第180話 シーズン0 「君の横顔」
書籍発売日記念SS シーズン0 「君の横顔」
あれは四年の卒業制作の時のことだ。俺は本郷キャンパスの建築制作室で一人きりで夜遅くまで建築模型の制作を行っていた。キリのいいところまでやって俺は机の横で鞄を枕に横になった。そしてしばらく仮眠をとってから作業を再開しようと思っていた時だった。
「しつれーしまーす」
甘く響く女の声がした。その声はよく知っている。ミス皇都大学で同期生の五十嵐理織世の声だった。
「ってやっぱ誰もいない?ありゃ?」
五十嵐は横になっている俺の方へと近づいてきた。俺はうっすらと目を瞑って寝たふりをする。
「寝てる。常盤くんだよね。じゃあこれは常盤くんの作品かな?」
五十嵐は俺の座っていた席に座って、俺の模型を眺めている。その横顔はどこか楽しそうに見えた。
「どんな人が住むお家なのかな?素敵だねぇ。あら。スケッチもあるんだ」
模型のそばにおいてあった俺のスケッチブックを五十嵐は開いた。それをゆっくり捲り見詰めている。五十嵐は真剣に俺の絵を見ていた。その横顔に俺の心臓は高鳴る。酷評されたらどうしよう。キモいって思われたら?本郷の池で会話してからずっと俺は五十嵐を目で追いかけていた。もちろん彼女が俺に振り向くことなんてない。だけど淡い思いを止めることは出来なかった。
「かわいい。ふふふ。見た目と違ってなんかファンタジーなんだね」
それは褒められていたのだろうか?だけどその言葉だけで俺は十分に心が温まった。彼女の美しい横顔は俺の絵を夢中で見てくれている。
「いいな。こんな風に世界を見られるなんて。こんな世界を見せてくれるなんて。そんな人が最初から傍にいれば……」
五十嵐はスケッチブックを閉じて、席を立ち俺の方へと近づいてくる。彼女はしゃがんで俺の頭を撫でる。
「あなたの夢は素敵だね。私も。私も……夢を見てみたかった……ありがとう常盤くん」
そう言って彼女は俺から少し離れたテーブルを陣取って自分の卒業制作に取り掛かった。俺は寝たふりを続けていた。彼女の背中を見詰めていた。どこか寂しく見えるのは気のせいだろうか?かっこいい彼氏も、優しい友達たちもいるのに、なぜか孤独そうに、寒そうに見えた。模型を造る彼女の顔は能面のように冷たい。そこには楽しさの欠片もなかった。俺は悲しかった。彼女はとても美しいのに。彼女を笑顔に出来る人は誰もいないんだ。
「だったらいつかは俺が……」
俺は寝たふりを続けながらそう呟く。いつかは。いつかは。いつかは俺が彼女の隣で……。きっと……。
幸せにしてみせる。
俺はその言葉を飲み込んだ。
だけどその言葉は叶えられないまま、どうしようもない悲劇に飲まれて、俺は人生をやり直すことになったのだ。
そして俺と彼女の物語は今に巻き戻る。
その結末は果たして……。




