第190話 セバスチャン
結局あのまま五十嵐とは微妙な雰囲気のままだった。ノートPCだけはいっしょに買って、その後五十嵐は家に帰ってしまった。元気が明らかになかった。だけど何もできなかった。
「わかんないことだらけだ。どうしてやればいいのかも」
朝のベットの上で俺は一人アンニュイな気持ちになる。このまま二度寝でもしてやろうかと思った。だけどスマホが鳴った。画面には知らない番号が表示されている。
「もしもしどちらさまですか?」
『いますぐにこちらの指定するホテルに正装で来い。さもなければ殺す』
すごく物騒な電話だった。強迫にはなれているけど、ストレートすぎて引く。
「だからどちらさまだよ?」
『東京駅の丸の内インペリアルホテルだ。来るな。来なきゃ殺せるからな』
電話の向こうから聞こえる声は女だった。だけど知らない声だ。
「だからどちら様……切れちゃった」
向こうは結局名乗らずに切れた。だけど放置はできない。俺はすぐにシャワーを浴びてスーツに着替える。買ってて良かった夏用スーツ。スリーピースのネイビーは英国風の特注品である。念のためにベストの裏地には鯖にゃんから貰ったテープを張っておく。そして俺は指定されたホテルへ向かった。
ホテルにつくとエントランスに見知った顔がいた。姉桐だった。たいそう華麗な和服を纏っている。長い髪もうなじよりもアップして洗練された品性のあるただずまいだった。綺麗は綺麗だけど、この間の暴れっぷりを思い出すとなんか怖い。
「お待ちしておりました。奏久さま」
「さま……?」
穏やかであり淑やかな笑みで俺は出迎えられる。というかさまって言われた?
「今日は何の用で?先日のことならだれにも言ってないぞ」
「ええ。今日は先日の件についてです。そう。あの件について……」
目を伏せて恥ずかしそうに語る姉桐が可愛くないかといえば嘘にはなるけど、何この表情?反応に困る。
「あれは戦闘中の行為だし、誰にも言ってないし、いう気もない。だから安心してくれ。じゃあさよな……!?」
俺が話を切り上げて帰ろうとした瞬間だった。背後に濃厚な殺気を感じた。俺は素早く距離をとりながら振り向く。さっきまで俺がいたところにブルネットの白人の女が立っていた。
「私に肩をつかませないか。戦闘はそこそこできるようだな」
ブルネットの女は俺を睨んでいる。女は燕尾服を着ていた。だけどボタンは女性用に右閉じだし、身体のラインが出るようになっている。特注品のようだ。本人の顔の美しさとただずまいもありコスプレっぽさはまったくない。背も高い。俺とそんなに変わらないから、本物のバトラーって感じだ。
「セバスチャン。あたくしはいいましたよ。奏久さまは本物だと。試すような真似は失礼ですわ」
「申し訳ありません。お嬢様。ですがこの目で確かめたかったのです。私の愚かな所業をお許しください」
セバスチャンかよ?!名前はなんとも執事ぽっさ全開じゃねぇか!
「さっき電話をかけてきたのはお前かセバスチャン?」
「私の名前を気安く男性形で呼んでいいのはお嬢様だけだ。セニョール常盤。私はセバスティアナ・マドリガル・タルレガ。葉桐絃翔さまの執事だ」
セニョールって言葉からするとスペイン語圏の出身っぽい。マドリガルが第一姓か。
「じゃあマドリガルさんや。いきなり殺気ビンビンで出てくるのはどうかと思うぞ」
「お前など殺されても仕方がないことをした恥ずべき人間だ。お嬢様が止めているからその命が長らえているのだと自覚をもってもらおうか」
頑なだ。でもとりあえずすぐに戦闘になるってことはなさそうだ。
「セバスチャン。そこまでにしなさい。ラウンジに行きましょう。本題に入らないと」
「わかりました。お嬢様。こっちだついてこい常盤奏久」
マドリガルが案内をする方に俺と姉桐は歩いていく。そして辿り着いたのはこのホテルでも一番リッチなゾーンであろうラウンジだった。日本式の枯山水庭園が大きなガラス越しに見える。高級なソファー席にテーブル。俺と姉桐は向かい合って座る。マドリガルは姉桐の後ろに立った。
「で、本題って何よ?」
サーブされたハーブティーを啜りながら、俺が尋ねる。するともじもじしながら姉桐が言う。
「先日の件、責任を取っていただきたいと思います」
「責任?あれはチャラだろ。俺らが勝ったし、データは返さないぞ」
ファルによるとすげぇデータだったらしい。人類史の常識を覆すような大発見がゴロゴロしているとか。テレビ通話でアヘ顔晒しながらファルナーズは言っていた。
「データのことではありません」
「じゃあなにさ?心当たりがないんだけど?」
「貴様!聞いたぞ!あのような破廉恥なことをしておきながら責任を取らないだと!恥を知れ!」
「破廉恥……?ええ?もしかしてあれ?」
俺が組み付いたことか。でもあれは戦闘中のことだったし、悪ノリしてたのはファルの方だ。
「あたくしは男性に抱かれたのは初めてでした……」
姉桐は俯いて涙目で言う。
「抱いたって……あれは柔術だよ」
「胸も腰もお尻も触られました」
「戦闘の混乱中だったからな。こっちだって命がけなんだから必死なんだよ」
「もうお嫁にいけません!」
「行ける行ける!そんなの余裕だって!だれも気にしないってそんなの!大丈夫大丈夫!」
「そんなわけあるものか!この野蛮人め!」
マドリガルがかっと目を見開き怒鳴る。殺気がビンビンに飛んできてぶっちゃけ怖い。
「未婚の乙女を辱めておいて、あげく責任も取らずに逃げる?それは男のすることではない!」
「なにその時代錯誤の考え方。世間の女子たちは気軽にヴァージン捨ててるよ。誰も気にしてねぇよ」
「現代の方がおかしいのだ!貴様がやったことは死の制裁に値する!そしてまたお嬢様もまた葉桐家の名誉のために死を家長より賜らなければいけない!事態はそれほどまでに深刻なのだぞ!」
姉桐は俯き静かに泣いていた。ええ?なにこれ?どういうことなの?!頭の中鎌倉武士かなんかなの?!
「セバスチャン。あたくしが死を賜るときはあなたの手にかかりたいですわ」
「お嬢様。お任せください。その後私もあとを追いますから」
「こわいこわいこわい!おまえらすごくこわい!」
主従関係の厚さも倫理観も武士みたいだよ!
「現代日本で名誉殺人なんてやるんじぇねぇよバカ!」
「ですが奏久さまは責任をとってくださらないのでしょう?でしたらあたくしは死ぬほかないのです……」
きりっとした顔で姉桐が俺を見詰める。悲壮な覚悟が定まった顔はとても美しいものだった。だけど言ってることがアレ過ぎる。
「ああ……頼むから現代日本の感覚で生きてぇ。お願いだからさぁ」
俺は頭を抱えてしまう。これがまだ恨まれて命を狙われるとかならまあ何とかなる。だけどなによこれ?文化がちがーうすぎて話が通じねぇ。
「もちろん。奏久さまに葉桐家に婿入りなどという無茶は申しません。あたくしが常盤家に嫁入りします」
「それで譲歩したつもりぃ?!譲歩でも何でもないよ!ぐぁああああ!」
過去一話が通じねぇ相手と遭遇した気がする。できればすぐここに綾城をつれてきて弁護してもらいたい。
「じゃあもういっしょに名誉のために心中いたしましょう。セバスチャン。介錯をお願いしますね」
「はい。お嬢様」
そう言うと、マドリガルは俺の前に短刀を置いた。姉桐の前にもだ。波紋がとても美しい。きっと業物だろう。
「お前は腹を斬れ、お嬢様は喉を突く。苦しみが長続きしないように私がお二人の首を刎ねる。これで文句はないな?」
「あるに決まってんだろ!バカかお前は!ばーか!ばーか!ばーか!ばあああああかぁああああ!!」
もう小学生みたいな罵倒しか出てこない。それくらい俺は二人のノリについていけてなかった。
「あの。まじでこうさ。あれは事故なんで。ほら。まだ裸まで見てるわけじゃないし、本番行為もないし、セーフってことで一つ……」
そもそもまだ本番もしてないし、セーフじゃね?って!なんか俺も相手の理屈に飲み込まれかかってる!この二人のペースがおっかないようぅ。
「ではどうやって葉桐家とお嬢様の尊厳と名誉を守れというのだ!代替案はあるのか!?」
マドリガルが今にも俺を殺さんとしかねないくらい怒り狂ってる。
「そ、その。あれなんです。さいきんじゃ友達同士のじゃれ合いでちょっとお互いの身体を触るくらいは普通なんです。そう!そうだよ!あれは普通のことなの!」
俺はテーブルの上に飛び乗り二人を上から見下ろす。
「いいか!あれは普通のことなの!俺は王様!姉桐は王女!すなわちお姫様!じゃあこれってお試し期間的なお友達的関係って言っても過言じゃないんだよ!わかる?!わかれ!わかってぇ!」
俺は必死にまくしたてる。バカ極まりないけど、向こうの方がバカなのだ。バカにはバカで対抗するしかない。
「そのような戯言」
「たしかに一理ありますわね」
「そうですね。一理ありますねお嬢様」
姉桐がなんか俺の言葉に飲まれてくれた!マドリガルは掌を高速でくるりとしたのでなんとかなりそうだ!
「そう。これはいうならば敵対する二つの勢力が手を組むか否かのお試し期間なんだよ。古来より嫁を交換することで互いのグループ同士は連帯を深めて繁栄を約束した。だが葉桐と俺は残念ながら今の段階では敵同士だ。だけど!このお友達お試し制度なら!もしかしたら希望の未来が見えるかもしれない!」
俺はとにかく逃げ切るのに必死だった。理屈にもなっていない理屈でとにかく逃げ切りたかった。
「すばらしいお考えですわ!奏久さま!流石あたくしが見込んだ殿方です!あたくしたちは敵対する陣営を結ぶ希望なのですわ!」
「素晴らしいですお嬢様!お嬢様こそまさに希望の星です!」
やった!勝った!論破した!俺は滅茶苦茶ガッツポーズを取りたかった。だけどまだだ。俺は姉桐の手を取る。そしてその甲にキスをする。
「ああっ」
「今はここまでにしておきましょう。未来に楽しみは取っておくのですよ。お姫様」
「はい!奏久さま……」
うっとりとした目で姉桐は俺を見詰めている。マドリガルも笑みを浮かべてニコニコしていた。こうして姉桐の責任問題は棚上げとなったのだった。
次回!あとはお若いお二人で!と姉桐さんの美人過ぎる議員秘書グラビアデビュー!の二本で送ります!
---作者のひとり言---
一応言っておきますけど、作者は名誉の殺人には反対ですよ。
あれは無くさなきゃいけない習慣だと思う。
でも世界のたぶん半分以上の国がそういうことを普通にやってるんだよなと思うとなかなか気が重くなります。
で、新キャラさん、
セバスティアナ・マドリガル・タルレガ 182 I
一番デカい女性キャラ来ちゃったね。でかい。
コロンビア出身でゲリラやカルテルで幼いころから暴れまわっていた少年兵という設定。
だが絃翔がそこから救い出して、忠誠を誓ったという百合ぃな設定がある。




