Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・6
「──少し速いか・・・?」
メイン・ビジョンの映像で成り行きを見守るトラニオウが、思わず漏らした一弾指、自転しながらタム・オ・シャンタの残存船体が、最初のバリアに接触する。
船体のモーメント・マス(慣性質量)を受け止めたステープル・ファイバー(不織性短繊維)の緩衝厚が、まるで大漁網を引いたように大きく撓んだかと思ったら、次の瞬間、その加速ガルを打ち消すようにハーネス端角に付属したバーニア(姿勢制御推力器)が噴け上がる。緩衝厚に絡まれたタム・オ・シャンタの残存船体は、慣性モーメントを殺がれながら、2枚目の緩衝厚バリアに受け止められる。
バリアのバーニア(姿勢制御推力器)が四方八方に目紛しく噴射して、慣性モーメントを徐々に小さくして行くと同時に、残存船体自体が持っていたヨーイング(左右偏揺)とローリング(前後軸自転)の動きを吸収する。
「──キャッチアップ成功しました・・・!」
少しばかり興奮した、ダメージ・コントロール(被害局限対応)担当の声が上がる。
「フォックス(要確保標的)の慣性運動ベクトルに対する、ヨー(左右偏揺)とロール(前後軸自転)、止まりました!」
「ようし、良くやった」トラニオウは椅子脇に立て掛けてあった大剣を手に取り、満足げに立ち上がった。「当該船からバリアを離して、当艦をランデブー(軌道会合)させるのだ。メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)で接舷する」
* * *
「──シャヴィ・・・」
コンスタンツェがシャヴィの腕の中で、警戒心を研ぎ澄ませ辺りに気を配る。確かに肝が据わっていると言うか、無思慮に震え上がるような真似は見せない。
その衝撃は、一度で収まった。
共鳴震が暫く続き、そして揺れは徐々に収まって行った。
「大丈夫。収まったようだ」
取り巻く雰囲気を全身の肌で感じながら、シャヴィは小さく溜め息を吐き出した。
トラニオウが命じて、巡洋艦モスピーダが放った8発のレプトニック・キャタリシス・フュージョン(触媒軽粒子核融合轟爆)弾だったが、シャヴィもコンスタンツェも知る由もない。
「救助に来てくれた手の者か・・・?」
「──いや」コンスタンツェをそっと引き剥がしたシャヴィが、確と四肢で踏ん張る、黒い人造犬を見遣った。「救難にしちゃあ、少し荒っぽ過ぎる上、クーガが反応していない」
「クーガが・・・?」
「クーガの感知センサーの1つを、船舶の受信システムにリンクさせてあるんだよ。救助の通信が入って来れば、クーガが報せてくれる筈だ」
「──なら・・・?」
「取り敢えずブリッジ(船橋)に上がって、船体保守状況を確認してみよう。積荷の何かが爆発したのかも知れん」
だがシャヴィにしてみれば、積載リストを思い出しても可爆物は積んでいない。
まあ可能性があるとすれば、ドライ・バルク・ペイロード(野積み積載区画)に積み込んである、プラント施設のアセンブリ(組立済)ユニットが、予備稼働の臨界状態を維持する為に補助動力炉を伴っている事だった。ニアミスの衝突で、自動制御プログラムに不具合を来して、破裂でも起こしたのかも知れない。
此方だ、と首を倒しながら、シャヴィはキャンティーン(食堂)を後にする。とことこと随うクーガに、慌てて椅子の背に掛かっていた剣レプラコーンを引っ掴んだコンスタンツェが、シャヴィとクーガの後を追う。
タム・オ・シャンタのブリッジデッキ(船橋楼)は、キャンティーン(食堂)を出て右手、直ぐ突き当たりのラッタル(梯子階段)を上がった先にある。その右にはリフト、左にはエアプルーフ・ラッタル(気密階段)があり、両方とも下層のエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)へ通じている。
「ジナイーダ・・・!」
ブリッジ(船橋)のバルクヘッド(隔壁扉)を開いたシャヴィが、真っ先に環境維持システムのコンソール(制御卓)に歩み寄る。
「──さっきの衝撃は何だ・・・ッ?」
「判別不能です」
シャヴィの問いに答えて来る、何処からともなく降って来る声に、後から入って来たコンスタンツェが、ちょっと面食らったようにブリッジ(船橋)内を見渡す。
「船体に損傷が出たのか?」
「はい。リキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)からの反応が、異状を示しています」
「原因は?」
「不明です」
鰾膠もないジナイーダからの言葉に、シャヴィががっくりと肩を落とす。
「この船舶には、他に誰か乗っているのか?」
通信システムのコンソール(制御卓)へ移動するシャヴィを、コンスタンツェが目で追う。
「ジナイーダの事か?」シャヴィはコンスタンツェに振り向きもせず、コンソール(制御卓)に目を走らせる。「気の利かない、この船舶の統括管理基幹システムだよ」
「まるで某のような奴だな」
コンソール(制御卓)に向き合うシャヴィの背を見遣るコンスタンツェにしてみれば、宇宙船舶のブリッジ(船橋)など初めてなので、硬質で暖かみのない機器だけがずらりと並ぶ、機能一辺倒の雰囲気にまごついているようだった。
「──それで、先程の揺れは何だったのだ?」
シャヴィに歩み寄ったコンスタンツェが、見ても珍紛漢紛のコンソール(制御卓)を脇から覗き込む。
「うーん・・・良く判らんなあ・・・」
通信システムに残るデータを確認しながら、シャヴィが首を捻る。
「取り敢えず、アコモディション(乗居区画)に異状はなかった。メーデー(救難事態宣言)は自動発信され続けているが、救助の応答が入った履歴も・・・ない」
航法システムのコンソール(制御卓)に移るシャヴィの後を、コンスタンツェが引っ張られるように随う。
「ただ、少しばかり、漂宙う方向が変わっているようだ」アスタリズム・アンラベリング(星天解析)システムを確認しながら首を振るシャヴィが、そのまま声を張り上げた。「──ジナイーダ、イナーシャル・アドリフト(慣性漂流)のベクトルが変わったのか?」
「はい。それについては、先程の衝撃の影響だと思われます」
システムからの声に、シャヴィが小さく溜め息を漏らしす。
「まあ、俺たちの居るアコモディション(乗居区画)に異状はないが、念のため──」
と、肩を窄めるシャヴィが、コンスタンツェにそう話し掛けた矢庭。
左右15メートルほどの横長に広がるブリッジ(船橋)正面のフロント・ウィンドウ越し、大きな円柱形タンク(貯容器)が並列に並ぶリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)が、いきなり燿った。いや、光の球が降って来た、ように見えた。
シャヴィ──コンスタンツェが、そう声を上げる間も無かった。
いきなり床がひっくり返った。コンスタンツェが、足が床から離れるのを感じた次の瞬間、宙を舞っていた。
「──スタンツィ・・・!」
咄嗟にシャヴィが、飛び付くように手を伸ばす。
辛うじて、コンスタンツェの細い腰を抱え込んだものの、自らもバランスを崩していたシャヴィが、そのまま背中から倒れ込む。強かに背を打ち付けると同時に、コンスタンツェの柔らかな身体が、シャヴィの胸の上に落ちて来た。
その向こうでは、ブリッジ(船橋)に“勤務”していた統括システムであるジナイーダのモジュール・マシンナリー(機工器械)が、衝撃で同じように揺さ振られ、クーが向かって吹っ飛んでいた。さすがのクーガも体勢を維持するのに精一杯で、向かって来たマシンを避ける余裕もないまま叩ち当たられて、ぎゃん、と悲鳴のような声を漏らして床に投げ出される。クーガの頭に載っていたコンスタンツェの、翼飾りのある銀のディアデム(飾り冠)が、小さな音を立てて床に転がった。
畜生め、と悪態を吐くシャヴィが半身を起こそうとした矢庭、いきなり今度は、ブリッジ(船橋)正面のウィンドウが、バラバラと凄まじい音を立てる。
反射的にシャヴィが身を翻し、胸の上で抱えていたコンスタンツェと身体を入れ替え、床の上に庇うように覆い被さると、抱き締めながら胸の下でそのウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪をした頭を包み込む。胸の下ではコンスタンツェが、身を強張らせながらも剣を握り締め、僅かに殺気立っていた。手も足も出せないほど緊張しているのは間違いないが、悲鳴も上げないし、震えて怖がる様子もない。胆が座っていると言うか、度胸が確かに違う。
その意味でも、少し妙竹林な王女は、街中で見掛ける可愛い娘にはない貴顕を放っている。シャヴィにしても確かに強く惹き付けられる、エキセントリック(風変わり)な女性だった。
バラバラと窓を激しく叩き付ける雨音のような音は、ものの4、5秒だった。
出し抜けに音が止んで、静寂が訪れる。
それでもシャヴィは束の間、コンスタンツェを抱えたまま周囲の気配に気を澄ました。
たっぷりと30秒は様子を窺っていたシャヴィだったが、それ以上は何も起こりそうにない、と感じ取るとゆっくりとコンスタンツェから身を剥がし起こす。
「──い・・・今のは、何だったのだ・・・?」
少しばかり毒気を抜かれたような表情のコンスタンツェが、翡翠色の瞳でシャヴィを見上げる。
「判らん・・・」立ち上がったシャヴィは緊張を解かず、コンスタンツェに手を差し出す。「何か、一瞬光ったような気がしたが・・・」
首を巡らせるシャヴィが、フロント・ウィンドウを見遣る目を丸くした。
「──これは、どうなったんだ・・・ッ?」
シャヴィが思わず早足に窓へ歩み寄る。
凍っていた。窓がびっしりと凍り付いていた。
「シャヴィ・・・?」
コンスタンツェも驚いたように、ブリッジ(船橋)の幅一杯に広がる窓を眺め回す。
ただ、凍り付いた窓は、霜が降りた、と言う感じではなかった。窓にぶちまけた水が散って、瞬時に凍り付いた、と言う感じだった。窓に張り付く氷の隙間から、船首側のリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)が垣間見えていた。だが3連結されている筈の円柱形タンク(貯容器)が、途中から船首側が完全に失せてしまっている。2連目のタンク(貯容器)が破裂したように裂けていて、周囲にはキラキラ光るように水滴が纏わり付いていた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




