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Act.1 密輸したは良いけれど・3

「仕方ねぇ奴」呆れたように息を吐き出したボナワットが、シャヴィを振り返って首を倒して見せた。「──シャヴィ、開けてやってくれ」


「死人から追い剥ぎか?」下唇を突き出したシャヴィが、嘆息一つ首を振る。「お前ら、(ろく)な死に方しないぞ」


そいつはお前もだろ、と言いながら呵呵(かか)と上がるボナワットの笑い声に、シャヴィがクーガを手招きで呼び寄せた。


「また犬っころの力を借りるのか?」


「俺だって、こんな保冷棺桶を触るのは初めてなんだ」シャヴィが再び、クーガのミューチュアル・マネージメント・リンク(相互管理連携)用のコードを引き出す。「下手に()じ開けて、壊しでもしてみろ。腐らせたりしたら俺だって寝覚めが悪い」


実際、エンバーミング(遺体保全)・モードで保全されている場合、容器内には不活性ガスが充填され、温度と気圧がコントロールされている。いきなり開いてしまうと死臭が広がり、気圧変化で遺体が損壊し、ポッド(可搬救急対処台機)外の新たな腐敗原因細菌が付着する事で、肉体分解と腐敗の進行を早めてしまう可能性があるからだ。


「そん時ァ、この船舶(ふね)の厨房にある、冷蔵庫にでも入れて置くんだな」


「遺体を食い物と一緒にするなよ・・・!」


勝手な事ばかり無責任に言いやがって、と毒突きながら、シャヴィはクーガからのリンク・コードの端末を、ポッド(可搬救急対処台機)のヘッドボード側にあるコンソール(制御卓)に設けられた外部とのリンク端末に挟み込む。


「良うしクーガ、このポッド(可搬救急対処台機)を“開封”してくれ」


そう言いながら、シャヴィはふと気付いた。


横たわっているのは、確かにデジャーソリス教会の修道女に違いない。だが修道女が葬られる際、副葬品に冠と剣が添えられるなんて違和感がある。しかも素人目にも、相当に価値のありそうな逸品だ。故人が愛用していた品だとしても、尼さんが剣を振り回すなんて想像し辛い。


“何か、曰くありそうな故人だな・・・”


一体どんなペンギン(修道女)なんだ──内情あり気な身持ちの死者からの追い剥ぎに、匹夫の良心にも少しばかりの痛みを覚えたものの、好奇心から、風変わりな面に隠された素顔を拝んでみたい気もする。


“──まさか開けただけで、とんでもない罰が当たる、なんて事は無いよな・・・”


柄にもなく身震いしたシャヴィが、傍らのクーガを見遣る。


クーガが、クウン、と鳴き声を漏らすと同時に、ポッド(可搬救急対処台機)寝床のヘッドボード側にあったコンソール(制御卓)のモニターが、一斉に点灯した。幾つかの数字と波形グラフが静かに浮かび上がる。


「ん・・・?」


シャヴィが思わず(いぶか)った。


何か面妖(おか)しい。妙な胸騒ぎがする。


“──バイタル(生体活動情報)、か・・・?”


そもそも死体なら、バイタル(生体活動情報)が出る筈もない。


“ひょっとしてこのアンビュランス・ポッド(可搬救急対処台機)は、エンバーミング(遺体保全)・モードではなく、クライオ・バイタル・ハイバネート(極低温身体維持)・モードで作動していたのか・・・?”


だとしたら、中で横たわっている修道女は故人じゃない。


“まさか、生きてるのか・・・?”


どうやらクーガが開封の指示を送った事で、システムが生体覚醒モードに移行したようだ。今更元に戻したところで、後の祭りだ。


“──どうする・・・?”


もし中に横たわる人物が本当は生きているのなら、(いづ)れは完全に覚醒する。


体温らしき数値にまだ変化はないが、数時間で通常の生体状態にまで回復し、やがては意識も戻る。覚醒し意識が戻ったら、証拠隠滅だろうと何だろうと、生きた人間を太陽に突き落とす、なんて真似が出来る筈もない。


“──不味(まず)い、不味(まず)いぞ、シャヴィ・ストラトス・・・!”


少しばかり焦ったシャヴィが、探るような横目でボナワットを目の端に入れた矢庭。


「──ボナワット!」


頭にヘッドセットを付けた、手下のザラブ人が大声を張り上げた。


「ちょっと面倒が起きたようだ! ヤバいかも・・・!」


「面倒、だと・・・ッ?」


そのバド人の狼狽振りに、ボナワットが右眉を吊り上げて振り向く。


「機艦のアルベド039(オースリーナイン)から連絡が入った! マデルークのリムガード(宙域保安局)に見つかったらしい・・・!」


「ンだとォ・・・ッ!」


ボナワットが目を見張り、角張った顔を歪めて振り向く。(たちま)ちに、ざわっとした緊張が、破落戸(ごろつき)連中に伝播する。


「臨検査察を受け入れろ、って言って来てやがるらしい! 300メートル級のテリトリアル・ディフェンサー(宙防艦)だ」


査察、と言う言葉を聞いて、シャヴィの眉がぴくっと跳ね、、ボナワットがぎりっと歯噛みした。


「普段仕事をしねぇ奴らが、この時に・・・ッ」


「チャオルワンの野郎がこの宙域でドジ踏んで、パクられたせいだぜ!」


別のワイアール人の手下が、ボナワットの顔を見る。


「とんだ(とばっち)りだぜ、糞ったれめッ!」


ボナワットが口元を歪め、シャヴィを睨み返した。


「シャヴィ、手前ェが応答しろ。査察は適当な理屈付けて、スターボード・サイド(右舷)のエアロック(気密隔室)から受け入れるんだ」


ボナワットの指示に、ゴクリと生唾を呑み込んだシャヴィが黙って頷く。


(くびす)を返すシャヴィの背に、ボナワットが怒哮(どこう)を浴びせる。


「──余計な真似をするなよ。チョンボでお縄なんざァ、冗談にもならねェからな」


ボナワットの連中は、査察部隊をおびき入れ、待ち伏せするつもりだ。先遣部隊を船内に招き入れてしまえば、不測の事態が生じてもリムガード(宙域保安局)は砲撃強行を躊躇する。その隙を突いて、反撃するつもりなのだ。


何せボナワット一味は、先に捕まったチャオルワンのクラン(徒党)と双璧をなす、マデルーク宙域を根城にした名うての密輸団だ。マデルークで指名手配をされているのは当然で、数え切れない余罪で実刑は確実だ。特に首領のボナワットは、命運尽きても出獄できない刑期を課せられるのは目に見えている。


全く、(とばっち)りは此方(こっち)だぜ──()つけようの無い憤懣(ふんまん)を抱え、第2カーゴ(貨物庫)を(あと)にしたシャヴィが、クーガを伴ってブリッジデッキ(船橋楼)へのエアプルーフ・ラッタル(気密階段)を駆け上がる。


タム・オ・シャンタのブリッジ(船橋)は、修道女のポッド(可搬救急対処台機)が積載されていた、エアプルーフ・ペイロード(気密積載区画)の第2カーゴ(貨物庫)の1階層上、船体のほぼ中央に位置するアコモディション・デッキ(乗居区画)の最船首側にある。左右15メートル、奥行き7メートル、フロント・ウィンドウが緩やかに曲面を描く前方にコンソール(制御卓)が並んでいて、ブリッジ(船橋)中央にはキャプテン・シートが据えてある。


シャヴィがブリッジ(船橋)に入った途端、着信を告げる噪音がヒステリックに、間断なく鳴り響いていた。ボナワットの率いる機艦アルベド039(オースリーナイン)は、送信を傍受しているだけで応答は返していない。

タム・オ・シャンタは、マデルーク太陽系第3惑星ピサロの静止衛星軌道上にある、貿易ステーションからウェスデンへ向かうため、マデルーク内洋を慣性航行中だった。


超光速航行であるグラヴィトン・パータベーション・スプラッシュ・ドライブ(重力子摂動跳撥航行)における、当該太陽系領宙内でのスナップアップとスナップダウンを、航行の安全管理上、原則的に禁止している。スナップアップするためには、領宙域外へ出なければならないが、そのための内洋航行は、ディスパッチャー(商業航行監理者)によって航路が事前に定められている。内洋航行のシフト(予定航路)は、地上のハイウェイのように一本道のルート上を往来している訳ではなく、立体的に見ればかなり入り乱れている。しかも系内惑星には公転軌道があるため、定められた航路も時々刻々と変化して一定ではない。


シフト(予定航路)を航行する一般船舶に(まぎ)れてしまえば、余程に不自然な動きをしない限り、まず見抜けない。事実ボナワットの機艦アルベド039(オースリーナイン)は、何食わぬ顔で3万キロと離れていない距離の別航路を航行中なのだ。船同士が下手にランデブー(軌道会合)していれば、一見して瀬取りの不信を抱かれため、ボナワットたちも2隻が最接近した折り、ボート(宇宙短艇)を使って乗船して来ていた。


シャヴィは通信回線を繋ぐよう、ブリッジ(船橋)に詰めていたモジュール・マシンナリー(機工器械)に命じた。シャヴィはタム・オ・シャンタのキャプテン(船長)だが、同時に乗船している唯一のクルー(船員)で、普段の航行管理は3基のモジュール・マシンナリー(機工器械)が行っている。モジュール・マシンナリー(機工器械)は作業用マニピュレータを備えた、車輪移動が可能な、船舶管理システムのローカル端末だ。他の2基はアコモディション(乗居区画)とエンジン・デパートメント(機関部)に配置されている。


「・・・所属、テリトリアル・ディフェンサー(宙防艦)・オーガスです。マデルーク・リムガード(宙域保安局)の名において、当該船名タム・オ・シャンタがマデルーク領宙域内を航行中である事を確認し、マデルーク宙域管理執行法に基づいた臨検を、貴船が受諾する事を勧告する。応答無く転針行動を起した場合は、無警告で砲撃する。繰り返す・・・」


「ジナイーダ、通信を入れて来ているマデルークのディフェンサー(宙防艦)、光学視認できるか? 距離も、だ」


「距離300キロで、当船とベクトルを合わせています。映像、入れます」


乾いて平坦なジナイーダの声が帰って来て、ブリッジ(船橋)前方のメイン・ビジョンに画像が映り込む。ジナイーダはタム・オ・シャンタの統括管理基幹システムの愛称で、航行システムの制御から保守点検、アコモディション(乗居区画)の管理とペイロード(積載区画)の監視、それに3基のモジュール・マシンナリー(機工器械)を統括している。


「──通信に応答する。回線を繋いでくれ」


メイン・ビジョンの映像を見詰めながら、シャヴィが声を上げた。


ネーム・スター(主星)・マデルークからの太陽光が逆光になっていて、300メートル級の艦容が影のように浮かび上がるだけで、ディテール(詳細艤装)が判別し辛い。まあ砲撃、と言うからには、何かしらの艦砲を備えているのだろう。建前上、臨検を受けるのは任意だが、拒否して犯罪性の嫌疑を深められ、実力行使の末に万が一にでも捕まれば、共同正犯の(そし)りは免れない。エクスコン(凶状持ち)のオッド・パーン(半端な宇宙船乗り)など、もうストレート(真っ当)なジオッバ(仕事)にはありつけない。


「こちらタム・オ・シャンタ」


通信相手のマデルーク・リムガード(宙域保安局)に対して、シャヴィは溜め息交じりに応答を返した。


「勧告を受諾し、現在の慣性航行を継続する。ポート・サイド(左舷)の接舷用エアロック(気密室)は破損しているので、スターボード・サイド(右舷)を利用されたい」




★Act.1 密輸したは良いけれど・3/次Act.1 密輸したは良いけれど・4

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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