Act.2 コンスタンツェ・2
シャヴィは船内側の環境を確認して、エクイップメント・ロッカー(装備保管庫)へのバルクヘッド・シャッター(隔壁扉)を開く。エクイップメント・ロッカー(装備保管庫)は無人で、標準空気がちゃんと確保されていたが、幾つかのロッカー扉が開けっ放しになっていて、船外作業用装備や圧搾空気スラスター(噴射器)が宙を漂ってた。
エクイップメント・ロッカー(装備保管庫)とランチ・デッキ(備載艇甲板)は、アコモディション・デッキ(乗居区画)と同じ階層にあるが、ウェイトレスネス(無重量環境)になっている。シャヴィは背負っていたマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を下ろすと、念のためランチ・デッキ(備載艇甲板)側の扉を開いた。
本来なら、10メートル程のランチ(備載艇)が1艘ビンディング(機材固縛)されている筈だが、ランチ(備載艇)の姿はなかった。
シャヴィは直ぐにピンと来た──ランチ(備載艇)は、ボナワットの連中が離船するのに使ったのだ。となると、船内は無人の筈だ。
本来ならほっとするところだが、内洋航行用主機があの様では、孤独感に暗澹たる気持ちが上乗せして来る。
“先ずは現宙域の確認だ。それから可能なら、こうなった経緯を知りたいところだが・・・”
とにかく、ブリッジ(船橋)だ。
ロンパス(空間作業服)のヘルメットのヴァイザを上げたシャヴィが、アコモディション(乗居区画)へのバルクヘッド(隔壁扉)を開く。
此処から先は、ウェイト・エリア(有重量環境区画)で、ブリッジ(船橋)まで幅4メートル程のアイル(通路)が通っている。両側の機械室を挟んで向こう側、右舷側がシャワー・ユニットやラバトリー(便所)などの水周り施設とウォーター・トリートメント(浄水)システムで、反対の左舷側が飲料水用の貯水タンクが配置されている。その先には片側4室づつのプライベート・キャビン(個室区画)が並び、さらに先の右舷側がギャレー(厨房)併設のキャンティーン(食堂)で、左舷側が粗末なプレイ・コート(遊戯室)だ。
照明が落ちて非常灯だけが灯る、しんと静まり返って仄暗い船内を大股に急ぐ。アイル(通路)の突き当たりあるのが、一段高いフロア構成になっているブリッジ(船橋)へのラッタル(梯子階段)で、その右にはリフト、左にはエアプルーフ・ラッタル(気密梯子階段)がある。両方とも下層にあるエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)の3層を結んでいて、エアプルーフ・ラッタル(気密梯子階段)はシャヴィや、遁走したボナワットたちがブリッジ(船橋)に上がるのに利用したものだが、アラート(警告)が発したために気密シャッターで閉じられていた。リフトもアラート(警告)が解除されるまでは使用できない。
シャヴィはブリッジ(船橋)へのラッタル(梯子階段)を、一足飛びに駆け上がった。壁脇のボード(操作盤)に手を伸ばし、バルクヘッド・パス(隔壁通口)が開くのも牴牾しく、ブリッジ(船橋)へ飛び込む。
フロント・ウィンドウ際にずらっと並ぶコンソール(制御卓)は、軒並み異状を喚起する赤の警告ランプを灯していた。そのフロント・ウィンドウ越しの眼下には、何事も無かったかのように、大きな円筒貯槽を3連結したリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)の双列が見えていた。
シャヴィは船内の環境維持システムのコンソール(制御卓)に歩み寄ると、先程まで居た第2カーゴ(貨物庫)のあるエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)の状況を確認する。カーゴ(貨物庫)の船内側の扉が開かない訳が解った。
ペイロード(気密積載区画)全体の空気密度が極端に下がっていて、気圧が標準値を大きく下回っていた。ひょっとして何かの衝撃で穴でも開いたのか、と確認していくと、両舷のエアロック(気密隔室)が開きっ放しになっていた。それで空気が抜け出して、ブロック(区画)内の気圧が下がったため、カーゴ(貨物庫)側からのセイフティが掛かって、開けられなかったのだ。しかも人工重力発生装置の作動も切られている。
そのお陰か、薄くなった空気組成に汚染の兆候はない。使われたスモーク・グレネード(発煙弾)の影響は、全て排出されたようだ。
“──さては、ボナワットの連中だな・・・”
このブリッジ(船橋)にリムガード(宙域保安局)の連中が居ないと言う事は、小競り合いの後にこのタム・オ・シャンタを操船していたのはボナワットたちだ。エアロック(気密隔室)を全開にしたのもボナワットたちに違いない。
“リムガード(宙域保安局)を一掃するのに、エアロック(気密隔室)を開いたのか──”
各カーゴ(貨物庫)はエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)全体とは別に、庫内環境維持のためのシステムと核融合電磁励起エンジンを備えているので、空気が薄くなってゼロ・グラビティ(無重力)になっても、独立して環境を維持出来る。
シャヴィはエアロック(気密隔室)を閉じて、他デッキ(甲板)の状況を確認して行く。
アコモディション・デッキ(乗居区画)に異状はなく、環境維持用の補機である核融合電磁励起エンジンも問題なく稼動している。アラート(警告)を解除して船内環境管理を通常モードに戻すと、船内のバルクヘッド(隔壁)のロックを解除した。
船首側のリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)にも異状は見当たらないが、船尾側のフェルミオン対消滅推進エンジン・デパートメント(機関部)は、当たり前だが一切の反応が失せていて、稼動状況には全て警告灯が点いていた。ドライ・バルク・ペイロード(野積み積載区画)はオープン型なので、特別な環境維持機能が必要とされないためシステムの管理外だが、目にした通り悲惨な状況だ。
船殻後部の損壊は、大きな質量物に追突され、衝撃でエンジン部がナセルごとばらばらになったのか、若しくは衝突物自体が爆発してエンジン自体を吹き飛ばした、かのどちらかだ。
“──リムガード(宙域保安局)、か・・・?”
だが、いくら300メートル級のディフェンサー(宙防艦)とは言え、800メートル級のバルク・キャリア(一般ばら積み貨物船)のエンジンを根刮ぎ吹っ飛ばす、大型ミサイル(誘導推進弾)のような強力な投射兵器を偽装しているとも思えない。かと言ってあの損壊具合は、艦砲のプラズマ・ブラスターの類いではない。
首を捻るシャヴィは、ブリッジ(船橋)中央の航法システムのコンソール(制御卓)に立つと、アスタリズム・アンラベリング(星天解析)システムを確認する。
“──ウェスデン宙域近傍だ。矢張り、スプラッシュ・ドライブ(跳撥航行)したのは間違いない”
ただシャヴィが当初に指定していたスナップダウン・ポイントとは違うようだ。
改めてカレント・チャート・プロッティング(現在座標星図描出)・システムを再プロッティング(描出)させる。
“ウェスデン近縁・・・施政権設定宙域内、か・・・”
ナビゲーション・ロガー(航宙情報記録装置)を確認すると、確かにスプラッシュ・ドライブ(跳撥航行)を行っており、しかもシャヴィが指定したスナップダウン・ポイントに到達する直前に、強引にスナップダウンしていた。
それでボナワット一味が此処に居ないと言う事は、奴らは上手く遁走出来たに違いない。ウェスデン施政権設定宙域内に入り込んでいるのなら、マデルーク当局は退散するしかない。
“密輸の片棒担いで、この有り様か。全く様ァ無いな”
太陽系ウェスデンには惑星8つ公転しており、プリンシパル(首星)は第3惑星のクラウスだ。この位置から最も近い公転軌道位置にあるのは第5惑星だが、それでも3万2000宇宙カイリ弱──およそ38億2000万キロもある。もう一度、スプラッシュ・ドライブ(跳撥航行)を出来れば問題ないが、このタム・オ・シャンタはスピン(錐揉み)のような自転をしながらあらぬ方向へ慣性移動している。グラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)は、太陽系が発している重力子の摂動を利用してスプラッシュ(跳撥)するため、太陽系の重力偏差を計算して、算出した針路方向へ慣性モーメントを向けておく必要がある。だが内洋航行主機であるフェルミオン対消滅推進エンジンを消失してしまっている今、タム・オ・シャンタにその針路に乗せるための術が無い。
なのでシャヴィに出来うる唯一の対処は、メーデー(救難事態発生)を自動発信させる事だけだ。まあそれでもウェスデン宙域から近からずとも遠からず、誰も駆け付けてくれそうにない、宇宙空間のど真ん中では無い事だけが幸いだった。
ただ、どの位の時間で救助が駆け付けてくれるか、見当が付かない。シャヴィは通信システムに齧り付くと、メーデー(救難事態発生)の発信を開始した。タム・オ・シャンタの統括管理基幹システムであるジナイーダには、応答があった場合は最優先で船名と位置を打電し返し、シャヴィのインカム(船内通話機)へ繋ぐように指示を出す。
“──さあて、後はこの船がこうなった経緯の辻褄合わせだ”
船にも積み荷にも保険は掛かっているので、上手く立ち回って善意の第三者を演じないと、酷い負債を背負い込む事になる。
それでもシャヴィへのリスク評価は、確実に下がる。上積みされる保険料分を自前で負担しなければ、オッド・パーン(半端な宇宙船乗り)の自分など誰も雇ってくれない。それが嫌なら、自前で船舶でも用意できなければ、この業界では食って行けない。
“──この際だ。悪いがボナワット、あんたに泥を被って貰う”
実際、ボナワットに対して、この密輸においてはシャヴィに非はない。積み間違えたのはマデルークのステベ(荷役係)であり、リムガード(宙域保安局)に銃火を向けたのはボナワットだ。
“救助が駆け付けてくれるまで、どの位掛かる事やら。1週間か2週間か・・・”
シャヴィは重い足取りで、ブリッジ(船橋)を後にする。
アコモディション・デッキ(乗居区画)へ降りると、すぐ脇のエアプルーフ・ラッタル(気密裸階段)を、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)へと下る。バルクヘッド(隔壁)のロックは解除したので、ラッタル(気密裸階段)のシャッターは開いていた。
気も滅入ってしまい、第2カーゴ(貨物庫)の扉を開くのも億劫になる。
操作に素直に反応して、正常に開く扉が何故か苛立たしい。
「──待たせたな、クーガ」
声を掛けるシャヴィに、ちょこんとお座りしていたクーガが、ワォンと一哮えすると腰を上げ、とことこと軽快な足取りで寄って来る。シャヴィは作業員用エアロック(気密隔室)脇のエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)に歩み寄ると、ロンパス(空間作業服)のヘルメットを外し、傍らに添うクーガを見下ろした。
「俺とお前の2人っきりだな」
シャヴィは気怠そうにロンパス(空間作業服)を脱ぎ散らかしながら、マニッシュ・ブラックのボンディージ風カーゴ・パンツに足を突っ込み、厳ついタンカー・ブーツを履き込む。
「どうするよ? え、クーガ」
煤色と白鼠のタイガー・ストライプ迷彩のホールターネック・シャツに首を通すシャヴィに、クーガがワォンともう一哮した。
「──そうだな、元々2人きりだったな」
シャヴィはクーガの頭をぽんと扣くと、一纏めにしてあった、鴬色の後ろ髪を結わえ直し、件のコンテナ(規格貨物容庫)を振り向いた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




