第178話 輝くもの
最近は遊び呆けていたので、久しぶりに勉強をしに図書館にやってきた。駒場の図書館は静かだが真面目な学生たちで溢れているので好きだ。自習ブースを確保して本を借りてきた戻って来た時だった。自習ブースにムーちゃんがいるのに気がついた。
「やあ、ムーちゃん」
「あ、カナタ君」
ムーちゃんは机に難しそうな論文類を広げてPCのキーボードを高速で打っていた。
「物理の勉強?さすが理ケジョの姫だね」
「ふふふ。うん。でも勉強でもあるけど、実はこれ論文書いてるの。ジャーナルに投稿するんだ。インパクトファクターは低いとこだけど、実績は稼いでおきたいよね」
もう学術誌に論文を投稿してるのか!すごい優秀だな。俺は実務特化だから研究の世界はよく知らないけど、憧れるところがある。
「そっか。すごいね。頑張って」
俺がガッツポーズするとムーちゃんもガッツポーズし返してくれた。こういうノリのいいとこ可愛い。
「あ、あとで暇になったらでいいんだけど」
「ん?何か用?」
「ムーちゃんのお父さん見つかった」
それを聞いたムーちゃんは目を見開いている。
「うそ……ほんと?」
「まじまじ。ムーちゃんから貰った髪の毛でDNA鑑定もしたから間違いない」
忍者君がムーちゃんのお母さんの過去を丹念に探って探し出したらしい。まだ俺も報告書は読んでいないから、誰なのかは知らないけど。
「私にもお父さんが。本当にいたんだね……」
ムーちゃんが目を細める。何を想像しているのだろうか。
「じゃあ。あとで声かけて。俺はそこのブースにいるから」
「う、うん。わかったよ」
俺は自分のブースに向かう。俺は両親が普通にいたので、ムーちゃんの心のうちはわからない。だけどムーちゃんは父に会うことを望んだ。それが叶うといい。そう思った。
気がついたら夜になっていた。閉館を知らせるBGMがどこか寂しさを感じさせた。
「あれ。ムーちゃん結局来なかったな」
俺も勉強に夢中になってて忘れていた。ムーちゃんがいる方のブースを見るとムーちゃんはまだPCに向かってカタカタとキーボードを打っている。
「あっちも集中してたのか。こういうところはうちの学部生って感じだよね」
普段はバカしかやらないうちの連中も勉強のときはとても真面目になる。集中の切り替えが抜群に上手いのがここの学生の特徴だと思う。
「ムーちゃん。もう閉館時間だよ」
「あれ?カナタ君?あ、ほんとだ」
ムーちゃんは気づいていなかったらしい。
「あー。論文仕上がらなかったなぁ。お父さんのこと気になって集中がおろそかになっちゃったみたい」
そうは言うが閉館時間のBGMも聞こえていなかったレベルだ。推して知るべしである。
「今日はもう遅いから明日あたりに調査報告書をPDFで送ろうか?」
「いや!すぐ見たい!」
ムーちゃんは立ち上がって俺に詰め寄る。その視線は真剣なものだった。
「私は知りたい!お父さんがどんな人なのか!お母さんがいまでも愛して沼ってるその人のことを!」
「そうか。わかった。じゃあ渡すけど。報告書は俺の部屋にあるんだよね」
「じゃあ今から行こう!」
ムーちゃんは荷物を纏めて俺の手を引っ張る。今俺はけっこうすごいこと言ったつもりなんだけど、ムーちゃんには聞こえていないようだ。まあいいか。泊まりに来るやつがまた増えただけのことである。いつものことだ。俺とムーちゃんは学校を出て、下北の俺の部屋へ向かった。
俺の部屋にやってきた。ドアを潜って玄関で靴を脱いだ時だ。
「あ、あれぇ?!私!お持ち帰りされてるぅ?!」
ムーちゃんが今更ながらに気がついたらしい。顔を真っ赤にして身悶えしている。
「か、カナタ君!こういう時のプロトコールはどうなってるの?」
「プロトコール?いやふつうそんな単語使わねーよ」
「あるでしょ!?こういうとき男と女どっちが先にシャワー浴びるの?!相手がシャワー浴びてる間は何してればいいの?!」
「何って。それはケースバイケースでしょ」
前の世界だとラブホだと俺が先にシャワーを浴びることが多かった。その間五十嵐はカラオケを歌っていたり、照明で遊んでたりしてた。そしてあとから浴びてきた五十嵐がタオルだけ巻いた状態で出てきてベットに入ってくるっていうのが多かった。逆に同棲後は先に帰った方がシャワーを浴びておくのが暗黙のルールになっていた。ほんとケースバイケースである。
「それじゃどうしたらいいかわかんないようぅ!こういうとき姫はどうすればいいの!?ねぇ!?」
「あー。とりあえず先に入ったらいいよ」
俺は風呂場に入り、湯はりのボタンを押す。そしてそこへ入浴剤を入れてやる。ちょっと高級な花の香りのする奴である。じつにムーディー。
「はい。お姫様。お風呂の準備が整いましたよ。さあどうぞ湯浴みなさってください」
「…あ、ありがとう」
ムーちゃんは頬を赤くして俯く。微かに唇は笑みを浮かべていた。可愛い。普段のマウントスキーな感じじゃなくてうぶい感じがすごくギャップ萌えする。そしてムーちゃんはお風呂に入る。俺はその間に冷蔵庫から軽食を出してきてレンジでチンする。ハーブティーを淹れてちゃぶ台に置いておく。
「あの。その。出たよ……」
ムーちゃんが風呂から上がった。バスタオルだけを撒いた状態だ。この間の水着の方が露出が圧倒的に多いのに、あのときよりもずっとセクシー。タオルから伸びる足にまだほんのり水滴がついているのがとてもチャーミング。いつものツーサイドアップではなく、リボンを撮って髪の毛をストレートに流している。
「ムーちゃん。かわいいよ」
俺はムーちゃんに近づく。
「あ…っ」
俺はムーちゃんの肩を撫でる。しっとりとして滑らかな感触が掌に伝わってくる。ムーちゃんは俺の目を見詰めながら唇を細めて近づけてくる。だけどそうは問屋が卸さない!
「はいこれ!じゃじゃーん!俺の高校時代のジャージー!」
「ジャージ?」
「これ可愛いよ。絶対にかわいい!ムーちゃんきたら萌え袖!メッチャギャップ萌え!マジ見たい!どうぞ来てくださいませ!」
「これがかれぴジャージ!着る!」
ムーちゃんはジャージを手に取って熱いまなざしを向けていた。俺はその隙に風呂場に向かう。
「あ、報告書はちゃぶ台の上に出しておいたから。お茶と軽食取りながら読んでてよ」
「うん!わかった!」
ムーちゃんはジャージをもってその場で回転している。そんなに楽しいかジャージ。良かった。ありがとうジャージくん。今日も女の子がいるのに平穏に過ごせるのは君の御陰だよ。俺は悠々とシャワーを浴びたのだった。
そして風呂場から出てパジャマに着替えて部屋に戻る。ジャージ姿のムーちゃんがお茶を飲みながら報告書を真剣な目で見ていた。
「どうだい?ムーちゃんのお父さんはどんな人?」
俺はまだ報告書を読んでいない。それはムーちゃんが先に目を通すべきだと思ったからだ。プライバシーに絡むしね。
「お母さんが言った通りだった……輝いてる人だったよ……」
ムーちゃんはどこか寂し気にそう言う。そして俺の方に父親と思わしき人物の写真を見せてきた。俺はそれを見てひどく動揺した。
「ね?輝いてるでしょ……」
「ああ。輝いてるな……頭が……」
写真に映る男の頭は禿げ散らかっていた。だけど鋭い目つきと堂々とした顔立ちをしている。ていうかこの人知ってるー。
「お母さんの専攻が文学、演劇、映画論だから確かにつじつまが合うの。この人の戯曲、うちに全巻揃ってたし。そりゃ沼るのもわかるかな」
ムーちゃんは遠い目をしている。家の中になった伏線を回収してすっきりしたのかもしれない。だけど俺は気が気でなかった。
「ムーちゃん。驚かないでくれ。俺、この人と知り合い」
「うそ?!まじで?!」
「うん。だってこの人ミランの師匠だし。でもマジかぁ……世界は狭い……」
そう。そこに映っていたのは世界的な演出家である天決騎衝先生その人であった。頭が光り輝いてるぅ!物理的にな!
---作者のひとり言---
ムーちゃんのパパは天決先生でしたー!
伏線は張ってあったよ。ムーちゃんのママが演劇とか教えている大学教授だってとことかね。あと輝いてるとか。
ちなみに天決騎衝は起承転結を入れ替えて漢字を変えてネーミングしました。
筆者は天決先生好きです。
小ネタ 前回入れ忘れた会話
ヒカルド「この間の五大学野球。実は球場で見てました」
カナタ「あ、そうなの?そう言えばヒカルドは野球やってるんだよね」
ヒカルド「カナタさんに比べればまだまだですけど。頑張ってます。あのときの170kmのホップボールは僕の憧れです」
カナタ「いやぁ照れるねぇ。まああのときは俺も命を懸けてたからね。そう言われると嬉しいよ」
ヒカルド「ホントすごかったです!いつか僕もあれを投げてみたいです!でもまだ僕は160kmしか投げられないので、あと10k上乗せしないといけないからいっぱい頑張らないと」
カナタ「ちょっと待て?!ヒカルドは中学生だよね?!160km投げられるの?!」
ヒカルド「ええ。まあ。でもまだまだですよね。カナタさんと比べると」
カナタ「いやいやいや?!中学生でそれ投げられるのは普通じゃねぇよ!無双できるじゃん!ヤバすぎ!」
ヒカルド「でもねぇさんのふざけた投げ方にさえ勝てないんです。自分はまだまだです」
カナタ「あれと比べちゃダメ!あれは例外とかバグとかそういうレベルだから!ヒカルド!お前は才能に溢れた選手だ!俺が保証する。だから姉を比較対象にはしないようにしろ!いいね!」
ヒカルド「ん?はあ。わかりました」
姉弟揃ってバグキャラなレイチ家でした。
無自覚系チートヒカルドくんでした!




