Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・4
「いいえ、優しい御方、某を偽りの眠りから覚まして頂いたのは、確かに天使の作りしこのジェラート」
それでも確かに今、コンスタンツェは、シャヴィの目の前に、直ぐ手の届く傍に居る。
「──それに王女と言っても、持っているのは、冠と剣だけだ」
そしてそのコンスタンツェは、確かに何かを期待している。
──何を、だ?
コンスタンツェは少しばかり居住まいを正すと、シャヴィを横目に垣間見ながら、デミカップのコーヒーを軽く含む。
「──ところでシャヴィ、其方、矢張り尻を見たであろう?」
少しだけ間が空いて。
「──見た」
改めて首を巡らせて来たシャヴィを、コンスタンツェは無言で見詰め返し、うむ、とだけ頷いた。
「──その剣、レプラコーン、だっけ・・・?」
シャヴィはカップを傾けながら、コンスタンツェの隣の椅子に掛け置いてある、青も美しい剣を見遣った。
「何処か、不思議な剣だな」
「ウェスデン始王が、最後で最強のアイロスの民を平定併合した折りに接収した、アイロス王族が代々継承していた聖具が嚆矢と聞いている」
カップを置いたコンスタンツェは、少し苦いが、これはこれで、ジェラートの甘さに合うな、と独り言ちる。
「由緒も深い、レガリア(神器)と言う訳か」
「某にとっては、亡き母君が残してくれた、唯一のレガシー(伝統的な遺産)だ」
「──デジャーソリスの血統の証し、って言ったよな?」再びジェラートを美味しそうに頬張り始めたコンスタンツェの顔を、シャヴィがそっと覗き込む。「コンスタンツェもそうだが、再従姉妹だっけ? のファラとか言う姫君も持っているのか?」
「確か、“斬魔の聖剣”スプリガン、だったな」コンスタンツェはシャヴィを横目に、少し考え込む風に言った。「──他に3振りあると聞いている。それぞれ、デジャーソリス教を枢軸宗教とする5つの教国に伝わっているらしい」
「それじゃあ、コンスタンツェとファラの他に、まだ3人が持っているのか・・・」
「いや実際は、デネ太陽系の王室を継ぐトレノ家に伝わる1振りを、オフィリア王女が受け継いでいるだけだ」
コンスタンツェは小さく首を振ると、言葉を継いだ。
「プルンチットが実質治政しているヒイェラ太陽系は既に王室自体が廃止され、デジャーソリスの血は宗家を名乗るプルンチットに呑み込まれてしまった。残るイフス太陽系だが、この国も某のマデルーク同様、デジャーソリス創祖の血脈が途絶えて後、ヒイェラの神祇府宗代から派遣された神祇検侶を完全に受け入れてしまった事で、デジャーソリスの血脈は忘れ去られつつある。だからこの2国の聖剣2振りはプルンチットの圧力で、ディアデム(飾り冠)やバングル(聖釧)と一緒に破棄されたか封印されている筈だ」
「そのレガリア(神器)って、王家に代々伝わるものじゃないのか・・・?」
「いや、ウェスデンのデジャーソリスを祖とする、嫡流の血族だ」コンスタンツェはジェラートを名残惜しそうに丁寧に掬って、最後の一口を味わった。「それは王家や覇権一族とは限らない。なので某のレプラコーンも、元来は今のマデルーク王室である、エルドラドの遺産ではない」
なるほどね、と声を掛けたシャヴィが、洗い物をしてくるよ、と立ち上がった。
「マデルークにおけるデジャーソリスの正当な血脈は、チェンテナリオ家だったのだが、実質途絶えてしまったので、某の母ハーミアがウェスデンから養子に入ったのだ」
なら洗い物くらいは某にも出来よう、とコンスタンツェも立ち上がる。
「──ああ、だからコンスタンツェは、ウェスデンのファラ姫とは再従姉妹になるのか・・・」
「母君と現ウェスデン国王が、従兄妹の親戚なのでな。ファラ王女は、その国王の長姉だ」
シャヴィとコンスタンツェは、テーブルの上に広がった微かな餐々の皿を拾い上げると、配膳カウンターへと載せて行く。
「ならウェスデンに伝わるレガリア(神器)は、ファラ姫の父親の国王が継ぐべきじゃないのか?」
「教典では、レガリア(神器)を継ぐべきは、嫡流血族の長姉と定められている」
シャヴィの後を追って、コンスタンツェもギャレー(厨房)へ入り込む。
「女性でないと駄目なのか?」シャヴィが汚れた食器を、軽く洗浄する。「少し変わってるな」
「多分、ウェスデンの星祓いの伝説に由来しているのだろうな」コンスタンツェは、シャヴィが教えてくれた食器洗浄マシンへと、皿をひょいひょいと並べ入れて行く。「──だから某も、ファラも、トレノ家のオフィリア王女も、女子を産まねばデジャーソリスの血脈は、事実上途絶える」
「それは確かに貴重・・・」
と、其所まで口にして、シャヴィが慌ててコンスタンツェを振り返る。
「あ、すまん。言い損なった」
「何を、だ?」
俯いて押し黙ってしまったシャヴィに、コンスタンツェは察しが付かなかったのか、小首を傾げた。
「──いや、コンスタンツェたちを、物みたいに言い掛けた」
戒慎の風情でシャヴィが振り向くと、思わずコンスタンツェと目が合った。
「シャヴィ、其方・・・」
コンスタンツェが初めて見せた表情だった。少しばかり恭敬を含んだような眼差しは、ともすると傍若無人にも取れるコンスタンツェの孤高さに、そぐわない気がした。
少しばかり揺れる、コンスタンツェの翡翠色した瞳の視線に射貫かれて、シャヴィが思わず辟易いだ。
「──もう・・・」
口籠ってしまったシャヴィから、取り繕った出任せの言葉が口を衝く。
「もう、洗濯は終わっている筈だ」
「それは残念」
誤魔化すようなシャヴィの態度にも拘わらず、悦に入ったような芳醇な笑みを浮かべたコンスタンツェが、小さく肩を窄め、シャヴィの投げ掛けにちゃんと愉快そうに応じて見せる。
「貸して頂いたこの上着とて、着心地は悪くないし軽快だし、この馥郁たる匂いも温かい」
「勘弁してくれよ」
頬をぽりぽり掻きながら、シャヴィがギャレー(厨房)を後にする。
「──その可愛い尻をこれ以上見せ付けるのなら、この船舶からは一歩も出さぬぞ。この誘惑への仕返しが済むまでは、な」
「さればこれは、奇妙な夢か? まるで驢馬を好いていたかのような」
シャヴィの背を見遣りながら、ぷぷぷと噴飯したコンスタンツェが、踵を返して後を追う。
「その驢馬並なのは、俺の顔か? それとも頭の中か?」
驢馬の耳に準えて、頭の横に添えた両手をパタパタさせながら、シャヴィが戯け仕草にコンスタンツェを振り返る。
「──シャヴィ・・・!」
一瞬、愉快そうな笑みを浮かべたコンスタンツェだったが、ふと塞ぎ込んだように俯くと、重そうに足を止めた。
「コンスタンツェ・・・?」
似付かわしくないマデルーク王女の態度に、シャヴィが心配そうに顔を覗き込む。
「その、だな・・・ウェスデンに着いたなら、だな・・・その・・・」
歯切れも悪く、コンスタンツェがそう言う顔をするのは2度目だった。凛としているコンスタンツェも魅力的だが、服を借りる際と同様に少し照れた気を抱くと、とても愛らしい少女の顔を覗かせる。
「──ん・・・?」
言ってみろよ、と朴訥に促して来るシャヴィに、コンスタンツェが勇気を奮って言葉を継ごうと、少しばかりの含羞みを見せながら顔を上げた矢庭。
「──ちょっと待て、スタンツィ」
唐突に遮るシャヴィに、気勢を殺がれたコンスタンツェが、思わず表情を強張らせる。シャヴィは何かを感じ取ったように、壁越しを遥か彼方まで見透かすような遠い目付をして、耳を澄まし気を研いだ。
「シャヴィ・・・?」
気を張るシャヴィの態度を、機敏に感じ取ったコンスタンツェが、そっと声を掛ける。テーブル脇の床に脚を揃えて伏せていたクーガが、耳を模した聴覚センサーを小さく左右に振ると、コンスタンツェのディアデム(飾り冠)を頭に載せたまま、いきなりすっくと立ち上がる。
そしてコンスタンツェが見詰めるシャヴィの、片眉がぴくんと跳ねた刹那。
大きな衝撃が突き上げた。
思わずコンスタンツェがつんのめり、それを大股に踏ん張るシャヴィが受け止めて、クーガが何かを避けるように横っ飛びに跳ね退いた。
「──シャヴィ・・・!」
シャヴィの腕の中に抱え込まれ、面を上げたコンスタンツェの顔色には、気丈さを繕う中に、不安そうな表情が僅かに綯い混じっていた。
* * *
「巡洋艦モスピーダからのミサイル(誘導推進弾)、全弾、当該船へ着弾しました」
旗艦ガルビオンのコマンド・ブリッジ(統合指揮艦橋)、そのメイン・ビジョンに映っていたタム・オ・シャンタの船体後部に、幾つかの光爆が煌めいた。次の瞬間、砕け散った船体の一部がばらばらに四散した。タム・オ・シャンタ自体も、爆発の衝撃で慣性運動のベクトルが変更され、少しばかり方向が変わる。
使用されたのは、レプトニック・キャタリシス・フュージョン(触媒軽粒子核融合轟爆)弾で、戦略ミサイル(誘導推進弾)の一種だ。ステーションなど宙空間に存在する構築物に打撃を与える飛翔兵器で、戦術用の対艦ミサイル(誘導推進弾)の類いではない。
そもそも宇宙戦闘艦には、大気のある惑星上で運用されるミサイル(誘導推進弾)概念の兵器が艤装される事はほぼ無い。宙空間での戦闘は大気による抵抗が無いため、その相対速度は無制限に上がる傾向があり、それに比して広がる戦闘区域の大きさは、大気圏内とは比べ物にならない。そのため艦船の加速に、ミサイル(誘導推進弾)の加速が追い付けないためだ。
しかも大気圏内飛翔のように、空気抵抗と揚力を利用する方向舵が使えないため、ミサイル(誘導推進弾)が少し方向を変えるだでも、反応の良いバーニア(姿勢制御推力器)と推進剤が必要になる。複雑な動きを行えるほど精密制御可能なバーニア(姿勢制御推力器)は、搭載するスペースにも余裕は限られる上に高価すぎ、その推進剤にすら積載する限界がある。更には艦船側の対空兵器、レーザー砲などの光速兵器なので、ミサイル(誘導推進弾)のような鈍足ではまず回避できない。
それでもレプトニック・キャタリシス・フュージョン(触媒軽粒子核融合轟爆)弾のような弾頭を積むミサイル(誘導推進弾)の最大の特徴は、その爆轟による破砕効果だ。これだけはレーザー砲やプラズマ・ブラスターを遥かに凌ぐ。なのでステーションなど、機動性の低い対象物に対して運用される、戦略的な兵器だ。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




