Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・2
「当該船の状況は報告できるか?」
モニター・ディスプレイに映る船影に、トラニオウが目を凝らす。まだ距離があり、ネーム・スター(主星)ウェスデンからの陽が時折り反射されて、鋭い光を放つのを見ると、船体姿勢が一定していないようだ。
「当該船はイナーシャル・アドリフト(慣性漂流)中、モスピーダの観測によれば、船体自体はヨーイング(左右偏揺)に加えて僅かなローリング(前後軸自転)を起こしているようです。航跡ベクトルから算出すると、ウェスデン太陽系外縁を掠めて、約10時間後には当該領宙域を離脱します」
「モスピーダとの相対位置は?」
「慣性モーメント・ベクトルのみ合致させ、100キロを維持して併航中です」
「ふうむ」手元に届くタム・オ・シャンタの情報に、トラニオウが顎を擦って少しばかり考え込む。「どうやら破落戸共の話通り、アコモディション・デッキ(乗居区画)は、船格中央部で間違いなさそうだが・・・」
問題は、フレーター(貨物船)・タム・オ・シャンタの運動ベクトルだ。
マデルーク・リムガード(宙域保安局)の宇宙艦オーガスと追突した際の衝撃だろうか、船体自体がヨーイング(左右偏揺)しながら僅かにローリング(前後軸自転)して、イナーシャル・アドリフト(慣性漂流)している。
通常、難破船に対しての救難活動では、それが大型客船でも、メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)を接舷させての救難活動は行わない。当該船舶からは、搭載艇での自力脱出が原則だからだ。ましてや、船体本来の推進軸に対してヨー(左右偏揺)、ロール(前後軸自転)、ピッチ(縦揺れ)などの複雑な自転を起こしてしまっている艦船だと、救難活動船側からの直接接舷は不可能に近い。
特にロール(前後軸自転)は、船体の推進軸を中心にして、まるで串焼きのように回転しているため、メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)で接舷しようとするなら、自艦のバーニア(姿勢制御推力器)を使って救難対象船舶周囲を、ロール(前後軸自転)速度に合わせて、ブリッジ(密接乗船廊橋)の長さ以内と言う恐ろしく短い半径で常時公転させる必要がある。然もないと、艦船のモーメント・マス(慣性質量)に匹敵する遠心力に耐えられるほど、ブリッジ(密接乗船廊橋)は堅牢な構造物ではないからだ。
かと言って、艦船のバーニア(姿勢制御推力器)は飽く迄も姿勢制御に用いるためのスラスター(噴射器)なので、そんな長時間の常時噴射保持を行える仕様になっていない。
なのでローリング(前後軸自転)している船舶への直接接舷は、事実上不可能なのだ。
だが今回だけは、トラニオウにとっては事情が違った。
コンスタンツェ王女が船内にいるかも知れない上に、当該船からの反応が得られない以上、無理を承知で移乗して船内を確認する必要が有る。
「──キャプテン(艦長)」
ブリッジ(艦橋)内を一望できる、一段高い位置に張り出すゼネラル・デッキで、トラニオウがその巨躯をすっくと立ち上がらせた。トラニオウ・プルンチット将司令は、ガルビオンのキャプテン(艦長)ではない。トラニオウ自身は連合艦隊の指揮者であり、ガルビオンのキャプテン(艦長)は別の士官が任じている。
「本艦は直ちにスナップアップして、先行する巡洋艦モスピーダと合流する。スナップダウン後、本艦は艦首ブラスターを1射してから、ゼリービーンズ・バリアを使用する」
トラニオウが、きっぱりと命令する。
権威的なマントこそ羽織っていないが、上背が2メートルを超えるトラニオウは、プルンチット4兄弟の中では一番の偉丈夫とあって、宇宙軍将官のベロア地も上品なモスグリーンの軍服を隙無く着込む姿は実に雄々しい。
ガルビオンのブリッジ(艦橋)が、俄に慌ただしくなった。
「他の艦は念のため、責務宙域の捜索を続行だ」
振り向きもしないトラニオウに、連絡担当士官が小走りに駆け寄る。
「──それとモスピーダに打電。艤装している対物ミサイル(誘導推進弾)で、当該船を射爆する準備をさせろ。モーメント・マス(慣性質量)を、可能な限り殺ぎ落とす」
アイアイサー(了解しました)、と慇懃に応える士官に、トラニオウは矢継ぎ早に指示を下す。
「スターン(船尾)側、フェルミオン対消滅推進のエンジン・デパートメント(機関部)を確実に損壊破断させ、出来ればドライ・ペイロード(野積み積載区画)の大半も消失させるのだ。ただしブリッジ(船橋)を含むアコモディション(乗居区画)と、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)への弾着は絶対に避けろ!」
そう言い終わってから、トラニオウはゼネラル・シートに身を戻すと、改めて大きな息を吐き出した。
* * *
「──それで」
ロースト・ビーフ(蒸し焼き牛肉)をガリガリと切り分けたシャヴィは、コンスタンツェの皿へサーブしながら声を掛けた。
「何で冷たいスリーピング・ビューティ(眠れる美女)になってたか、話す気になったか?」
スモークド・ターキー(七面鳥の薫製)を手際よく盛って来るシャヴィを、コンスタンツェがじっと見詰める。コンスタンツェは、山盛りソフトクリームのように頭に巻いていたバスタオルを解き、肩へショールのように掛けていた。まだ生乾きのウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪も流れるようで、借り着しているシャヴィのシャンブレーシャツの胸元から覗く桜色の素肌は、湯浴み上がりの所為で艶々(つやつや)していたが、残念な事に身は少々薄そうだった。
「少々血腥い話なのでな。餐の場では相応しくないぞ」
「あー、俺への気遣いならいらない。元ががさつで無神経な上、マナーも陸に知らない不調法者だからな」
シャヴィはワイン(葡萄酒)の瓶を取り上げると、心地よい音を鳴らしながらコンスタンツェのグラスへと注ぎ込む。
勿論グラスと言っても、ステム(脚)付きのような洒落たグラスがある筈もなく、うっすらと曇りが出始めた飛散防止タイプの安物タンブラー(平底)グラスだ。それにテーブルの上に載っているロースト・ビーフ(蒸し焼き牛肉)もスモークド・ターキー(七面鳥の薫製)も、シャヴィがギャレー(厨房)で調理して出したクックサーブではなく、保存してあったプレパッケージ・ミール(冷凍料理食)だ。
「尤も、コンスタンツェが気分を害するなら、無理に話さなくて良い」
シャヴィの言葉に、コンスタンツェが無言で笑む。
「何なら、枕を並べながら、話を聞いてやっても良いぞ」
冗談だ、とシャヴィが言い掛けた矢先、コンスタンツェがぼそりと声を漏らした。
「そうだな」俯き加減なコンスタンツェが、ワイン(葡萄酒)の注がれたグラスを横目に見遣る。「──初夜が、其方のような殿方であれば、良かったであろうにな」
「──初夜・・・?」
席に着いたシャヴィが、乾杯のグラスを鳴らそうかと思ったものの、そのコンスタンツェの少し儚げな口調に、持ち上げたグラスを置いてコンスタンツェを見詰め直した。
「うむ、今の国王に召されて、な。風呂上がりに、化粧台で身支度を整えていた矢先の出来事だった──」
コンスタンツェは斜向かいに座るシャヴィと目を合わさぬよう、静かに目を閉じると、あの夜の出来事を掻い摘んで淡々と話し始めた。
「──それで、その刺客とやらに国王が暗殺された、と・・・?」
マンスリアン城と称するコンスタンツェの居城から、近衛を1人従えて辛くも脱出した件までを聞き、一驚するシャヴィにコンスタンツェは無言で頷いた。
「けど俺がステーションで荷積みした時には、そんな剣呑な情勢には思え無かったんだがなあ・・・」
肩を落とし溜め息を一つ吐いたシャヴィは、済まんが俺は食べるぞ、とコンスタンツェを一目窺い見てから、ロースト・ビーフ(蒸し焼き牛肉)にフォークを突き立てた。
「まあ、王室の醜聞だからな」
シャヴィの合図に首を縦に振ったコンスタンツェも、ワイン(葡萄酒)のグラスを手に取った。
「国内情勢を鑑みながら、対外政策とやらも考慮せねばならぬのであろう? 国政とやらは」
「確かに、無思慮に宙港を閉鎖すると、他国への影響が大きいからな」
「それに今は、義弟のメルヒオール王子と義妹のデスデモーナ姫が残っている筈だから、殊更に騒ぎ立てなければ王室の体裁は保てるであろう」
コンスタンツェはワイン(葡萄酒)を一口含み、舌で小さく上唇を舐めると、シャヴィが取り分けてくれたロースト・ビーフ(蒸し焼き牛肉)に手を付けた。
「けど、王位継承権の第1位はコンスタンツェ、あんたなんだろ?」
「某、長姉と言えど、今の正室は2人の実母ヒポリア王妃だ。今では某の方が傍流になるからな。目の上の瘤、疎ましくもあろう」
「けど、国王を実際に手を掛けたのは、義妹のデスデモーナとか言う王女の手の者なんだろ?」
「彼奴、父親のプロスペロを、殺したいほど憎んでおったからな」
「それで国王殺害の濡れ衣を着せて、疎ましいあんたも一緒に亡き者にしようと・・・?」
「2人の後ろ盾には、今のデジャーソリス教会を実質的に牛耳っている、プルンチット・クラン(一門)が居るからな」
コンスタンツェは一度フォークを置くと、肩に掛かっていたバスタオルの裾で口端を拭い、そのまま頭に巻いたタオルを外すと隣の椅子の背に掛けた。
「何せ殺されたプロスペロ王は、如何にしてプルンチットからの影響力を殺ぐかに腐心していたと聞く。プルンチットにとって、さぞ煙たい存在だっただろうな」
「ひょっとして、そのプルンチットって連中が、裏で2人を焚き付けたのか?」
「それは、良くは知らぬ」
身も蓋もないコンスタンツェの答えだったが、シャヴィは何故かホッとした。
「──ところでシャヴィ、其方」
コンスタンツェがバスケットのライ麦パンに手を伸ばす。
「無防備な某の尻を覗いたな?」
「・・・・・・」揺るぎない樺茶色の瞳で、シャヴィがコンスタンツェを見返す。「──覗いてない」
年の頃なら15、6歳か──薄汚れたテーブルの斜向かいに座るコンスタンツェは、湿り気を帯びたウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪も艶やかで、よく見ると顎の線も細く実に品ある顔立ちをしている。芳紀溢れる桜色の頬も瑞々しく、翡翠の瞳で見詰められると、何もかもが見透かされているような気になる、不思議な魅力を纏った娘だった。
コンスタンツェは表情も変えず、うむ、と頷くと、再び口を開いた。
「プルンチット一族、特に今の領袖グレミオ・プルンチットの代になってから、デジャーソリス教の神事を全て司る宗家を名乗り出しておるからな。某には興味の無い事だが、何やら、希有壮大な政治思想を抱いておるみたいだが」
コンスタンツェは千切ったライ麦パンの欠片に、無印のボトルに入った黄金色のジャムを一擦りして、大きく開けた小さな口にポイと放り込む。
「──このジャムは変わってるな。アプリコット(杏桃)か?」
バターナイフの先に残った黄金のジャムを、人差指で拭い取ったコンスタンツェが、そのまま指を頬張った。
「俺の手製だ。隠し味にヘイチャア(黒茶)を少し」
シャヴィが、どうだ、とばかりに笑みを溢す。コンスタンツェは返事をする代わりにライ麦パンに手を出すと、再びアプリコット(杏桃)・ジャムを、今度はたっぷりと塗った。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




