Prologue 処女を捧ぐ夜・2
「今宵こそハーミアの初夜を、この身で堪能させて貰うぞ」
プロスペロがコンスタンツェの背後に、静かに立った。
「全く、今一度ハーミアを抱くような気分じゃ」
プロスペロの無遠慮な右手が、コンスタンツェの肩口にそっと触れる。思わずぞくっとする嫌悪感を抑え込み、コンスタンツェが小さな嘆息1つ、鏡に映り込むプロスペロの手を睨み付けた。
「其方の桜色の肌が、余の精気を滾らせてくれる──」
ガートルードから聞いた話では、プロスペロはデジャーソリス教の創祖の眷族を組み従える事に執着しているらしい。それで母のハーミアを所望した訳だが、そのハーミアが他界したとなれば、次に狙われるのは御身なり──ガートが気に病んでいた通りだった。
コンスタンツェへのドゥワ・デュ・セニエル(主君の絶対権利)としてローズ・ライト(処女権)を行使する──プロスペロ国王がマンスリアン城のチェンテナリオ家に対し、そう通告して来たのは、コンスタンツェが15歳を迎えた日だった。其所から今日まで、国王が何故1年を待ったかと言うと、デジャーソリス創祖の血を引く女性は、齢16を迎えるまでは姦淫してはならない、との教義があるからだ。
そのプロスペロが、デジャーソリス教創祖の血筋に拘るのは、訳がある。
1つは単純に、政治的思惑だ。
デジャーソリス教はこのマデルーク太陽系国家の国教に指定されているが、元はファラの国である太陽系ウェスデン第3惑星クラウスが、発祥の地だ。だが近年は教義自体の変質が激しくなっていて、創祖の血筋とは言われてはいるが、同じ牡羊座宙域に位置する太陽系ヒイェラで宗主家名代を名乗り始めたプルンチット家が、実質的に覇権を握りつつある。その影響力は年々大きくなってきており、強大な武力装備を背景に、同じデジャーソリス教を拝するマデルークもウェスデンも無視できなくなりつつある。
ただファラの故国ウェスデン太陽系は、マデルークと違って国家元首がデジャーソリス教の血筋であるため、プルンチットも迂闊に踏み込めないでいた。
その点コンスタンツェのマデルークにおいて、現在の国王血筋であるエルドラド家は、創祖の血筋とは全く関係ない、内国戦乱の中で伸し上がって来た豪族だ。その中で実質的にマデルーク諸侯の頂点に立ったのがプロスペロの父親である先代で、その嫡子であるプロスペロがデジャーソリス創祖の血筋であるハーミアをチェンテナリオから王妃に迎えた事で、エルドラドが名実共にマデルーク統治王と認められるに至った。
デジャーソリス教義では、血筋は母系を重視するが領地統治に関しては嫡子を重んじているため、現国王プロスペロは是が非でも、デジャーソリス教創祖の血を引く嫡子を国王に据えたいと考えている。
それは取りも直さず、自らデジャーソリス教の宗主家名代を任じるプルンチット一族が、デジャーソリス教を基盤にした5つの国を、デジャーソリス教を枢軸教に据えた一種の宗主藩属的な中央集権国家連邦、“デジャーソリス主教聖国連邦”へと、軍事力を背景にして明白に作り替えようと目論んでいるからだ。勿論、その頂点に立つのはプルンチットの故国ヒイェラ太陽系であり、既にその予兆として、ヒイェラ太陽系に新設された神祇府宗代から、デジャーソリス教の戒律遵守の名の元に神祇検侶が、マデルークにも送り込まれて来ている。
神祇検侶の派遣は本来、デジャーソリス教宗主国たるファラ姫の故国、ウェスデン太陽系に在する神祇府の役目なのだが、勢力を拡大するプルンチットのヒイェラ太陽系の前に、往年の力を失っているウェスデンは後追いに認可を下すのが精一杯で為す術がない状態だ。
確実にマデルークを取り込みに来ているプルンチットの手前、マデルーク王プロスペロは、ウェスデンに倣い国を統べる王族がデジャーソリス創祖の血筋となれば、プルンチットと言えども易々とは手を出せなくなる筈、と考えていた。
ただ残念な事にそのハーミアも、コンスタンツェを生んでからは体調を崩して床に伏せる事が多くなった。チェンテナリオのマンスリアン城に下がって以降、すっかり寝込んでしまって3年前に没した。そのためプロスペロは、王位継承とデジャーソリス始祖血統を合わせ持つ男子の嫡子を得られていない。
さらに今1つは、デジャーソリス教創祖の血を引く女性は殊更に高潔とされ、それを娶ることは王族として最高の誉れとされる。君臨する国王として創祖の血を引く女性を妻として迎え入れられれば、諸侯民草からの畏怖だけではなく、敬慕も集められるのは間違いない。
そしてもう1つ、実に非科学的で呪術的ではあるが、プロスペロはデジャーソリス教創祖の血筋の娘の処女血に拘っているのだ。デジャーソリス教の教義教典自体には一言も記されてはいないのだが、創祖血筋の処女血を浴びると不老不死になる、とまことしやかに言われていた。
“全く、何処の馬鹿が言い始めた事やら──”
コンスタンツェは鏡に映る、バスローブの前身頃を割って懐に侵入して来るプロスペロの右手を、まるで他人事のように見詰めていた。
実際、母たるハーミアの家系であるチェンテナリオから、この300年間に数え切れない程の処女が諸国豪族たちに輿入れしているが、不老不死を得た良人など1人も居ない。
まだ熟し切っていない、青い実のような小降りの女性の盛丘に、少しばかり強付いたプロスペロの指先が触れた刹那。
閨の扉を叩く音が響いた。
「──何だ・・・?」
興醒めしたプロスペロが苦虫を噛み潰したような表情を見せたが、コンスタンツェの位置からでは、マデルーク王の顔は鏡が映し込む範囲から見切れているため、良く判らなかった。ただコンスタンツェは、扉を叩いた音が、何時もと違う気がした。
「陛下、寝酒をお持ちしました」
若いが少しハスキーな、女性の声が返って来る。
「うむ。入るが良い」取り繕ったのか、プロスペロ王は咄嗟にコンスタンツェの胸元から手を抜き、そっと肩口に手を置き直した。「・・・気が利くな」
コンスタンツェはてっきり、国王が連れて来た従者の側用人だと思った。
このマンスリアン城の、コンスタンツェ付侍従には聞き覚えのない声だった上、コンスタンツェ自身が事もあろうに、プロスペロへのご機嫌取りの寝酒など、気を利かせる筈もなかった。
プロスペロ国王はコンスタンツェへのローズ・ライト(処女権)を行使するに当たり、近衛十数名と側付数十名を伴って、首都ツウィリッヒから態々このマンスリアン城へ行幸して来た。これは自らのマンスリアン出城を、コンスタンツェが頑なに拒んだためで、国王の方が夜伽姫の意に配慮して折れた格好で、実際に王がマンスリアン城に入城したのは数時間前だった。
「──陛下、此方に、お置きさせて頂きます」
仄かな灯りに雲の中を、ベッドの足元側を横切る近習が、コンスタンツェの向かう鏡にちらりと映る。
白のブラウスにベストを着込み、下は黒のパンツを履いている。妖精のような尖った耳をしていたので、ファラと同様にキュラソ人系らしい。蒸栗色のショートヘアで背も高いので、男性のスチュワード(執事)に見えたが、歩容は確かに女性だった。
卒の無い歩みの近習が、先程まで国王が座していたソファ脇の小さなテーブルに、掲げていた盆を置く気配がした。
「──酒肴に、スモークサーモンのカナペもお持ち致しましたので」
「もう良い。早う後退れ」
情欲剥き出しにコンスタンツェの肩を撫でるプロスペロが、ウィステリア・シルバー(藤銀色)の髪を弄ぶ。
「これは失礼しました」
慇懃無礼な口調で言葉が返って来て、近習がそそくさと退室する気配がした。
国王が、コンスタンツェ、と声を掛け、その髪を掬い上げた矢庭。
コアフーズ(化粧鏡台)の大鏡に、国王とは違う人の気配が映る。
国王の背後に、寝酒を運んで来た女近習の姿があった。
何時の間にやら、大振りのフォノンメーザー・ソード(電磁剣)を振り被っている。しかも肝腎のプロスペロ国王は、全く気付いていない。
咄嗟に身の危険を感じたコンスタンツェが、本能的に椅子を蹴り飛ばして跳ね退くのと、魂消る悲鳴が上がるのが同時だった。
ブレード(剣身)が発するコヒーレント振動の耳障りな音を残して、マデルーク国王が無防備な背を袈裟懸けに斬られ、仰け反りながら身悶えしていた。
フォノンメーザー刀剣の類いは、ヒルト(柄)にあるスイッチかトリガー(引金)で、フォノンメーザーをブレード(剣身)のエッジ(刃縁)に発振させる。破断効果はフォノンメーザーが生じさせるコヒーレント振動によるもので、プラズマ・ブラスターのような熱量効果は持っていない。
見事な一太刀を浴びせられたプロスペロ王は、ネグリジェ(寝間着)がざっくりと切り裂かれ、背中が鮮血で見る見る間に真っ赤に染まる。それでも国王は、倒れるように半歩踏み出しながらも体を支え、辛うじて半身を捻って振り向いた、その矢庭。
ネグリジェ(寝間着)の繊維が、フォノンメーザーで焦げる臭いが鼻を突いたかと思ったら、容赦の無い2撃目が国王の前身頃を再び袈裟懸けに斬り下ろす。
今度は悲鳴すら上がらなかった。
全く油断していた。咄嗟に1歩2歩と居合の間を取ったコンスタンツェが、返り血を浴びて血塗れの女近習を睥み上げる。
コンスタンツェが、あっと言う間もなかった。
いきなり女近習が握るフォノンメーザー・ソード(電磁剣)が真一文字に薙ぎられ、国王の首が刎ねられ転がった。
鮮烈な血飛沫が上がって、コンスタンツェすら血に塗れる。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




