表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/36

Act.2 コンスタンツェ・3

“──いや、もう1人居たっけな・・・”


脱ぎ捨ててあった黒のジャケットを掴み上げたシャヴィが、まるで寝た子を起こさないような、おっかなびっくりの足取りでコンテナ(規格貨物容庫)に近寄った。


床からの緩衝支持架ががっちり支えているコンテナ(規格貨物容庫)自体に損傷はなく、中に収まっているアンビュランス・ポッド(可搬救急対処台機)も、厳重なビンディング・ストラップ(機材固縛帯)とタイダウン・ブライダル(機材固縛鋼索)で縛り付けられていて、揺すられた影響は見受けられない。


「中のペンギン(修道女)、首が捻折(もげ)てないだろうな・・・」


開けっ放しだったコンテナ(規格貨物容庫)に飛び乗ったシャヴィが、ヘッドボードのバイタル(生存情報)モニターをちらりと見遣った。正常に稼動しているのだろう、幾つかの緑のランプが規則正しく明滅している。反応数値は先より上がっていて、測定グラフも何処か健全な様に感じる。


大きな溜め息を吐き出したシャヴィが、腰を折って透明ボンネット越しに中を覗き込む。


両腕を組む胸元が、先程より明らかに力強く上下していた。はっきりと自立呼吸を始めている。覚醒が近いのかも知れない。見えている素手も血の気が戻って来ているのか、心なしか赤みが差して来ている。


図らずも背負い込んでしまった厄介事だが、蘇生に問題が起きていない事に、シャヴィは少なからずほっとした。


「まあ、じたばたしても始まらない、な・・・」


シャヴィは、コンテナ(規格貨物容庫)に上がって来ず、床で置物のように座っている人造犬に肩を(すぼ)めて見せた。


「──腹拵(はらごしら)えして、シャワーでも浴びるとするか」


シャヴィがくるりと(くびす)を返し、コンテナ(規格貨物容庫)を跳び降りようと身構える。その刹那、クーガが三度(みたび)、今度はクゥゥゥンと、鼻を啜るような声を上げた。


と同時にシャヴィの背後で、クライオ・バイタル・ハイバネート・システム(極低温身体維持装置)の稼動音が一段と高まった。


ギョッとしたシャヴィが、そろりと首を巡らせる。


予測した事とは言え、シャヴィは思わず固唾を呑んだ。


透明ボンネットが中程で割れ、ゆっくりと開き上がる。ヘッドボードのバイタル(生存情報)モニターは一斉に点滅を止め、ランプが緑一色に染まった。


蘇生プログラムが終了したのだ。


歩み寄るシャヴィがそっと、ボンネットが開き切ったアンビュランス・ポッド(可搬救急対処台機)を、おっかなびっくりに覗き込む。


「──お、起きた・・・のか・・・?」


枯れ上がった声を、シャヴィが咽喉の奥から絞り出した矢庭。


古拙の鬼の民芸品みたいな木製の仮面の、椿の葉のような形に()り貫かれた眼窩の下の、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の睫毛が少しばかり痙攣して、閉じていた瞼がゆっくり開く。束の間、宝玉のような翡翠(ひすい)色の瞳が、微睡(まどろ)むように虚空を見上げていた。


「──おーい・・・」


シャヴィが横合いから、被るウィンプル(修道頭巾)に隠れているその耳辺りに、そっと顔を近付ける。


「──生きてるんだろ・・・? 生きてるなら、返事してみろ・・・」


大声で呼び掛けるみたいに口元に手を添えながらも、絞り出した声はこそっと耳打ちするような小声だった。だが仮面の下の眼差しは空を見詰めたまま、問い掛ける声に応える気配がない。


「ふーむ・・・」


体は起きたが、頭の方はまだ寝てるのか──クライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)なるものを、シャヴィは体験した事がないので、具合の程が良く分からない。まあ、それでも、目が覚めたのは確かだ。


“それに、意識が戻ったところで、本人も事情が呑み込めず、戸惑うのは間違いないだろな・・・”


ただ、この先の事を考えると、頭が痛い。


それでもシャヴィは、意識が戻った本人が少しでも慌てないようにと、修道女の身体を緩やかに縛り留めているハーネスを外しに掛かった。最初に膝の辺りを留めている1本をそっと外すと、そのまま手を伸ばして腰のハーネスを外す。最後の1本、両肩を渡るように留めているハーネスの差し込み式バックルへ手を掛けながら、覆い被さるように木の仮面を真上から覗き込んだ。


翡翠(ひすい)の瞳が2度3度と瞬きしてから、ゆっくと横目に視線を流す。


バックルを外すシャヴィの樺茶(かばちゃ)色の目が、仮面の下の宝玉のような瞳と合った。思わず辟易(たじろ)ぐシャヴィと、視線が絡み合ったまま妙な沈黙が流れる。


見詰め合っていた相手の目が、唐突に一層見開かれた、次の瞬間。


修道女の上半身が、弾かれたように跳ね起きる。


危うく頭突きを食らうところだった。


反射的に()け反ったシャヴィが、(すんで)(かわ)す。怪しげな木の仮面が撥ね落ちて、身を起こした修道女がシャヴィとは反対側の右手に半身を捩る。置いてあった見事な装飾が施された剣を左手で引っ掴むなり、躊躇(ためら)い無く右手がヒルト(柄)を握った。


その一連の動作に、シャヴィが本能的に、咄嗟に跳び退く。


と同時に修道女が鯉口を切るなり、体を(ひね)り返す反動を使って切っ先を払う。刃筋が紙一重に、シャヴィの目の前の空を斬った。


薙ぎられた剣は(かわ)したものの、シャヴィは無様にコンテナ(規格貨物容庫)の中から撥ね落ちて、カーゴ(貨物庫)の床に尻餅を舂いた。


顔を上げるシャヴィの視線の先、目を覚ました修道女が、アンビュランス・ポッド(可搬救急対処台機)の縁に左手を突きながら、前のめりに剣を握り締めていた。居合の剣技も()る事ながら、剣が其処に在ると(はな)から判っていたような動きだった。しかもその剣の扱いも、実に手慣れたものだ。


そして何よりシャヴィが驚いたのは、仮面が外れ(あらわ)になった、修道女のその素顔だった。


てっきり身も心も教会に捧げ尽くした 年老いた慈悲深き尼僧だとばかり思っていた。ところがどうだ。ウィンプル(修道頭巾)の下から、睨み付けてくる翡翠(ひすい)色の視線に油断はなく、その所作には瑞々躍々(ずいずいやくやく)とした若さが弾けている。とてもではないが、三途の川を渡り掛けた老尼僧ではない。


濃青のブレード(剣身)を持つ剣を握り締める修道女は、シャヴィの頭の天辺から爪先まで素早く嘗め回すと、シャヴィが声を掛ける間も与えずに次の動きに出た。


前のめりに身を起こしていた若い修道女が、右の素足でポッド(可搬救急対処台機)の縁を蹴飛ばして、勢い良くポッド(可搬救急対処台機)から飛び出すと、ハビット(修道女服)の裾を翻し、一足飛びにコンテナ(個別式貨物庫)から跳び降りた。


「──おいおいおい・・・!」


何故、俺の方がまごつかなきゃならないんだ、と毒突くシャヴィにお構いなく、修道女は右脇を締めたまま、切っ先を向けて真っ直ぐに突っ込んで来た。


まさに問答無用の行動だった。


咄嗟に跳ね起きたシャヴィが、身を翻すと半歩左へ飛び退(すさ)る。尼僧の突き出す切っ先が、シャヴィの胸元を(かす)めた矢庭。


突っ込んで来た尼僧に背を向けながら、左手に持っていたジャケットを(かわ)した剣に振り下ろす。間髪入れず、くるりと身を翻したシャヴィが、ジャケットの上から剣を右脇に抱え込み、そのまま自らの右肩を、向かって来ていた尼僧の右肩口に突き当てる。と同時に左足を軸にした、シャヴィの右の膝蹴りが修道女の腹に叩き込まれた。


ぐへっと醜い声を上げた修道女が、体をくの字に折って2歩3歩と後退(あとずさ)った。その隙を逃さなかったのがクーガだった。


横合いから飛び掛かったクーガが、剣を握る尼僧の右手首に噛み付いた。娘は悲鳴も上げず、力尽きたよう床上に大の字に倒れた。さすがにクライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)からの覚醒したてでは、運動機能も持久力も思うに任せないようだった。


「──その段平(だんびら)を、これ以上振り回さないって言うなら、此方(こっち)もこれ以上に手荒な真似はしない」念のため剣を踏み付けるシャヴィが、若い尼僧を見下ろした。「あんたの信じる神様とやらに誓えるか?」


クーガに片腕を()み付かれた若い修道女は、息を荒げ、女らしさも程々の胸を上下させながらも、小さく頷いた。


「──ようし、もう良いぞクーガ。下がれ」


ハンドラー(命令権者)からの命に、漆黒の人造犬がぽいと咬合を解くと、2歩3歩と引き下がってちょこんとお座りした。娘の手首の()み付かれた痕が、(つね)られたように赤くなっていたが、クーガの歯牙は硬質の弾性素材なので、それ以外に目立った怪我は無い。クーガには攻撃用の電磁歯牙が備わっているが、ハンドラー(命令権者)からの命令がない限りは、攻撃用の歯牙を剥き出しにしない。


若い修道女はと言えば、残っていた最後の緊張が(ほぐ)れたのか、剣の握る右の(たなごころ)を開いた。


「起きて最初にする事は、おはようの挨拶だって、パパ(教主様)に教えて貰わなかったのか?」


シャヴィが腰を墜としながら、抵抗を諦めた若い尼僧の顔を覗き込む。修道女は無言のまま、迷惑そうにシャヴィをじっと見詰め返した。


「それとも寝起きに剣劇を踊るのが、当世での修道院の決まりになった──」


其所(そこ)までシャヴィが言い掛けた矢先、修道女が剣を手放した右手で、いきなりシャヴィの左頬を(つね)り上げた。


痛ててと、顔を歪めたシャヴィが、尼僧の華奢そうな右手首を掴んだ。


「──この尼ッ子ッ! いきなり脈絡の無い事、するんじゃない・・・ッ!」


「叫ぶな、唾が飛ぶではないか」


そう言ったように聞こえた。だがガラクト(銀河標準語)では無かった。悪びれた風情も見せない修道女は、意に介さない風でシャヴィを凝視した。


「──だが其方(そなた)、なかなかに好い男性(おとこ)だな」


シグナス・ガラクト(白鳥座域標準語)に近いが、間違いなくデジャーソリス教を国教にしている5つの太陽系国家群で使われるローカル共用語、俗に言うジレル語だ。


「そんな事より、何で俺を(つね)るんだッ? 抵抗のつもりかッ」堪忍袋の尾も切れ掛けそうなシャヴィが、辿々(たどたど)しくもジレル語で畳み掛けた。「──そもそも、あんた何者だッ? 何でこの船で昼寝してたッ?」


何故此処に居るのかは、目の前の尼僧の方が知りたい筈だが、シャヴィは其所(そこ)まで頭が回らなかった。


「夢では無い事を確かめただけだ」退きなさいとばかりに、尼僧はその両手でシャヴィの胸倉を押し返した。「ところで、此処は何処だ?」


「──訊いているのは、俺の方だ・・・ッ!」


流暢なジレル語を操るこの修道女は、間違いなくマデルーク、もしくはデジャーソリス5教国の人間だ。


ジレル語は元々デジャーソリス教発祥のウェスデン太陽系で発達した、シグナス・ガラクト(白鳥座域標準語)と起源を同じにする言語で、デジャーソリス教の広がりと同時に、デジャーソリス教を国教にする5つの太陽系国家群で公用語として用いられている。この5教国のネイティブ(土着)にとっては、基本はジレル語でありガラクト(銀河標準語)ではない。


シャヴィも、普段はルパス・ガラクト(狼座域標準語)かシグナス・ガラクト(白鳥座域標準語)を話すが、デジャーソリス5教国での仕事が多い所為(せい)で、何とかジレル語を解する。しがないオッド・パーン(半端な宇宙船乗り)はその仕事柄、案外とネイティブ(土着)な言語を喋れる事が多い。




「──おお、そうであったな」


翡翠(ひすい)色の瞳をした修道女は、差し出されたシャヴィの右手を取ると、ゆっくりと上半身を起こした。


(それがし)はコンスタンツェ・ユイット・セーズ・エルドラド。見知り置いても得になる事は何もないが、驚く事に処女(おとめ)だぞ」


「んな事、聞いて無い、って、この阿魔・・・!」呆れ顔のシャヴィが、ジレル語で捲し立てる。「ごめんなさいとか、驚かせてすみませんとか、可愛い素直な言葉を知らないのかッ?」


其方(そなた)が無礼にも、女子(おなご)の寝顔を覗き込んでいたのだ。起き掛けに見知らぬ男性(おとこ)の顔を見れば、剣を振り回したくなるのも道理であろう」


「道理じゃ無いって・・・!」


あくまでも自分のペースを崩さない、この微妙に噛み合わない応答に、さすがのシャヴィも苛立った。




★Act.2 コンスタンツェ・3/次Act.2 コンスタンツェ・4

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ