第71話 同じステージに臨む
いつものメンツとランチしようと学食に行ったら、変わった先客がいた。
「やっぱりだめ?」
五十嵐がいつものメンバーと一緒にいた。中身はともかく外見レベルだけは高い連中の集まりなので、周りからすごく注目されている。
「いやにごわす」
楪は五十嵐からの何かの頼みごとを神妙な顔で断っている。他のメンツも微妙な顔で首を振っていた。
「お前、なにしてんの?」
「あ、常盤くん!ねぇ頼みごとがあるんだけど!聞いてよ!」
「ダメですよ!絶対に嫌にごわす!」
五十嵐が立ち上がって俺の方に寄ってくる。さらに楪も寄ってきて、2人は俺の両手を引っ張り合う。
「だからなんなの?誰か説明プリーズ!」
ミランは苦笑いをしているし、綾城はやれやれと言った感じで溜息を吐いている。
「五十嵐さんはあたしたちにチアリーディング部に助っ人に来て欲しいそうよ」
綾城は淡々とそう言った。この話題にはあんまり興味がなさそう。
「ほら、そろそろ東京五大学野球があるよね!ボクたちにその応援チアリーディングに参加して欲しいんだってさ」
逆にミランはちょっと楽し気だ。芸能関係者だし、そういう催しは好きだろう。だけど同時に懸念がありそうな様子もミランの表情の中にあった。
「へぇ。面白そうだね。だけどなんで微妙な空気?特に楪。なんでそんなにいやなの?」
「でしょ!面白そうだよね!だから常盤くんが算数ちゃんを説得してよ!」
五十嵐の提案についていえば、別に問題はないように見える。だけど楪の嫌がりようはちょっとおかしい。
「算数じゃないです!数学です!カナタさん!ダメですよ!チアとかリア充過ぎて体が融けますよ!それに…!」
「それに?」
「おっぱいよりも夢の好きなあの男が五大学野球に出るらしいんです!!そんな人のために見せパンを足開いて見せたくありません!!いやにごわす!」
「あ”っ?!葉桐が野球?!はぁ?!おい!五十嵐どういうことだ!説明しろ!」
俺がそう言うと、五十嵐は困ったような顔になった。
「やっぱりそこ引っ掛かっちゃうよねぇ…うーん。なんか宙翔、野球部の助っ人で参加するんだって。で、私は私で、チア部からこの間練習をサボった罰で、テレビ中継映えする可愛い子を集めてこいって部長さんに命令されちゃって…あはは…まいっちゃうよねー」
のほほんとそう言われても、俺としては受け入れがたい話だ。
「いやにごわす!俺は絶対にノーだ!うちの子たちにはそんなことさせないからな!!」
「常盤くんはこの子たちのお父さんなのかな?まあ、やっぱりそうなっちゃうよねー。わかった。じゃあ常盤くんも野球に出るとかどう?それなら綾城さんたちもチアってくれるよね?」
「おい、ちょっと待て。それはいくらなんでも無理だろう」
「そうかなー?常盤くん運動神経いいじゃん。大丈夫じゃない?」
あまりにも適当過ぎる提案に眩暈がしそう。
「さすがにそれは無理だよ。サークルならともかく部活のガチ勢に迷惑とか失礼をかますほど、悪党やってる気はないんだわ」
大学の部活とサークルはやっぱりガチ度が違う。部活動の真剣さはスポーツだと特に顕著だ。そんなところに気軽に顔出せるほど、俺は厚かましい人間じゃない。
「そっかー。うーん。まあ部活の方に簡単に顔出すのは難しいよねー。わかったー。しょうがないから他の子ナンパするよ。またねー」
五十嵐も元々ダメ元だったのだろう、あっさりと引き下がって、何処かへ行ってしまった。
「でもあれだね。流石は葉桐って感じよね。五大学野球はテレビ中継もされるし、そこで活躍すれば有名人になれるもの。まあ元からいる部活の人たちからすればたまったもんじゃないでしょうけどね」
綾城はしみじみとそう語る。
「ボクはけっこうチア自体はやりたかったね。芸能やってるわけだし、チアリーディングの方もテレビやネットに露出があるから、ボク的にはすごく美味しい。でも葉桐の応援は嫌だ。生理的に無理」
ミランは残念そうな顔でそう言った。
「…でも衣装かわいいですよね…チア…輝いてますよね…」
楪は多分羨ましいんだろうなってのが伝わる。葉桐のことが無かったら俺はチアに参加するように背中を押してやりたいと思った。
そして放課後が来て、今日はだれも特に用事がなかったので、田吉寮の中庭でいつものメンツと自然と遊ぶことになった。そして昼の話が若干に尾を引いたのだろう。俺たちはプラスティックバットとゴムボールで野球をやることした。ピッチャーのミランが足を高く上げて、まるで漫画のような投法でボールを投げた。
「コレでキメる!!」
ミランの投法スタイルは、すごくかっこいい。だけどボールはお世辞にも速いものではないし、変化もない。だからバッターの綾城は、それをジャストミートでとらえて外野に思い切り引っ張った。
「おーほほっほほ!!ホームラン女王はあたしのものよ!!」
誰がその賞を渡すのかは知らんが、たしかにホームランみたいなライナーだ。だけど、なんと、そのボールの落下地点には楪がすでに立っていたのだ。そしてそれをちょっと背伸びしてキャッチする。
「ふっ!やりました!打ち取りましたよ!!借りは返しましたよ、綾城さん!!わーはははは!!」
「はぁ!何今の!?まぐれでしょまぐれ!!美魁!もう一回投げなさい!絶対にキメてやるわ!!」
「ええ、大人しくアウトになれないのか…まあいいけど。行くよ!せや!」
そしてミランが再びボールを投げる。あんまり早くないボールがキャッチャーの俺のグローブに向かって飛んでくる。その時だった。まだバッターがボールを打ってもいないのに、楪はなんと俺から見て左の方にぱたぱたと走っていたのだ。そして綾城は再びボールを捉える。そしてさっき以上の力で振りぬく。ボールはなんと左の方へとライナーで流れていった。楪はその場でジャンプしてキャッチする。今日のパンツの色は爽やかなグリーンだった。
「ふっ!」
「きーーーーーーー!美魁!投げなさい!!」
「いや、だからアウトを認めようよ…負けず嫌いだなぁ。まあいいけどね。よっと!」
半ば呆れながら美魁は再び投げる。すると今度は楪は投球と同時に内野の方に入ってきて、ショートのところでしゃがみこむ。太ももがとても艶々して眩しい。そして綾城が再びヒットを出した。だがその球は強烈だがゴロで、なんと楪のいるショートの位置に転がっていったのだ。楪はそれをキャッチして、ファーストに投げた。まあファーストには誰もいないんだけど…。
「ふっ!まだ気がつかないんですか?」
「何を言っているの?!このあたしにぃ!」
「これが数学力!その体現!綾城さんはもはやわたしの展開する方程式の一変数に過ぎないのです!|わたしはすべてを演算する《パーフェクト・カルク》!!」
「そ、そんなぁ…。すべてはすでに仕組まれていたって事なの…あたしの努力も決断もすべては掌の上に過ぎないだなんて…そんなぁ…」
綾城は膝をつき、手を地面について悔しがっている。なにこの中二病展開…?
「経験人数だけじゃなくて、野球の計算もできるんだね。楪ちゃんぱないぁ」
ミランはすごく感心している。たしかにすげぇ。てかこれ凄すぎなんじゃ…?
「そこの君ちょっといいか?!」
俺たちのそばに一人の坊主頭のいかつい男が近づいてきた。その男は楪の前に立ち。
「君!今の野球力見てたよ!すごい才能だ!!」
「ひゃっ?!」
楪はびくっと震えて、男から逃げ出して、俺の後ろに隠れた。男は今度は俺の目の前に立つ。俺よりも背が高く190㎝くらいありそうだ。
「どいてくれ頼む!その子に頼みたいことがあるんだ!」
「すまんけど、それできない。要件があるなら、俺を通してください」
男はどことなく俺を邪魔もののように睨むが、楪が怯えているのを見て、考えを改めたようだ。
「そうか怖がらせてしまったか。すまない。だがどうしてもそちらの女の子に頼みたいことがある!!」
この坊主頭。悪い人ではなさそうだ。楪も俺の背中越しに男の様子を伺っている。
「俺の名は京極夕晴!野球部の部長をしている!!頼む!我ら野球部のマネージャー!いや!監督になって欲しい!!」
「「「「はぁ?!」」」」
俺たちは戸惑いを隠せなかった。マネージャーになって欲しい。っていうのは、まあわかる。だけど監督になって欲しいはちょっと意味不明だ。
「あのちょっとわけわかんないんですけど…監督って…なんで?」
「今のプレイを寮から見させてもらっていた!その子はバッターの動きを先読みしていた!そんなことができる人間がこの世にいようとは!!君さえいれば今度の五大学野球で優勝を狙うことも不可能ではない!!」
「ああ…なるほどなー。そういうことかー。なっとくー」
たしかに楪は予知にも等しい演算力でバッターの動きを先読みしていた。その指示があれば野球で勝つこともたしかにできるのかもしれない。でもこれかなりヤバい話なんじゃないのか?俺は楪に振り向いて尋ねる。
「どうしたい?」
「監督なんて無理に決まってます!」
「まあそうだよね。いきなりこんなこと言われても無理があるよな」
楪は半分涙目だ。いきなり怖い男がやってきて、怖い頼み事されたら、まあ泣いちゃうだろう。
「それにあの男もいま野球部にいるんですよ!絶対にいやにごわす!」
「それは俺も同感だな。すみません京極先輩。この話、お断りさせてください」
俺は京極先輩にそう言った。だけど京極先輩は食い下がってきた。
「なんとかならないだろうか?」
「だめです」
「むむむ。ではあのバッターの予測方法だけでも教えてくれないか?俺は…今年で部活を引退しなきゃいけない。在学中一度も五大学野球で優勝できなかったんだ…だから一度だけでいい!最後に勝ちたい。すまない。教えてくれないか」
京極先輩は深く頭を下げる。そこには邪な気持ちはないと思う。何がなんでも勝ちたいというスポーツ選手の意地があった。それに心打たれたのか、楪は俺の背中の横から顔を出して、京極先輩に顔を向けて言う。
「わかりました。さっきの野球選手行動分析メソッドの方程式をお教えします。あれは一種のベクトル演算と確率統計を組み合わ…むぎゅ?!」
俺は解説をはじめた楪の唇を人差し指で止めた。勘が囁いたのだ。この方程式を葉桐がいる野球部に渡すのは、なにかあまりにも危険な出来事への入り口になりかねないのではないかというイメージが湧き上がる。
「京極先輩。さっきのはあれなんですよ。いわゆる一つの女の勘ってやつなんですよ!だから教えてどうにかなるものじゃんないんですよ!あはは、すみませんね!」
俺は京極先輩を適当な口車で誤魔化す。
「そうか。まあそうだよな。あのようなことを計算できるとは思えん。ふぅ…すまないね、迷惑をかけたな…」
なんかすごく申し訳ない気持ちになってきた。だけど楪の持っている人間行動のメソッド。いまさらながらにそのすごさというか、危険さ がわかってしまったのだ。楪本人は割としょうもない動機から、これらのメソッドを発明しているみたいだし、その凄さに無頓着だけど。これまずい。絶対に不味い。だけど同時にこれはチャンスにも思えた。
「すみません、京極先輩。ちょっとおまちいただけませんか?」
「ん?まあ、構わないが」
俺たちは京極先輩から少し離れた。そして円陣組んで、話し合いを始める。
「俺、勘なんだけど。これチャンスな気がする。あの葉桐に嫌がらせ、もとい、足元を揺さぶる切欠になるんじゃないかな?」
「たしかにそうね。というかあたしも気がついたんだけど、楪の今の野球行動メソッド、かなりヤバいわよね?」
「え?そんなにわたしヤバいですか?」
「うん。楪ちゃんはヤバいよ。まあそれはともかく。…これ取引材料になるよね。それにうまく行けば葉桐以上に常盤くんを…」
「え?取引?もしかしてわたしあの人に売られちゃうんですかー!?」
「楪、安心しなさいな。常盤、あたしと美魁にちょっと話まかせてくれない?うまくまとめてみせるから」
「わかった。頼むよ」
「「まかされた!!」」
綾城とミランはコミュ力が高い。この二人に策があるというなら何とかなるのだろう。
「京極先輩。どうでしょう。あたしたちを野球コンサルとして雇いませんか?」
綾城はニヤリと笑って、そう言った。京極先輩は眉をぴくりと動かす。
「コンサルだと?」
「ええ、そうです。うちの楪の勘があれば相手のチームの予測がある程度できるのはもうわかっていらっしゃいますよね。ですが楪はちょっと人見知りです。なのであたしたちもセットで野球部に出入りできるようにしていただきたいのです。まあ女子は臨時のマネージャーという建前で構いません」
「なるほど。その申し出はありがたい。だけどコンサルということは何かしらの対価を要求するのだろう?すまないが俺は金なんてないし、部費もだすことはできない」
「お金じゃないです。うちの常盤を野球部の助っ人選手として入れてください」
「何?だが助っ人とは…すでにうちには葉桐くんという大物助っ人がいるのだが…それに彼以外の助っ人を入れるのは、彼のメンツをつぶすことになりかねない可能性が…」
京極先輩は綾城の提案にすこし懸念を示している。
「それなら大丈夫です!これを見てください!ボクたち葉桐の幼馴染と仲がいいんです!葉桐のメンツをつぶすことはありません!」
ミランはスマホにこの間撮ったテニスの集合写真をみせた。五十嵐と俺たち四人が一緒に仲良く映る写真だ。ミランってきっと芸能以外の営業とかでも食っていけそう。詐欺師とかも適正高そうだ。
「ボクたちコンサルに入れるとお得ですよー!他にもダンスサークルの応援パフォーマンスとかも手配します!チア部以上の応援ショーを魅せますよ!どうですか!想像してください!オール皇都大学なメンバーで五大学野球に臨み!それで優勝する!最高の思い出になりますよ!ボクたちは京極先輩に五大学の優勝だけではなく、青春を盛り上げる演出も与えることが出来ます!!」
それがミランの営業トークがトドメになった。京極先輩の頬が少し緩んでいる。チア部だけじゃなくダンス部の応援なんかも客席に入れば、試合はすごく盛り上がるだろう。そして楪の予測能力で優勝を掻っ攫う。人生最高の瞬間が彼に訪れるのだ。その誘惑は抗い難いものだ。
「わかった!常盤くん!君を臨時で部員に入れることを了承する!ともに優勝目指して頑張ろうじゃないか!!」
こうして話がまとまり、京極先輩はルンルンと寮に帰っていた。
「ほぇ…ふたりともまるでインテリヤクザみたいでしたよ!」
「ええ、そうね。常盤の反社菌が移っちゃったみたいね。うふふ」
「でもこれで、心置きなく五大学野球に参加できるね!!カナタ君の活躍、ボクすごく楽しみだよ!」
三人の視線が俺に注がれる。そこには期待がある。そう。俺は葉桐と同じステージに立った。
「ああ、まかせろ!!葉桐よりも活躍してやろうじゃないか!!」
「「「おーーーー!」」」
俺たちは手を空に向かって突き上げて叫んだ。全然関係ないと思っていた、巨大イベントに俺たちは飛びこむことになった。そこに俺たちは興奮と高揚を抑えきれなかった。




