第167話 ギャルがビビってるのはどうかと思う。
海に入る前に駐車場に戻ってきた。車のトランクを開けて中から浮き輪やボディボードなどのグッズを取り出してビーチへ持っていく。その途中海の家の前を通った。
「だから俺らがたのしませてやるってーの!」
「だからあーしたちは皆と来てるから……」
「提案。拒否」
日根野谷と東海林がタトゥーをゴリゴリに入れた男たちに絡まれていた。俺はスルーしようと思った。だがよく見ると東海林が日根野谷の背中の後ろに隠れるようにして立っているのが見えて気が変わった。あれはビビってるよな?東海林の足はよく見るとがくがく震えていた。日根野谷の背中の水着を指で掴んでいる。
「だーかーら!!いいから来いって!お前らあそこの陰キャの群れから来たんだろ?!俺の方がずっーと!面白がらせてやるよ夜もな!!!ひと夏の思い出作ろぜ!やっはー!」
男たちは東海林がビビったのに気がついたのか、彼女たちに体を近づけて大声を出す。東海林の顔が強張っている。日根野谷はいつもと変わらないみたいだが、それでも困ってはいるように見える。俺は二人に気づかれないようにそーっと近づいて二人の後ろに立つ。そして男たちを彼女たちの後ろからじーっと睨みつける。
「「「……ひっ?!」」」
俺と目が合った男たちはいっせいに身を縮こませる。俺がしっしと手を振るととぼとぼと去っていった。
「あれ?あいつら諦めた?あーし勝った?!」
「否定。疑念。背後?」
日根野谷が振り向く。俺と目が合った。
「納得」
「え?栗花落?何に納得したの?ってええ?!」
東海林も振り向いて俺の存在に気がつき驚きの声を上げる。
「ああいうときは周りにすぐ助けを呼べよ。自分たちだけで解決しようとするな」
俺は肩を竦める。ああいう手合いはビビったらつけこんでくる。周りに声を上げておっぱわらないとダメなのだ。
「なんで常盤がここにいるんだし!?」
「車から玩具を取ってきた帰り」
東海林は俺を睨みつけてくる。
「一応。感謝」
日根野谷はきれいにカーテシーする。
「ちょっと!栗花落?!こんな奴に感謝する必要ないでしょ!」
「否定。道徳。大事」
「こいつは宙翔の敵だし!」
東海林はガルガル喚いている。日根野谷はそれを冷めた目で聞き流しているようだった。
「あんた何様!?なんであーしたちに助け船だすの?!あーしたちは敵同士でしょ!!」
「ここで助け船出さないほど悪党にはなれんよ俺はね」
東海林は敵と味方で線分けをきっちりするタイプらしい。敵の情けは受けぬって侍みたいだけど、他の女の子の後ろに隠れちゃうレベルのビビりだとその矜持は通せないだろう。
「ふん!別にあんたがいなくてもなんとかなったし!」
「否定。暴力装置不在。澪不在。不便」
日根野谷は首を振っている。やれやれと言った感じでため息を吐く。
「ん?何言ってるのかよくわからんけど、滝野瀬がいれば何とかなったってこと?」
「肯定」
「あいつ強いの?」
「肯定」
知らんかった。滝野瀬って武闘派なのか?
「ちょっと栗花落!澪に頼るのはやめようって前に言ったし!なんでこいつの前で言うの!」
「澪。便利。軟派撃退。鬼強」
「つまり普段は滝野瀬が男を追っ払ってるのね」
あのお嬢さんなかなか気丈らしい。まあ襲われてデートの邪魔されたのは恨んでるけどな!
「まあとにかくお前ら見た目だけはとてもかわいいんだからあんまりビーチをフラフラするな。特に東海林、お前はあんな様子じゃナンパ野郎に下手すれば連れていかれちまうぞ」
「そんなことないし!」
「そんなことあるし!とにかくうちのシマにすぐ戻れ。あそこなら安全だからな」
ビーチで強引なナンパする奴はけっこう多い。そういうのには俺も目を光らせるけど、セルフディフェンスは忘れないで欲しい。
「あーしはあんたに恩なんて覚えないから!」
「別にいいよ。ほれ。さっさと戻れ戻れ」
「ふん。行くよ栗花落」
東海林は日根野谷と手を繋いで大学のシマに戻っていった。日根野谷は歩きながら首だけこちらに向けて軽く会釈をしてくれた。
「ギャルギャルな見た目のくせにビビりとは意外だなぁ。ビビデレ」
まあ俺にデレることはないだろう。そんなことは別に期待していない。俺も玩具を抱えてシマに戻っていった。
わたくしは山口県は下関市の関門橋近くの海に停泊させたクルーザーの上で水着姿で日光浴を楽しんでいました。スオウさんに襲撃されて負った傷で入院していた時の退屈さを吹き飛ばすような夏の陽気が心地よいです。ですが今わたくしの傍には愛おしい人がいない。葉桐様は仕事でトルコに行ったきり連絡が取れない状態が続いております。寂しさを覚えますが、留守を預かり城を守るのも女の務めと割り切っているつもりでした。ですが。
「友恵さんがうそをついたわけ。分かった気がしますわ……」
わたくしが入院中、伊角さんが葉桐様を脅迫した件は東海林さんたちから聞きました。そのときにわたくしはすぐに嘘に気がつきました。わたくしはスオウさんに撃たれた足を撫でました。そこには傷一つも残っておりません。友恵さんが開発した再生医療技術を使えば、顔の傷なんて後遺症も痕も残さずに綺麗に治すことが出来ます。それを知っていながら、葉桐様には顔に傷が残ると嘘をついたのです。あの脅迫はそもそも友恵さんという天才科学者を有するわたくしたちには効かないものだったのです。葉桐様は友恵さんの仕事を把握していない。恐らくは祭犠に必要な技術以外の功績は目に入っていないのでしょう。それは確かに仕方のないことだと思います。葉桐様は膨大な仕事を抱えています。ですがそれでも友恵さまの成した仕事をある意味では軽視している。それにどこかがっかりしている自分がいるのを否定できませんでした。葉桐様はもしかしてわたくしたちを信頼していないのでしょうか?そう考えた時、わたくしの背中につららが刺さったような冷たさを覚えました。同時に女たちの奉仕した成果を軽んじた結果、女の恫喝に負けたという結果にどうしようもなく冷めるような感覚をおぼえてしまうのです。葉桐様は闇の中にいたわたくしを救ってくださり、さらに全世界に救済を齎す方だと今でも信じております。
「なのに身体が熱くならないのはなぜ?……」
理織世さんがわたくしに手を差し伸べてくれたあの日は今でも輝かしく思えます。ですが葉桐様が助けてくれたあの日々がどうしても色褪せて見え始めています。どうしようもなく悲しいのです。何かの間違いであって欲しいのです。だからわたくしは仕事をして再び忠誠を示して愛を燃え上がらせなければなりません。同時に友恵さんには最高の医療を受けさせてくれてこうして健康に戻れたことへの恩があります。
「お嬢様!いくら何でも無茶ですよ!まだ病み上がりですぞ!それにあれは今まで誰も見つけることが出来なかった代物ですよ!」
わたくしが潜水服を水着の上から着てダイビングの準備を進める中で、爺やが五月蠅く止めようとしてきます。
「御黙りなさい。わたくしは忠誠を果たさねばなりません。そして恩を返さねばならぬのです!」
友恵は『斧』を紛失しました。あれは保険に過ぎませんが、それでもかなりの痛手です。斧に匹敵する祭具を友恵の名で葉桐様に献上すれば、友恵の立場は安堵されるはずです。
「わたくしは行きます。友のために」
わたくしはボンベを背負って海に飛び込みました。この海にあるはずの祭具を探すために。そしてすべては友のために。




