Act.2 コンスタンツェ・5
「其方、腹が空いているのではないか?」
コンスタンツェの言葉に、シャヴィが無言で首を竦める。
「そっちにも、食事の知らせは来ているだろ?」
シャヴィは床に転がっていた、エングレーヴィング(鏨彫り)も芸術的な濃青の剣を拾い上げながら立ち上がり、コンスタンツェに右手を差し出した。
「お招きいただき、光栄の至り」
衒う事も無くコンスタンツェが、素直にシャヴィの手を取った。
「ドレス・コード(服装規定)は知ってるな?」
シャヴィはコンスタンツェを引っ張り起こすと、剣のガード(鍔)の端を掴み、青い玉石が嵌まるポメル(柄頭)の方をコンスタンツェに突き出した。
「勿論。マスカレード(仮面舞踏会)と聞いている」
コンスタンツはシャヴィから差し出された剣を把ると、仮装だと言わんばかりにハビット(修道女服)の黒い裾を態とらしく抓み上げ、洒落っ気たっぷりに小さく膝を折って礼を返した。
くるりと踵を返し、小走りに駆け出すコンスタンツェの後ろ姿に、シャヴィは見る目を少し改める──天然惚けに近い螺子抜けかも知れないが、コンスタンツェは決して馬鹿ではない。本当に王女かはさて置いて、確かに頭の回転は早いし、言葉遣いも巧みで物分かりも良い女性なのは間違いない。
コンスタンツェの小気味よい足取りの素足が、床にぴたぴたと音を立てる。コンテナ(規格貨物容庫)の上にひょいと飛び乗ったコンスタンツェは、自らが臥していたアンビュランス・ポッド(可搬救急対処台機)に腰を折り、放り置いてあった翼と百合のスキャバード(鞘)を掴み上げると、慣れた手付きで抜き身の剣を納めた。
「──その前に、1つ、湯殿を拝借できぬか?」
黒のニー(膝下丈)・ブーツを拾い上げたコンスタンツェが、ポッド(可搬救急対処台機)の縁に腰を掛けながらシャヴィを見遣る。
「少しばかり寝過ぎた所為なのか、まるで牢獄で目覚めた気分なのでな」
「湯殿なんて洒落たものは、この船舶にはないよ」シャヴィがコンテナ(規格貨物容庫)口の下から、コンスタンツェを見上げる。「あんたが寝ていたポッド(可搬救急対処台機)とどっこいどっこい、両手を伸ばせば両壁に手が付く程に広いシャワー・ユニットしかない」
「湯浴みが出来るだけで充分だ」
ブーツを履き込んだコンスタンツェは、ポッド(可搬救急対処台機)の中に置いてあったソードベルト(剣帯)を拾い上げ、ホルダーに剣を差し入れると佩剣せずに手で掴む。最後に翼の意匠が造作されたディアデム(飾り冠)を取り上げたが、ハビット(修道女服)姿のコンスタンツェはウィンプル(修道頭巾)を被っているので、これも戴冠せずに小脇に抱えて立ち上がった。
「まあ、サン・テンプル(太陽宮)に居たって、半年も回っていればシャワーの1つも浴びたくなるわな」
歩み寄って来るコンスタンツェに、シャヴィが下から両手を差し上げる。
「サン・テンプル(太陽宮)?」
コンテナ(規格貨物容庫)の端で一旦しゃがみ込んだコンスタンツェが、ディアデム(飾り冠)だけをシャヴィに手渡してから、自らは軽やかに跳び降りた。
「絶世の美姫が閉じこめられる、プリズン・タワー(軟禁塔)だよ」
渡されたディアデム(飾り冠)を、シャヴィがしげしげと眺め回す。
「なら、某には、縁遠い監獄だ」
「──なら今度は俺が、あんたには一生縁遠いほどの、素敵なシャワー・ルームに案内しよう」
脇に降り立ったコンスタンツェを見返して、シャヴィが今更に気が付いた。
ハビット(修道女服)姿のコンスタンツェは、意外と背が高い。履いているブーツのヒールはそう高くはないので、素の上背だと170センチほどだろう、185センチのシャヴィと十数センチ程の差しかない。
女らしさは程々だが嫋やかで壮健そうな体躯に、先程の剣捌きと言い、温室育ちのやんごとなき深窓の姫君、と言う訳ではなさそうだ。かと言って、街中で見掛けるお喋り好きなシャオクーニャ(小娘)とも違う。口さがないのは玉に瑕だが、それでも目の前のコンスタンツェは確かに、何処か他人を魅了する器量を備えている。
“──コンスタンツェが閉じ込められるとしたら、間違いなくサン・テンプル(太陽宮)だろうな・・・”
どうした? と少しばかり顔を覗き込んで来るコンスタンツェに、我に返ったシャヴィが慌てて照れ隠し半分に、此方だ、と首を倒す。
第2カーゴ(貨物庫)を後にするシャヴィにコンスタンツェが続き、その後をクーガがとことこと四肢を繰り、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)のグレーチング・トレッド(格子状踏床通廊)を歩く。
幅10メートルのグレーチング・トレッド(格子状踏床通廊)は、平板状の通常床ではなく細かい格子状になったトレッド(踏床)なので、3層構造のペイロード(積載区画)が最下層まで見通せる。1番上層床から最下層までは30メートル、ちょっと気の弱い人間なら身が竦む。ところがコンスタンツェは怖気付く様子もなく、大股で長い足を繰っては興味深そうに下を覗き込んでいた。
リフトを使って1階層上のアコモディション・デッキ(乗居区画)へ上がり、キャンティーン(食堂)前を通って、プライベート・キャビン(個室区画)を抜け、アコモディション(乗居区画)最船尾寄り、船内唯一の水周り設備へ足を向ける。
「余りの広さに驚くなよ」
右舷側の壁に設えられた開閉用スイッチ板に触れると、古ぼけた扉が右にスライドして室内灯が点る。
「此処が、湯殿、なのか・・・?」
さすがのコンスタンツェも目を丸くした。
扉が開いた先は、奥行き6メートル程の小さな小部屋のようになっていて、幅2メートル弱の通路が通っている。左手には、中折れ式のエンボス・クリアレジン(梨地透明樹脂)扉が全開された、試着室のようなブースが2つ並んでいる。手前がラバトリー(便所)で、奥がシャワー・ブースだ。右手側には粗末な鏡と剥き出しの洗面ボウルが設置されてあり、その横には頑丈そうな洗濯乾燥機と薄汚れたランドリー・バスケットが載った物置き台が設置されてあった。
「──ま、一通り説明しておくけど、見た通り左にあるのがラバトリー(便所)で、その隣がシャワー・ユニットだよ」
「おお、こんなパウダー・ルーム(化粧室)は初めて目にする・・・!」
「パウダー(発射薬)?」
聞き慣れない言葉に軽く首を捻るシャヴィの横を、コンスタンツェが大股でずかずかと室内へと足を踏み入れる。
「──このような扉では半分透けてしまって、然も覗いてくれ、と言わんばかりではないか・・・!」
無機質で素っ気無い、便器だけがどんと置かれ、排出用の導管も剥き出しの、まるで掃除用具入れのような小部屋──その前で、コンスタンツェはウィンプル(修道頭巾)の裾を翻し、何故か愉快そうにシャヴィを振り返る。
「まあ、ラバトリー(便所)は此処だけだからな」シャヴィが素っ気無く肩を窄める。「使用中だと人影が写って、一目で分かる」
「それに、この湯殿もどうだ・・・?」
興味津々なのを隠そうともしないコンスタンツェは、開いている扉口からシャワー・ブースに首を突っ込む。此方もシャワー用の導管が剥き出しで、折れ戸の脇には取って付けたような洗面ボウルが設置されていて、曇りがこびり付いて最早用を為さない鏡らしきものが、壁に貼り付いていた。
「此処で全裸を襲われたら、逃げ場がないではないか・・・!」
「確かに、鍵が無いからな」
再び肩を窄めるシャヴィに、何故かコンスタンツェが喜色を浮かべる。
「──鍵が、無い・・・?」
振り向いたコンスタンツェの顔が緩んでいるのを見て、はたとシャヴィは気付いた。目の前の、自称王女コンスタンツェが、心なしか興奮している事に。
「何か、途轍も無い羞恥プレイも楽しめそうだな・・・ッ!」
「奇矯しな事ばかり考えるなァ、あんた・・・」
シャヴィは調子を狂わされて、ぽりぽりと頭を掻いた。
「──ほンでもって、顔を洗うなら彼方の洗面、ンでその横にあるのがランドリー・ユニットだ」
「──洗濯、出来るのか・・・?」
はっと気付いたように、コンスタンツェがシャヴィを振り向く。
「まあ、一応は」
「なら済まぬ、シャヴィ・・・」
口調を改めたコンスタンツェが真面目な表情で、少し言い辛そうに口を開く。
「我が儘序でに、弊衣をクリーニングさせては貰えぬか?」
コンスタンツェは、肩に掛かるウィンプル(修道頭巾)の裾を抓むと、ひらひらさせた。
「──着た切り雀なのでな。殿方との食事に相伴を与れるのなら尚更、先に一度、洗っておきたいのだが」
「殿方、ね」
シャヴィは実のところ、少し戸惑いを感じ始めていた。
口を衝く丁寧な言葉遣いは確かに高飛車だが、慣れた口調なので付け焼き刃ではない良家の出だ、と言う事には疑う余地が無い。それに頭の巡りも明朗なのだが、口端に上る思考が時折り俗っぽいのが気になる。ギャップの魅力、と言ってしまえばそれまでだが、シャヴィですら付いて行けない飛び方をする。
「──ま、使うのに遠慮はいらないが・・・」
其所まで言って、ふと気付いたように、シャヴィが軽く首を竦める。
「洗って乾くまで、少し時間が掛かるぞ」
「そうであったな・・・」コンスタンツェが真面目そうな顔付きで、少しばかり考え込む。「其方も腹が減っておろうに、待たせるのは心苦しい」
「──着替え、持っていないのか?」
口をヘの字に曲げて小さく首を振るコンスタンツェに、シャヴィが、うーむと唸る。
「──その、何だ」
シャヴィを真正面に見据えるコンスタンツェの態度と、口を衝く歯切れの悪い言い草に落差があった。
「どうだろう・・・」
今までとは打って変わった、コンスタンツェの遠慮がちな諄い言い回しに、シャヴィはまたまた面を食らった。
「何か、纏うものを、だな、食事の間だけでも構わぬので、その、だな、少し拝借できぬか・・・?」言葉尻を詰まらせながら含羞むコンスタンツェに、僅かに間が開いた。「──其方の」
何だ、そんな事か、とシャヴィは微笑むと小さく肩を窄めた。
「──俺の服は、ザップガンとデラメーター放射器が標準装備だぞ」
「ザップガンとやらが、如何様なものかは存ぜぬが、其方が不快でなければ、某は一向に構わぬ」
それでもシャヴィの、煙に巻くような巫山戯た言い草を、肯定と取ったコンスタンツェが、嬉しそうに顔を綻ばせた。シャヴィはクーガを呼び寄せ、抱えていたコンスタンツェのディアデム(飾り冠)を、尖った耳を模した指向性聴音センサーに引っ掛けるように、頭の上に被せ載せる。
クーガに、大人しくしてろよ、と声を掛けて一旦室内から追い出すと、シャヴィはコンスタンツェに、剣を与るから、と手で仕草した。それに小さく頷いたコンスタンツェから剣を受け取ったシャヴィは、ソードベルト(剣帯)を剣に軽く巻き付けてからランドリー・マシン横の物置台の上に置いて壁に立て掛ける。
「先にタオルとローブを渡すから」
ランドリー・マシンの扉を開いたシャヴィは、中に詰まっていた洗濯物を一抱えにして、剣を立てた物置台の上へ放り出し、縺れるようにごちゃごちゃになっている洗濯物の山に手を突っ込む。バスタオルとバスローブを引っ張り出し、改めてコンスタンツェを振り返った。
「シャワー・ブースの扉脇にあるフックに引っ掛けて──」
背を向けているコンスタンツェが、ウィンプル(修道頭巾)を振り払うように脱いだところだった。その後ろ姿に、シャヴィが思わず目を瞠る。
シニヨン・ネットで纏められている、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪に、桜色の嫋やかな項が妍しかった。コンスタンツェが、先に外していたギンプ(肩纏い)とウィンプル(修道頭巾)を左手に、後ろで纏め上げられたメロンの玉ほどもある、シニヨンに右手を回す。後ろ手にシニヨン・ネットを外した途端、腰まで届くウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪が、ふんわりとして柔らかく波打つように踊り現れた。
シャヴィは目を奪われたように固まった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




