Act.1 密輸したは良いけれど・4
「襤褸い船だな。我が国の外洋空間船舶運用基準法に、ちゃんと則っているのか? 念入りに立入り検査をしてやるから、大人しくしてろ」
恭順の意を示した途端、掌を返したように居丈高に出て来る。通信をしている相手は、艦長や部隊長と言ったお偉いさんでは無い。単なる通信担当士官でこれだ。実に公僕らしい、見事なほどの上から目線だった。
下手に出てるからって、好い気になるなよ──どれだけ、そう怒鳴ってやりたい事か。
「お手柔らかに頼むよ──」
本音を呑み込んだシャヴィは、そう返すのが精一杯だった。ただ勿怪の幸いなのは、積み間違いをされた事だった。
タンタライト密輸用に偽装したシッピング・インストラクション(船積み証明書)やコマーシャル・インボイス(船荷送り状)が、図らずしも実際のフレート(積荷)内容──教会神職の亡骸と辻褄が合ってしまっている。しかも結果的に非合法なタンタライト原石を積んでいないので、密輸による現行犯拘束される憂き目を見ずに済む。
だが厄介なのは、エクスコン(凶状持ち)のボナワットが同船している事だ。
しかもボナワットの連中は、リムガード(宙域保安局)相手に銃口を向ける気満々だ。勿論シャヴィ自身は、ボナワットと一緒になってリムガード(宙域保安局)に敵対するつもりは無いし、ボナワットとてシャヴィの加勢を期待している訳ではない。
“──さあて、どう話の辻褄を合わせたものか・・・”
此処は余程に上手く話を持って回って言い訳をしないと、ボナワット一味と十把一絡げにされてしまう。
シャヴィのような雇われ宇宙船乗りにとって、ボナワットたちギャング(与太者)紛いの連中もリムガード(宙域保安局)の面々も、所詮同じ穴の貉、弱みにつけ込んで来る糞ったれなのは同じだ。いや寧ろ、リムガード(宙域保安局)の奴等の方が余程に性質が悪いと言っても良い。
ボナワットみたいな賊紛いの連中は理不尽だが、それでも持ちつ持たれつには付き合える。ところが公僕たるリムガード(宙域保安局)は、権力を嵩に着て一方的に横車を押して来る。見逃す代わりに賄賂の要求など朝飯前で、逆らえば難癖付けては容赦なく拘束、時には横流しの片棒を担がされたりするが、此方が捕まっても即座に知らぬ顔で見捨てられる。
特にマデルークのリムガード(宙域保安局)の始末の悪さは有名で、どれだけのジャック・アフロート(現役宇宙船艇乗り)が煮え湯を飲まされている事か。
目を付けられたのが運の尽き、シャヴィも自身の悲運を呪うしかなかった。
「──それじゃあ、制服を着たジョリーロジャー(宙賊)どもを迎えに行くか」
スターボード・サイド(右舷)の接舷用エアロック(気密隔室)口の、舷側誘導灯を点灯させたシャヴィが、傍らに座る相棒クーガを苦々しい思いで見遣る。インカム(船内通話)のヘッドセットを引っ掴むと、大股でブリッジ(船橋)を後にエアロック(気密隔室)へと向かった。
タム・オ・シャンタの船体は全長800メートルあるが、その大半がペイロード(積載区画)とエンジン・デパートメント(機関部)で占められ、ブリッジ(船橋)のあるアコモディション・デッキ(乗居区画)自体はおまけのような存在だ。
最船首側にあるペイロード(積載区画)が、リキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)だ。3連結された、直径50メートル、長さ100メートルの円柱形タンク(貯容器)がパラレル(並列)に配置され、6タンク(貯容器)合計120万キロリットルの液化物が貯槽搬送可能だ。
そのリキッド・バルク・ペイロード(化学液量貯蔵積載区画)後方に配置されているのが、間違って積み込まれたらしいコンテナ(規格貨物容庫)があった、エアプルーフ(気密構造)型のペイロード(積載区画)だ。
12あるカーゴ(貨物庫)は3層構造になっていて、1階層には幅35メートル長さ50メートルの独立カーゴ(貨物庫)を4つ、トレッド(通廊)を挟んで田の字に配置してある。修道女のポッド(可搬救急対処台機)が積載されている第2カーゴ(貨物庫)は、最上層左舷側の船首側だ。
このエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)の後ろが、超光速航行システムであるグラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)の推進主機を艤装するエンジン・デパートメント(機関部)で、さらにその後方にあるのが3つ目のペイロード(積載区画)、ドライ・バルク・ペイロード(野積み積載区画)になる。
ドライ・バルク・ペイロード(野積み積載区画)はオープン型のカーゴ・デッキ(荷甲板)を、推進軸に直交する形で20層持っている。言わば20階建てのデッキ(甲板)を横倒しにした形だが、ゼロ・グラビティ(無重力)の宙空間では、内洋航行時の推力軸方向を天地としているためだ。
そしてその内洋航行用に最船尾に艤装されているのが、フェルミオン対消滅推進エンジン主機で、直径20メートルのノズル5基を後方に向けている。
マデルークのリムガード(宙域保安局)を誘導した接舷用エアロック(気密隔室)は、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)の最上層、件のポッド(可搬救急対処台機)が積み込まれていた第2カーゴ(貨物庫)と同階層にある。
3層構造のエアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)は、真上に位置するブリッジ(船橋)のあるアコモディション・デッキ(乗居区画)と共に、ウェイト・デッキ(有重量環境区画)になっている。ペイロード(積載区画)内の3つの各層には、幅10メートルを確保された、積載貨物保守用のグレーチング・スキャフォルド・トレッド(格子状踏床中吊り通廊)が十字形に通っている。
ただトレッド(通廊)自体はグレーチング(格子状踏床)なので、3層吹き抜けに近い感覚で素通しとなっている。しかも1層の高さが12メートルあるため、最上層のレベルから見下げると、建築現場の高所スキャフォルディング(足場通路)そのものだ。
シャヴィは右舷側第1カーゴ(貨物庫)と第2カーゴ(貨物庫)の間を抜け、十字形に交差して左右舷側を一直線に結んでいるグレーチング・トレッド(格子状踏床通廊)を左に右舷側へ折れる。トレッド(通廊)には、むさ苦しい程に集っていたボナワット以下の連中の姿や気配は、既にない。恐らく身を潜め、奇襲的に襲い掛かる腹積もりなのだろう。
“だとしたら、潜んでいるのはポート・サイド(左舷)のエアロック(気密隔室)、か──”
シャヴィがちらりと、背後の左舷側エアロック(気密隔室)を顧みる。
接舷に、態々スターボード・サイド(右舷)側を指定したのはボナワットだ。左舷側エアロック(気密隔室)から飛び出して来て、リムガード(宙域保安局)の連中の背後を突く──少なくとも自分がボナワットなら、そうする筈だ。
接舷用エアロック(気密隔室)は、船体を横断する形のグレーチング・トレッド(格子状踏床通廊)両端にある。トレッド(通廊)には、フォークリフトやトラクタ(牽引車)、ドリー(荷載台車)がビンディング(機材固縛)され、エアロック(気密隔室)へのバルクヘッド(隔壁扉)手前には、宙空間での着用するハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)──通称ロンパスや、マニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を納めたエクイップメント・ロッカー(装備保管庫)が並んでいる。
シャヴィはエアロック(気密隔室)へ繋がるバルクヘッド・パス(隔壁通口)の前に立った。15分ほど焦れったい時間が過ぎて、唐突に僅かばかりの振動が伝わって来た。シャヴィが壁際のインストルメント・ボード(制御計器盤)を操作してモニターを点ける。
モニターには、エアロック(気密隔室)の外側に接舷された、蛇腹構造のメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)が映り込んでいて、接舷を担うマニューバ・ユニットを背負ったボラード(繋留員)が何人か見えていた。接近物を感知したエアロック(気密隔室)外のセンサーが働いて、船体外部光源を明々と点灯させているので、意外とはっきり判る。画面最奥で壁のように画角を一杯に塞いでいるのは、接舷して来ているマデルーク・リムガード(宙域保安局)のディフェンサー(宙防艦)・オーガスの右舷の一部に違いない。
「──タム・オ・シャンタ航行責任者、ブリッジ(乗船廊橋)の接舷完了を確認した。エアロック(気密隔室)のハッチ(外扉)を、速やかに開きなさい」
ブリッジ(船橋)経由の通信が、シャヴィのヘッドセットのインカム(船内通話)に届く。
伸びたブリッジ(乗船廊橋)の接舷側は静電密着式フェンダー(防舷緩衝器)になっていて、指で圧せば軽く凹むほどの軟性がある複合ゲル樹脂高弾性素材製だ。閾値以上の電圧を掛けると、フェンダー(防舷緩衝器)表面に加工された無数の細い誘電体グルーヴ(溝)に静電誘導が生じ、船舶の舷側に荷電粒子間力で密着することで、接舷状態でもエアプルーフ(気密)を可能にする。
エアロック(気密隔室)内の大気が、ヒューマノイピクス(一般的な炭素系知的生命体)基準なのを確認して、シャヴィはエアロック(気密隔室)のハッチ(外扉)を開く。モニター画面をエアロック(気密隔室)内画像に切り替えると、プロテクト・アーマーを着用し、ヘルメットを被ったリムガード(宙域保安局)の連中が、手にレーザー・カービン銃を抱え、どやどやと雪崩れ込んで来ていた。タム・オ・シャンタの接舷用エアロック(気密隔室)は、搬入口も兼ねているため意外と広い。
シャヴィが予想した通り、査察に移乗して来たのは1分隊規模の9名だった。宇宙軍では本来分隊単位を採用していないが、リムガード(宙域保安局)が艦船への移乗査察を行う場合は、臨時的に分隊を編成する。
並み居るヘルメット姿の連中の中から1人、手を上げて内扉を開けろと身振りする。
鼻白むシャヴィが、バルクヘッド・パス(隔壁通口)が開くと同時だった。
あっと言う間もなくレーザー・カービン銃を突き付けられ、次から次へと船内へ入り込んで来るリムガード(宙域保安局員)に囲まれた。シャヴィの脇で座っていたクーガが立ち上がり、グルルと唸りを上げて威嚇の姿勢を取る。
「エアロック(気密隔室)の開閉はフリー状態にしておけ。それ以外はコンソール(制御卓)には触るなよ」
囲む分隊7人を掻き分けて姿を見せた分隊長が、上級兵曹長の階級章が張り付いた胸を反らせ、ヘルメットのバイザーを撥ね上げた。
「シッピング・インストラクション(船積依頼書)とコマーシャル・インボイス(船荷送り状)のデータは、ブリッジ(船橋)で確認してくれ」クーガの頭を撫でながら、シャヴィは明白な仏頭面を返した。「インシュアランス・ポリシー(保険証書)もちゃんと揃っている。船籍証明と寄港査証は、マデルーク当局に問い合わせたら直ぐに分るだろ?」
「段取りが良く分っているな? 何度か強制査察を受けた事があるだろ?」胡散臭そうな目付きに、分隊長はシャヴィを見返した。「積荷を調べる。ブリッジ(船橋)でエクスポート・デクラレーション(輸出許可証)をコピーしたら、実地に突き合わせてやるからな、オッド・パーン(半端な宇宙船乗り)」
シャヴィはこれ見よがしに、煩わしそうな溜め息を吐き出すと、此方だとばかりに首を倒す。踵を返したシャヴィにクーガが従い、その更に後をリムガード(宙域保安局)の分隊が、用心深く銃を構えて辺りに目を配らせながら続く。
“こりゃ、本当に覚悟を決めなきゃならんかもな・・・”
乗り込んで来たリムガード(宙域保安局)の連中は、端から疑っている。ボナワットの部下が言っていた通り、チャオルワンの一味が捕まった煽りに違いない。零細な他国船籍の、如何にも密輸品を積んでいそうな、バルク・キャリア(一般ばら積み貨物船)であるこのタム・オ・シャンタを狙い撃ちしたに違いなかった。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




