Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・1
「ウェスデン王室籍宇宙艦アリアン・シレーヌの、プリンシパル(首星)・クラウス上の衛星軌道からの離脱を確認したそうです」
その艦隊通信士官の報告に、トラニオウ・プルンチットが思わず渋面を作った。
ゴース人系のトラニオウは、琥珀色の肌をした厳つい顔容を強調するように灰色の頭髪は短く刈り込まれ、額中央の生え際が眉間辺りまである。眉骨部が角質化しているのはゴース人系の人種的特徴で、首筋から耳の付け根かけても繋がるように角質化していて、耳朶も角質化して垂れ下がっている。
「──フールズ・ラッシュ(飛んで火に入る夏の虫)、か」
光沢も上品なモスグリーンのベロア地に、オレンジのパイピング(飾り縫縁)も鮮やかな、立て詰襟のヒイェラ宇宙軍将官軍服に身を包むトラニオウは、その巨躯に似合わぬ呆れたような溜め息を吐き出した。
プルンチット家次兄のトラニオウは、ヒイェラ宇宙軍でも名うての戦闘戦略家で、故国と同じ牡羊座宙域にある銀河合衆機構加盟国との覇権の掛かった宙空間戦役に於て、未だに敗戦の憂き目を見た事がない。
将司令たるトラニオウ・プルンチットが乗艦して指揮を執る旗艦ガルビオンは、太陽系国家ヒイェラ宇宙軍の1200メートル級大型戦略艦だ。隷下に3つの宇宙艦隊を抱える連合艦隊の旗艦でもあるガルビオンは、15隻の艦艇を伴ってウェスデン宙域外縁を航行中だった。
「アリアン・シレーヌの、グガランナへの到着は約12時間後の予定です」
「ロダリーゴの物好きにも呆れるな・・・」
角張った厳つい面持ちを歪ませるトラニオウが、キャプテンシートに身を預けながら独り言ちた。
三弟のロダリーゴはトラニオウの双子の弟で、ウェスデンとの渉外として本国から派遣された、グガランナと呼ばれる移動衛星基地を率いるヒイェラ軍将司令だ。そのロダリーゴが、ウェスデン王女ファラへ露骨に言い寄っているのは、兄としてのトラニオウは言うに及ばず、本国でも周知の醜聞だった。
“──赤毛の小生意気な王女など、ウェスデンを平服させてからでも遅くあるまいに・・・”
突発的な出来事で現国王を失った、基軸国家であるマデルークのエルドラド王室を、実質的に押さえる事に成功した今、プルンチット勃興の幕は切って落とされた。
デジャーソリス教に基づく宗主藩属的な中央集権国家連邦、“デジャーソリス主教聖国連邦”を標榜しているからには、残された目の上の瘤であるウェスデンを、どう恭順させるかが喫緊の課題だ。トラニオウが指揮するこの艦隊は、その為の武力威圧であり、ウェスデンへの派遣に他ならない。
本国では、主教聖国連邦を構成する目論見の、5太陽系国家が作る経済圏と軍事力を背景に、ロスチャイルズ・コンジュゲーション(経済連衡)の枢軸国には支援を、ベオウォルフ条約連盟には安全保障の密約を交渉中だ。
だからこそ、本国ヒイェラの神祇府宗代から検侶として派遣され、マデルークの教会府主として赴任している、長兄キャシオウの動向が気になる。
キャシオウのその過去からの言動から察するに、ウェスデン王室もマデルーク王室も、潰すつもりは無いらしい。人心を不安にして、国民による不要な内乱を起させない口実らしいが、キャシオウは至極慎重な性格で、全ての算段を自らの裡に封じ込め、滅多に人に悟させない。
トラニオウにしてみれば、今更に王室へ執着して何になるのだ、と言う蟠りがあるのも確かだ。だが、その兄キャシオウの知謀があってこその、今のプルンチットであるのも事実だ。
王室を残しての主教聖国連邦構想も、元はと言えばキャシオウによる、各国の国内右派を押さえ込むための欺瞞アジェンダ(計略的行動計画)だ。だが構成予定各国の治政に不穏な動きをさせていない事では、確かに正鵠を得ている。
ただトラニオウにしてみれば、三弟ロダリーゴと長兄キャシオウの、裏筋で得体の知れない気脈を持ち合っている疑いが、どうしても晴れないのだ。それに加えて、長兄キャシオウの補佐としてマデルークに同道している末弟イアーゴは、そのキャシオウと仲が宜しくない、と来ている。何かに付け兄貴風を吹かす長兄を、イアーゴが疎ましく思っているのを、傍に居て犇々(ひしひし)と感じる。
そんな思索を逡巡させているトラニオウに、不意の声が投げられた。
「──プルンチット閣下、見付けました・・・!」
トラニオウ・プルンチットが、反射的に太い眉を撥ね上げた。
「巡洋艦モスピーダからの転送映像入ります」
艦隊通信士官の上擦った声と伴に、旗艦ガルビオンのコマンド・ブリッジ(統合指揮艦橋)前面、一番大きなメイン・ビジョンに少しぼやけた艦船画像が入る。
威圧的な巨躯にヒイェラ宇宙軍将官軍服を着込んだトラニオウが、少しばかり腰を浮かせて映像を凝視した。超高感度画像を光学処理しているが、主星ウェスデンから受ける僅かな光では、細部が茫洋としている。
「走査データが届きました」
更なる報告に、トラニオウは自身のコンソール(制御卓)・モニターに目を移した。
「メーデー(救難事態宣言)を出していますが、非常に低出力です。当該船体は後部を大きく損壊、航跡から自立航行では無い慣性運動をしており、損傷の程度から内洋航行用主機を壊失していると思われます。損壊部分を考慮すると、船体規模は7、800メートル級だと推測します」
「ふうむ・・・」
トラニオウは、旗艦ガルビオンのコマンド・ブリッジ(統合指揮艦橋)の、一段高い位置に張り出したゼネラル・デッキから、広いブリッジ(艦橋)全体を睥睨した。見渡すウェイト・デッキ(有重量環境階層)のブリッジ(艦橋)には、全周に大型スクリーンが嵌め込まれ数十名の士官が、それぞれの担当のコンソール(制御卓)に着席していた。
「──それで、メーデー(救難事態宣言)に付帯している船名、船籍は?」
「はい。船名タム・オ・シャンタ、船籍はウェスデン船籍です」
「どうやら、破落戸共が言っていた、件のフレーター(貨物船)に間違いなさそうだ」
トラニオウが思わず、北叟笑んだ。
ウェスデンへの進航中、先行の任を務めていた艦隊群が、大破したディフェンサー(宙防艦)と不審なランチ(備載艇)に出会した。ディフェンサー(宙防艦)はマデルークのリムガード(宙域保安局)艦と判明したため、麾下の宇宙艦を付けて救難に当たらせ、不審なランチ(備載艇)からは数名の破落戸を捕囚した。マデルーク領宙内で臨検を喰らったバルク・キャリア(一般ばら積み貨物船)から逃げ出した、鉱石ブローカーたちだった。
首領と目されるバド人の巨漢は簡単に口を滑らせなかったが、その手下から興味深い話を引き出していた。本来密輸する筈だった品物が、デジャーソリス教会神職を納めたアンビュランス・ポッド(可搬救急対処台機)にすり替わってしまっていたらしいのだ。そのポッド(可搬救急対処台機)も、マデルークからウェスデン送りのフレート(積荷)で、しかも中には高価そうな冠と剣が添えられていたと言う。
“──マデルークのコンスタンツェ王女、かも知れない”
報告を受けたトラニオウは、直感的にそう思った。
マデルーク王室に突如起きた凶事に単を発して、件のコンスタンツェ王女が、欣従たちの計らいで手配を潜り抜け、秘密裏にマデルークを脱出しウェスデンに向かった、との情報も不確かながらトラニオウの手元には届いていた。
ただ臨検に当たったマデルークのリムガード(宙域保安局)の連中は、実際にそのポッド(可搬救急対処台機)が積載されているのを確認した訳ではない。なのでトラニオウは艦隊の一部を割いて、イナーシャル・アドリフト(慣性漂流)しているであろう件のバルク・キャリア(一般ばら積み貨物船)の捜索に当たらせていたが、それが功を奏したようだ。
“さてさて、問題は、王女が本当に乗っているのか、だ──”
王室の凶事で、何故コンスタンツェ王女が手配される憂き目に遭い、亡命する羽目になったのか、詳しい事情はトラニオウにも分からない。だが本当に船内に王女が居て、さらに保護出来たとなれば、コンスタンツェ王女に邪恋を抱くメルヒオール王子に付け入る隙を作れる。
「──メルヒオール殿下も、さぞお喜びだろうて」
短絡的な思考を巡らせるトラニオウが、頑健そうな顎を無意識に撫でた。
マデルーク王室の王子メルヒオールは、実妹のデスデモーナ王女と折り合いが悪く、同じような色恋沙汰の境遇故か、三弟のロダリーゴと反りが合う。しかもそのデスデモーナ王女を逼塞させようとするメルヒオールに、ロダリーゴも陰日向に策応しているとも噂に聞く。国王が他界した今となっては、マデルークの次期国家元首は、ロダリーゴが肩入れするメルヒオール王子になる公算が大きい。上手く立ち回って取り入っておけば、愚弟ロダリーゴだけに良い顔をさせずに済む。
とは言うものの、実はトラニオウ自身、コンスタンツェ王女は苦手だ。大体マデルークの姫もウェスデンの姫も、皆して何処か性根が捻じ曲がっている。
マデルークで王位継承権第1位のコンスタンツェ王女は、可愛げが無く何処か人を喰ったような素振りを見せる。そのコンスタンツェにご執心のメルヒオール王子は、継承権第2位だが、知ってる限りに於ては凡庸な愚才だ。妹のデスデモーナも、この2人に輪を掛けた曲者で、気高いものの我が儘すぎで気難しい上に、虫も食わぬ驕慢と来ている。
ウェスデン王室のファラ王女は一度会っただけだが、齢同じのコンスタンツェ王女と比べると幾分素直な印象だが、些か勝ち気が過ぎて小生意気だ。
それでもデジャーソリス教の根源がウェスデンにあるのは確かであり、その創祖の嫡流がヴィラージュ家であり、デジャーソリスの血を引く姫君が王女ファラなのは間違いない。それに出自から言えば、コンスタンツェ王女も嫡流の血を引いている。
“その意味では確かに、二姫を疎かには扱えない、か・・・”
「報告しておきますか?」
連絡担当士官の言葉が、トラニオウの耳朶を打つ。
「そうだな・・・」トラニオウは少しばかり逡巡して首を振った。「──いや、それは後ほどだ。何が起こるか分らんのだから、な」
話の通りなら、コンスタンツェ王女殿下はエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)にあるカーゴ(貨物庫)の中で、アンビュランス・ポッド(可搬救急対処台機)自体はエンバーミング(遺体保全)ではなく、恐らくはクライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)状態の筈だ。
なのにメーデー(救難事態宣言)を発信していると言う事は、船内に生存者が居る事に他ならない。破落戸共は、査察を受けて悶着を起こしたリムガード(宙域保安局)を一掃し、船内は無人だと言っていたが、完全に信じ切るのは余りにも愚かだ。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




