Act.2 コンスタンツェ・8
「貞淑な貴婦人には、マナー違反かも知れないが──」口をヘの字に曲げて、シャヴィが小さく首を振る。「シャツだけ、一寸短めのスカートだと思って着てろよ」
「殿方の着衣とは、こんなにも大きいとは露知らなかった」
コンスタンツェは物置台を支えに、ブーツから片足ずつ足を抜いてパンツを脱ぐ。
「まあこの場合、そうするしかあるまいな」コンスタンツェはパンツを軽く伸ばすと二つに折って、残念そうにシャヴィに手渡した。「何せ、これでは満足に歩けぬ」
「コンスタンツェが華奢すぎるんだろ」
肩を窄めて見せるシャヴィに、コンスタンツェが茶化すように言った。
「さては其方も、胸も尻も巨きな、スタイルの良い娘御を思し召さるのかな?」
「残念ながら俺にとっては、“金銭”って奴が、口説き踊りの伴奏なのさ」
シャヴィはアッシュグレイのパンツを洗濯物の山の上に放り返すと、立て掛けてあったコンスタンツェの美しい剣に手を伸ばした。
「すると其方、日曜日には絞首台に上る覚悟がある、と言う訳だ」
「ケイティ・シュリュー(じゃじゃ馬)は馴らせても、金蔓は育てられないからな」
ニッと嗤ったシャヴィが、ポメル(柄頭)に青い玉石が嵌まる剣を、コンスタンツェに差し出した。
「ケイティ・シュリュー? 某の事か?」
剣を受け取りながら、何気なく小首を傾げるコンスタンツェは、年相応の少女だった。
「この次の日曜日までにはヴェネツィアへ行って、サイズぴったりの花嫁衣装を買って来るよ」
シャヴィはクーガを呼び寄せると、啣えていたバングル(聖釧)を放させた。
エングレーヴィング(鏨彫り)も美しい銀のバングル(聖釧)を手にしたシャヴィが、鯱張って態度を改めると、コンスタンツェの目の前に片膝突く。おやっ、と少しばかり戸惑うコンスタンツェに、シャヴィは求婚の騎士宜しく、戯け風情に左手を取り、バングル(聖釧)を嵌める仕草を見せる。その芝居掛かったシャヴィの態度に、左手を差し出すコンスタンツェが少し擽ったそうに、くくっと笑いを漏らした。
「──しかし、良くそんな剣が振るえるな? 相当に重いぞ」
シャヴィは目の前のコンスタンツェを見上げ、向きはこっちで良いかと尋ねてから、青い玉石が鏤められたバングル(聖釧)を、指を窄めるコンスタンツェの左手首に差し込んだ。
「レプラコーン・・・か?」
右手に掴む剣に視線を落としたコンスタンツェが、シャヴィから一歩後退りながら、バングル(聖釧)を嵌めてもらった左手に持ち替える。
「この“弾魔の聖剣”とやら、何でも賜った者に合わせて、その重さを変えてくれる、らしい」
跪くシャヴィの目の前で、コンスタンツェはヒルト(柄)を握るとさらりと抜剣した。重さを変える──至極当たり前のように口にした、コンスタンツェのその言葉に、シャヴィが、まさか、と言う面持ちで、コンスタンツェが握り上げる青い剣を見上げる。
「──まあ確かに、某には、丁度良い塩梅なのだが」
くるっと躰の向きを変たコンスタンツェが、シャヴィを背に一歩踏み込みながらレプラコーンを軽く斬り上げ横に薙ぎった。
そのコンスタンツェの流れるような挙措に、シャヴィは改めて目を瞠った。
剣を使い慣れている動作には間違いない。だがそれだけでは到底あの重さの剣を、華奢な体付きのコンスタンツェが、軽々しく振るえる筈がない。
先程に手にした際の、まだ残る重みを思い起こすシャヴィだったが、実際に剣を振り抜く様を見せ付けられては、コンスタンツェの言い分を信じるしかなかった。
「成る程ね。バルスームでは剣も軽い、と」
コンスタンツェの言葉に、シャヴィはそう言い返すしかなかった。
「うむ。殊の外、某の手には好く馴染む」
「タルス・タスカス10人相手でも勝てそうだ」
コンスタンツェが剣を納めるとシャヴィはゆっくりと腰を上げ、今度はクーガの頭に載っているディアデム(飾り冠)を掴み取った。
「シャヴィの知り合いか?」
「背が高くて筋骨逞しい、バージニアのジョン伯父さんの知り合いだ」
シャヴィの言葉にコンスタンツェは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を見せた。
「──この冠もそうだが、どれも由緒正しそうな逸品だな」
ディアデム(飾り冠)を渡そうとするシャヴィに、コンスタンツェはソフトクリームのようにタオルを巻いた頭を指差した。
「16になった折り、洗礼とともに戴冠佩刀装釧で賜る、受け継がれるべきレガリア(神器)だ、とは聞いている。古からのデジャーソリスの血統の証し、らしい」
ふむ、と頷くシャヴィが、ディアデム(飾り冠)を再びクーガの頭へ戻した。
「──コンスタンツェ、あんたにはマデルークの王位継承の権利があるのか?」
「そうなるな」
コンスタンツェの短く言い切った口調に、投げ遣りで否定的な含みを持った感情を、シャヴィは微かに嗅ぎ取った。
「──だとしたら、其方はどうする?」
コンスタンツェが初めて見せた、シャヴィの腹の裡を探るような言葉だった。
シャヴィは事も無く、首を竦めて見せた。
「どうもこうも、今は腹拵えをするだけさ」
シャヴィはコンスタンツェを促すと、室内をアイル(通路)へと出た。
キャンティーン(食堂)は、アコモディション・デッキ(乗居区画)の一番船首寄りにある。従前に通った、片側4室づつ並ぶプライベート・キャビン(個室区画)を戻り抜ける際、今度はコンスタンツェが首を左右に忙しなく巡らせた。
どうやらシャヴィの部屋を見付けようとしているらしいのだが、その部屋は直ぐに判った。一番船首寄り右舷側の1室だけ扉が開けっ放しで、シーツが皺苦茶になったベッドが垣間見えたからだ。
コンスタンツェがとことこと戸口へ歩み寄り、首を突っ込む。
キャビン(個室)は間口4.5メートル、奥行き10メートルほどで、基本2人部屋になっている。備え付けのベッドとデスク、それに共有のソファ・セットと小さなリカー・キャビネットが据え付けられている。
この船舶のクルー(船員)はシャヴィだけなので、使用されているのはシャヴィのキャビン(個室)1室だけだ。室内が散らかっているとは言え、全部シャヴィが持ち込んだものなので、着替えと十冊近い書誌以外は、大して物に溢れている訳ではない。
顎を上げたコンスタンツェが、篭った空気を確かめるように、2度3度と鼻頭をひくひくさせる。
「──コンスタンツェ・・・?」
開けっ放しのキャンティーン(食堂)戸口から振り返っていたシャヴィが、声を掛ける。何やらシャヴィの男臭さを嗅ぎ取ったコンスタンツェが、妖しげに顔を綻ばせ、いそいそと小走りにシャヴィの元へと駆け寄る。
バルク・キャリア(一般ばら積み貨物船)・タム・オ・シャンタのキャンティーン(食堂)は、左手に備え付けの簡素なテーブルを配したダイニングと配膳カウンターのあるギャレー(厨房)、右手は薄汚れたソファとフロア・テーブルだけと、実に味気ない。
「此方も素敵なレストランだろ」
ギャレー(厨房)に入り込んだシャヴィが、意外と慣れた手つきで食器の類いを準備する。それを見たコンスタンツェが、少し意外そうな顔をした。
「其方が、腕を振るうのか?」
「此処の冷蔵庫には、ミシュラン・トロワエトワール(三つ星)もびっくりのシェフが、パック詰めされているのさ」
「──何か手伝い致そうか?」
コンスタンツェは、手にしていた剣をソードベルト(剣帯)で椅子の背凭れに掛けながら、剣そのものは座面に載せると、ギャレー(厨房)のシャヴィを見遣った。
「いや、そんな大層に手は煩わさないから、大丈夫だ」冷蔵庫を覗くシャヴィが、大声で返事した。「──それより、そっちのテーブル、その辺りにあるウエス(拭き布)とクリーナー・スプレーで、さっと拭いておいてくれないか?」
うむ、と見回すコンスタンツェが、怪しくも淫猥な、その手の雑誌が散らかる壁際カウンターに目を遣る。ぱらぱらとページを捲りながら、コンスタンツェは棚に転がっていたウエス(拭き布)とクリーナー・スプレーに手を伸ばした。
「──ロースト・ビーフ(蒸し焼き牛肉)とスモークド・ターキー(七面鳥の薫製)、それとライ麦パンとコーン・マフィン、後はチーズとサワー・クリーム、ラズベリー(木苺)・ジェラードも出せるぞ」
シャヴィがグラスを2つと酒瓶をカウンターに載せ、コンスタンツェを見遣る。
「──それに、安物だがワイン・・・」
テーブル・トップを甲斐甲斐しく拭き上げる、コンスタンツェの後ろ姿に、シャヴィの目が点になった。
腰を深く折り、うんと手を伸ばすコンスタンツェの、シャンブレーシャツの裾から覗く桜色の伸びやかな太腿も露で、剥き出しになった卵のような可愛らしいお尻が、つんと顔を覗かせていた。
当然の事ながら、コンスタンツェはパンティを履いていなかった。
★Act.2 コンスタンツェ・8/次Act.3 アプリコット(杏桃)・キス・1
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




