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Act.1 密輸したは良いけれど・6

“──それに、あの怪しげな仮面ペンギン(修道女)・・・”


小さく溜め息を吐き出したシャヴィは重い足取りで、伽藍(がらん)としたカーゴ(貨物室)の中の唯一のフレート(積荷)、ポッド(可搬救急対処台機)を収納しているコンテナ(規格貨物容庫)へと足を向ける。


不可抗力とは言え、ポッド(可搬救急対処台機)を弄くってしまった事に、今更ながら苦々しい思いが込み上げて来る。


“踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂だな、全く・・・”


この期に及んでは、厄介事以外の何物でもない。


込み上げて来る苦々しい思いに頭を痛めながら、ポッド(可搬救急対処台機)のボンネット越しに中を覗き込む。特に変わった様子はない事に、ふうむ、と軽く首を(ひね)ると、ヘッドボードのインストルメント・パネル(計器盤)に目を走らせた。


表示しているライブなデータは、明らかに死者の反応数値や測定グラフではない。バイタル(生存情報)モニターなど見た事もないため、正確に身体状態を判断する事は出来ないが、数値やグラフの見た目は、開けに掛かった先程より明らかに昂進している。


“──やはり、目を覚ます、のだろうな・・・”


()りとて、再びクライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)処置する術を、シャヴィが知っている筈もない。


渋い顔付きに下唇を突き出したシャヴィが、改めて横たわる仮面ペンギン(修道女)に目を遣った。


巧拙素朴な仮面をしげしげと見詰めた矢庭、()り貫かれた眼窩の奥の、閉じている瞼がぴくっと痙攣し、淡い紫掛かった銀色の儚そうな睫毛が微かに揺れた。


蘇生が近い──シャヴィが思わず固唾を呑んだ矢庭。


いきなり浮遊感を感じて、シャヴィは気が遠くなり掛けた。


“スプラッシュ・ドライブ(跳撥航行)にスナップアップした・・・ッ?”


全く油断していた。身体が不自然に捩曲って、雑巾みたいに絞られる感覚が全身を襲い、目の前が真っ暗になったと思ったら、全身が脱力感に捕われてその場に腰砕けにへたり込んだ。


間違いなく、グラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)を行ったのだ。完全に気を抜いていた。


不意を突かれたシャヴィが、平衡感覚を失したように倒れ込む。だがスプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)中はゼロ・グラビティ(無重力)状態に陥るため、実際は床から足が離れたものの、(からだ)はそのまま宙に浮く。反射的に手を伸ばした先、ポッド(可搬救急対処台機)を抱え込むようにして獅噛(しが)み付く。


スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)独特の、体の中の芯から破裂するような感覚に襲われて、頭の中が真っ白になる。耳鳴りがして、鳥肌が立つような浮遊感に包まれる。目を開けても、周囲は真っ暗で何も見えない、感じない。


そして出し抜けに吐き気がして、ばらばらに散らばっていた体中の細胞が集まり直すような、むず痒い感覚を伴いながら元に戻った。


艦内時間にして10分程度だろうか。まだ耳鳴りが残っていたが、シャヴィは(やお)ら薄目を開ける。


目の前の透明ボンネット越し、笑っているのか怒っているのか何とも言えない、歯牙を剥き出しにした、鬼にも悪魔にも見える妖異な面が目に入った途端、凄まじい衝撃に襲われた。受け身に手を(かざ)す暇もなく、ボンネットに激しく頭を()つけたと思ったら、次の瞬間には宙を吹っ飛んでいた。


カーゴ(貨物庫)の天井を走る構造材に背中を()つけ、息も絶え絶えになったところを、今度は床に激しく叩き付けられた。爆発のような振動が幾つも連続して、床に触れている頬に伝わって来る。突っ伏すシャヴィが、(あえ)ぎながらも本能的に顔を上げた。


視界に映るコンテナ(個別式貨物庫)は、床からの緩衝支持架が衝撃を吸収したらしく、ひっくり返る事もなくちゃんと置かれていた。タイダウン・ブライダル(機材固縛鋼索)とビンディング・ストラップ(機材固縛帯)で縛り付けられている、中のポッド(可搬救急対処台機)も無事だった。


何故か、ほっと愁眉を開いた矢先、再び大きな爆発の振動を感じて、シャヴィは糸が切れたように意識を失った。


ジャック・アフロート(現役宇宙船乗り)として、乗船中にこんな醜態を(さら)したのは初めてだった。どのくらい経っていたのか、頬を何かにつんつんと突かれる感覚で、アビィは気を取り戻した。耳元に聞こえて来たのは、クーガの心配そうな鳴き声だった。


周囲が暗い。目が慣れるまで、(しばら)くの時間が要った。


醜い呻きを上げう這うの体で四つん這いになり、やっとこさ上半身を起して床に座り込んだ。途端、背中に痺れが(はし)り、膝と右腕にも鈍痛を覚えた。どうやら酷く打ち付けたらしい。


「──酷い目にあったな・・・」


シャヴィは大きな息を吐き出すと共に、相棒クーガに首を巡らせる。


クゥンと、クーガが声を返した。


たっぷりと5分はその場を動けず、シャヴィはただ首をうな垂れ放心した。


逃げ込んだ第2カーゴ(貨物庫)は、非常灯のみが点って仄暗い。耳を澄ませてみても不審な物音はせず、静寂の中に庫内環境を維持するシステムの、低く唸る様な稼働音が僅かに絶え間なく聞こえるだけだった。灯りが落ちている以外は正常で、空気が漏れている気配もない。


「──お前のバランス感覚は良く出来てるな・・・」


ふう、と天を仰いだシャヴィが、クーガの横面を一撫ですると、少し眩暈の残る頭を抱えて(おもむろ)に立ち上がった。


右に左に、上に下に、酷く揺すられたろうに、それを上手く身を施して、ちゃんとハンドラー(主人)の傍を離れない。全く頼もしい相棒だと、シャヴィは改めて感心した。


「一体何があったんだ・・・?」


シャヴィは薄暗いカーゴ(貨物庫)内を見渡して、扉の方へ歩み寄った。インストルメント・ボード(制御計器盤)のキィを幾つか叩いてみたが、扉は何の反応も示さなかった。


「まだ駄目か・・・」


仕方ない、とばかりにシャヴィが首を(すく)める。


グラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)でスナップアップしたのは間違いない。ただ何処へスナップダウンしたのかは判らない。


それにあの強烈な衝撃。スナップダウンした直後のような気もするが、何が起きたのかは見当も付かない。伝わって来た衝撃具合から察するに、船体自体に何らかの損害が出ている可能性は大きい。


「ちょっと待ってろよ」シャヴィは振り返ると、鎮座して此方(こっち)を見ているクーガに声を掛けた。「外から回って、船内側の扉のロックを解除して来る」


クーガが反応良く、ワォンと小さく一声吼えた。


船内側への扉が、カーゴ(貨物庫)側からでは開けられないのは、船内環境が重大な危機に(さら)されたと、システムが判断したからだ。リムガード(宙域保安局)が使用したスモーク・グレネード(発煙弾)の所為(せい)もあるが、それ以上にシリアス(深刻)な状況に陥っている可能性が大きい。船内環境維持システムが掛けたロックなので、ブリッジ(船橋)側で解除しないと、カーゴ(貨物庫)の船内側扉は開けられない。


だが、だからと言って、シャヴィたちが閉じ込められた訳ではない。


エアプルーフ(気密構造)型のペイロード(積載区画)は、カーゴ(貨物庫)毎に独立した区画構造になっていて、それぞれに船体外側に面して大きな荷載搬出入用ハッチ・ゲート(庫外扉口)が設けられている。800メートル級の貨物船となると、積載物のステベドアリング(荷役)は惑星大気圏を降下する事なく、宇宙空間に浮ぶ物流専用ステーションで行うからだ。なので各カーゴ(貨物庫)の荷載用ハッチ・ゲート(庫外扉口)には、作業員用エアロック(気密隔室)が併設されている。


着ていた服を手荒に脱いだシャヴィは、エアロック(気密隔室)脇のエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)から引っ張り出した、通称ロンパスと呼ばれるハビタブル・オーバーオール(空間作業用気密与圧服)を手際よく着込んで、マニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を背負う。そのままエアロック(気密隔室)に飛び込んだシャヴィが、減圧完了と同時にハッチ(外扉)を開いた。念のためロンパス(空間作業服)付属のテザー(命綱)をハッチ(外扉)脇のグリップバーに引っ掛けると、船体外殻を軽く蹴って漆黒の宇宙(そら)に漂い出た。


この宇宙(そら)に飛び出す瞬間が、シャヴィは割と好きだった。この何も無い、と言う感覚が、何故か酷く充実して感じられる。


不安を感じる、孤独過ぎて怖い、と感じる連中も居るが、シャヴィに言わせれば、そう言う連中は単なる業突く張りに過ぎない。失いたくない物が多すぎて、身動きすら出来ない哀れな奴等なのだ。


ところが、そう言う連中に限って、宇宙(そら)に出たがるから始末が悪い。だからこそ反対に、シャヴィ自身は、世間の鼻摘み者で生きていくしかない、とも思ってしまう。


第2カーゴ(貨物庫)外殻付属のラダー(梯子)を手掛かりに、そろりと立ち上がる。


遠くの恒星からの陽に照らされて、作り出されている船体の陰影が、ゆっくりと移ろい変わって行っていた。見回す周囲の星々の光も、不規則に流れている。タム・オ・シャンタの船体自体が、僅かにヨーイング(左右偏揺)とピッチング(左右軸傾転)を起しているのだ。


“──酷い衝撃があったのは、何かが船殻に()つかった所為(せい)なのか・・・?”


船体への被害は、とシャヴィが船尾側を振り返る。


出て来た第2カーゴ(貨物庫)は、船体中央部船首寄りにある。そのエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)の後方が、グラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)主機のエンジン・デパートメント(機関部)だ。リノーマライズド・パータベーション・フィールド(繰り込み摂動場)発生装置を納めた、直径80メートルの円盤状シェルが船体の上下左右に展開していて、その後方に垣間見えるのがオープン型のドライ・バルク・ペイロード(野積み積載区画)だ。


だが一目見て、シャヴィは頭を抱えた。


推進軸に直交する形で、20層建てのドライ・バルク・ペイロード(野積み積載区画)の一部が捩じ折れるようにして潰れ、何やらの積載物が屑鉄のように纏わり付いている。さらに最船尾にあるフェルミオン対消滅推進エンジンを納めたナセル全体が、見事にくの字に(ひしゃ)げ曲がっていて、5基ある直径20メートルのノズルがてんでばらばらな方向を向いてしまっているのだ。


タム・オ・シャンタは、内洋航行のための推進機能を全損させていた。




★Act.1 密輸したは良いけれど・6/次Act.2 コンスタンツェ・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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