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Act.2 コンスタンツェ・7

“あの娘、一体何者なんだ・・・”


いや、正体は知れている。


マデルークの現王女、プリンセス・コンスタンツェ・エルドラド──の筈だが、矢張り少しばかり引っ掛かる。それでも確かに素性は悪くなさそうだし、性格も、思考回路が時折り妙竹林(みょうちくりん)に捻じ曲がってはいるものの、至って素直で可愛げもある。


“──だが”


シャヴィは、コンスタンツェの纏う黙して語らない背景に、心なしか不穏さも感じていた。それが何かは、シャヴィにも解らない。勿論、想像も付かない。


君子危うきに近寄らず──君子でなくとも、面倒事は真っ平だ。王族なんぞの難事に巻き込まれて、良い目に()う筈もない。


()りとて、今は自分も遭難の憂き目の最中だ。何をしたくても、何をしようにも、どうにもならない”

シャヴィが改めて握る剣を捧げ上げ、その切っ先までじっと見上げる。


“柔らかいな・・・”


手に伝わって来る感触に、シャヴィはふと感じ入った。


だが鋼の塊である剣が、柔らかい筈はない。


なのにそう感じるのは、持ち主であるコンスタンツェそのものが、そうなのだからかも知れない。この剣自体が、コンスタンツェの代り身のようにさえ感じる。はっきりとした根拠がある訳ではないが、それは剣の感触ではなく、コンスタンツェ自身の感触に思えた。


其所(そこ)に居られるか? シャヴィ」


不意のコンスタンツェの掛け声に、シャヴィは感慨の深みから揺り起こされた。


「──あ、ああ」


狼狽が咄嗟の返事に表れた。入浴中、シャワー・ブースの扉際に居たなど、痴漢か覗き魔と疑われても仕方がない。──急げロビン、闇夜の(とばり)を下ろすのだ・・・!


シャヴィが慌てて言葉を返した。


「先にキャンティーン(食堂)へ行ってるから、(あと)からクーガと一緒に来てくれ」


(くびす)を返すシャヴィに、意外な言葉が返って来た。


「良いではないか。もう上がる(ゆえ)(しば)し待たれよ」


それはコンスタンツェが、シャヴィが直ぐ傍に居ると確信している風だった。かと言って、シャヴィが覗きをしていた、と猜疑を(いだ)いている気配もない。まるでシャヴィが傍で待っているのが自然で、当然であるかのようだった。


「──それに今、1人にされると、心ならずも不安なのでな」


続いてまたもや、コンスタンツェからの意外な言葉に、シャヴィは驚いたようにクーガを見遣った。


「どうやら妖精の女王は、機屋(はたや)の頭が驢馬(ろば)になっている事に、気が付いていないらしい」


バングル(聖釧)を(くわ)え、ディアデム(飾り冠)を載せるクーガは、表情も変えずシャヴィを見上げ返す。


シャヴィがそっと、剣を翼と百合のスキャバード(鞘)に納めると同時に、シャワー・ブースの扉が開く。湯玉を滴らせて湯気を纏う、裸のコンスタンツェは、まるで雲隠れしていた女神(にょしん)が姿を現したようだった。


シャヴィは咄嗟に視線を逸らせたものの、小振りだが張りのある、可愛らしい胸の膨らみが目に飛び込んで来る。蠱惑的な魅力に乏しい、とは自嘲していたコンスタンツェだが、それは無垢で健康的な魅力に富んだ姿態だった。


コンスタンツェはバスローブを羽織り、艶々(つやつや)とした濡れ髪をバスタオルで(しご)いて拭きながら、シャヴィに飛び切りの笑みを見せる。


「こんな心地よい湯上がりは、初めてだ」コンスタンツェが再び、シャヴィを手招きする。「シャヴィ、其方(そなた)が傍に居てくれた所為(せい)かな。何かとても、心が躍っている」


少しばかり頬を赤らめたシャヴィが、そっぽを向きながらも、呼ばれるままコンスタンツェの直ぐ側に立つ。一向に気にする素振りも見せないコンスタンツェは、内腿から膝、脹脛(ふくらはぎ)までを手早く拭くと、手を伸ばしてシャヴィの腕を取る。掴んだシャヴィを支えに右足を撥ね上げるようにして足裏を拭き、そのまま床に置いてあったニー(膝下丈)・ブーツに足を入れた。シャヴィを掴む手を替えると、同じようにして左の足裏を拭いてブーツを履き込んだ。


コンスタンツェが腰を折る度、良い香りがシャヴィの鼻腔を(くすぐ)る。自分が使っている安物のシャンプーと石鹸なのだが、コンスタンツェが薫りを纏うと、(くすぐ)ったくなるような甘酸っぱい感じに包まれる。


「──お前は本当に良い子だな。主人の傍を離れない」


傍らちょこんと座るクーガに、コンスタンツェは(はだ)けるローブの裾を割ってしゃがみ込む。翼の飾りを持った銀のディアデム(飾り冠)を被り、バングル(聖釧)を(くわ)えている人造犬に、コンスタンツェが目を細める。


「──この犬は防水か?」


「良いから先ずは、服を着ろ、服を・・・!」


振り向くコンスタンツェに、シャヴィが照れ隠しに声を荒げる。


「待て、待て、そう急かすな。髪がまだ濡れておると言うに」


「と言われても、ドライヤーなんて文明の利器は、此処には無いぞ」


シャヴィの言葉に、うーむと唸ったコンスタンツェは、立ち上がると持っていたバスタオルをショールのように、濡れ髪の下の肩口へ広げ掛けた。そのまま少し前屈みになりながらタオルを掴んで、髪を後ろから包み込むようにして前へ被せる。其所(そこ)からタオル端の左右を入れ替えるようにクロスさせ、髪を包み込んだままのタオルを(ねじ)り、それを先から巻き取るとタオルの塊を頭の上に乗せ置いた。


もくもくと湧き起こった入道雲か綿飴のように、バスタオルの山を頭に乗せるのは良かったが、手を動かしている最中はバスローブの前身頃が全開になり、コンスタンツェの胸も(へそ)も丸見えで、さすがのシャヴィも目の遣り場に困った。


「──お前さん、此処には飢えた狼が一匹居るのを、忘れるなよ」


ぷいと横向いたシャヴィが、赤面を悟られないように、こっちだ、とばかりに首を倒すと、物置台の方へとコンスタンツェを促す。


「その狼が居なければ──」


コンスタンツェは洗面ボウルから洗い終えた貼着ブラジャを拾い上げ、バスローブの裾で軽く拭うと、ローブのポケットへ突っ込んだ。


「永劫横たわったまま、誰にも気付いて貰えず、(それがし)は揚げ句朽ち果てて、鬼籍入りするのを待つばかりの身の上だったのだ」


単なる螺子(ねじ)抜け娘ではないのは確かだが、それでも単に図太いだけなのか──全く動じる素振りを見せないコンスタンツェに、シャヴィは軽く首を(すく)めると、手にしていた剣を、先に置いてあった所に立て掛けた。


「着るものに頓着しない性質(たち)なんで、こんな物しかないぞ」


洗濯物の山から取り分けてあった、皺苦茶(しわくちゃ)なインディゴブルーのスタンドカラー・シャンブレーシャツとアッシュグレイのパンツを掴み上げたシャヴィが、コンスタンツェに差し出した。


「殿方から着衣を借り受けるのは初めてだが、恐悦痛み入る」


コンスタンツェは是非もなく素直に大きく頷くと、シャヴィの目の前でバスローブを脱ぎ始めた。それに慌てたのがシャヴィの方で、シャツとパンツを物置台に放り置くと、コンスタンツェにくるりと背を向ける。


「それに厚かましいのは、(それがし)の方だ、シャヴィ」


シャヴィの背後で、バスローブをさっさと脱ぎ捨てたコンスタンツェが、そそくさとシャツの袖に手を通す気配が伝わって来る。暫くすると、ブーツから足を抜いたコンスタンツェがパンツを履き込み始めた。少しばかり手間取る様子がして、がさごそとする雰囲気がしたかと思ったら、コンスタンツェの呼び掛ける声が上がった。


「──シャヴィ・・・」


「何だ・・・?」


そう言ってから、振り向いて良いものか逡巡するシャヴィに、再度コンスタンツェが声を掛けて来た。シャヴィは右足を半歩引いてから、くるりと身を翻した。


目の前に、ぶかぶかのシャンブレーシャツの肩もだらしなくずり下がり、だぶつく袖を何重にも折って、(ようや)く出した手を腰に当てたコンスタンツェが立っていた。パンツの方はだぶつくのを通り越して、最早(もはや)単なる皺苦茶(しわくちゃ)の筒になっていた。

「ありゃ、大きすぎたか・・・」


「──ほれ、この通り」

コンスタンツェが両手を腰から離した途端、アッシュグレイのパンツがするりと下がり、膝辺りで溜まりになった。

「──留まらんのだ、腰で」


コンスタンツェが愉快そうに、もう一度パンツを擦り上げて、パッと手を離す。再びパンツが、苦もなくストンと落ちる。


「うーむ」シャヴィが困惑頻(しき)りに、下唇を突き出す。「──かと言って、ベルトは持ってないんだ」


「まあ、ベルトがあってもシャヴィのサイズだと、(それがし)の貧相な腰では、二重巻きくらいになりそうだ」


呆然と立つコンスタンツェはまるで、急に催したので用足しに駆け込んでパンツを下げたものの、間に合わなくてお漏らしした幼児のようだった。




★Act.2 コンスタンツェ・7/次Act.2 コンスタンツェ・8

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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