第166話 闇堕ちカナタ君
葉桐の女たちは薄ら笑いを浮かべながら俺に視線を向けている。
「あんたが常盤奏久?はじめましてあーしは工学部航空宇宙工学科の東海林紗永」
「紹介。理学部化学科。日根野谷栗花落」
金髪に赤メッシュのギャルの東海林は胸を張ってそう言い、ピンク髪のゴスロリの日根野谷はカーテシーしながらそう言った。なお二人はそれぞれヒョウ柄の際どいカットのビキニと、黒のワンピースに白いフリルをあしらった水着を着ていた。
「ああ。よろしゅう」
二人は笑みこそ浮かべていたが、間違いなく俺を値踏みするような目を向けている。
「ねーリリセ。常盤くんってなんか乱暴そうだけど、大丈夫?水着とか引っ張ってきそうな感じするけど?」
「加虐的嗜好。粗忽。野卑。わらわら」
なんかさっそくディスられている。まあこいつらはこういうやつらだ。前の世界でもこんな感じだった。言い返すのは無駄だろう。
「そんなことないよー。常盤くんは優しいよ」
五十嵐は朗らかにそう答えた。優しいはモテないの枕詞だが、五十嵐に関してはそうでもないだろう。
「そっかー。じゃあいい人どまり系ってことね。かわいそーくすくす」
「良き人。不良的善良。哀愁。わらわら」
とにかくディスってくるなぁ。腹立つわ。俺は真柴のお尻を見て苛立ちを治める。いや逆に後ろから揉みしだきたくなるな。ぺちんぺちんしたい。
「どこ見てんのよ……もうぅ……」
鯖にゃんに気づかれた。恥ずかしそうにお尻を手で隠す。もっと見ていたかった。それを見てギャルとゴスロリの二人がすっと目を細めて真柴を睨む。
「へぇ。そういうこと?」
「疑念。離反?」
「なんのこと?よくわかんない」
鯖にゃんはさばさばと二人の睨みを躱す。なんか大人な対応だ。ちょっと前までの真柴なら顔を真っ赤にして反論してただろうに。
「真柴にねちっこい目を向けるなよ。せっかくのBBQなんだから仲良くやろうぜ」
俺はこの話を打ち切るためにそう言った。二人は最初俺に嫌な目を向けていたが、再び笑みを浮かべる。
「そうだね。楽しみだよねー。あーしも常盤のおもてなしに期待しちゃうからね」
「歓待、享楽、期待」
二人は一応矛を収める気になったようだ。まあ五十嵐の前でバチバチやり合う気はないみたいだ。だが一人変なことを言い出す奴が身内にいた。
「東海林紗永。数値は1。日根野谷栗花落。数値は1。真柴友恵。数値は1。なるほど主に貞節を誓っているようですね。健気な人たちのようですね。あんのおとこにはもったいなか!」
楪が謎い数字を口にした。みんなが首を傾げている。
「それなんの数字なの?算数ちゃん。私だったらいくつ?」
五十嵐が尋ねた。
「あなたは0です」
「ええ?なんかやだなぁ。赤点みたい」
「安心してください。そこの犬ガールもわたしも0です。むしろ0の方がいいと綾城さんは言うはずです」
「そうなの?んー?」
五十嵐がぜぇろぉ!?0!?零!?楪の計算はアレの経験値のはず。つまり……。俺は思わず頬が緩んだ。その時だった。
『よかったわね。気になるあの子は清らかな処女だったわ』
俺はその声に衝撃を受けて振り向く。そこには白い馬の着ぐるみを着た綾城がいた。頭からはドリルのような黄金の角が生えている。そして人参をまるで煙草を吹かすように咥えていた。
「綾城ユニコーンX!?そんな?!なんでここに?!」
『I am thou, thou art I.あたしはいつだってあなたの心の陰にいた』
綾城ユニコーンXは俺の肩に手を置き、邪悪な笑みを浮かべる。
「ち、ちがう!俺は!俺はそんなこと気にしない男だ!」
『いいじゃない別に。ユニコーンは誰の心の中にでも必ずいる。それは人類の宿痾そのもの。処女厨とはそもそも進化心理学的に人類が獲得した生存戦略の一つ。七つの大罪に匹敵する原罪の一つでしかないのよ』
「七つの大罪に並ぶの処女厨って?!そんなにすげぇのかよ?!」
『ええ。それゆえにユニコーンは人々に大いなる力を授けるの。さあ受け入れなさい、あたしを』
「い、いやだ!そんなの気にしながら生きるのは間違っている!」
『でもあなたはもう喜んでしまった。でも気にしなくっていいのよ。それはあなたの心の奥底の願望の発露でしかないのだから』
綾城ユニコーンXは俺の頬を人参でつんつんと突っついてくる。
『何も知らない無垢なる清らかななる処女を己が欲望で汚す。それは誰も堪えられない愉悦に他ならないわ。想像してごらんなさい。何も知らないあの子を自分の色に染め上げる姿を』
「や、やめろぉ!俺は!俺はぁあ!!」
『くくく。さあ堕ちなさい。ここは甘美なる楽園。真っ白な地獄。ああ麗しきかな!ユニコーン!ひひーん!』
俺の心の弱さが綾城ユニコーンXを心の奥底から呼び起こしてしまった。俺は彼女の悪魔のささやきに飲まれていく。
『破瓜の鮮血に歓喜しなさい!それはあなたの魂の色!そこに宿るは大いなる愛!』
俺は想像してしまう。五十嵐と結ばれる日のことを。ベットには赤いシミが……。そしてそれに恥ずかしがる五十嵐と、ほくそ笑む俺とを。
違う!
心の奥底から浮かび上がってきたもう一つの影が叫ぶ。
俺は愛したんだ!誰かに抱かれたことのある彼女だってとても美しかったんだと!
「綾城ユニコーンX。俺はお前の手を握ることは出来ない」
『いいの?それは茨の道なのよ?』
「それでも俺はどんな彼女だって愛したんだ。だからお前の手を取ることはない」
俺は一筋の涙を流す。綾城ユニコーンXはそれを見て聖母の様に微笑んだ。
『そう。ならあなたは荒野を行きなさい。そこで愛を育んで。大いなる実りを……』
「ああ。俺、がんばるよ」
そして綾城ユニコーンXは消え去った。関係ないんだ。俺は彼女の数字がどんな値だって愛するんだ。愛の証明はここにある。フォーエバー。
そして俺は現実世界に帰ってきた。
「常盤くん?ぼーっとしてたけど大丈夫?」
「ああ。大丈夫だよ。五十嵐。お前は本当に可愛い女だよ」
「ちょっと……いきなりどうしたの……?もう。変な常盤くん」
五十嵐は頬を少し赤く染めてもじもじしていた。ああ。俺が見たかったのはこの笑顔なんだ。彼女は俺の愛おしい人。ただそれだけでいい。俺はこうして闇落ちせずに済んだのであった。




