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Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・3

「──それで何故、冷たいベッドで寝る羽目になったんだ?」


「マンスリアン城を逃げ(おお)せたものの、国王殺害の重要指名手配犯として追い詰められた上に、居城を押さえられて帰城できなくなってしまったのだ」


詮方(せんかた)ない、と言う風情のコンスタンツェが、(たお)やかな肩を(そび)やかした。


「帰城できなくなった? 鵞鳥(がちょう)の大群でも押し寄せて来たのか? それともバーナムの森がざわざわ蜂起でもしたか?」


「プルンチットの手勢に、だ。きっと鵞鳥(がちょう)面のような奴らに違いない」


皮肉を(かこ)つように、コンスタンツェはスモークド・ターキー(七面鳥の薫製)をフォークで突っ突いた。


「まあ、国王が亡くなったのは事実だからな。誰かを生け贄にせねば、落とし所も見つかるまいて」


散々(もてあそ)んだスモークド・ターキー(七面鳥の薫製)に、コンスタンツェはマスタード・クリームソースをたっぷり付けると、ぱくりと頬張った。


「──今の王室は、王妃ヒポリアを筆頭に、メルヒオール、デスデモーナ共々、プルンチットの傀儡と変わらぬ筈だ。マデルークの教会中枢とも言える神祇府の府主には長兄キャシオウが任じており、実質に裏から権限を握っている。補佐官僚として同道して来ている末弟のイアーゴは、ずる賢い癖に知恵足らずだからな」


「八方塞がりか」


シャヴィは眉を(ひそ)めると、ワイン(葡萄酒)を煽った。


「きっとプルンチットって名の奴らは、女から生まれたんじゃ無いんだろう」


「幼少の頃より世話になったプリーステス(司祭)の居る教会に(かくま)っては貰ったのだが、それとて何時(いつ)までも、と言う訳にもいかぬのでな。そのプリーステス(司祭)の勧めと近衛の段取りで、手配司直の目を誤魔化してウェスデンへ逃げ落ちるために、止むを得ずに押し込められたのだ」


淡々と喋るコンスタンツェだが、詰まる所、濡れ衣を着せられた上に故国を追われ、半ば行き場を失くしてしまった身の上らしい。突然に追い詰められた、亡国の美姫、と言ったところか。


ただシャヴィは既にこの時、コンスタンツェに対し、(まご)う事なき姫君だと言う事を信じ始めていた。少し妙竹林(みょうちくりん)な思考回路をしているものの、その言葉遣いからクレバー(聡明)なのは明らかだし、物言いも正直で、洒落っ気すらも可愛らしい。目の前の、ウィステリア・シルバー(藤銀色)も(うつく)しい、翡翠(ひすい)色の瞳をしたコンスタンツェは、真摯に向き合う価値のある女性だと思えた。


「と言う事は矢張り、俺が本当に運ぼうとしていたコンテナ(規格貨物容庫)とは、マデルークの同じ輸出用の保全倉庫で取り違えられたんだな」


「火急の事とは言え、其方(そなた)には迷惑を掛けた」


「炭素冷却でなくて良かったな。ハン・ソロだって助け出すのに手間が掛かった」


「それもシャヴィの知り合いか?」


「今はネクサス型アンドロイドをバウンディ・ハント(追っ掛け)している」


「忙しい友人だな」コンスタンツェは上の空で聞き流し、バスケットの中で山になっているコーン・マフィンに手を出した。「──ひょっとして、このマフィンも、か?」


少々不格好に焼き上がっている狐色のマフィンに、コンスタンツェが遠慮なく齧り付く。


「航行中は暇だからな。ビート・シロップも自家製だ」


「少し香る苦味が良いな。グッド・グッディ(上手くて美味い)」


「隠し味に、コーヒー粉を少し足してある」


「うむ。これほど美味しいなら、ケーキにしても良いな」


「本当か?」


「嘘は言わぬ」


「よし、コンスタンツェ。あんたを俺とクーガの、いの一番の友人にしてやろう」


コンスタンツェはコーン・マフィンを、あっという間に平らげた。


そんな満足そうな姫君に、シャヴィは無意識に目を細めた。普段は他人の実情に首を突っ込むのを毛嫌いしているのだが、色気に多少の難ありとは言え女っ気があると、自然と食も進むし口も軽くなる。


「──んで、ウェスデンには亡命するのか?」


(それがし)とて、ウェスデン現王室であるヴィラージュ家の血筋を引く故、ぞんざいには扱われぬだろうが、()の国のファラ王女は同い年だが、どうも馬が合わぬ。煙たがられるであろうな」


「親戚なのか?」


「ファラとなら再従姉妹(はとこ)になるな。ウェスデン現国王のテオ陛下と、(それがし)の母ハーミアが従兄妹(いとこ)の間柄だからな」


「──マデルークに戻れば、どうなる?」


空になったコンスタンツェのグラスに、ボトルに残った最後のワイン(葡萄酒)を半分だけ注いでやる。シャヴィは残りを自身のグラスに流し込んだ。


「ヒポリア王妃派に捕まれば、難癖付けられて幽閉の憂き目に遭うかも知れぬな。かと言って、メルヒオールに捕まれば、処女を捧げる羽目になる」


「──何でだよ?」


「難儀な事に、現在嫡流の王子で義弟でもあるメルヒオールが、まだ年端も行かぬ癖して老成(ませ)るにも、(それがし)に恋慕の情を寄せて来ているのだ」コンスタンツェは()も鬱陶しそうに、下唇を突き出した。「その上、妹のデスデモーナ姫は、(それがし)を忌むほど疎ましく思っておるしな」


「随分と複雑な流れの中に生まれたもんだな、コンスタンツェ」


シャヴィがグラスのワインを一気に飲み干すと立ち上がった。


権勢争いとか政局争いを繰り広げる王室一族に、可憐に咲いた一輪の花、と(たと)え掛けて、シャヴィは言葉を呑み込んだ。まあ目の前の見目も悪くないコンスタンツェが一輪の花だとしても、可憐、とはちょっと(おもむき)が違う気がした。


「血を引く実娘(じつじょう)が言うのも何だが、逝去した国王プロスペロは、あれで結構な強情っ張りで、権力志向が強かったからな」


ギャレー(厨房)の方へ歩いて行くシャヴィを目で追いながら、コンスタンツェもワイン(葡萄酒)を飲み干す。

「プロスペロの代になって、王室が有頂天に浮き足立ったのも、(もと)を正せば近年マデルークで産出され出した鉱物資源らしいが」


「タンタライト系鉱物か?」


コンスタンツェに背を向けるシャヴィが、直熱抽出コーヒー・ポットを取り出した。


「良くは知らぬ。まあ、シャヴィの言っていた、金蔓(かねづる)だな」


「──コンスタンツェ」


シャヴィがポットのボイラーに水を注ぎ、バスケットにコーヒー粉を入れる。


「1つだけ聞きたい事があるんだが」


サーバーを載せると、シャヴィはコーヒー・ポットを電磁コンロに掛けた。


「不快にさせるのなら先に謝っておくし、嫌なら答えなくて構わない」


「遠慮()さるな、愛しの君よ」


「あの夜の相手、国王って、コンスタンツェの実の父親の事だよな・・・?」


身を屈めて姿が見えなくなったシャヴィの、声だけがコンスタンツェの耳に届く。


「──ドゥワ・デュ・セニエル(主君の絶対権利)、と言うやつだ」


コンスタンツェが小さく、皮肉っぽい笑みを浮かべたが、シャヴィには見えない。


(それがし)の母が他界してから後、今の王室にはデジャーソリス創祖の血を引く人間は(それがし)しか居なくなってしまった。今の正室ヒポリアは、デジャーソリスの血流ではないからな。なので2人の子も、デジャーソリスの血を引いていない」


「まあ、ローズ・ライト(初夜権)があるのは知ってるが、父親が娘を?」


小さなストレージウェア(保存容器)と、ステム(脚)の無いデザート・グラスをを調理台に置くと、シャヴィはコンスタンツェを見遣った。


「プロスペロの場合、娘と言うよりデジャーソリス創祖の血が欲しかったのではないか?」シャヴィの顔を見て少しばかり顔を綻ばせたコンスタンツェが、他人事のように首を(すく)めて見せた。「デジャーソリス教創祖の血を引く女性(おんな)(めと)るのは、価値がある事らしいからな」


「そんなものなのか・・・?」


シャヴィはスクーパーを握ると少しばかり力を込めて、凍ったラズベリー(木苺)・ジェラードをストレージウェア(保存容器)から掻き取り、グラスの縁に擦りながら落とし込む。


「それに創祖血筋の処女血を浴びると、不老不死になるらしいぞ」


「本当かよ・・・?」


其方(そなた)も浴びてみるか?」コーヒーの(かぐわ)しい薫りが、コンスタンツェの鼻腔を(くすぐ)り始める。「幸い(それがし)は、処女を守れておるからな」


軽口を叩くコンスタンツェは、どうやらシャヴィとの適切な親睦距離を、計り切ったらしい。


「なら()()と、口説きに行くとしよう。雷鳴のごとく喚かれても」


それならばと、にっと笑ったシャヴィが()ぜ返すような()れ言を返しながら、ジェラートを盛ったグラスを手に、ギャレー(厨房)から姿を現す。


「すると(それがし)には、頭の()れた其方(そなた)の嫁だと、世界中から後ろ指を指される覚悟が要るな」


「一体、何をしたのだ? 真実の恋が(よこしま)に、(よこしま)の恋が真実の恋になってしまうとは」


シャヴィの芝居染みた言い草に、ぷぷぷと小さく噴飯したコンスタンツェが、目の前に出された紫も鮮やかなジェラートに目を輝かせる。


「──ひょっとして、これもシャヴィ、其方(そなた)の手作りか?」


コンスタンツェは嬉しそうに顔を綻ばせ、年相応の少女らしさを覗かせながら、スプーンを口へと運ぶ。


「俺さまシャヴィは真面目な男性(おとこ)。姫さまのお褒めを頂ければ、励みます(ゆえ)、姫さまも見ていてやって下さりょう」


シャヴィが茶目っ気たっぷりに、どうだ、とばかりに肩を(そび)やかす。


「確かにこのラブ・イン(惚れ)・ジェラートは、ロビン・グッドフェローでも探し出せまい・・・!」


口の中一杯に広がる、ラズベリー(木苺)の甘酸っぱさにコンスタンツェは上機嫌で、口の滑りも一層軽くなる。この時だけは、王女とは思えないほど自然な、デザートに顔を綻ばせる、1人の可愛らしい女の子だった。


「──まあ、父と娘など近親の婚姻は、デジャーソリス教典では禁忌ではないし、デジャーソリス自身、最初に()した娘は実父との間の子と言われているからな。それ以来、マデルークでもウェスデンでも、母と息子、兄妹、姉弟、実例は幾つもある」


「言い寄って来る相手は、国王に、王子、か・・・」


ギャレー(厨房)に戻ったシャヴィはデミカップを2つ並べ、別に立ててあったポットのお湯を少量流し込んで、カップを暖める。


「──それは、モテる、と言って良いのかな?」


其方(そなた)のような殿方なら、嬉しさも一入(ひとしお)なのだがな」


二口目を()めたコンスタンツェが、その冷たさに少しばかり震え上がった。


「コンスタンツェ、あんた、男性(おとこ)を見る目の物差し、変わってるな」


「メルヒオールも見事に父の血を引く、色にかまけて遊びほうける事しか出来ぬダル・グーフィ(頓馬の間抜け)だぞ?」


コンスタンツェの耳に、コーヒーを注ぎ込む可愛らしい音が立つ。


「それに其方(そなた)は、グッディ(美味しい)ジャムとマフィン、それにジェラートまで作れるが、メルヒオールにそんな(たしな)みは無い」


「──訂正するよ。男運が、悪い」


少し苦いぞ、と前置きしてから、コーヒーのデミカップをコンスタンツェの右前にそっと置く。


「そうかな?」コンスタンツェはシャヴィを見上げ、悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべた。「シャヴィ、今は其方(そなた)が居るではないか」


「生憎と、密輸の片棒担ぐオッド・パーン(半端な宇宙船乗り)に、お姫さまには縁遠い」首を(すく)めたシャヴィが、自分の分のカップを置いて席に着く。「──月の夜には相応しくない出会いだな」


それは事実だ。


立場を(わきま)えるのでは無い。明確にするだけだ。


コンスタンツェの身の上を聞き及んでも、シャヴィが手助け出来る事は一つも無い。それに辛うじてでも、コンスタンツェにはまだ身を寄せる身内がある。


だからこうして、無責任にも話だけには耳を傾けられる。




★Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・3/次Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・4

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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