Act.2 コンスタンツェ・6
「──それは忝い」
艶やかに流れるウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を晒して振り向いたコンスタンツェは、シャヴィが想像していたよりずっと若くて魅力的だった。芳紀溢れる、と言う言葉は正に、コンスタンツェを形容するに相応しい。
シャヴィは少しドギマギしながらも、手渡したローブとタオルの代わりに、脱いだウィンプル(修道頭巾)を受け取る。ちゃんと洗ってあるからな、と声を掛けるシャヴィに、これも頼む、とコンスタンツェが外したギンプ(肩纏い)も手渡す。
「其方の匂いなら、染み付いていても構わぬぞ」
そう言葉を返したコンスタンツェが、受け取ったタオルとローブへ本当に顔を埋め、一頻り匂いを嗅ぐ。それを見たシャヴィの方が、何故か恥ずかしさを感じて、慌ててそっぽを向く。
「さ・・・先にシャワーを使っててくれ。着る物を適当に見繕うから」
シャヴィは、自分でも可笑しいくらい動揺していた。ウィンプル(修道頭巾)とギンプ(肩纏い)を少しばかり手荒にランドリー・マシンに放り込むと、再び洗濯物の山を引っ掻き回し始めた。
そのシャヴィの背後で、微かに衣擦れの音がした。
「──コンスタンツェ、脱いでる? ひょっとして?」
「湯殿を使っておれ、と言ったではないか」シャヴィの後ろで、ローブを羽織る気配がした。「見たければ見ても構わぬぞ」
シャヴィは殊更に身を縮こめ、洗濯物を引っ掻き回す。
「まあ、殿方を惹き付けられるほど蠱惑的だ、とは自惚れておらぬからな」
「単に、出方が少ないだけだろ」
コンスタンツェからの返し言葉を聞き流しながら、しょぼくれたインディゴブルーのスタンドカラー・シャンブレーシャツとアッシュグレイのパンツを引っ張り出す。拡げてはみたものの、今更に取り繕えない程の皺苦茶な有様に、シャヴィは深い溜め息を一つ吐き出した。
「兎に角、着替えは此処に置いとくぞ」
俺は外で待っているから、と言い掛けたシャヴィに、コンスタンツェが一言言った。
「それで、服は放り込むだけで良いのか?」
「いや、スイッチを──」と口にして、シャヴィがはたと思い至る。「ひょっとして、ランドリー・マシンの使い方を知らない・・・」
振り向くシャヴィの目の前に、うむ、と確と頷きながら、脱いだチュニックを手にするコンスタンツェが居た。
あられもないコンスタンツェの姿に、シャヴィが戸惑う。
バスローブを羽織っているのだが、シャヴィ用の男物なので肩身はだぶつき、袖からは指先だけが辛うじて覗くだけで、丈も殆どロングコート状態だ。腰紐を結わえていないため、よれたローブの前身頃の下に桜色の瑞々しい素肌が垣間見える。
可愛らしい胸の双丘には黒の貼着ブラジャを着け、レース飾りも美しい黒のパンティを履いていた。躍動的な長い足にはガーター留めストッキングに黒のニー(膝下丈)・ブーツと、本来なら嬌しいのだが、羽織っているローブがぶかぶかなので、セクシーと言うより少し幼いガーリーな雰囲気が立つ。
「少しは興味をもって貰えたか? 某に」
シャヴィの微妙な反応の意味を嗅ぎ取って、コンスタンツェが声を投げる。だがその口調に、咎める風情や当て擦るような厭味はなく、心なしか嬉しそうでもあり、何故か素直さをも感じさせた。
「寝起きにいきなり段平振り回されてから、興味の種は尽きないな」
メロメロさ、とでも言いたげに、シャヴィが笑みを浮かべて肩を窄める。
「それは真に欣快の至り」シャワー・ブースの戸口に立ったコンスタンツェは、ひょいひょいと衒い無く手招きした。「序でに済まぬが、頼りになる其方の肩を、いや腕でも良いが、貸してくれぬか?」
歩みを寄せるシャヴィを、扉口前まで引き寄せたコンスタンツェが、自らはブーツを片足ずつ脱ぎながら、ブースの中へと下がるように足を入れる。冷たい床に足裏が触れて、コンスタンツェが思わず小さく身震いする。
ブースの中から脱いだチュニックをシャヴィに押し付け、慣れた手付きでガーターのクリップを外すと、するすると右足のストッキングを捲り下ろす。最後に足を抜く場面で、コンスタンツェの左手がシャヴィの右腕を掴む。意外と骨太なシャヴィの腕に、コンスタンツェが一瞬驚いた表情を見せた。
コンスタンツェは、同じように左のストッキングを脱ぎ、そのまま押し付けるようにシャヴィへ手渡す。呆気に取られるシャヴィの目の前で、お構いなく貼着ブラジャを外すと、すっと後ろを振り返ってブース内の洗面ボウルへと放り込む。コンスタンツェは背を向けたまま、今度はパンティを脱いでガーター・ベルトも取ると、悠然とシャヴィに向き直った。
「──この際だ。洗濯の仕方を教えてくれぬか?」
「教える、って程でもないが」
シャヴィはランドリー・マシンの方へ首を倒すと、抱えていたハビット(修道女服)のチュニックとストッキングをランドリー・マシンに放り込む。
「これもそのまま放り込んで良いのか?」
手にしていたパンティとガーター・ベルトをシャヴィに見せる。
「俺も良くは知らないが、ストッキングも、本当は洗濯用ネット袋に入れて洗うほうが良いと聞くが、生憎と此処にはそんな洒落たものは無い」
シャヴィが態とらしく、口をヘの字に曲げて首を倒す。
「──なので、そのまま放り込め」
うむ、と素直に頷いたコンスタンツェが、パンティとガーター・ベルトを投げ入れると、シャヴィはマシンの扉を閉めた。
「──んで、次にこのスイッチを押す」
シャヴィが、マシンのパネル(操作盤)に指を伸ばす先を、コンスタンツェが覗き込む。一際大きなスイッチに触れると、ランドリー・マシンが唸りを上げ始めた。
「──これで、後はお任せ全自動」
コンスタンツェを振り向いたシャヴィが、どうだ、とばかりに肩を聳やかす。
「飯を食い終わる頃には、ばっちり出来上がる、って寸法さ」
「これだけで良いのか?」コンスタンツェが感心頻りに、ほうと頷く。「これならきっと、某にも出来ような」
「出来なきゃ、単なる阿呆」
「阿呆でなくて幸いだった」
綻ぶ顔を見せたコンスタンツェが、くるりと踵を返す。
「──俺が聞くのも変だが、バストブラジャは洗わなくて良いのか・・・?」
シャヴィが遠慮がちに、コンスタンツェの背に声を掛ける。
「ああ、あれだけは手洗いせねば、使い物にならなくなる」コンスタンツェは背を向けたまま、あっさりとバスローブを脱ぎ始めた。「──とは、ガートから言われておるのでな」
「ガート?」
そう問い返すシャヴィに、半身を捻ったコンスタンツェが脱いだバスローブを放って寄越した。
「某にとって、無二の近衛侍従だ」
呆気に取られたシャヴィの目に、小さいが張りのある桜色のヒップが丸見えになる。まだ幼さの残るくびれた腰は嫋やかな曲線を描き、背筋もはっきりした背中でウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪が踊っていた。
「背も高くて剣の腕も立つぞ」
「そいつは心強いな」
梨地のクリア・ドアが押し開かれ、コンスタンツェの姿がシャヴィの視界から消え失せた。ふと我に返ったシャヴィが、手元に残った僅かな暖かみの残るローブに目を落とす。シャワーの飛び散る水音がして、エンボス・クリアレジン(梨地透明樹脂)扉に映るコンスタンツェの影に気付いたシャヴィが、バスタオルの掛かるフックにローブを重ね掛ける。
その矢庭、閉まっていた中折れドアが少しだけ開いた。
「──心配するな。ご婦人の湯浴みを覗く趣味は・・・」
と言い掛けたシャヴィの鼻先に、濡れたコンスタンツェの右手が突き出されていた。
「これを外すのを忘れていた」コンスタンツェの右手には、左手首に着けていたバングル(聖釧)が握られていた。「少しの間、預かって賜れ」
バングル(聖釧)を受け取り、踵を返して出て行こうとするシャヴィに、コンスタンツェの無邪気そうな声が投げ掛けられる。
「そうそう、先程は済まなかった。其方に刃を向けて」
ウォーター・シャワーの音に乗って、少しだけ開いたドアの隙間から、状況に頓着してなさっそうなコンスタンツェが、気軽に話し掛けて来た。
「──怪我はして居らぬか?」
「今更言うか?」
話し掛けられたので、立ち去るタイミングを失したシャヴィが、クーガを呼び寄せる。
「気になったら、その時に言っておかねば、忘れてしまうのでな」
「ホンキィドーリィ(大丈夫)。どこも怪我はしていない」
「ホンキィドーリィ・・・?」
「オールファイン・ノーケア(大丈夫、心配いらない)、って事さ」
とことこと歩を寄せて来たクーガの首筋を一撫でして、シャヴィが手にしていたバングル(聖釧)をクーガの鼻先に差し出す。クーガは本物の犬のように、バングル(聖釧)を胡散臭そうに一嗅ぎしてから、ぱくりと啣えた。
「そっちこそ寝起きじゃ、足元も覚束なかっただろ?」
「それでも、肩を捕えたと確信したんだがな」
その声に顔を上げたシャヴィの目の前で、エンボス・クリアレジン(梨地透明樹脂)扉越しに、コンスタンツェの嫋やかそうな影が踊っていた。
「シャヴィ、其方は、存外に腕が立つな」
「明日の朝は、精々気を付けるよ」シャヴィは件の剣を──物置台の端に立て掛けてある剣に目を遣った。「──石鹸とブラシは、其所らにあるだろ」
「見知らぬ者に起されると、在来無く目新しい、心地好くも別天地を感じ入るな」
「妖精パックさえ、やり損なってなかったらな」
吸い寄せられるように歩を寄せたシャヴィが、翼と百合の造形も見事な、青いスキャバード(鞘)に収まる剣に手を伸ばした。
「枕元に立っていたのがシャヴィ、其方だったのは、これ幸いなのであろうな」
コンスタンツェの声が、シャヴィの頭の上を通り過ぎる。
「──寝起きは女王さまだって、化け物に血道を上げてしまうご時世さ」
シャヴィが掴み上げた剣を、そっと抜く。
美しい大剣だった。
シャヴィは抜き身の剣を立てて構え上げ、まじまじと眺め回した。
1メートルあまりのブレード(剣身)は濃青がかった鍛造鋼で、両刃施されたエングレーヴィング(鏨彫り)も芸術的だった。ポメル(柄頭)とガード(鍔)に青い玉石が嵌まるハンド・アンド・ハーフ(片手半剣)は、それでも単なるお飾りの一刀ではない事は明らかだった。
コンスタンツェが髪を洗い始めたのか、シャワーの音と共に話し掛ける言葉も途絶えて、奥で稼動するウォーター・トリートメント(浄水)システムだけが、矢鱈と騒がしく耳に付く。
人工皮革を革紐で巻いたヒルト(柄)が、意外と手に馴染む。
左手にスキャバード(鞘)を掴んだまま、シャヴィが軽く振り下ろす。悪くない感触に、ふむ、と頷いたシャヴィが、今度はヒルト(柄)を少し強く握り直し、再度びゅっと斬り下ろす。最初は軽いと感じたが、直ぐにバランスと重さと扱い易さに、程良い手応えを感じ取った。
だがシャヴィにとって程良いなら、体躯が自分よりずっと華奢なコンスタンツェには重すぎる。長さは別にしても、振り回すだけで顎が上がる筈だ。
“こんなものを良く、あれだけ使いこなせるな──”
あの挙措からして、コンスタンツェがこの剣を、それなり以上に使い熟しているのは間違い無い。しかも剣筋は良いので、剣伎の腕も相当に確かだ。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




