第72話 同じ椅子を奪い合う者たち
野球といえば、甲子園というイメージが付きまとうが、東京5大学野球もテレビ中継があり、それなりに盛り上がるイベントの一つだ。まあ、前の世界の俺はそういうのに興味がなかったので、スルーしていた。だからこそ葉桐が野球に参加していることを知らなかった。おそらく前の世界でも出ていたのだろう。野球で活躍し、そこから夏以降のテレビ出演に繋げていくつもりなのかもしれない。だからここでいっちょ介入してやるのは、俺にとっては間違いなくチャンスだ。その証拠として。
「君が僕の行く先々にいることを今や不思議とは思わない。これは彼女の呪いなのだからね。だけど、そうだね、せめて一言くらい言ってほしい。出迎えるのにも準備がいるからね」
葉桐は俺のことをまるで害虫を見るかのような目で見ている。そうとうイラついてる。きもちいい!
「どこの世界に奇襲を宣告する馬鹿がいるんだよ。せいぜい頭悩ませろばーか!」
俺はそれだけ言ってベンチに座る葉桐のそばから離れる。今俺たちはキャンパスのはずれにある野球場に来ている。部活の練習は主にここで行われている。今日は五大学野球に向けての練習だ。野球のユニフォームを着た俺は、綾城達が来るのを待っていた。そして綾城と楪がやってきた。二人とも野球のユニフォームを着ている。俺たち男子と違うのは、ズボンが短パンことくらいか。
「ありゃ?その服、かわいいけど、マネージャーっていえばジャージじゃない?」
俺の問いかけにナチュラル系メイクな綾城が答える。顔立ちのせいなのか大リーグっぽさを感じる。
「マネージャー?違うわ!あたしたちは!!」
そう言って綾城と杠の二人は俺のほうに肩を見せつけてくる。綾城は『ヘッドコーチ』。楪は『監督』と書かれた腕章をしていた。
「何その役職?!いつの間にそんな地位を?!」
「京極先輩の了承は得ているわ。大丈夫。あたしこう見えても、教育系サークル入ってるし、人に教えるのは上手いほうよ」
「お前、野球の経験あるっけ?」
俺たちとゴムボール野球はよくやってるけど、マジの野球はないだろう。
「大丈夫よ。男のヴァットは握ったことはないけど、ちゃんと勉強してきたから、教えるのは問題ないわ」
「男のヴァット?はは!お前の発言がボールすぎるわー!」
まあ綾城ならうまくやるだろう。馬鹿みたいに器用だし、実際戦力の底上げにはちょうどよさそうだ。
「でも楪、結局監督引き受けたんだね。えらいえらい」
俺は楪の頭をなでなでする。楪はくすぐったそうに笑みを浮かべて。
「えへへ。まあカナタさんも出ますし、わたしも陰に隠れているわけにはいきませんから」
楪はすごく頑張っている。この子がどんどん成長していることに、俺はとてもうれしさを隠せない。
「ところで童貞女はどこ?」
いつも三人は一緒にいることが多い。だけどミランの姿が見えない。今日は芸能の仕事がないって聞いてるんだけど、どうしたのか?
「ああ、それなら」
綾城がスタンドのほうを指さす。そこにはチアの服着た五十嵐がいた。にんまりと実に楽しそうに笑みを浮かべている。よく見ると五十嵐の背中の後ろに銀髪がちらちらと見え隠れしている。うわー嫌な予感するー!
「やっほー!美魁つれてきたよー!」
そう言って、五十嵐は俺たちのところにやってきた。その後ろにはミランがいた。いるのだが。
「…何その恰好?」
「うう、みないでー!かなたくん!みないでー!あっ!」
顔を真っ赤にしてプルプルと震えるミランは可愛いのだが、恰好がちょっとあれだった。なんと白い体操着と紺色のブルマという、俺がタイムリーパーであってもこの時代では見られないはずの衣装を纏っていたのだ。ブルマから延びる長くて程よく肉付きのいい綺麗な足と白い肌がとてもまぶしい。
「どう常盤くん!美魁すごくかわいいでしょ!」
「かわいいけど、方向先がどう考えてもおかしいぞ!何があった?!」
「うん?ああ、この格好の理由?お仕置きだよ!」
五十嵐さん、とてもいい笑顔ですごくえぐいことを言い出しやがった。お仕置きとはいったい?
「美魁は私がチアを誘ったのに、ダンスサークルの方から野球の応援に出ることになったじゃない?女の子ってそういうことされるのすごく傷つくよね!仲間はずれされたみたいで!だからお仕置きだよ!!」
そう言って五十嵐はミランのブルマに包まれた尻を撫でる。ミランはかーっと顔を赤くして、俯いてしまった。
「ふふ。美魁のお尻すごくかわいいくて柔らかいね…」
「ボ、ボクは!!絶対に負け…んっ…あぁ…」
五十嵐はミランの後ろに回り、すべすべした太ももを撫で、腰から尻までをひたすら撫でまわす。あーこれもうだめだわ。もう負けてるわー!そしてミランはびくびくと体を震わせている。悔し気な顔をしているのに、口もとはだらしなくゆるくなっている。
「みっともない顔さらしやがって、常盤組の恥さらし。このド淫乱童貞ビッチめ!」
俺はミランを冷たい目で見下しながら、そう言い放った。五十嵐にお仕置きされてるってことはすなわち葉桐の軍門に下るということである。だからせめて俺の手でミランに止めを刺してやりたかった。
「あふぅ!ボ、ボクは!屈してなんか!いましゅぅぅ!うううう。あはっん!」
そしてミランはその場に恍惚とした表情でその場でへなへなと尻を地面についてしまった。
「さすがカナタさん。身内に裏切り者が出たらすぐに粛清する。反社の鑑ですね!!」
楪が俺を尊敬の目で見つめている。なんか不思議と気持ちいい。
「いやん!常盤の反社ー!常盤菌バリアー!」
そう言って、綾城は俺の背中に引っ付いてくる。両手を俺の腕に添えてまるでバッティングのようなポーズに俺はさせられた。
「ホームランの打ち方はこうよ!反社バスター!」
「だから俺は反社じゃねーよ!」
そう言いながら俺たちはその場で素振りごっこをしていた。するとどこからか咳払いが聞こえてきた。
「おほん!そろそろ練習を始めるけどいいかな?…っちモテすぎ反社め…」
そう言い捨てて部長の京極先輩はホームベースのほうへ向かって歩いていく。だから反社じゃねーよ。そして練習が始まる。
練習そのものはそこまできつくなかった。きついのは葉桐もいっしょにいるっていうメンタルのダメージくらいかなー。
「常盤。構えるときはもうちょっとバットを上げてみなさい。あんたの場合はパワーがあるから、こざかしいヒットを狙うよりもとにかくひっぱたくことだけを考えなさい」
「まじでちゃんとコーチやってる?!」
バインダー片手にバッティングの方法を教えて回る綾城はまじで優秀なコーチだった。言われたとおりにするとすぐにいいヒットが打てた。俺以外にもちゃんと熱心にまじめに教えていたからだろう。部員たちはみんな綾城を慕っているようだった。
「綾城さんは優秀だな。とくに目的も夢もない君にはもったいないのでは?」
葉桐が俺のそばによってきて、チクリと嫌味を言ってくる。
「綾城さんは経営者に向いているな。王佐の才覚がありそうだ。時代が時代ならきっと人々に慕われる王妃か、傾城と呼ばれるような女だね。…僕のところにぜひ」
葉桐の悪い意味で熱い視線が綾城に注がれている。
「行かせねーよ」
「だが彼女の才覚を君は生かせるのか?それは疑問だね。与えられた才能を生かせない人生なんて無価値だよ」
「才能をお前に使いつぶされるよりもマシだろうがな。綾城のやりたいことは俺がちゃんとサポートするから、お前はでしゃばるな」
「そう。まあ、せいぜい頑張ればいいさ。無駄だろうけど」
俺と葉桐は五十嵐のことを含めなくても、相性がとことん悪い。どうしてもお互いの存在を認められない。まるで椅子取りゲームで争うかのような緊張感ばかりが俺たちの間にはある。もしも五十嵐がいなくても、俺たちは必ずぶつかり合うような運命なのかもしれない。そんな気が最近はしていたのだった。
休憩時間になったとき、五十嵐がベンチにいた俺にタオルを持ってきてくれた。
「ありがとう。助かるよ」
「どういたしまして。どう?やってけそう?」
「まあ大丈夫。ポジションがどこになるかはわからないけど、レギュラーはとれそうだ」
部員たちを見ていたが、俺はこの中でもトップクラスに運動神経がいい。だからレギュラーになることは問題ない。
「そっかー。じゃあさ!キャッチャーなんてどう?」
「キャッチャー?なんで?俺は外野希望なんだけど」
ぶっちゃけ足も早いほうなので、俺は野手とかが向いていると思う。
「私ね。これチャンスだと思ってるの」
「チャンス?なんの?」
「二人が仲良くなるための。ほらあれ見て」
五十嵐が指さす方に葉桐がいた。マウンドからキャッチャーの京極先輩めがけて、ピッチングしている。はた目から見ても速球だし、変化球も多様そうだ。
「俺にあいつとバッテリーを組めと?」
「…ダメかな…?」
「ダメに決まってんだろ。てかあいつがピッチャー?マジかよ…」
「二人が相性よくないのはわかるんだけど…その…あんまり睨睨み合いするのはよくないと思うんだ。男の子同士っていっしょにスポーツとかすると友情が芽生えるんでしょ?いいと思うんだよねー。あはは」
絶対にありえない。女の子同士はふわっと仲がいいけど、男同士は仲良くするか、殺し合うかの二択なのだ。それを俺は前の世界でいやってほど学んだ。だから俺は立ち上がり、葉桐たちの方に向かう。
「京極先輩。俺にもちょっとピッチャーやらせてくれませんか?」
「ん?だがすでにスタメンのピッチャーは葉桐君でいくと決めているのだが」
「まあ見てもらうだけでいいんで。お願いします!」
「まあそこまでいうならかまわないが…」
京極先輩は了承してくれた。なので葉桐の立つマウンドに向かい。
「ふーん。僕に挑むと?」
「挑む?ナチュラルに上からだな。競い合うっていう謙虚さを少しは学べよ」
俺は葉桐からボールを受け取り、マウンドに立つ。今日ここに立つまでに野球の動きは学んだ。あとは自身の体の可能性を信じるだけ。俺は振りかぶって、思い切り力をこめてボールを投げた。しゅっと空気を切る音が聞こえて、ぱーんと音を立ててボールはキャッチャミットに入った。ちゃんとストライクを取れている。近くでスピードガンを構えていた部員が京極先輩のそばに近寄って言った。
「部長!今の160出てました!!大リーグレベルですよ!」
「ああ、すごい速球だった。ボールを受けた手がひさしぶりに痺れたよ」
京極先輩以下部員たちは俺の投球に驚いている。まあこれでも力自慢だ。葉桐とはパワァが違うのだパワァが!
「君は原始人かなにかか?」
葉桐が俺のそばでぼそっと呟いた。どこか呆れているかのような感じがある。なんとでも言えばいい。その後ピッチングを続ける。そしてだいたい俺の実力を見せつけた後、京極先輩は悩むような素振りを見せだした。そしてパソコンいじっていた楪を呼び出して、葉桐と俺と4人でちょっと話し合いになった。
「はっきり言おう。俺はすごく悩んでいる。どちらがスタメンのピッチャーにふさわしいのか?監督の意見を聞きたい」
意見を求められた楪は真剣な顔で言う。
「カナタさん一択です」
俺はガッツポーズを取る。
「こう言っては何だが、君は常盤君の派閥の人間だ。贔屓目があるんじゃないか?僕は彼よりも多くの球種を扱えるし、大学生平均よりも速い球を投げられるよ」
疑われた楪はイラっとした顔で葉桐に答える。
「贔屓目はないです。たしかにあなたは多彩な変化球を使える器用さがウリの優れた投手です。ですがカナタさんは絶対的な速球の持ち主です。変化球は大会までに身につければいいのです。カナタさんは運動神経がいいし、わたしと綾城さんの訓練サポートがあれば、すぐに変化球を身に着けられます」
「それは今の時点での話ではないよね?」
「たしかに今この時点ではそうです。ですが投手としてのポテンシャルは、カナタさんのほうが圧倒的に高いです」
「つまり今はまだまだということだろう?未来でうまくいくとは限らないというわけだ。京極先輩。ピッチャーは僕でかまいませんよね?」
「京極先輩!わたしは監督としてカナタさんのピッチャーとしての素質に賭けることを勧めます!」
楪と葉桐は実質的な決定権を持つ京極先輩に詰め寄る。京極先輩はたじたじとしてしばらく俺と葉桐を見比べて。
「160の速球は最高に輝ける武器に…」
「京極先輩。僕と部員の皆との間には特別な友情があることをお忘れですか?」
その一言に京極先輩はブルりと体を震わせた。そして。
「ピッチャーは葉桐君に任せる。念のための控えとして常盤君を配置する。…それで構わない…かな…?」
京極先輩は葉桐のご機嫌を伺うような様子を見せていた。こうしてピッチャーは葉桐に決まった。葉桐はご機嫌な様子で俺たちのそばからベンチに行ってしまった。
「京極先輩。何で脅されているんですか?」
俺は厳しい顔と冷たい声で京極先輩に問いかけた。こういうときに慈悲をかけてはいけない。
「うちの部員の不祥事だ…。…うちの部員たちが…その…風紀の乱れたよくないパーティーに参加してしまった。その証拠写真が彼の手元にある」
ようは乱交パーティーに参加したけど、葉桐にその証拠を握られたということだろう。
「…きもちわるい…」
楪はドン引きしていた。俺だって引いている。だけど乱交好きって大学になると絶対に出てくるんだよな。あいつから写真の回収は難しいだろう。
「もしそのような風紀の乱れを世間に知られたら、部活動は大学から停止を命じられるだろう。すまない常盤君。君とバッテリーを組んでみたかったよ…」
「それなら仕方ありません。葉桐の悪辣さは俺もよく知っているので。お気持ちお察しいたします」
葉桐は他者の隙を見逃さず、必ず自分の欲しいものを手に入れる。ピッチャーという最高に輝けるポジションを葉桐はかっさらっていった。まあいい。大会まではまだ時間があるし、本番では何が起きるかわからない。あいつも必ずなにかボロを出すはずだ。今は機会を伺う。俺はそう心に決めた。




