第189話 プリンセーサ
マッチングのロード画面が表示されている。数分の準備時間が与えられたのだ。
「相手はすごく強そうだな」
「そうね。そうだね。じゃあ邪魔だね」
そう言うと五十嵐はブラウスを第二ボタンまで開ける。豊かな胸の谷間と白いレースのブラが俺の目に映る。
「ちょ。なにしてんの」
「これお願い」
さらに五十嵐はスカートのホックを外して脱いで俺に投げてよこした。白いの綺麗なパンツが目に入ってきた。リボンとレースが可愛らしい。そしてサンダルを脱いで素足でペダルを踏む。
「お前ほんと何してんの?!」
目に毒だ。ここが外から見えないコックピットの中で良かった。もし周りの男の目に入っていたら、そいつらを皆殺しにしていただろう。
「スカート邪魔だし、ボタン全部閉じてると腕動かしづらいもの」
五十嵐は能面のような顔でシレっとそう答える。羞恥も何もないようだ。一体何なの?のめり込みすぎじゃない?!俺は顔を赤くしていたと思う。この間水着姿を見たばかりなのに、パンツとブラウスだけの組み合わせは刺激が強すぎる。太ももの滑らかさとむちっとした肉付きの良さにくらくらする。水着と下着姿はやっぱり違う。上が谷間も見えるブラウスだけっていうのもやばい。
「はじまる」
五十嵐は画面を見詰めていた。そこにはカウントダウンが刻まれている。そしてゲームが始まった。ステージはアステロイドベルト。岩だらけの宇宙空間だった。
「相手の姿は見えない。でもいる。この息遣いは……」
イェーシェンは岩をジグザグに避けながら進む。ライフルとビームソードを先に装備した状態なのが本気度の高さを伺わせる。
「来る!」
五十嵐はペダルを思い切り踏み、その場で停止してから急上昇を行う。さっきまでいた場所をビームが通過していった。
『あら?やるわね。ならこれは?』
対戦相手からボイスメッセージが入ってきた。煽りプレイのようだ。
「やっこいなぁ!」
隕石の影からミサイルが飛び出してくる。そのすべてをイェーシェンはライフルで撃ち落とす。だがその影に敵が潜んでいた。爆発の中から敵の機体。ディンギル・ムルが飛び出してきて銃剣で突撃してきた。それをイェーシェンは剣で受け止める。
『あらあら?これも捌くの?すごいわね。あなた誰?』
「聞くな!私はあなたを知ってる!プリンセーサ!」
イェーシェンはディンギル・ムルを蹴り飛ばして距離を取る。すぐにビットを展開して相手を狙う。今までの相手はこれで封殺できた。だけど今回は違った。
『どうせ見えないところから撃ってくるんでしょ?』
ディンギル・ムルは最低限の動きだけで全方位から来るビームの乱打をよけきった。それだけじゃない。
『見えなくても撃てば当たるのよ』
ディンギル・ムルはディレイタイムのビットを一機づつ両手に持ったライフルで次々に墜としていく。
『あらかわいそう。スカート捲れてパンツが丸見え』
「やっぱりあなたか!プリンセーサ!いつも私の邪魔ばかり!」
『うん?今日が初めてのマッチじゃなくて?』
相手の困惑の声が聞こえた。だいたいプリンセーサってなにさ?スペイン語なら王女って意味だけど。呼び名っぽい感じだな。
「もともとビットなんて当てにしてない!翅よ啓け!」
イェーシェンのリアウィングが開く。虹色の光が背中から勢いよく吹き出す。そして超加速してイェーシェンはディンギル・ムルの懐に飛び込む。
「あなたは射撃が得意だった!!」
五十嵐は素早いレバガチャで、イェーシェンを操る。そして相手の両手のライフルだけを切り裂いた。そしてそのままバク転しながら相手を蹴って再び超加速してディンギル・ムルから距離を取る。
「撃てないでしょ!ねぇ!撃てないんでしょぉ!」
『冷静さがないわね。熱すぎる』
ディンギル・ムルも移動し始める。そしてお互いに高速で衝突しながら、イェーシェンは剣で、ディンギル・ムルはマチェットでつばぜり合いを繰り広げる。
「レイの右腕!プリンセーサ!コクピットから引きずり出してやる!」
『あなたの設定はよくわからないけど、あたしが姫ならあなたは何なの?』
「私は、私は!?私は何?!」
相手の言葉に反応した五十嵐が動揺して動きを止めた。
『煽りが効くのは自我がないってこと。自分を取り戻してから出直しなさい』
隙を見逃してくれる相手ではなかった。ディンギル・ムルは右手のマチェットでイェーシェンのコックピットを貫く。そしてイェーシェンは爆発してゲームは終わった。
「私は何?なんだったの?レイ。あなたの作った道を走ったよ。でもまだわかんないよぅ」
五十嵐は背もたれに深く体を預けて、天井を見ながら泣いていた。能面のような顔に一筋涙が通っている。
「五十嵐……?」
「常盤くん。私は何?」
あまりにも漠然とした問いだった。何を求めているのか全く分からない。だけど俺のしたいことは明白だった。俺は五十嵐を正面から抱きしめる。
「常盤くん……」
「俺はお前が必要だ。ごめん。それだけしか今は言えない」
俺は五十嵐とおでこを合わせる。能面のまま泣くその顔は美しいのに痛々しかった。俺はその唇にキスをする。
「…ちゅ……うう……っぐす……んちゅ……うわあああああああん!」
五十嵐はまるで子供のように泣き出す。俺はただただ頭を撫でて彼女が落ち着くまで抱きしめ続けた。
落ち着いた五十嵐は服を着替えなおして、コクピットから出た。
「ちょっとおトイレ行ってくるね」
「うん。自販機のとこで待ってる」
五十嵐はトイレの方にとぼとぼと歩いていった。俺は自販機でコーヒーを買って、ベンチに座る。
「レイ?プリンセーサ?どっちもスペイン語だったな。王と姫か。でもそれはいったいなんなんだ?」
五十嵐がやたらとゲームが上手かったからといって何がわかるというのか?俺は思考の海に沈む。その時だ。電話がなった。綾城からだった。
「おう。綾城か。今沈んでたから声聞けて嬉しいよ」
『そう?ならいいけど。ねぇさっきまでリベラ・ミーレスを五十嵐さんといっしょにやってたでしょ?』
「おい?!なんでわかんの?!まさか近くにいるのか?!」
『ストーカーするくらいなら直接顔を出すわよ。いまあたしは池袋のゲーセンでプレイしてたの。強いイェーシェンいたから挑んだけど、あれ、五十嵐さんでしょ?違う?』
「おしゃる通りです。五十嵐だったよ。なんでわかったの?」
『なんかびびっと感じたわ。相手からのプレッシャーがなんかすごく重くてドロドロしてた』
対戦相手はまさかの綾城だった。まあ強さに納得しちゃうけど、こんな偶然ありなのか?
『ねぇ。偶然だと思う?』
「そう思いたいんだよ」
『なら偶然ではないんでしょうね。でも必然ならなにか意味がある。なんなのかしらね?それって?』
全く見当もつかない。出来の悪いラブコメならこれでこの後ぎくしゃくして、二人は幸せなキスをしてお終いだろう。そうはならない。そう確信してる。
『まあゲーム一つで何かがわかるってわけでもないし、今は放っておきましょう。またね』
「ああ、またな」
あっさりと電話は切れた。俺たちの間には何か途方もない因縁が渦巻いている。今やタイムリープしたことさえ必然だったとわかったのだ。他にも何か気味の悪い何かがあるのかもしれない。俺はコーヒーを飲み干してからゴミ箱に空き缶を投げ捨てた。こんな風に簡単に捨てられる呪いならいい。そう思った。




