かに朱に染めたコンスタンツェの顔が映った。そのコンスタンツェの姿態に、シャヴィが一瞬にして固まった。
見詰め返して来るコンスタンツェの唇が、口籠るように確かに動いた。聞き取れない程、声にならない声で何かを呟いたコンスタンツェが、そっと目を閉じて小さく顎を上げた。
さすがのシャヴィも、少しばかり躊躇った。
それでもコンスタンツェは、静かに待っていた。
こんな表情に態度をするなんて──一瞬にして真っ白になったシャヴィの頭の中に、こうしなければならない、と言う思いだけが何故か過る。吸い寄せられるように、コンスタンツェの華奢な肩に手を置いたシャヴィが、楚々と待ち受ける珊瑚色の口元に唇を重ねた。
緊張しているのは、シャヴィの方だった。
女を抱くのに、罪悪感など感じた事など一度もなかった。ましてや、単なる呪い代わりのキスなのに──。
“なのに僅かに感じる、理由の無い、この罪悪感は何なんだ・・・?”
少しばかり爪先立ったコンスタンツェが、それでも精一杯、まだ幼さを残した美しい唇を一層押し付けて来る。翼のディアデム(飾り冠)を戴くコンスタンツェは、シャヴィがそっと離すまで、その伸びやかな麗容を変えなかった。
「クーガ、ちゃんと守ってろよ、俺のお姫さまを」
罪悪感からか、気恥ずかしさ故なのか──軽口を叩くシャヴィが、くるりと踵を返してコンスタンツェに背を見せた。何かを言いたげなコンスタンツェが、それでもじっと押し黙り我慢している気配を感じながらも、シャヴィは努めて普段通りに軽く手を振って、ブリッジ(船橋)を後にした。
何故か感じる後ろめたさを振り切るように、シャヴィはラッタル(梯子階段)を一足飛びに飛び降りると、足早にプライベート・キャビン(個室区画)を駆け抜け、一番船尾側のエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)に飛び込む。慣れた手付きでロンパス(空間作業服)を着込むと、シャヴィはマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を背負い、作業用光源を掴んでエアロック(気密隔室)から宙空間へと蹴り出た。
直ぐさま目に飛び込んで来た、スターン(船尾)側の状況にシャヴィが思わず唖然とする。
リノーマライズド・パータベーション・フィールド(繰り込み摂動場)発生装置を納めた円盤状シェルの向こう、オープン型のドライ・バルク・ペイロード(野積み積載区画)が半分だけを残して、見事に消し飛んでいた。それに主星ウェスデンからの陽が作り出す影の移り具合から、先程とは自転の様相が変わっている。
“──キャンティーン(食堂)に居た時の振動は、これが原因だな・・・”
だが、何か面妖しい。何か変だ。
“まさか、コンスタンツェのアンビュランス・ポッド(可搬救急対処台機)だけじゃなく、他にも俺の知らないとんでもない物が積んであったんじゃないだろうな・・・?”
ただ、シャヴィも知らない可爆物が積載されてあって、それが爆発したとしても、そう簡単に此処まで、文字通り木っ端微塵に破砕するものではない。
シャヴィは改めて、バウ(船首)の方へと身体の向きを変える。
遠目に見える惨状に、シャヴィが大きな溜め息を吐き出す。
ブリッジ(船橋)から垣間見た通り、此方もリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)の半分が完全に損失している。ただ、スターン(船尾)側とは破砕具合が少し異なるような気がした。船尾のドライ・バルク・ペイロード(野積み積載区画)の方は明らかに何かが爆発して消し飛んだような感じだが、船首側のリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)は、何かが衝突しただけではなく、同時に途轍も無い熱エネルギーを受けて、溶解しているようにも見える。
“──まさか・・・な・・・”
スターン(船尾)側の破砕はともかく、バウ(船首)側の破砕具合は、艦砲としてのプラズマ・ブラスターの直撃を浴びたようにも見える。シャヴィ自身は軍人上がりではないし、今まで乗船していた船舶でプラズマ・ブラスターを被弾した経験はないが、プラズマ弾を食らった艦船なら、何度か目撃をした事がある。まさしくその記憶通りの、破壊状況だった。
“矢張りどう見ても、砲撃で被弾した痕だ──”
確かに、ボナワットたちが抵抗した揚げ句に遁走した事で、マデルークのリムガード(宙域保安局)からは追撃される事由がある。
だが此処は、既にマデルークではない。ウェスデンの施政権設定宙域内だ。他国の領域で、国際紛争になりかねない発砲など、国家当局が強行する筈もない。ましてや高々、密輸現行犯だ。相手国に通知して、相手国当局に臨検の協力を頼めば良い事だ。
“──では、一体、誰の仕業だ・・・?”
得体の知れない脅威の存在が、シャヴィの脳裏でむくむくと頭を持ち上げる。
シャヴィが推量した通り、確かにタム・オ・シャンタは攻撃されたのだ。襲ったのは勿論、トラニオウ・プルンチット率いる太陽系国家ヒイェラ宇宙軍だった。
突然にキャンティーン(食堂)で見舞われた衝撃は、先行する巡洋艦モスピーダが放ったミサイル(誘導推進弾)群だ。2回目の、ブリッジ(船橋)で受けた衝撃の方は、トラニオウ・プルンチット旗艦ガルビオンからのブラスター砲撃だ。
伝わって来た衝撃は、1回目のミサイル(誘導推進弾)被弾より、ブラスターのプラズマ弾の方が大きかった。それは弾着した弾体が違うからだ。
ミサイル(誘導推進弾)の方は、信管が着発爆発モードだったため、着弾と同時に爆発した事で爆轟効果が全方位に拡散し、しかもスターン(船尾)側にはより質量の大きなエンジン部があったため、集中した振動にならなかった所為だ。だがプラズマ弾の方は違った。
プラズマと言ってもレーザー弾とは違うはっきりとした質量物で、しかもそれが亜光速で着弾したのだ。熱エネルギーは一弾指にして拡散するとは言え、弾着衝突の衝撃はミサイル(誘導推進弾)の比ではない上、ガルビオン側の出力自体も、並の宇宙戦艦の比ではなかった。
タム・オ・シャンタのリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)は、それを支えているジャムフレーム(縦枠)材を、叩き折るように拉げさせながら、一瞬にして昇華ガスに変えてしまった。プラズマ弾の前に、タンク(貯容器)の外殻など紙同然で、内容物の化学液化物を蒸発させながらも、ブリッジ(船橋)まで飛び散った化学液化物が、宙空間の低温に一瞬にして氷結固化したのだ。
“──ひょっとして、目的はコンスタンツェ、か・・・?”
シャヴィの裡を、ふと、一番恐れていた思いが過った、その刹那。
バウ(船首)方向の彼方で、何かが一瞬光ったように見えた。
ただ、タム・オ・シャンタの船体自体がヨーイング(左右偏揺)にローリング(前後軸自転)をしているため、あっと言う間に視界から消え去ってしまった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




