第148話 ビアガールの衣装のパターンは意外と多い
新木場のクラブは広くて大きい。俺はバイト用のイベントTシャツを着て、会場前の高揚感を楽しんでいた。
「常盤」
俺を呼ぶ綾城の声がした。振り向くとそこに綾城がいた。白い肌を赤く染めて珍しく恥ずかしがっているようだった。だってそれも仕方ないと思う。
「すごくかわいい。綺麗だよ。でもなんだいその恰好?」
綾城が纏っていたのはオクトバーフェスト風のワンピースだった。ノースリーブでミニスカート。白いニーソックス。豊かな胸の谷間も見えている。
「ありがとう。でもそうね。ギャル系イベントって聞いていたのに、イベントのプロデューサーさんが用意していたのがこれだったのよ」
綾城以外の女子もオクトバーフェスト風ワンピースを着ている。あるいはビアガールとかもいた。
「女子の仕事はドリンクのサーブって聞いてたけど、色物要素ありだったのかー」
もじもじしている綾城が可愛く見える。普段は凛としている分、ギャップがとてもいい。
「これを背負ってビールを売るのがあたしの仕事ね」
綾城の足元にはビールサーバーのリュックがある。ビール好きの俺歓喜!
「綾城さん綾城さん。一杯サービスしてくれない?」
俺がそうおねだりすると、綾城はにんまりと笑って言った。
「一杯だなんてケチはしないわ。いっぱい飲んでいいのよ」
綾城はビールサーバーを背負って、そのノズルを右手に持ち、それを股間あたりに持っていき。
「さあ。跪いてお口をあーんって開けなさい。どぴゅどぴゅって注いであ・げ・る♡」
しょんべん小僧と言えば可愛らしいけど、あまりにも下品すぎる。
「やめて!そんなやらしい飲み方したら、二度自分を許せなくなるようぅ」
ある種の人々にとってはご褒美かもしれないけど、Mの素質がないので俺には拷問に等しい。
「ちなみに一杯1000円で売って来いって言われたわ」
「高いなぁ」
クラブ内の酒って大して美味くもないくせにマジで高いと思う。
「売れた分だけインセンティブつくそうよ。頑張るわ!」
「まあ頑張ってくれ」
「ところであんたは何の仕事するの」
「セーフティエリアの入り口に立つだけの簡単なお仕事でーす」
要は男たちが女性の退避エリアに入ってこないように睨みきかせるのがお仕事。
「めちゃくちゃ似合ってるわね」
綾城さんがニチャニチャ笑ってる。絶対に馬鹿にしてるよね。でも自分でも適材適所だと思う。
「じゃあ気合入れましょうか」
「おうよ」
俺と綾城は二人だけで円陣組む。
「「常盤組~!ふぁい!おー!!」」
そして俺たちのバイトが始まった。
ギャル系イベント『モンシロ』。その歴史は古く。太古のバブルゥな時代から続く由緒正しいクラブイベントである。
「はーい。おにぃさんたち。女の子嫌がってるからそれ以上は駄目だよー」
俺は基本的にセーフティエリア付近で睨みきかせるのが仕事だけど、強引なナンパ行為を見つけたりしたら、割って入るのも仕事である。
「兄貴の女とは知らなかったんです!さーせんした!」「指詰めるのだけはゆるしてくださぁい!!!」
お客のお兄さんたちはスタッフの俺が介入したら大人しく引き下がってくれた。そう。別に俺が反社マンだからではない(怒)。
「しかし意外に疲れるなぁ。つーか周りがアゲアゲなのに素面でいるの辛いようぅ」
周りがDJの流すイケイケミュージックで踊り狂ってるのに素面でいるのはなかなかしんどい。
「ちょっとあなた。ちゃんとお金払いなさいよ」
近くから綾城の声がした。なにか二人組の男の客と揉めているらしい。
「だから払うって言ってるじゃん。その谷間に札突っ込ませてくれればな!」
「そうそう!2000円札ではらってやるからさぁ!1000円分は店に内緒のあんたの取り分だぜ!さきっちょだけでいいからさぁ!」
「まじでそう!ほんと札入れるだけだから!指とかで触らないから!ほんと札入れるだけ!」
介入しなきゃ駄目そうだな。俺は綾城を助けるべく近づく。その時だった。この間と同じ殺気を一瞬だけ感じた。俺はその場で身構えてあたりを見渡す。だけど人が多すぎるし爆音だしライトはギラギラだから殺気の元がどこにいるのかわからなかった。
「はぁ。しょうがないわねぇ」
「おぉ?!まじか!」
「なんだよ!話わかるじゃねぇか!」
綾城はしょうがない奴らを見るような慈悲深い笑みを浮かべていた。まさか札を胸に入れさせるのだろうか?そんな風景見たくない。俺は駆け寄ろうとした。だけどその瞬間。
「跪きなさい」
綾城は絡んでくる二人組の男の頭を掴み、そのまま思い切り下へと腕を振った。男たちはその圧倒的膂力に引きずられて跪くような体勢になった。
「あたしは女の谷間は見ても許されるものだと思ってる。男にはそれを見る権利があってもいいと思うのよ。女体は圧倒的に美しいもの。美しいものは鑑賞されるべきだわ」
ぎりぎりと男たちの頭を握りながら、綾城は何かを宣っている。
「だけど名画を見る権利はあれども、触る権利は誰にもない。それは女の身体も同じことよ。あたしがあたしの身体を触らせる相手はただ一人だけよ」
そして男たちから手を放して、右手にビールサーバーのノズルを掴み、それをしょんべん小僧の如く股間に寄せる。そして綾城はノズルの引き金を弾いた。
「「あばばぼぉおおおぼをえおおおおおおお!!!!!」」
男たちの顔に綾城はビールをぶっかける。綾城はドSの極みとしか思えない嗜虐的な笑みを浮かべている。それを見て俺の股間はひゅんってなった。
「美味しいでしょ。ほら。さっさと金だけ置いて失せなさい」
「「し、しつれいしましたーぁあああ!」」
男たちはその場に持っていた札を投げて、走り去っていった。ビールまみれのままじゃみっともなくてここにはいられないだろう。
「お疲れ。痛客退治すごいね」
「あら常盤。いやん。恥ずかしいところ見られちゃったわ。あたしったらほんとお転婆♡えへ!」
「お転婆…?…いやあれはサディズムの極みだったぞ」
綾城はにやにやと笑ってる。綾城はなんだかんだと正義に熱いタイプだからな。ああいう手合いには容赦がない。
「なあところでさぁ。一杯くれない?」
「あら。いけない人。バイト中に飲むだなんてわるいこね」
そう言いつつも、ビニールコップをリュックから取り出して左手に持ち、右手のノズルからビールを注いだ。そして俺は千円札を取り出して縦に二つに折って。
「今お前の両手塞がってるよな」
「そうね。塞がっちゃってるわね。あらら。どうしましょう。これじゃあお金受け取れないわぁ」
そう言いつつ、綾城は俺に向かって胸を突き出すように背伸びした。俺はその胸の谷間に折った1000円札を差し込む。
「きゃん!くすぐったい!うふふ」
札を入れたときの綾城の笑みはとても艶っぽいものだった。それをみて気分の昂揚する自分がいるのをはっきり自覚した。その時だった。再びすさまじい殺気を感じた。
「あら?どうしたの常盤?顔が怖いわよ」
綾城が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「この間と同じ殺気感じたんだけど。あれ?お前感じてない?」
「いいえ何も。その殺気ってあなたにしか向いてないじゃないかしら」
なんか不思議な現象が起きているようだな。だけど姿の見えない敵の目的はやっぱり俺らしい。そしてこの会場のどこかに犯人は潜んでいる。油断はできないそう思いながら、俺は綾城から貰ったビールを飲み干したのだった。




