Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・5
「目標への弾着効果を確認。フェルミオン対消滅推進主機を完全に損壊、ドライ・ぺーロードの半分を消失」
「当該船の慣性運動ベクトルが変わりました。現在、再計算中。ヨーイング(左右偏揺)とローリング(前後軸自転)のベクトル係数も変化しています」
「当艦のファイア・ベクトル(砲口照準同軸針路)、目標への砲撃位置へ姿勢制御。現在距離約2万3000キロ」
「ゼリービーンズ・バリア、発射準備出来ました」
戦域情報管理担当官に続いてオペレーター(探測担当)、そしてダメージ・コントロール(被害局限対応)担当からの報告が、錯綜するように上がって来る。
「──キャプテン(艦長)、砲撃の要諦は理解しているな?」
ゼネラル・シートに腰を落とすトラニオウがインカム(艦内通話機)を取り上げると、コンソール(制御卓)のモニター・ディスプレイに映るガルビオン艦長に声を投げる。
「目標は船首側、リキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)だが、すぐ背後のアコモディション(乗居区画)への影響は絶対に避けろ」
バイ・オール・ミーンズ(了解しています)と返す艦長の言葉に、首長竜を彷彿させるディテール(姿容)の、ガルビオンの100を超えるバーニア(姿勢制御推力器)が幾度か噴け上がって、1200メートルの巨体が姿勢を変えて行く。さすがにこれだけの巨艦になると、90度回頭するだけで1分近く掛かる。
「艦体姿勢、ボアサイト(砲撃軸線)へ乗ります」ガルビオンのメイン・パイロット(主操縦担当)からの声が、スピーカに乗ってコマンド・ブリッジ(統合指揮艦橋)全体に響き渡る。「目標フレーター(貨物船)のロール(回転)軸に対して、相対的鉛直位置を確保。距離2万4000キロ」
「砲撃の効果を確認後、速やかにゼリービーンズ・バリアを発射し、当該船の慣性運動姿勢を安定させろ」
タム・オ・シャンタが映り込むコマンド・ブリッジ(統合指揮艦橋)のメイン・ビジョンを見詰めながら、トラニオウがインカム(艦内通話機)で艦長へ命を下す。
「砲撃のタイミングと、バリアの射出は任せる」
「射軸計算終了。15秒後に発射します」
砲術担当官から届く報告に、トラニオウが無言で頷く。
「砲撃カウントを承認。艦首ブラスター、全砲門のプラズマ・チャンバー(薬室)の電磁ロックを開放」
「──プラズマ球の縮退相への変位を確認、カウント入ります・・・5、4、3、2──」
艦長からの最終指示が下りて、砲術担当官からの応答が間髪入れずに上がる。
「ファイアリング電磁場開放、ブラスト(発射)」
平坦で気負いの無い砲術担当官の声がして、0.5秒間隔で3発のプラズマ火球を発砲した。ガルビオンの3連装プラズマ・ブラスターは、首長竜のようなフォルム(形容)の、丁度首元あたりに艤装されたタレット(砲塔)を持たないペデスタル・マウント(台座固定砲架)式砲熕だ。
艦対艦などの機動戦闘において多くの場合、タレット(砲塔)の旋回速度では照準が付いていけないため、旋回砲塔は事実上、用を為さない。主砲と呼ばれる艦砲の9割は、ペデスタル・マウント(台座固定砲架)で、旋回を考慮する必要が無いため、架装の火力をより大きく出来る。
なので砲撃シークエンスは、目標物の針路を計測し、照準に伴う姿勢制御の時間を見込んで、目標物が進航するであろう針路上に砲撃ポイントを予め定め、そのポイントにファイア・ベクトル(砲口照準同軸針路)を取り、目標がボアサイト(砲撃軸線)に乗った時が発砲タイミングとなる。砲弾がプラズマ火球だと、弾速は亜光速になる。
ブリッジ(艦橋)正面のメイン・ビジョンに映り込む、後ろ半分を粉砕されたタム・オ・シャンタへ、3つの火球が吸い込まれるように突き刺さる。
3連双列のリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)、その真ん中の円柱形タンク(貯容器)が拉げながら破裂した。貯槽していた化学液化物が、プラズマの高エネルギーで気化して、水蒸気のように纏わり付く。次の瞬間、今度は瞬く間に氷結して行き、主星ウェスデンの陽を浴びてきらきらと煌めく。最先頭の円柱タンク(貯容器)がクロスメンバー・フレーム(横架梁材)ごと千切れ飛び、ぐるぐると回転しながらあらぬ方向へと吹っ飛んで行った。
「当該船の慣性運動ベクトル算出。ゼリービーンズ・バリアの射出準備に入ります」
「当艦の姿勢の制御を開始します。ダメージ・コントロール(被害局限対応)からのデータをリンク、射出のためのベクトルを変更」
ゼリービーンズ・バリア射出担当である、ダメージ・コントロール(被害局限対応)から声が上がり、それにメイン・パイロット(主操縦担当)が呼応すると、再びガルビオンのバーニア(姿勢制御推力器)が噴け上がる。
「フォックス(要確保標的)との、相対角度を確保」
「相対速度を最終確認。バリア・プラットフォーム、射出します」
パイロット(操艦担当)の声に続いてダメージ・コントロール(被害局限対応)担当の声が入り、バリアが発射される僅かな振動がブリッジ(艦橋)に伝わる。
旗艦ガルビオンの船腹の一部が大きく開いて、長さ120メートル、直径20メートル程の太い竹筒のような物体が離脱する。ディスコネクト(離舷)したバリアのプラットフォーム弾体が、メインスラスター(主推進器)も全開に凄まじい加速を伴って、イナーシャル・アドリフト(慣性漂流)するタム・オ・シャンタを追って突き進む。
通称ゼリービーンズ・バリア──正式にはキネティックエネルギー・トランスレート・バリアと言う。
宙空間に於て、イナーシャル・アドリフト(慣性漂流)する対象物を救助するために開発された救難ギアだ。蜘蛛の巣状に展張する高弾性ハーネスと、その前方に展開する緩衝厚素材から構成される。
プラットフォーム内にリキッド(液体)で常態保存されている緩衝厚素材は、特殊な発破方式で拡散させると、空隙を保持したステープル・ファイバー(不織性短繊維)の緩衝厚を、一定範囲に拡散形成する。形成された緩衝厚はダイラタンタル弾塑性体であり、急激な外圧を受けると動的高粘弾性のあるレオロジック・フルード(流体)に変質し、対象物を受け止めた瞬間に絡み付くように粘着して衝撃を吸収する。
と同時に、緩衝厚素材の裏側で展張する高弾性ハーネスが、対象物の持つモーメント(慣性力)を感知して、ハーネス端角に付属したバーニア(姿勢制御推力器)が作動し、緩衝厚が受け止めた対象物の運動エネルギーを、反作用効果のブーストで殺ぐ仕組みだ。
展開するバリアには、対応可能なモーメント・マス(慣性質量)の規格が数種類あるが、対応可能な質量は最大でも数百トンで、さすがにタム・オ・シャンタのような巨大船舶丸ごとに対応可能なバリアはない。そもそもこのクラスの許容質量能力のあるバリアは救難専用船か運用するもので、一般艦船が艤装として運用するとなるとガルビオンのような1000メートル級巨大艦船でないと装備出来ない。
なのでトラニオウはゼリービーンズ・バリアを使用するに当たり、タム・オ・シャンタのアコモディション(乗居区画)前後の船殻を、予めミサイル(誘導推進弾)で爆砕して切り離す事で、モーメント・マス(慣性質量)を出来るだけ小さくしたのだ。発射されたゼリービーンズ・バリアはバリア自体を二重に展開できる、旗艦ガルビオンが備えているものでは最大のものだ。
ただ船体を破砕分断させたとは言え、アコモディション(乗居区画)とエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)、それと円盤状のリノーマライズド・パータベーション・フィールド(繰り込み摂動場)発生装置を備えたグラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)主機のエンジン・デパートメント(機関部)、それにドライ・ぺーロードの半分とリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)の3分の1を残すタム・オ・シャンタの残存船殻はまだ400メートル近く、バリアの対応規格ギリギリか過重だと思われる。
それでも今回のバリア使用は、慣性運動エネルギーを殺ぐのが目的ではなく、船殻が保持しているヨー(左右偏揺)とロール(前後軸自転)を止める事だ。ローリング(前後軸自転)さえ喪失させられれば、メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)での接舷が可能になる、とトラニオウは推断したからだ。
30秒ほどでタム・オ・シャンタの脇を擦り抜けると同時に、バリアのプラットフォーム弾体が逆噴射する。2000メートルほど距離を取った弾体が、タム・オ・シャンタとの相対速度がマイナスになると同時に噴射が止んで、弾体尾部のメインスラスター(主推進器)部が、弾き出されるように分離する。
弾体自体がタム・オ・シャンタ前方から慣性モーメントで接近し始め、1000メートルを切った矢庭にフェアリング(弾体外殻)が破裂した。あっと言う間に、宙空間に霧のような物が飛散したかと思ったら、薄い被膜となって広がった。
さらにその前方でもう一度、フェアリング(弾体外殻)が破裂して、受け止めるためのステープル・ファイバー(不織性短繊維)の緩衝厚が、約200メートルの間隙を持って展開される。
広がったステープル・ファイバー(不織性短繊維)は、半径およそ350メートル。これだけでも、タム・オ・シャンタの残存船殻に対してはぎりぎりだ。
「ゼリービーンズ・バリア、フォックス(要確保標的)をキャッチアップします。相対速度マイナス11.3」
主星ウェスデンの陽を反射して宝石のように爍く、漏れ出した化学液化物の氷粉の粒を残しながらタム・オ・シャンタがゆっくりと、展開したバリアへと突っ込んで行く。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




