第149話 お嬢様にありがちなイベント
ダンスホールに爆音が響き、様々なライトが降り注いで、非日常を彩っていた。そこで男女たちが踊り狂って青春を楽しんでいる。そう。ここは楽しむための場なのである。なのに。
「殺気飛ばしてくんじゃねぇよ」
ビールの入っていた紙コップをゴミ箱に捨てて、俺はダンスホールへと進む。ずっと殺気がこのダンスホールから俺の方へとびんびんに飛んできていた。誘われている。だったら乗ってやる。
「さあ俺と踊ってくれるのは誰なんだい?」
俺が笑みを浮かべると、踊る人々の間から屈強な男たちが俺に向かって進んでくるのが見えた。白人、黒人、アジア系。人種はさまざま。日本人はいないようだ。
『かかれ!』
アメリカ訛りの英語が聞こえた。男たちが俺に襲い掛かってくる。
「おっと危ない」
俺は殴ってくる男たちの拳をわざと紙一重で避けていく。こういう動きが相手を一番イラつかせる。男たちは実際、険しい顔で俺を睨みつけてくる。
「怖い顔はここじゃあ似合わないよ。すまーいる。にこにこにちゃぁ」
俺はわざと頬を人差し指で押してわざとらしい笑みを浮かべる。男たちはさらに怒ったようだ。俺はそれに対して背を向ける。踊る人々の群れの中に隠れるように溶け込む。そして男たちの後ろに回り込んで。
「せいや!!」
思い切りジャンプして、空中でひねりを加えて大きな横蹴りを俺は男たちに放った。そのつま先は男たちの顎を捉えて、彼らの頭を震わせて、彼らはそのまま膝をついた。
「お客さんまだまだ俺のダンスは終わりませんよ!!」
そして床に着地した俺はそこから床に手をついて両足を逆立ちしながら伸ばし、ついでに回転させる。
「「「がふぅ!!」」」
そのケリは男たちのこめかみにヒットして気絶した。以前スオウにカポエラを少しだけ習った。それの応用である。
『『『『『『おおおおおおおううううううほおおおおおおおお!!!』』』』』』
俺の動きを見たお客さんたちが盛り上がっていた。彼らには何かのパフォーマンスに見えているのだろう。まあそれを狙った攻撃方法なわけだけども。とりあえず目の前の男たちは倒した。だけどまだ殺気は消えていていない。だけど徐々に俺の方へと近づいてくるのがわかる。
「うりゃ!」
その後も散発的に外国人の男たちが俺に襲い掛かってきたが、全部カポエラの業で倒した。お客さんにガチな格闘を見せるつもりはない。あくまでも穏便にことを済ませたいという俺の配慮である。だけどその誠意は相手にはどうやら通じないようだった。突然何か不穏な気配を感じた。それはダンスホールにいる人たちにも伝染した。突然俺の周りの人たちがまるで海を二つに割る様にさーっと動いたのだ。そして縦長の空間がダンスホールに現れた。その端に俺が立っている。そしてその奥のもう一つの端に小柄な女が立っていた。ジーンズにスニーカー。それにチェックのシャツ。野球帽とサングラスを被っている。顔はわからない。髪の毛の色もホールのライトのせいでよくわからない。だけど肌は白いように思われた。女は俺の方へと走ってくる。俺もまた女の方へと駆けていく。すれ違いざまに突きをぶち込んでやろうと思ったけど、女はそれを飛び上がって避けた。それだけでなく俺の肩に手をついて空中で前宙してさらに着地してバク転まで入れてくる始末である。
『『『『『ひゅうおおおおおおおおお!!!!』』』』』
観客のボルテージが上がっていく。今の華麗な跳び技はたしかにカッコよかった。だけど女から凄まじい殺気を滅茶苦茶感じる。隙あらば俺は確実に首を持っていかれる。そんな恐怖感を覚える。再び俺と女は相まみえる。互いに至近距離で殴り合いをするがお互いにその攻撃を全て捌いていった。互いに攻撃はヒットしない。だけど女の動きにはそれでも余裕が感じられた。時たまカポエラ系の派手な技を俺に向かって放ってくるくらいの外連味が女にはあった。
「あんたはいったいなんだ?なんで俺に喧嘩吹っ掛けてくる?」
女は答えない。だけど殺気がさらに膨れ上がるのはわかった。気配で返答するのやめて欲しい。おっかないから。俺は女の猛攻を捌く。スオウほどではないけど、女というか人間やめちゃってそうなレベルの膂力で俺をぶん殴ってくる。
「俺は女は出来るだけ殴りたくないんだよ。たとえ敵であっても」
「…」
女は返事をしない。代わりにケリが飛んでくる。それを掴むと、もう片方の足だけで跳んでさらにケリを浴びせてくる。ほんととんでもねぇ運動能力。そのケリを受けて俺は相手の足を放してしまった。女は素早く着地して、俺のがら空きになった胴へとフックを放ってくる。俺はそれを上半身を思い切り倒すことで避けた。
「綾城!後は頼んだ!!」
「ええ。まかされたわ!」
上半身を倒した先に綾城が立っていた。彼女は手にビールサーバーを構えてまるで銃口を向けるように女に向けて、引き金を引いてビールを放った。ビールの水鉄砲は女の顔に直撃した。
「ぶほ!げほぉ!ごほ!ごほ!」
「よし!ちゃんす!!」
俺は上半身をばねの様に戻して女に飛び掛かる。そして右手を掴んで十字に固めた。女はじたばたを暴れるががっちりとホールドに成功した。
「綾城!帽子とサングラスをはいでくれ!」
「わかってる!」
綾城が女の帽子とサングラスを奪う。そして顔が晒される。それを見た時、俺はひどく動揺した。
「え?えええ?!綾城?!えええ?!!うそ!?なにぃ?!えええええ!!?」
そこにあったのは綾城そっくりな顔だった。金髪に碧眼。そして白い肌に掘り深い鋭い目つき。素の綾城とそっくりな顔をしている。
「お母さん?!!なにしてるのよぉおおおおおおお!?!」
「お母さん?!はぁ?!」
綾城が両手で口を押えて驚愕している。女は憮然とした顔でいう。
「あなたはお友達の母親に抱き着く趣味でもあるの?」
そんな趣味はない。俺は女から手を放した。
「何やってるの?」
「娘がバイトをさせられていた。なら止めるのは当然でしょう」
綾城と綾城ママ。並ぶと親子だってすぐにわかる。
「バイトくらい普通でしょ!何言ってるの?!」
「何言ってるの?!公家に起源を持つ名門である綾城家の令嬢のあなたがこんないかがわしいところでバイト?!恥を知りなさい!!」
「日本じゃそんなの普通よ!」
「私の中の常識ではありえない!!」
え?なに?この女の人、なんかすごくしょうもない理由で俺に襲い掛かってきてる?気がついたら俺たちの周りにさっきぶちのめした男たちが集まってくる。
「隊長。娘さんにバレちゃったみたいだしもう諦めたら方がいいんじゃないですか?」
「うるさい!娘がこんなテロリストみたいな目つきをしたヤバい男にバイトさせられてるのよ!黙ってみてられるわけないでしょ!」
「う、うーん。まあ気持ちはわからないでもないですけど…」
俺をテロリストと言ったか?反社超えて世界に喧嘩売ってる奴らと同類扱いになったよ。俺の評価高すぎぃ!
「あの。綾城のお母さん」
「私はあなたの母じゃない!ミセス綾城か綾城夫人か綾城曹長と呼べぇ!!」
なんだよ曹長って…。
「お母さん。とりあえずややこしいから帰ってくれない?」
「はぁ?!そんな厭らしい恰好をした娘を放っておけるわけないでしょ!帰るならあなたもいっしょよ!」
綾城ママは綾城の手を掴む。綾城はその手を引き剥がそうとするが剥がせない。俺は二人に近づいてその手を放させる。
「邪魔しないで!これは綾城家の問題よ!」
「いや。たかがバイトでしょ」
「お嬢様にバイトなんて必要ないでしょぉおおおおお!うーーーーーーーーーーーーーらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
なんだよその叫び声…。綾城ママのお仲間さんの男たちもなんか困惑してるようだ。
「私がまだハイスクールの頃…。私は学校の近くのガソリンスタンドで必死にバイトしていた。そこへ同級生の車がやってきた。移民の子で市民権も持ってないヒスパニックの娘である私を彼らは蔑むような目で見ていた!そんな気持ちを娘には味合わせたくない!だからバイトは駄目!絶対にダメ!駄目なのぉおおおおおお!!!」
綾城ママの語る過去にアメリカ社会の闇が垣間見える…。
「ここは日本なのだけど」
綾城が額に手を当ててそう言う。
「人間の考えていることなんて何処の国も変わらないわ!!あなたは帰るの!いますぐにこんなところからお家に帰るの!母の私と帰って!母の言うことはちゃんと聞きなさい!あなたのためなのよ!!」
さっきまで歴戦の戦士って感じだったのに、今や駄々っ子のようにわめく綾城ママ。それを見て綾城はため息を吐く。
「常盤。ごめんなさい。せっかくバイトに付き合ってくれたけど、残念だけど帰るわね」
綾城が遠い目をしながらそう言った。まあこの人説得できなさそうだしな。
「わかった。うん。残念だけどしょうがないね」
そしてそれを聞いた綾城ママはぱあっと笑顔になって綾城の手を引っ張っていく。
「さあ帰りましょう!」
ルンルン気分で綾城ママは帰っていった。だからこそ寂しそうな綾城の顔が印象に強く残ってしまったのだった。
****作者のひとり言****
ママ城さんは小柄です。綾城さんと10cmくらい身長が違う感じ。
アルゼンチン生まれで成年後にアメリカ市民権取得というちょっとややこしい生い立ちをしております。
うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
これだけでママ城さんのお仕事がわかったらなかなかすごいと思います!
(゜Д゜)<うーーーーーーーーーーーーらーーーーーーーーーーーーーーーー!




