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Act.1 密輸したは良いけれど・2

此奴(こいつ)が──」


2歩3歩と歩み寄ったボナワットが、厳つい顔容の眉間に(しわ)を寄せてポッド(可搬救急対処台機)を睨み付けた。


「手前ェが態々運んで来たって言うお宝かッ? えっ、おいッ!」


「そんな・・・馬鹿な・・・」


色をなすボナワットの脇によたよたと立ったシャヴィが、まるで狐にでも摘まれたような表情で、見知らぬ目の前の荷を見詰める。ポッド(可搬救急対処台機)の透明な高分子素材ボンネットを通して、黒っぽい服を纏った人影が垣間見えていた。


ボナワットがその丸太のような太い右足を、開いている膝ほどの高さのコンテナ(規格貨物容庫)開口の縁に足を掛けると、勢い良く中へと乗り上がった。


「──しかも、どっかの尼僧じゃねェかよ・・・!」


ポッド(可搬救急対処台機)の中をじろりと目通ししてから、ボナワットがシャヴィを振り返る。


「お、俺だって知らないって・・・!」


理解不能な状態に、シャヴィは動揺を隠せない。


ポッド(可搬救急対処台機)の透明なボンネット越しには、ハビット(修道女服)らしい衣装を纏った尼僧の姿がはっきり見えていた。


寝かされている尼僧はウィンプル(修道頭巾)を被り、古拙の民芸品のような木製の仮面を着けている。被っている仮面はデジャーソリス教特有の死に装束で、逝去した神職が実際に葬られるまでの追悼弔問(ついとうちょうもん)の間、魔除けの意味を込めて着せられるものだ。仮面の眼窩の部分は椿の葉のような形に抜かれ、口元は鬼のように大きく開いていて、鮫のような鋭い歯牙が上下に3本立っている。


仮面の眼窩の穴から覗く瞼は閉じているので、本人の瞳の色は判らない。ただ仮面の口の下に垣間見える亡者の口元は血の気は薄いものの、きゅっと締まっていて何処となく凛々しもあり、あまり年齢を感じさせない。


両手を胸元で組まされ、ステベドア(荷役)の際に(さら)されるゼロ・グラビティ(無重力)環境下でも身体が浮き上がらないように、肩の辺りと腰、膝上の部分をハーネスで緩やかに縛り留めてあった。


デジャーソリス教に身を捧げた、本物の修道女に間違いなかった。


「──通関の偽造証書通り、本当に死体を運んで来い、って誰が言ったんだ・・・ッ!」


怪しい仮面を被って横たわる修道女を、唖然と凝視していたシャヴィに、(いきどお)った土間声が投げ掛けられる。

確かに、フレート(積荷)に付与されたシッピング・インストラクション(船積み証明書)とコマーシャル・インボイス(船荷送り状)は、“保冷処置”された“スティフ・ディア(亡骸)”だ。だがそれは飽く迄も、密輸のタンタライト原石を通関させるための偽装だ。


「俺はしがないオッド・パーン(半端な宇宙船乗り)なんだぜッ! 中身までは確認出来無いんだよ・・・!」


事態の把握をし切れないシャヴィが、弾かれたように慌てて(くだん)のコンテナ(規格貨物容庫)に飛び乗った。


実は今回の密輸も、持ち出し元の国であるマデルークの、通関に関わる審査が手薄なレイティング(条件)を利用したものだった。


マデルークの税関法上、国教たるデジャーソリス教会に奉職する神職の遺体搬出に伴う手続きは、教会側の証明書があれば簡単な書類手続きだけで通関が可能になる。マデルークのデジャーソリス教会と、教義発祥とされるウェスデンの教会とは人的交流が密で、ウェスデンから赴任して来る神職も多い。その赴任して来た神職がマデルークの地で没すると、スティフ・ディア(亡骸)は故国へ送り返され、逆も(しか)り、の(いにしえ)からの慣習がある。アンビュランス・ポッド(可搬救急対処台機)に安置して搬送されるのは、遺体の損壊と腐敗を防ぐためだ。


どうやったのか解らないが、教会発行の死亡証明と遺体搬送依頼書を捏造して、本来のフレート(積荷)であるランタノイド系元素含有の原石サンプル1トンの非合法輸送を、故国であるウェスデンへの“デジャーソリス神職の遺体搬送”と言う名目で税関審査を(くぐ)り抜けたらしい。


まさかそれで、本物の死体を運んで来ていたとは──運んで来たシャヴィ本人も夢にも思わなかった。狐に(つま)まれるとは、正にこの事だ。


「──ちゃんと説明してみろ、シャヴィ・ストラトス・・・!」


青筋を立て睨み付けるボナワットの声に、手下たちも次々とコンテナ(規格貨物容庫)の中へ飛び上がって来た。


「し、知ら無いって・・・! マデルークの貿易ステーションでは、ちゃんと積み込んだんだッ!」取り囲むようにしてポッド(可搬救急対処台機)を覗き込む手下たちを、シャヴィがぐるりと見渡す。「向こうで手渡されたシッピング・インストラクション(船積み証明書)でもコマーシャル・インボイス(船荷送り状)でも確認したんだッ!」


“まさか──”


シャヴィを挟むように立っていた手下のザラブ人とワイアール人に、何をやってんだ、と言わんばかりに肩をばしりと(はた)かれる。


ザラブ人系は頭蓋骨が三角形をしているのが特徴で、頚椎部が特異発達していて可動域が少し狭い。肌の色は艶のある金色に近い黄土から象牙色をしている。一方のワイアール人系は頭部が長く、白目と呼ばれる強膜が角膜と同色なので瞳が無いように見えるのが特徴で、後上半身が薄い体毛に覆われていて耳介上部がおおきく垂れ下がる個人が多い。肌の色は褐色から黄土色している。


“──まさか、同じ保全倉庫にこの本物の出国搬送遺体が運び込まれて、ステベ(荷役)が荷積みの際に、偽装したタンタライト原石のコンテナ(規格貨物容庫)と取り違えた、のか・・・!”


シャヴィが思わず口をヘの字に曲げる。道理で、預かった解除コードで開かなかった訳だ。コンテナ(規格貨物容庫)ごと、間違って荷積みされたのだ。


「──ひょっとして、手前ェ・・・!」


手下のワイアール人を押し退けたボナワットが目を三角に吊り上げ、伸ばす太い腕っぷしでシャヴィの胸倉を掴み上げた。間髪入れず、クーガがコンテナ(規格貨物容庫)に飛び乗った。


「こんな尼の死体を俺たちに押し付けて、()()と横取りする積もりだったんじゃねぇだろうな・・・!」


ぐへっと呻きを漏らすシャヴィに、低く身構えたクーガが唸り声を漏らしてボナワットを睨み付ける。ボナワットのハンドラー(主人)に対する無礼な振舞いに、ぴんと立つ耳を模したクーガの聴覚センサー部位が、心なしか怒りを表しているように見えた。


「──けどよ、ボナワット」


向かい側からしげしげと、ポッド(可搬救急対処台機)を覗き込んでいたワイアール人が、口を少しばかり尖らせ骨張った顎を(さす)りながら、独り言のように声を上げる。


「この尼さん、結構なお宝を持ってるんじゃないのか・・・?」


「──お宝、だと・・・?」


少しばかり場違いな手下の言葉に、ボナワットがシャヴィを締め上げていた手を緩めた。


「ほれ、あの王冠と剣」ワイアール人の手下が、透明なボンネット越し目の前のポッド(可搬救急対処台機)に、顎を(しゃく)った。「──それに腕に嵌めてる輪っかも、結構な高級品じゃねぇか・・・?」


ボナワットが厳つい腰を大仰に折り、ポッド(可搬救急対処台機)にぐいと顔を近付けた。その脇では、ポッド(可搬救急対処台機)のボンネットに手を掛け、前屈みになったシャヴィが(あえ)ぐように咳き込む。そんなシャヴィを心配するかのように、置物のように座り込んだクーガが見上げる。


ワイアール人の手下が目を付けた、ポッド(可搬救急対処台機)の中のそれらは、確かに“遺品”の宝飾品が副葬品のようだった。無言で横たわる修道女の両の腰の脇、左腕側には瀟洒(しょうしゃ)なディアデム(飾り冠)、右側には剣が添え置かれている。


翼を(かたど)った意匠も華やかなディアデム(飾り冠)は、そのサークレット(輪台)に美しいエングレーヴィング(鏨彫り)が施され、数えきれないほどの螺鈿細工の玉が嵌め込まれている。剣の銀色したスキャバード(鞘)こそ現代風のポリマー(重合高分子有機樹脂)製だが、その表面に施された翼と百合の造形は芸術品と呼んでも面妖(おか)しくないほど繊細技巧的で、剣のガード(鍔)とポメル(柄頭)には青い玉石が嵌まっている。


組んだ両手のハビット(修道女服)の袖から覗く左手首にも、渦巻くようなエングレーヴィング(鏨彫り)に象嵌された金のランソー(渦巻葉文様)装飾が施され、青い玉石が嵌まるバングル(腕釧)を着けていた。本人の靴であろう、黒のニー(膝下丈)・ブーツが、足元の端の方に置かれている。


「──馬鹿野郎・・・!」


(しば)し逡巡していた、ボナワットの開口一番だった。


「俺たちは追い剥ぎやってる山賊夜盗じゃねぇんだぞ」


ぐっと息を飲み込んでから、ボナワットが殊更に大仰な顔付きで振り返った。


「そ、そうだったな・・・」


小さな欲に目が眩んだ手下のワイアール人が、それでも未練あり気に恨めしそうな横目でポッド(可搬救急対処台機)をチラリ見しながら渋々頷く。


「──ボナ・・・ワット」


一頻(ひとしき)(あえ)いでいたシャヴィが、大きな息を吐き出しながら不意に声を上げた。


「ひょっとしたら・・・本当のお宝は別便で・・・ウェスデンに向かっているのかも・・・知れない」


そこまで言って、シャヴィが息を整えるように深呼吸する。


「税関の、ステベ(荷役係)の積み間違いだ、って言いたいのか・・・?」


ぐいと胸を張ったボナワットが、シャヴィを鋭い目付きで見下した。


「それしか考えられない」睨まれたシャヴィは咳を1つしてから、小さく首を振った。「あんたと長い付き合いのある俺が今まで、あんたを出し抜いて1人良い思いをした事があったか? あんたを騙して、俺に何の得があるって言うんだ・・・!」


「──ふうむ・・・」


「しかし、ボナワット」脇にいたバド人の手下が、渋い顔付きで言った。「そうなると、着港先のウェスデンで荷を開けられたら、密輸した事がバレちまうぜ」


「そいつは不味(まず)いな・・・」


ボナワットが似合わない思案顔で顎を(さす)る。


「コマーシャル・インボイス(船荷送り状)を辿られたら、向こうのウェスデンに居るインターエージェント(受け渡し仲介者)にも累が及ぶ」


(ほとぼ)りが冷めるまで、他所のターフ(しま)で稼がねぇと」


「ウェスデンのインターエージェント(受け渡し仲介者)に、ウェイクアップ・コール(注意)を促すのが先だ」手下のバド人の言葉に頷いてから、ボナワットが厳しい表情でシャヴィに向き直った。「──それで、シャヴィ」


頭一つ上背のあるボナワットが小さく腰を屈め、上から威圧するようにシャヴィの顔を真正面から睨み付けた。


「手前ェは、この不始末の尻拭いだ。ウェスデンにアンカリング(繋錨)する前に、この厄介な荷物をどうにかしておけ」


「どうにかって──」シャヴィが怪訝な表情に嫌がる気持ちを露骨に乗せて、ボナワットを振り仰いだ。「どうしろと・・・?」


「足が付かないようにするんだよ・・・!」ボナワットの野球グラブみたいな右手が、握り潰さんばかりにシャヴィの頭を鷲掴みにする。「──向かう先のお天道さまにでも放り込んどけ。跡形もなくなって、婆さんにはちょうど良い火葬だ」


「ネーム・スター(主星)の恒星ウェスデンにか・・・?」シャヴィが鬱陶しそうに、ボナワットの右手を払い退ける。「俺を葬儀屋扱いするな・・・!」


「──ならよ、シャヴィ」


先程に、お宝が、と欲の皮を突っ張らせていたワイアール人が、今度は少しばかり猫撫で声を上げた。


此奴(こいつ)を一旦開けてくれよ」


シャヴィが、はあ? と困惑顔を浮かべると、ワイアール人はすかさずボナワットを顧みた。


「あのお宝ごと、火葬にする必要はねェだろ・・・?」


探るような、少しばかり引き()った笑みで、ワイアール人の部下が(おもね)る。


「意地汚ェ野郎だな」


「此処まで来たんだ。小遣い稼ぎくらいさせろよ」


厳つい肩を(すぼ)めるボナワットに、欲深いワイアール人が追い討ちを掛ける。




★Act.1 密輸したは良いけれど・2/次Act.1 密輸したは良いけれど・3

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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