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Act.2 コンスタンツェ・4

「それに言っておくが、ペンギン(修道女)がメイデンフッド(純潔)でなきゃ、世も末だよ!」


「──ペンギンが処女でなければ、世も末?」それでもコンスタンツェは意に介さぬ風情で、真顔で問い掛ける。「それに、阿魔とはどう言う意味なのだ? (それがし)の事か?」


最初は、単なるはぐらかしだと思った。言い難い事情を煙に巻くための、クラップ・トラップ(口から出任せ)だと疑った。ところが、この期に及んで(とぼ)ける目の前の娘に、シャヴィは半ば呆れ返った。ゆっくりと息を吸って、束の間を置く。


「お前さんが、コーンスターチ何とかって名前の、ディックヘッド(惚け女)だってところまでは理解した。それが何でこの船に乗っているんだ? 何で、くそ寒いベッドで寝てやがったんだ?」


「婦人に対しての言葉遣いは、改めた方が身のためだぞ」娘は酷く真面目な顔付きで言った。「(それがし)の名前は、コンスタンツェ。それにしても其方(そなた)の発音は本当(まこと)に酷いな」


「疲れる尼っ子だ・・・」シャヴィは大きく嘆息して、尚も気を取り直す。「兎に角、説明してみろ。耳が3つあったら、その3つの耳で一語も漏らさず聞いてやる」


「うむ。話せば長くなる・・・」

目を(つぶ)り、それからコンスタンツェが一言。

「──(いづ)れの時に」


シャヴィは思わず握り拳が出掛かった。


「あのなァ・・・!」それでも、ぐっと(こら)えたシャヴィは肩を小刻みに震わせ、目の前の小生意気な娘を睨み付けた。「あんた一度、逆さ吊りに鞭でしばいて、目ェ覚まさせてやろうか・・・!」


其方(そなた)の気持ちは有り難いが、今は受け取れぬ」


「脳味噌の回路、捩じ曲ってるだろ、ったく」


「冗談だ。通じなかったか?」そして唐突な、コンスタンツェの微笑み。「(それがし)の城代近衛を呼んでくれぬか? ()すれば其方(そなた)にも理解できようぞ」


「誰も居やしねーよ、此処には・・・!」


「何と・・・!」コンスタンツェが初めて、大仰な感情を表した。「()すれば、其方(そなた)と2人っきりと申すか・・・?」


「申すも申さないも、俺とあんた、それにクーガだけ、だよ」


先刻から、じっと傍らでお座りしている漆黒の人造犬を紹介するように、シャヴィはクーガに首を倒した。


コンスタンツェが、ふむ、とクーガを見遣る。


シャヴィが今度はクーガに、行って来い、と声を掛けてコンスタンツェの方へ顎を(しゃく)る。ハンドラー(主人)の言葉に、(やお)ら立ち上がったクーガが、前肢を伸ばしてお尻を上げ、身体を大きく反らせて後ろに伸びをしてから、コンスタンツェの方へとことこと歩みを寄せた。


「ふむ、其方(そなた)、なかなかに素直で()いな」下げて来るクーガの頭を、コンスタンツェが一頻(ひとしき)り撫でる。「飼い主と違って」


そう言ってからコンスタンツェは、思い出したように、不意にシャヴィを振り向いた。


「──其方(そなた)(それがし)の体に不埒な真似はしていないだろうな?」


「今からでも遅く無いぞ。不埒をしてやろうか?」


「時折り、意味不明な言い回しをするな、其方(そなた)


「意味不明なのは、あんただろうが・・・!」


言葉尻では癇癪を起していたが、シャヴィの心中はもう殆ど呆れ返っていた。まともに()かっ腹を立てても、自身の方が馬鹿を見させられている気がして来たのだ。


「いいか、良く聞いていろよ──」


シャヴィが人差指を立て、コンスタンツェを凝視する。


「待て」コンスタンツェは平然と、軽く手を上げてシャヴィを止めた。「無理してジレル語で喋らずとも構わぬぞ」

コンスタンツェが表情も変えずに言った。


「──其方(そなた)の発音は酷くて、頭痛がする」

それは見事に癖の無い、流暢なシグナス・ガラクト(白鳥座域標準語)だった。

(つつが)なく、有り体に説明されよ」


シャヴィが仰天した。


目の前のコンスタンツェは、マデルークの在住の人間に間違いない。そのマデルーク邦人が、此処まで奇麗なガラクト(銀河標準語)を喋れるとは、相当に高い教育を受けている。このペンギン(修道女)は、単なる阿呆ではない、と言う事だ。


シャヴィがまじまじと、コンスタンツェの翡翠(ひすい)色の瞳を見詰め返した。


「どうされた? (それがし)のガラクト(銀河標準語)は奇矯(おか)しいか?」


シャヴィが思わず、無言で首を振った。


奇矯(おか)しいどころか、ジレル語での発声を聞いているより、遥かに涼やかで聞き取り易く、耳にもとても心地好()い。その上、宝玉のように輝く凛々しい瞳には、吸い込まれるように自然と魅入ってしまう。


シャヴィは改めて咳払いをすると、シグナス・ガラクト(白鳥座域標準語)で喋り始めた。先に、自分は素寒貧(すかんぴん)のオッド・パーン(半端な宇宙船乗り)だと前置きしてから、隠していても話がややこしくなるだけなので、密輸の件も含めて手短に経緯(いきさつ)を語る。


この翡翠(ひすい)の瞳に見詰められると、全てを見透かされているようにも感じてしまい、何故か口から出任せに(あしら)う事を躊躇(ためら)われ、つい正直に話してしまう。当のコンスタンツェはコンスタンツェで、シャヴィの言葉に驚く事も、顔を(しか)めさせる事も、ましてや笑う事もせず、所々に相槌を打って淡々と聞いていた。


「──以上、難破、遭難、孤立無援、救援頼みの打つ手無し」


話し終えたシャヴィは一息吐くと、どうだ、とばかりに片眉を吊り上げ、改めてコンスタンツェの顔を覗き込んだ。


「ちょっとはビビったか?」


「うむ」顔色も変えず、コンスタンツェは、はっきりと頷いた。「かなり危難な状態に置かれている事は承知した」


本当に解ってるのか、と懐疑も色濃い表情のシャヴィに、コンスタンツェは言った。


「それで、ビビる、とは、どう言う意味なのであろうな?」


「──震え上がって、おしっこ(ちび)りそう、って意味」


咄嗟に返してから、修道女相手に口が過ぎた、とシャヴィは思った。


ところがコンスタンツェは、顔を赤らめる訳でも無く、()りとて(しか)める訳でも無かった。至極冷静に真顔で、今度はふむと一度だけ小さく頷く。(しば)し考え込む風情で首を(ひね)っていたコンスタンツェが、ふと口を開いた。


「──ところで其方(そなた)


酷く真面目な顔付きのコンスタンツェが、シャヴィの樺茶(かばちゃ)色の瞳を真っ直ぐに見詰め返す。


「時に、馬を持っておるか? 白い駿馬を」


それを聞いた途端、矢っ張り解ってない、とシャヴィが虚脱感に襲われる。


「いい加減、()けるのは、時と場所を考えてくれ・・・!」


シャヴィは明白(あからさま)に嘆息し、がっくり肩を落として項垂(うなだ)れる。


「いや、危難の折りには必ずや、白馬の騎士が駆け付けてくれると、お伽噺に何度も聞かされたのでな。幼少の時分、側女(そばめ)保姆(うば)から」


側女(そばめ)に近衛、ってか? 何処かのお姫さまかよ・・・!」


「うむ」

コンスタンツェが(てら)う事もなく、自然な仕草で当然のように頷く。

「王位を継ぐ資格を持つ、と言う意味ならその通りだな」


「正体を現せ、このディックヘッド(惚け女)・・・!」


シャヴィはコンスタンツェの両肩を軽く揺すった。


(それがし)の白馬の騎士は手荒いな」揺すられるに任せ、首をがくがくと振るコンスタンツェに、動じる気配はない。「──父は確かにマデルークの国王で、母は王妃の身であったな」


「マデルーク・・・?」


思わず目を丸くしたシャヴィが、目の前の修道女がつい先だって名乗った名を、記憶から引き摺り上げる。


「──家門は、何て言ってたっけ・・・?」


「由緒正しき、血筋も定かの、エルドラド家である」


「──あんた、ひょっとして本当のお姫さま・・・?」


「偽の姫とは、如何様な者を申すのか?」


「もう一度聞くぞ」深呼吸してから、シャヴィは噛んで含めるように言った。「──あんた、マデルークの王女なのか?」


「間違いなく、コンスタンツェ・ユイット・セーズ・エルドラドである」


沈黙が流れる。


どう対応したものか、シャヴィは苦慮していた。


言い分を全く鵜呑みにするか、さらりと聞き流すか──まさかな、と言う思いと、いやいやいや、ちょっと待て、と諌める考えが、頭の中で(せめ)ぎ合う。


「うーむ・・・」


と頭を悩ましても、どうにか為るものでも無い。目の前のコンスタンツェが、本物の王女だろうが、誇大妄想の螺子(ねじ)抜け娘だろうが、現状は何も好転しない。


「──名前を聞いて良いか? 其方(そなた)の」


沈黙を破ったのは、コンスタンツェの方だった。


「シャヴィ・ストラトス。まだ言ってなかったっけ?」ぽりぽりと、シャヴィは頬を掻いた。「──ま、キムでもカーティスでも、好きなように呼んでくれ」


「うむ。シャヴィ」


何故か力強い、コンスタンツェの返事。


「あんた、怖い、とか、不安だ、とか思わないのか? 感じないのか?」


「シャヴィ、目の前の其方(そなた)が怖じ気づいておらぬのだから、(それがし)が何を心配する必要がある?」


「そう言う考え方するのか? コ・・・」


「コンスタンツェ」


聞き慣れない名に、少し四苦八苦するシャヴィに、コンスタンツェが言って聞かせる風にはっきりと我が名を口にする。確かにシャヴィにとっては、“コンスタンツェ”などと奥床しくも古風な名を、(つい)ぞ耳にした事がない。


(それがし)は、普通にそう思うが?」


それでも当のコンスタンツェは、一向に意に介さぬ素振りでシャヴィを見詰め返す。


「この状態では、(それがし)に出来る事は1つも無い。くどくどと考える必要が何処にある? 信じたいからこそ信じるのだ、と心が申しておるものを」


シャヴィもまじまじと、何故か照れを感じる事もなく、コンスタンツェの顔を見返した。


翡翠(ひすい)色したコンスタンツェの瞳も、シャヴィの樺茶(かばちゃ)色の瞳の僅かな動きを捕えて離さず、ただ静かに後を追う。


コンスタンツェの澄んだ瞳はどこまでも揺るぎ無く、奥底には真正直そうな気高さを湛えている。ただ、その人を弄する事を知らなさそうな輝きは、天然惚()けに限りなく近い気もするが──。


──まあ確かに、コンスタンツェが指摘した通り、今更じたばたしても仕方が無い。


ただ気になるのは、その真正のプリンセスとやらが何故、クライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)していたのか、だ。それに、今着ているハビット(修道女服)。


何か訳ありか、とシャヴィが口を開き掛けた矢先。


シャヴィの腹の虫が、小さく鳴った。


それを耳にしたコンスタンツェの珊瑚色の口元が、少しだけ弧を描く。途端、別人のような可愛らしい早乙女(さおとめ)らしさが、ちらりと顔を覗かせた。




★Act.2 コンスタンツェ・4/次Act.2 コンスタンツェ・5

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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