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嫁に浮気されたら、大学時代に戻ってきました!  作者: 万和彁了
シーズン・4  After 『誰よりも輝ける夏』

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第179話 料亭

ムーちゃんは父親のことを知って少し動揺していた。落ち込んでいるわけではないみたいだけど俯いて静かにしている。


「とりあえず今日はもう寝よう」


 今は何かを考えても仕方がないと思った。だから俺はムーちゃんの肩を抱いてベットに一緒に入った。ムーちゃんは俺に抱き着いてくる。


「男の人ってほんとにがっしりしてるんだね」


 ムーちゃんは俺の胸に顔を埋めてくる。


「お父さんもこんな感じなのかな?」


「ああ。そうだよ。きっとそうだ」


「そっか。暖かいね」


 ムーちゃんはすぐに寝息を立て始めた。俺は彼女の頭を撫でる。いい夢が見れるようにそう祈る。








 次の日。俺が起きるとムーちゃんの姿はベットにはなかった。


「ふふーん♪」


 ムーちゃんはキッチンに立ってフライパンを振っていた。


「あ、カナタ君おきた?ちょっと待ってて。今朝ごはん作ってるから」


 キッチンからは香ばしいいい匂いがした。朝ごはんには期待できそうだ。そして彼女はお皿を二つ持ってくる。


「はい。簡単な焼きサンドウィッチだけど。どうぞ召し上がれ」


 サンドウィッチには卵とハムとレタスが挟んであった。それとオーロラソースみたいなソースが塗ってあった。俺はそれにかじりつく。


「美味しい!これ美味いよ!」


「うふふ。ありがとう。これはお母さんのレシピなの。タルタルソースとケチャップとあとは秘密のスパイスを色々混ぜて作るんだ」


 二人の朝食は穏やかに進む。美味しいごはんと可愛い女の子。最高の朝だ。コーヒーがとてもうまい。


「カナタ君。私決めたよ。お父さんに会いたい」


 ムーちゃんは真剣な目をしている。本気のようだ。


「わかった。セッティングするよ」


「じゃあお願いね。出来れば今日で」


「急だね。わかった。手配する」


 天決先生のスケジュールはわからないが、全力は尽くそう。一応今は日本にいるし、なんとかなるだろう。


「その。出来ればでいいんだけど」


「もちろんついてくよ」


「ありがとうね」


 ムーちゃんは穏やかに笑った。こうして親子の対面は決まった。出来れば感動のシーンにしてやりたい。頑張ろうと思った。








 会合は都内の料亭にて行うことにした。俺たちは個室を取って、天決先生を待つ。


「ここはふぐが美味いんだって」


「ふぐ?私食べたことない」


「じゃあ是非食事も楽しんでくれ」


「うん」


 そして料理がテーブルに並べられたころに天決先生がやってきた。


「やあ常盤君。今日はどんな用で呼んだんだ?葉桐のことか?」


 天決先生はジーンズにポロシャツのラフな格好でやってきた。俺とムーちゃんがビジネススーツなのとは対照的だ。


「そちらのお嬢さんは誰かな?可愛らしいが役者志望とかかね?」


 天決先生は俺たちの前の席に座った。ムーちゃんのことを怪訝な目で見ている。


「そうではありません。今日は大事なお話があってこの会合を持たせていただきました。ムーちゃん。自己紹介を」


 ムーちゃんは立ち上がって綺麗にお辞儀をする。


「私は皇都大学理学部物理学科一年の三鼓舞々弥です。よろしくお願いします」


「ん?三鼓?もしかして君は蒼川大学文学部の三鼓舞香教授の娘さんか?」


「……はい。そうです」


 天決先生はムーちゃんを興味深げに見ている。


「彼女の娘さんかぁ。いやぁ若いころの彼女のよく似てる。髪の色は違うがね。娘がいるとは聞いていたが会うことになるとは思わなかったよ」


 天決先生はとくに動揺していない。どうやらムーちゃんが自分の娘だとは思っていないようだ。


「物理学科の所属と言うことは祷際場の話をしに来たんだな。出雲で進めている祭犠の物理システムの構築には葉桐も苦戦しているしな。常盤くんは裏をかこうというわけだ。流石だな」


 なんか早合点しているが、今日はそんな難しい話はするつもりはないのだ。俺はムーちゃんを座らせてから話を切り出す。


「ムーちゃんのお母さんとは親しいんですよね?」


「……昔はな。学生の頃は皇都大学文学部の同級生だった。演劇サークルでいっしょに役者を目指していた。まあお互いに演技の才能には今一つ欠けていたから、俺は演出家へ、彼女は研究者へと進んでしまったがね。くくく。いやぁ青春を思い出すねぇ。あの頃はまだ俺もふさふさだったんだぞ。ははは」


 天決先生は酒を飲みながら機嫌よく話している。ムーちゃんのお母さんとは仲が良かったようだ。


「彼女は俺が演出家になった後にも評論でガンガンダメ出ししてくるんだよ!ムカッとはするがどの指摘も的確でな!いまでも彼女には叩かれまくってる!いつかは彼女を満足させられてグーの音も出ないほどの舞台を作り上げるのが俺の夢の一つなんだよ!」


 楽し気にムーちゃんのお母さんについて語っている。そこには悪い感情は一つもなかった。天決先生は優し気な目でムーちゃんのお母さんのことを話している。


「おっと話しすぎたな。舞香さんには今の話は内緒にしておいてくれよ。不意打ちしてやりたいからな」


 まるで子供のように天決先生は言った。なんというか男としてはその気持ちはよくわかる。


「お母さんはきっと満足してますよ。だって家には天決先生の戯曲が全部ありますもん」


 ムーちゃんが口を開いた。


「そうなのか?まあ文学部の教授なら当然だろう」


「いいえ。お母さんはあなたのファンです。捻くれてるだけで推してるんですよ」


 ムーちゃんは優し気に微笑している。そして俺に視線を送ってきた。俺は頷く。


「天決先生。すみません。こちらの書類をご覧ください」


「ん?なんだこれは?DNA鑑定?」


 天決先生の持っている書類には父子関係があることを証明する記載がある。


「誰と誰のだ?葉桐の隠し子か?」


「葉桐ではありません。天決先生、本名佐々木蔵弥津(くらみつ)さん。あなたとそこの彼女の三鼓舞々弥との間には親子関係があります。あなたがムーちゃんの実の父親です」


 天決先生は顔を強張らせた。書類をじーっと睨んだ後、ムーちゃんのことを見る。


「親子関係?その子と俺に?」


「はい。申し訳ありませんが、ひそかに鑑定をさせていただきました」


「ああ。だから最近頭の照りが増していたのか……。知らぬ間に髪の毛を盗まれていたんだな……」


 いや、気にすんのそこかよ!


「いや。まさか。だが……」


 心当たりはあるみたいだな。まあないわけないのだが。場が沈黙に包まれる。気まずい。すごく気まずい。戸惑うのも無理はないだろう。


「いきなり娘さんがいただなんて言われても驚くのは無理はないと思います。ですが今回は舞々弥さんから会うことを希望したのです」


 天決先生はムーちゃんの顔をじーっと見つめている。


「演出家失格だな。こういうときにどういう台詞を言うべきかわからないなんてな。俺もまだまだだな」


 お猪口をグイっと飲み干して、天決先生はムーちゃんに向かって言った。


「君はなんで俺に会いたいと思ったんだ?」


 ムーちゃんは天決先生の目を真剣な眼差しで見ながら言う。


「お母さんが沼ってる男がどんな人か知りたいから」


 その回答に天決先生はぽかんと口を開けた。


「沼ってる?」


「はい。お母さんはあなたのことを輝いている人だとうっとりとした瞳で私に語ったんです。だから知りたいんです。あなたのことが」


「舞香くんがそんなことを……」


 天決先生が微笑した。


「それなら俺が演出する舞台を見に来ればいい。俺は自分自身を飾る言葉をもたない。俺は俺の思いを役者たちに語らせるんだ」


 そう言って天決先生はポケットからチケットを二枚取り出してムーちゃんに渡した。


「常盤くんに渡すつもりだったのが、君に渡そう。舞香くんと二人で見に来てくれ。そのあとで三人で話そう」


 ムーちゃんは目を丸くしていたが、微笑みながらそのチケットを受け取った。


「わかりました。楽しみにしてます!」


 こうして親子のファーストコンタクトは終わった。あとはムーちゃんの普段の学生生活を会話のネタにしてふぐ料理を楽しんだ。





 タクシーを呼んでムーちゃんを家に帰した後、俺と天決先生はラーメン屋に二次会にしに来た。


「上品な懐石もいいが、やっぱり男なら〆のラーメンだ。葉桐は俺を接待こそするが、こういうところには行かない。ラーメン屋には権力の匂いがないからだ。ここには人々の楽しみにだけがある。あいつはそれを見下している。つまらん男だ」


 天決先生はラーメンを美味しそうに食べている。こういうところが女の人が沼っちゃうかわいいところなのかもしれない。


「今日ありがとうございました。ムーちゃんはきっと喜んでくれたと思います」


「いや。俺も嬉しかったよ。もう両親もいないし一人っ子で兄弟もいない俺には家族がいない。結婚する気もなかったのに、家族がいた。独身貴族を気取っていたくせに、娘がいたってことがとても嬉しいんだよ。あの子がかわいくて仕方がない。これが普通の幸せって奴なんだな。尊いよ」


 俺にもその気持ちは少しわかる。前の世界じゃボッチだし、女もできないから一人で死ぬんだと思ってた。五十嵐と付き合って結婚してまっとうな幸福を知って嬉しかったんだ。


「だがそれを脅かそうとする者がいる。葉桐。あの男は人々の営みを軽蔑している。それを壊すことに躊躇がない。常盤くん。これを」


 天決先生は一冊の本を俺に渡してきた。



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祭祀からロマンスへ


ジェシー・レイドレー・ウェストン=著

葉桐 翔斗=訳


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 出てきたのは葉桐教授の訳本だった。


「葉桐は途方もない夢を見ている。それは悪夢でしかない。神話は語られるものであって、具象化するべきものではないのだ」


 天決先生は忌々しそうに語った。


「君があの悪魔を撃ち滅ぼすことを願ってやまない。俺はこの世界でまだ生き続けたい理由が増えてしまったのだから」


 俺は天決先生の祈りを受け取ろう。俺は必ず葉桐を滅ぼす。すべての悲劇に正当なる報いを与えるために。





 天決先生と別れて駅に向かっていた途中、スマホが鳴った。


「もしもしパイセン?どうしたんすか?」


 いまインドにいるはずのケーカイパイセンからの電話だった。


「カナタ。驚くな。トルコで葉桐を見かけた」


「はあ?トルコ?!なんで?!」


 葉桐がトルコにいることも謎だが、インドに行ったはずの先輩がトルコで葉桐を見つけたのも謎い。頭の中がはてなでいっぱいだ。


「やつは大怪我を負ってる。右手と左足が包帯でぐるぐる巻きな上に眼帯までつけてる。そのくせトルコ政府の関係者みたいな連中としょっちゅう会合している。なにかトルコに重要なものがあるみたいだ」


 俺は直感した。これはチャンスかもしれない。奴がトルコでしていることを掴めばリードを取れるかもしれない。


「今からそっちに行きます」


「わかった。待ってるぜ」


 俺はすぐに家に帰り、パスポートを握りしめて空港にむかった。トルコにある何かを俺は必ず見つけ出す。






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